キミの歌が聴きたい   作:オオサンショウウオさん

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6話 シェリル・レーゲン

 

「悟。お前、また帳を忘れたな?」

 

五条悟にしては珍しい、物件に対する被害0という任務の結果は夜蛾としては信じ難いものだった。

 

「……あ、やべ」

「……」

 

夜蛾に問いかけられた悟は数秒止まり、自分でやると言って結局やっていなかった事を思い出した。笑顔で忘れてた! という悟に夜蛾は額に青筋を浮かべながらその頭にゲンコツを落とす。

 

「報告書のこれはなんだ?」

 

夜蛾が悟の前に突きつけた紙には「上手くいった」の文字しか書かれていない。

 

「前々から言っていたが、報告書はきちんと、分かりやすく書け」

「分かりやすく簡潔に書いたんだけどな〜」

「小学生の日誌ではないんだぞ……! いいか、今回の任務は呪霊を祓えたかの有無ではなく、蘭華の力の詳細を掴む事だ。任務に行く前にも、伝えただろう」

「つってもさー、俺が視てもわかんねーんだからそんなのすぐわかるわけなくね?」

 

頭を摩りながら悟は言う。

 

「お前が眼で見てそう感じたならば、蘭華の力は呪力を要するものではないと言うのは分かる。だが……」

 

腕を組み、渋い顔をする夜蛾。

 

「上の奴らはこう言いてーんだろ? 危険そうなら殺せ、って」

 

鼻を鳴らしながら言う悟の顔は嫌悪感が滲み出ていた。

 

「悟」

「わぁーってるって」

 

釘を刺すように名前を呼ぶ夜蛾に、手を振りながら答える悟。数ヶ月共に学舎にいて、それなりの交友があり、悪意を持つような人物には見えない蘭華を殺せと言われてはい分かりましたと即答できる程、悟は素直では無い。むしろ上の人間という呪術界の腐った連中しか居ないだろう奴らの命令を聞きたくないのだ。

 

五条家は呪術界の御三家と呼ばれる程歴史が長く、思想も強い人間が多い。そういった家で産まれ、間近で見てきた悟は良いやつ悪いやつの目利きがそれなりにできる。

 

「上の連中には俺が適当に理由付けて言っとくよ。ほら、俺五条家当主だし? 任務は楽だったけど、いちいち護衛するのもめんどいから」

 

悟は自分の立場を利用するつもりらしい。

 

「……すまんな」

 

夜蛾も高専で働く以上、上の命令には逆らう事が難しい。それが夜蛾の意向にそぐわぬものだとしても、拳を握り締めて耐えるしか出来ない。

 

夜蛾は、去っていく悟の背を見つめながら己の不甲斐なさを恥じた。

 

 

 

 

 

 

 

 

高専にある休憩スペースに設置されたテレビを一人の少女が食い入るように見ていた。

 

「……」

 

口を開けたままテレビを見つめる様は年頃の乙女としては避けたい少し間抜けな姿だ。

 

『全米が注目する銀河の妖精こと、シェリル・レーゲン氏の人気は止まる事を知らず、日本でのライブチケットはわずか1時間で完売という偉業を成し遂げています──』

 

ストロベリーブロンドの長い髪を揺らし、そのはかなくてキレイな人形のような顔立ちは妖精と呼ばれるに相応しいと思えた。

 

『ハーイみんな! 元気してる? ライブ、楽しみにしててね?』

 

シェリルのウインクと挨拶の後、彼女の自慢の楽曲が紹介された。

 

「すごい……」

 

彼女の歌は、聴くものを魅了する魔法のようだった。蘭華も無意識のうちにリズムを取るように左右にゆらゆらと揺れる。

 

ふと、友人とした会話がよぎる。

 

『いいじゃん歌手。蘭華ならなれるよ』

『そうかな?』

 

あの時はただ、将来についてなんとなくで答えていた。

 

──私のしたい事。

 

このまま、ここで出来た友人たちと呪術師を目指すのも良いだろう。でもそれは、本当に自分のやりたい事なのだろうか? 

 

『わたしは、後悔する生き方なんかしたくないの。歌手をやってなかったらきっと後悔していた……そうね、一つだけ言うとすれば──運命は自分の手で切り拓くものよ!』

 

画面に映るシェリルの言葉は蘭華の胸の内に入って溶けていった。

 

「あれ、何してんの? ぼーっとしちゃって」

 

ぼんやりとテレビを見つめていた蘭華の肩を叩いたのは硝子だった。

 

「硝子ちゃん? 帰ってたの?」

「ついさっきね。それにしても蘭華、女の子がしちゃ行けない顔してたよ」

「え!?」

 

硝子にそう言われ蘭華はペタペタと顔を触る。その様子を見た硝子は笑みを浮かべ、蘭華の隣の座席に腰を下ろした。テレビは既によくあるニュース番組へと変わっている。

 

「で、何見てたの?」

「えっと、シェリルさんの番組」

「シェリルって、シェリル・レーゲン?」

「そう! 硝子ちゃん知ってるの?」

「そりゃあ、有名だからね。曲自体はあんまし聴いたことないけど」

 

全米で有名なアーティストだとしても、日本に来る事自体はあまり無く、硝子はそんな人がいるんだな、という認識でしか無かった。

 

「シェリルさんの歌、凄いんだよ! なんて言うか……惹き込まれるような、身体が震えてくるまるで魔法みたいなの!」

「へぇ、そうなんだ」

 

歌が好きな蘭華の事だ。銀河の妖精と喩えられるシェリルを見て何か感じるものがあったのだろう。硝子ははいはい、と相槌を打ちながらタバコに火をつける。

 

「それでね──」

 

まるで子供が夢を語るように、眼を輝かせて語る蘭華を見て硝子は提案した。

 

「前にも言ったけどさ、なっちゃいなよ。シェリルに並ぶくらいの歌手にさ」

「で、でも……」

 

蘭華は返答に悩んだ。自分なんかがシェリルと並ぶほどの歌手になれるとは思えなかったから。彼女に比べたら、自分の歌なんてみそっかすだ。

 

「ぶっちゃけ、蘭華って呪術師には向いてないと思うよ」

「う……そ、それは何となく自分でも自覚してるケド……」

 

戦闘能力が無く、呪力も少ない。体力は傑たちに体術の基本を教わっている為少しはついた。……それくらいだ。歌を聴かせれば呪霊を祓う事ができるという特異性が蘭華の強みであるため、歌えなくなれば蘭華は呪霊にやられてしまう。それが分かっていても、誰も硝子のようにはっきりと言わなかった。

 

「私が反転術式得意な事知ってるでしょ?」

「うん……他の人の傷を治せるって奴だよね?」

「そ。だから任務とかにもあんまり行かないし、行っても現地の人の傷を癒すくらい」

 

硝子はあまり吸っていないタバコの火を消す。

 

「人の傷ばっかり見てるとつい想像しちゃうんだよね。私でも治せない傷を蘭華たちが受けたらどうしよう……って」

「硝子ちゃん……」

 

悟と傑(クズたち)は二人で最強の自称する程あって、実力はかなりのものだ。ちょっとやそっとじゃ深手を負うことはない。対して、目の前の蘭華は。いま、自分の目の前で悲しそうな顔をしている少女が傷だらけでやってきたら……。

そんな想像をしてしまい、硝子は胸が苦しくなる。

 

「いやーごめんね、急にこんな話しちゃって。こんな話、するつもり無かったんだけど……困ったでしょ?」

「ううん……そんな事ないよ。硝子ちゃんの気持ちが知れて、良かった」

 

蘭華は硝子の手を優しく握って微笑む。少しだけ、目頭が熱くなった硝子は誤魔化すように席を立つ。

 

「じゃあ、そろそろ戻るね。蘭華も、あんまりテレビばっか見て夜更かししちゃダメだよ」

「ふふ、分かった」

「また明日」

「うん! また明日!」

 

互いに小さく手を振りながら、硝子は休憩スペースを出る。そこから少しだけ先に進んだ曲がり角を曲がると、見知った前髪がポケットに手を突っ込んだまま壁に背を預けていた。

 

「夏油じゃん。何してんの?」

 

硝子がそう聞くと傑は苦笑いを浮かべた。

 

「何って……任務帰りに偶々通りかかったから休憩しようとしてただけさ」

 

二人が話していたから入り辛くてね、と傑は言う。

 

「そんなとこで立ってないで入ってこれば良かったのに」

「私も空気は読めるよ。悟みたいにズカズカ入っていくと思われていたのかな?」

「大体そうじゃん」

 

硝子が真顔で言うと傑は酷いな、と笑う。

 

「……私も、彼女は呪術師にならない方がいいと思っているよ」

「へぇ、体術とか見てあげてるみたいだし、蘭華が呪術師になるの賛成派だと思ってた」

「あれは主に自衛の為だよ。センスの有無に関わらず、習っておいて損はない。それに、悟も彼女が呪術師になる事に反対派だ」

 

傑がそう言うと硝子は目を見開いて驚く。

 

「あの五条が? ウケる」

「雑魚が俺らの仕事増やしてんじゃねーよ、歌の練習でもしてろ! だって。悟なりに心配しているのさ」

「ハハ、言いそ〜」

「それに、彼女の能力なら呪いが多い芸能界関連の仕事も無くなりそうだからね」

 

呪いは負の感情から産まれる。だから、嫉妬や妬み、憎悪などが多い芸能関連の仕事を傑は何度も体験している。歌だけで呪いを祓える蘭華にとって、これ以上ない適任の場所だろうと傑は考えていた。

 

「まぁ、確かに……あの業界って多いよね、そう言うの」

「……ただ、心配するとしたら彼女の力の未知数加減と、悪用しようとする輩が出てきそうな事くらいだね」

「な〜るほど、だからか」

「呪術師を目指すにしろ、歌手を目指すにしろ、身を守る術を持っていることは彼女の為になる。彼女は私たちと同じ一般の出だが、呪術を習い始めて数ヶ月のほぼ素人だ。彼女の力を考えれば、硝子のように高専にいる事はこの先、少なくなるだろう……って、なんだい、その顔は」

 

傑は隣に居る硝子の視線が妙な事に気づいた。何というか、微笑ましいものでも見るようだった。

 

「べっつに〜?」

 

何か、このまま帰したら変な勘違いをしたままになる。傑の直感はそう囁いた。

 

「君の思っているような感情は抱いていないよ。ただ、数少ない同級生を心配しているだけで──」

「何か必死じゃん、ウケる」

「硝子まで揶揄うのはよしてくれ……」

 

傑は鞄に付けているオオサンショウウオさんのキーホルダーを悟にめちゃくちゃ揶揄われた事を根に持っていた。

 

「はぁ……兎に角、私は彼女が歌手を目指すのなら出来る限り協力するつもりだ。それは硝子もなんだろう?」

「勿論そのつもり」

「悟は……まぁ、協力するだろうね」

「アイツが素直に協力するとは思えないけど」

「するさ」

 

傑は悟がたまに蘭華に呪術について教えている事を知っていた。その場面を見かけたのは偶然だったが、夢でも見ているのかと思ったほど驚いた。

 

「悟もなんだかんだ、気にかけてるからね」

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