キミの歌が聴きたい 作:オオサンショウウオさん
埼玉にある廃墟には幽霊が出ると地元の若者たちの噂になっていた。曰く、一家が強盗に襲われてしまい、全員死んだ。曰く、気が狂った老人によって無関係の家族たちが殺された。そんな真偽不明の噂があった。
「ねぇ、ほんとに大丈夫なの?」
「へーきへーき。たくやんたちも行って何もなかったって言ってたし、写真だけとって帰ろうぜ」
そんな噂を聞いて訪れたのは二人組の若いカップルだ。ピンクのスカートに金色の髪で濃いめの化粧をした女と、同じく金髪の肌が浅黒い男。
男はビデオカメラを片手に廃墟に立っており、女はビクビクとしながらライトを片手に男のそばに近寄る。
「なンだっけ? あー、一家心中とか? まぁいいや。えーっと、録画押して……おし! おーい、見てるかー? これから廃墟探索すっから、ちゃーんとご褒美のアレ用意しとけよー?」
カメラを自身に向けて手を振る男は幽霊とか、そういったモノをカケラも信じていなかった。
「ひぃ! ねぇ、いまパキって音しなかった?」
「はぁ? あれだろ、木の枝踏んだだけ」
「そ、そう?」
時々聞こえてくるパキ、という音が鳴る度に女は肩をビクリと震わせ、男の腕にしがみつく。男は役得だな、と思っていた。
男たちが廃墟の中に入ると、所々に最近発売されたお菓子の袋や、ジュースのペットボトルが散乱していた。
「ったくよぉ〜、ゴミくらい片付けろよな」
ガラガラとゴミを蹴飛ばしながら男は愚痴る。女はそのゴミを見て少しだけ安堵していた。
「はぁ〜……廃墟の中になんか親しみのあるモノ落ちてると安心するわね」
「こんなん落ちてるって事は、噂も嘘って事か。つまんねーけど、まぁ暇つぶしにはなったか?」
二人は笑いながら廃墟の廊下を歩く。ギシギシと軋む床を踏みながら進んでいくと、突き当たりに大きな扉があった。
「お、あそこがゴールっぽいな」
「うぇぇ……如何にもって感じ。ねぇ、もう帰らない?」
「心配すんなって! 中見たら終わりだからよ」
男がカメラを持ちながら女に照らせ、と指示を出す。
「よーし、せーの、で開けるぞ?──せーの! はは、なんだよ。何もねーじゃ……」
「あ……」
ガポリ。という生々しい音が聞こえた時、そこにはもう二人の姿は無かった。
「……ここがその廃墟か? 無駄に遠出させられた割にはちっせぇな」
「五条くん、帳はやった方がいいかな?」
「ん〜……俺がやっとくわ」
悟は倒された立ち入り禁止の看板を踏み壊しながら呟く。結局、じゃんけんの結果は4回あいこの末に悟の勝利で終わった。
「な、なんか如何にもって感じ……」
「ん? 何お前、怖いの?」
悟の後ろにひっつき虫の様に張り付く蘭華は悟の言葉に目を逸らした。
「ふ、雰囲気がね……」
辺りをキョロキョロ見渡している蘭華に悟はニヤリと嫌な笑みを浮かべる。
「ふーん。以外とビビりなんだなお前。傑の出した呪霊の前で普通に歌ってたじゃん」
「う、歌ってる時は楽しいとか、別の感情が大きくて気にならないの……あ! ほら、五条くんも甘いモノ食べてる時に嫌な事とかあまり考えないでしょ?」
蘭華の例えに悟はなるほど、と頷く。と同時に勢いよく振り返る。
「なんでお前が甘いもん好きだって知ってんだ?」
「五条くんよくコーヒーとかに角砂糖とか結構入れてるし、それに私が買っておいたプリンとか食べちゃうんだもん……誰でも分かるよ」
後半になるにつれ、蘭華の目が細く成っていく。
「何してんのそれ」
「睨んでるんだけど!」
「ハッ、変顔してるだけだろ」
本人としては睨んでいたつもりだったらしいが、悟からすればそれは睨むというより、ただ目を細めただけにしか見えなかった。悟に鼻で笑われた蘭華は悟の脇腹をつねる。
「いって! おい、やめろよ!」
「ふん!」
脇腹を抑える悟を追い抜かして蘭華はズンズンと進んでいく。悟は怒るなよめんどくせー、と小さく呟く。
「おーい、そんな早足で歩くと転んじまうぞ〜?」
「余計なお世──わぁ!?」
悟の目の前を歩いていた蘭華が石に躓き、間抜けな声を上げながらコケる。
「…………」
「プッ、だっせ」
「ふ、ふん! 今のは偶々なんだから!」
少し顔を赤らめながら、蘭華は悟に舌を出して「いーっ!」と挑発する。自分よりも格下の少女に挑発された悟は少しカチンときた。いや、少しではなく割ときた。
「五条くんのあほ! ばか! 甘党! 虫歯! 白髪! もやし! 世間知らずのボンボン!」
「はぁ!? 虫歯なんざなった事ねーわバーカ! てかもやしじゃねーし世間知らずでもねーよ!」
楽な任務だと思って喜んではいたが、
「それは嘘! 五条くんはポケモンも、ジャンプも、ディズニーも知らなかったって硝子ちゃん言ってたもん」
「知ってるよ、そんくらい! 舐めんなよ!」
「へぇ〜、ふーん! じゃあ、ミッキーが飼ってる犬の名前は?」
「そりゃあ、アレだろ、アレ……グーフィー!」
悟が蘭華の問いに答える。
「ほら、知らないじゃん。正解はプルートだよ」
「は? グーフィーだろ」
勝ち誇った笑みを浮かべる少女を見た悟の脳内である日の傑との会話が頭を過ぎる。
『悟、知ってるかい? ミッキーの飼い犬の名前』
『あー……誰の何?』
『……ミッキー、知らないのかい?』
『知らねえ。で、誰?』
『ほら、これだよ。テーマパークのマスコットキャラクターさ』
『ネズミがマスコットかよ! センスねぇな〜』
『……悟、あまりバカにしない方がいい。彼らは世界で一番有名なキャラクターと言っても過言では無いんだ』
『マジかよ、やべぇじゃんミッキー』
『それで、このミッキーが飼っている犬の名前が……フッ、グーフィーだね。犬の友達の名前がプルートだ』
『あ? 犬飼ってるのと別に犬の友達いんの? 意味分かんねー!』
──悟は漸く気付いた。自分が傑に騙されていた事に。
悟が自分の間違いに気づいた時、素直に認めて謝れるか? と聞かれれば否。簡単には認めない。
……タイミング的には偶々だろう。この会話をしたのは蘭華が転入してくる前の話だ。
(す、傑の奴……!)
恐らく、彼の親友である夏油傑は蘭華に悟が世間知らずのボンボンである事を吹き込んだ張本人だろう。傑は面白い事をするなら親友だろうが売ってしまう故に硝子にクズ認定されている。前髪を揺らしながら笑う親友の姿を悟は幻視した。
『オ……いし……』
二人の背後からくぐもった低い声が聞こえ、悟と蘭華の顔が強張る。
「ねぇ、五条くん。今の声って……」
「呪霊だな。んじゃ、さっさと歌えよ」
さっさと帰りたいという悟の心の声が聞こえるようだ。蘭華はそう思いながら鞄からラジカセとマイクを取り出す。
「祓えなかったら俺がやるし、ま〜適当にやれよ」
悟の言葉に蘭華はよろしくね、と言うと深呼吸をする。
「──よし!」
自分の両頬を軽く叩き、気持ちを入れ直した蘭華はラジカセのスタートボタンを押した。
静かな場所に曲が流れ出すと、悟は呪力がざわつくのを感じる。
「お、釣れたな」
手頃な瓦礫に頬杖を突きながら座る悟と、歌い始めた蘭華の前に廃墟の屋根を突き破って巨大な呪霊が姿を現した。その容姿は赤子に近い。
『オ……あ……あ……ァ』
言葉にならない呻き声をあげながら呪霊はゆっくりと蘭華に近づいていく。
「……すげぇけどやっぱ気持ち悪いな」
赤ん坊が母親に向けて必死にハイハイをするような光景に悟は顔を顰めながら呟く。等級としては準一級くらいの呪霊は蘭華の側に座り込む。
『オカ……ぉ……さ……』
呪霊は歌っている少女をどこか懐かしむように、焦がれるように手を伸ばしては引っ込めるを繰り返していた。
(貴方は私と、似ているね)
その様子を見て、何故か目の前の呪霊が自分と重なって見えた。
『おかあ……さん……』
私が、私の歌でこんな子たちが満足できるなら……そんな気持ちで蘭華は歌を歌っていた。
勿論、歌う事は大好きだ。蘭華の歌を褒めてくれた人もたくさんいた。傑と出会って、高専に入って、悟や硝子、夜蛾と出会い、この世には呪いがたくさんある事を知った。
授業で習う呪いの力とは違うチカラ……それが何なのか、今は分からない。だから歌い続ける。自分にしか出来ない事、自分の産まれた意味を探す為に。
歌が終わると、呪霊は粒子となって天へと昇って行った。
「五条くん、終わったよ」
「ん……帰ろうぜ」
憂いを帯びた顔で振り向いた蘭華に悟は少し驚きつつも頷く。
(これからはこんな任務増えんだろうな……ま、楽だったから少しは付き合ってやるか)