キミの歌が聴きたい   作:オオサンショウウオさん

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スーツの男のモデルは某堂島の竜


2章 翠のすみか
9話 蘭華・スカウト


 

 

誕生日が終わって、数日経った朝。蘭華は一人、街を歩いていた。理由は単純で、他3人が任務などで居ないからその暇つぶしである。硝子は昼過ぎに帰ると言っていたが、他二人は不明だ。

 

「わ……シェリルさんでいっぱいだ」

 

ふらりと立ち寄ったレンタルCDなどを主に取り扱う店では、シェリルの特集をやっているらしく、店内の装飾がポスターや映像で埋め尽くされていた。

 

「か、買っちゃおうかな……」

 

蘭華はシェリルのCDやグッズなどを買いまくっていた。初めはCD一枚、次にポスターを一枚と、チリも積もれば山となるように、蘭華の自室にはシェリルグッズが溢れていた。そう、所謂シェリルオタクとして蘭華は覚醒してしまったのだ。

 

『蘭華、流石に買い過ぎ』

 

そんな事になっているとは知らず、硝子が蘭華の部屋を訪れた際に、扉を開けて数秒固まってしまったくらいにはグッズだらけだったという。様子を聞いてやってきた悟と傑もこれには引いていた。悟なんかは部屋を見た瞬間に「キモ!」と叫んだくらいだ。

 

硝子たちに叱られた蘭華はグッズ購入の制限を掛けられ、部屋もシェリル一色からファンなんだな、と思われる程度の量に片付けられた。そして、買う場合には連絡する事が必須となった。流石に、硝子たちも友人の部屋がグッズの山になっていく様を見てられなかったらしい。

 

「う、でも……最近新曲買っちゃったし……」

 

静かに怒る硝子を思い出した蘭華はその場でぐるぐると歩き回る。

 

「あの……」

「あ、はい! ごめんなさい!」

 

背後から声をかけられた蘭華はビクリと身体を震わせ、反射的に謝る。振り返った先に居たのは大柄で、目つきの鋭い強面でスーツ姿の男だった。

 

「……」

 

男は表情を変えぬまま、蘭華を見つめていた。やがて男は懐に手を伸ばし、一枚の紙を蘭華に差し出す。険しい目線とガタイの良い身体。蘭華は教師である夜蛾でそう言った男性を見慣れていた為そこまで驚かなかったが、普通の女児なら悲鳴をあげてもおかしくなかった。

 

「私、こういう者です」

 

『ベクタープロダクション アイドル部門担当プロデューサー 冴島和馬(さえじま かずま)

 

──所謂名刺と呼ばれるものだった。事務所の名前は聞いたことが無かったが、初めてもらった名刺に蘭華は心臓の鼓動が早くなる。

 

「あ、あの! なんで私に……?」

「貴女には、何処か他者を惹きつける力のようなものを感じました……零細事務所ですが、興味があればご連絡ください。その時に、また詳細をお伝えします」

 

冴島はペコリと頭を下げた後、ショップを出て行った。

 

「わ、私が……アイドル?」

 

現実離れした出来事に、そしてもし自分が成れたら、憧れの存在に近づけるのではないか? 蘭華は顔がにやけてしまうのを抑えながら高専に戻ることにした。

 

 

 

 

 

任務から帰ってきた三人を集めた蘭華は相談がある、と言った。

 

「ベクタープロダクション?」

「えっとね、そこのプロデューサーさんから名刺をもらって……ほら!」

「二人は知ってる?」

 

硝子は蘭華に見せてもらった名刺をゲームをしている二人に見せる。

 

「いや、私も芸能事務所の依頼はそれなりに受けた事があるけれど、その名前は初めて聞いたよ」

「あん? デジモンの話?」

 

傑は首を振り、悟は話を聞いてなかったのか首を傾げた。

 

「ハッ、詐欺じゃねーの? お前、騙されそうだし。なぁ傑、こいつ捕まえた方がいいの?」

「悟、確かに蘭華は騙され易いけど、本人の目の前で言うのは可哀想だよ……いや、そのモンスターは進化してもあまり強くない」

「言ってんじゃん……かっけードラゴンとかいねーの?」

「おっと……あぁ、居るけどそれは後半の方だね。悟の今いる場所からもう少し進んだ場所かな」

「マジ? よっしゃ、そいつ捕まえるわ」

「もう! 二人とも真面目に聞いてよ!」

「あ! おいてめえ蘭華!」

 

蘭華は真面目に聞く気がない二人にぷんすか怒りながらゲーム機を取り上げた。悟が猛抗議するが、蘭華は臆する事なくゲーム機を遠くの場所に置く。

 

「蘭華、せめてセーブを……」

「あとで!」

「めんどくせ……」

「めんどくさくない! ね、硝子ちゃん!」

「うん、そだね」

 

硝子も硝子で、名刺を見ながら携帯で調べ物をしていたらしく、蘭華への返事も適当だった。

 

「お、出た出た。ベクタープロダクション、本当にあるみたいだよ」

「マジ?」

「ん」

 

硝子が怪しむ悟に携帯を見せる。サングラスを外してジッとそのページを上から下まで見た悟はフッ、と鼻で笑った。

 

「クソ雑魚事務所じゃね? これ。井◯和香とかいねーじゃん」

「私も見て良いかい?」

「いいよ〜」

 

傑は硝子から携帯を借りると、悟と同じように事務所のホームページらしいモノを見た。創立日や社長の顔写真、専属しているタレントなど。一通り目を通すと、傑はうぅん、と小さく唸る。

 

「まぁ確かに、悟の言う事も理解できる。テレビで一度も見た事ないようなタレントだらけだし、仮に入るとしても別のところにした方がいいかな。それに──」

「それに?」

「蘭華、キミが高専に来た理由を思い出してごらん?……まずは夜蛾先生に許可を貰わなきゃいけないよ」

「……あ」

 

蘭華はすっかり忘れていた。自分がここに転入してきた理由を。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「──ダメだ、認めん」

 

職員室で、眉間に深く皺を寄せた夜蛾は腕を組みながら言う。

 

「う……やっぱりダメ、ですか?」

「ふぅ……お前は、あいつらとは違い、問題は起こさないと思っていたが……あいつらに似てきたな」

 

悟と傑は言わずもがな。任務で無駄に建物を壊したり、その性格に難がある二人。硝子もその二人ほど問題は起こさないが、彼女は未成年喫煙を日常的にしている別ベクトルの問題児。その三人に純粋だった蘭華が影響された、と考えると夜蛾が頭を抱えたくなるのも無理はない。

 

「お前が、ただの学生だったならば私も止めはしなかっただろう。だが、今のお前は言うならば高専で保護されている状態……上層部にお前の力の存在が漏れている今、監視もなしに行動させる訳にはいかない」

「私の力……ですか」

「そうだ。最近は傑に護身術を習っているみたいだが……それでもまだ、足りんのだ。過保護と思ってくれてもいい。お前の歌の力には、それだけの価値がある──蘭華。お前はお前が思っている以上に、危うい立場だと、もう一度理解してくれ」

 

夜蛾は蘭華の頭に優しく手を置くと、この後用事があるから帰るように蘭華に諭す。その言葉に従って、蘭華は何か考え込むように歩いて行った。

 

「歌の力……か」

 

少女の純粋な夢を否定するのには、こんなにも心が軋むのか。夜蛾が大きな溜め息を吐いたと同時に、棚に置いてある作りかけのぬいぐるみがこてんとバランスを崩した。

 

 

 

 

 

 

職員室から出た蘭華はアテもなく高専を彷徨いていた。三人のところに戻る事も考えた。でも、今会っても、心配をかけるだけになってしまいそうで、躊躇った。

 

「みんなと居るのが楽しくて、忘れちゃってたな」

 

東京校の敷地内部にある橋の架けられた場所で、蘭華は揺れる水面を見つめる。沈んだ顔つきの自分が其処には居た。

 

「私の立場、か……難しいなぁ」

 

呪術高専に転入してくる時、蘭華は夜蛾にこう言われた。

 

『お前の力は未知数で、その力は呪術界を……世界を動かしかねない。その力の意味と、身を守る術をここで学んでほしい』

 

そう言って、夜蛾が蘭華に頭を下げた事は印象深い。

 

硝子や悟、傑と一年を共に過ごしていくうちに、蘭華には小さな夢ができた。

 

 

 

──みんなを私の歌で、幸せにしたい。

 

 

 

シェリルは蘭華にとって夢の形を体現したような存在だった。その存在に少しでも近づきたいと思っていた故に、スカウトを蹴る事は自分が思っていた以上に辛かった。でも、みんなに迷惑をかけるよりはずっとマシだと、自分に言い聞かせた。

 

「……あんた、そんな所で何してるの?」

「あ……歌姫先輩」

 

橋の上で声を掛けたのは、先輩の歌姫だった。

 

「……ふーん。そんな事があったの」

 

今日の出来事と今の自分の気持ち。それを伝えられた歌姫は内心焦っていた。

 

(蘭華の歌にはそんな力があったの!? 確かに、硝子のように反転術式を使えるって訳でもなく、かと言って階級を取ったって話もなく、術式もない、呪霊が見えるからってだけで転入してきたって聞いた時は珍しいなとは思ってたけど……)

 

その力は確かに、夜蛾の言う通り世界が変わるような力だ。上にも妙な力があるという話は漏れているらしいが、未だ詳細が掴めない未知の力……隠されるのも無理はない、と歌姫の頬にたらりと汗が流れる。

 

「ごめんなさい、困らせちゃいましたね」

 

考えこむ歌姫を見て、蘭華は申し訳なさそうにしていた。

 

「あ……ち、違うわ! 困ってないわよ! ただ、蘭華がどうしたらいいか解決策を考えてただけ!」

 

歌姫は巫女装束の姿であたふたする。

 

「んんっ! 蘭華、貴女の夢は立派だと思ったわ。私は否定しない」 

 

かわいい後輩が悩んで、自分に相談してくれたという事実に少し嬉しい気持ちもあった。だが、相談内容が自分が聞いて良かったのか? というもので歌姫は言葉を選びながら話す。

 

「歌姫先輩……」

 

(そうよね、こんな優しい子がそんな力を持っていたら、夜蛾先生が過保護になるのも無理ないわね)

 

「ねぇ蘭華。貴女の夢を叶えるのはアイドルじゃなきゃダメなの? 貴女の憧れのシェリルに近づけてるかもって気持ちは分からなくもないわ。でも、それで硝子や夜蛾先生……五条や夏油たちを悲しませる結果になる事もある」

「みんなを、悲しませる……?」

 

みんなの静止を振り切って、自分の夢の為に動いた結果、辛い顔をさせてしまうのは嫌だ。蘭華は最悪の未来を思い浮かべ、それを振り払うように首を振る。

 

「夜蛾先生が護衛を付けなければいけないと思うほどの力なのよ? 呪詛師たちに知られたら狙われる可能性はハッキリ言って高いわ。夜蛾先生の言う通り、護衛もなく芸能界に入るのは危険だと私も思うわ」

 

……そうして歌姫はふと、自分の言った事に違和感を覚える。

 

(護衛を付けなければ……護衛……あ、そうだわ。居るじゃない! 護衛に適任の能力のやつが丁度!)

 

歌姫の脳内にネチネチとイジってくる揺れる前髪が見えた。

 

「──そう、だから、夏油の力を借りればいいのよ!」

「夏油くんの?」

「そうよ! あいつの操る呪霊を蘭華の護衛代わりにすれば、夜蛾先生に心配を掛ける必要は無くなる、つまり、貴女は夢を追えるって事!」

「でも、それって夏油くんに迷惑じゃないですか?」

「なに言ってるのよ。夏油たちも協力するに決まってるわよ! 友達なんだから。貴女は。もっと頼りなさい。あいつら、実力はあるんだから」

 

傑たちは日頃からもっと頼ってくれてもいいよ。と蘭華に言っていた。それを気を遣わせちゃってるな、と思い込み、できるだけ自分で何とかしようと頑張っていた。

 

「歌姫先輩……ありがとうございます、相談に乗ってくださって!」

 

歌姫が蘭華に微笑む。そして、蘭華の手を握った。

 

「じゃあ早速行きましょうか。思い立ったら吉日って言うしね!」

「え!? ちょ、ちょっと歌姫先輩!?」

「大丈夫よ。頼れる先輩に任せなさい!」

 

何故か少しテンションの高い歌姫に手を引かれながら、高専の教室へと向かって行く。先を歩く歌姫の顔は見えなかったが、少しウキウキしていた。決して、日頃からストレスを溜められている奴らの困り顔が見れるかもと心の隅で思ってしまったからという訳ではなく、後輩の事を想う先輩の気遣いなのだ。

 

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