万魔の主の魔物図鑑   作:Mr.ティン

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第14話 ~窮すれば濫す ナスルロン諸侯の悪手~

「西の連中の様子は? こちらの動きに気取られた様子はあるか?」

「今のところはまだだ。だが時間はない。手早く騒ぎを起こし、直ぐに離脱するぞ」

 

 皇都の闇の奥底、本来一切の明かりを宿さぬ通路を行くのは、無数の影だ。

 いかなる手段によってか無明の暗黒を進む彼らの足取りに乱れはない。

 特殊な訓練によるものか、もしくは何らかの魔術によるものか、いずれにせよ灯りに頼らぬ知覚を持つらしき彼らは、迷宮ともいえる通路をひた走る。

 

 此処は、皇都の地下を走る下水道だ。

 高地の皇城や行政府、貴族区画から港湾部まで続く大規模なもので、幾つかの通路は整備用の為か人が通るに十分な側道が完備されていた。

 どこか迷宮めいた入り組んだ構造は、慣れぬ者が入り込めば迷いに迷う羽目になる。

 しかし影たちは目的地に向かって迷いなく駆け抜けた。

 彼らは一様に皇国の兵士の鎧を身にまとっている。

 近年皇王主導で正規装備として配された異邦人の技術も組み込んだそれには、ほとんどの場合所属を示す文様などが刻まれるのだが、その部分は意図的に削り取られていた。

 兜もフルフェイスタイプであり、一見として何処の所属か、何者であるかは判断できないだろう。

 その中で、唯一人だけ素顔をあらわにしている者が居た。

 ごつごつとした荒々しい特徴的な顔立ちは、一目見たものに確かな印象を残すだろう。

 その顔は、新将軍と呼ばれるフェルン侯爵家の重鎮に酷似していた。

 

「バリファスの連中の区画はこの先だ」

「ハッ! ……隊長、そろそろ口調も変えるべきでは?」

「む? ああ、そうでゴザルな」

 

 ひとしきり駆け抜けたのか、通路の先に微かな光があった。

 顔祖晒している男が、周囲のものへと確認を取るように告げると、短い返答の後に具申をする。

 偽装相手が特徴的な口調であることは、事前の調査で分かっている。

 顔も声色も、その調査により精巧な偽装が可能になるほど。

 何しろ、先の戦いにおいてあの新将軍ゼルグスは、停戦の調停に加わっていたこともありナスルロンの兵の記憶に新しい。

 密偵らが扱うなりすましの偽顔の技法は、見事なまでにもう一人の新将軍を作り出していた。

 

「行くで御座る、各々方。火種を起すで御座るよ」

 

 下水に差し込むかすかな光、通用扉の隙間から洩れる光は、貴族邸宅地区特有の魔法の街灯だ。

 彼ら貴族の抱える暗部、その実行部隊は、手にした魔法具を確かめる。

 この先に在る、バリファス地方の諸侯の邸宅を襲うために。

 

 

 窮すれば濫すという言葉がある。

 皇国は南方、ナスルロン地方の諸侯、それも先のフェルン地方侵攻に加わった貴族たちは、実のところ完全に追い込まれていた。

 

 先の侵攻における発端はホッゴネル家の旧怨によるものが殆どである。

 名目としてゴゴメラ子爵家の悲劇の原因としてフェルン侯爵家を挙げていただけで、軍を起した際には証拠足るモノすら存在していなかったのだから大概だと言えた。

 異邦人からの強大に過ぎる戦力を得たこと、そしてホッゴネル伯その者を異形化した指輪が、精神の均衡を欠いたため暴走したのだと、戦列に加わった諸侯は解釈している。

 そう理解して居ながらも、ナスルロン諸侯はホッゴネル伯の呼びかけに応えたのだ。

 圧倒的な力を発揮する鎧の傀儡兵の軍に威圧された面もあるが、その実フェルンという肥沃な土地を切り取る機会を見過ごせなかったのが真実である。

 

 何しろ、ナスルロン地方の大半は起伏に富んだ山地であり、農地に適する平野はごく限られている。

 また山がちであるがゆえに土地の往来はし難く、幾つかの街道を除けば、そして大河エッツァーの支流以外は交易にも苦労すると来ている。

 これがさらに南に降れば南方内海沿岸域となり、内海交易路が盛んな地域となるのだが、そこは他国領なのだ。

 過去に港を求めて南下したナスルロン諸侯は沿岸諸国群と激しくぶつかり、その都度追い返されてきた歴史がある。

 あまりに激しいぶつかり合いは双方に感情的なしこりを残し、交易路さえ殆ど分断されてしまっていた。

 いっそ沿岸航路による貿易で栄えるガーゼルの交易商人たちの方が、南方沿岸諸国群との関係が良いほどだ。

 つまり皇国南部地方は、皇国全体を見ても落ち目の傾向が強く、それが故に肥沃なフェルン地方を求めたのだと言えた。

 

 しかし、先の侵攻の結果は明らかな負け戦だ。

 強大な鎧の傀儡兵は突如失われ、多数のフェルン兵に押され、遂には発起人であるホッゴネル伯が異形に成り果てた上で討たれている。

 皇王の調停人により侵攻の裁定は御前会議預かりとなったが、その実事前に皇国からはナスルロン諸侯の非を叱責する内容の書状が届くほど。

 つまりナスルロンとフェルンのどちらに非が有るかではなく、国中にナスルロンの失策を知らしめる方が主眼であると示されていたのだ。

 皇王としても名目が何であれ、対外戦争中に後方で地方間紛争を引き起こしたナスルロン諸侯は腹立たしい思いを抱いたに違いない。

 

 しかし、この通達がナスルロン諸侯に道を踏み誤らせる。

 名目に過ぎなかったゴゴメラ子爵家での謀反の下手人を、明確に押し始めたのだ。

 既に急ごしらえとは言え、幾つかの貴族家が相応に力を入れた偽の証拠の数々は、それと知らねば件の新将軍が謀反を起した騎士であると信じるであろう程度には作りこまれていた。

 更には、近年フェルン侯爵家と対立方向に傾きだした北方諸侯の雄スウェル伯も、ナスルロン諸侯の話に協調したのだ。

 これにより、御前会議での流れは、ナスルロン諸侯に傾いている。

 偽装とは言え証拠を出されては、フェルン側が無実を訴えようとも困難だ。

 少なくともゼルグスが犯人でない証拠か、もしくは真犯人を用意する必要があるだろう。

 そしてそのどちらもが困難だ。

 

 過去が不透明で前歴がはっきりとしないゼルグスに、今更謀反の時期にどこに居たかなどという証拠が沸くはずもない。

 真犯人に至っては、ナスルロン諸侯も謀反当初から探し続けて居るという背景もあり、既に死んでいるか国外に逃げ出しただろうと想定されている。

 

 ここに至れば、最早盤面は覆らないだろう。

 しかし暴走するナスルロン諸侯は更に手を打っていた。

 それが、いま下水道より姿を現した者達だ。

 

「いくでゴザル!!」

 

 彼らが手にするのは、門の中で見つかったと言う魔道具だ。

 一見無害な筒に見えるそれは、かつてのアナザーアースの関係者が見たならば、眉をひそめたであろう。

 おもむろに、ゼルグスの顔をしたものが、周囲に立ち並ぶ邸宅の一つに筒を向ける。

 続き響いたのは、妙に軽いポン! という音。そして空中を走る炎の点。

 なだらかな弧を描いて邸宅に向かうそれは、その実恐るべき破壊の前触れだ。

 

 かつてアナザーアースでは、軍勢対軍勢という華々しい戦場、大規模戦闘が盛んにおこなわれていた。

 その為のアイテムも多く、中でも使い捨ての攻撃アイテムは一定の人気を博していた。

 これらは概ね範囲やダメージが固定であり、使い手の実力に関わらず安定したダメージを出せる。

 何しろ数合わせとして生産職などが参加しても、火力として一定の成果を出せるのだ。

 そして、此処で使われているのもその一つ。

 装弾数が各1発しかないが、標的に命中した瞬間数十メートルにも及ぶ範囲を吹き飛ばす<簡易榴弾砲>であった。

 

 このまま、貴族の屋敷に当たれば、敷地を含め一気に瓦礫の山に変えるであろう破壊の火点。

 しかし、突如疾風が走った。

 

「チェエエエエエエァ!!!」

 

 火点より速く、砲弾そのもののように踊りかかった影が、巨大な剣を一閃させたのだ。

 屋敷へと突き進んでいた火点は上空高くに打ち上げられ、次の瞬間轟音と爆発が上空を紅蓮に染め上げる。

 細かな破片と爆風が上空から押し寄せ、多くの屋敷に少なくない被害を出す。

 しかしながら直接屋敷にぶつかればどうなっていたかは想像に難くない。

 

 だからこそ、下水道からの襲撃者は睨みつける。

 彼らの邪魔をした影を。

 そして彼らは目撃する。

 上空の花火めいた光に照らされた顔を。

 そして影の側も見る。

 このような暴挙を為さんとしたものの顔を。 

 

「馬鹿な!? 奴はまだ平地這の屋敷に居るはず!?」

「……それは、この様な街中で打ち上げるには向かぬで御座るぞ? そして……そなたら、何者で御座るか?」

 

 唯一顔を明かした襲撃者、そして火点を上空へと打ち上げた影。

 両者はともに、似通った顔立ちをしていた。

 

 

(……なぜゼルグスの顔をした者がここに居るので御座るか!?)

 

 ゲーゼルグは混乱していた。

 彼が此処に居たのは、はっきり言えば偶然である。

 昼の護衛任務失敗は、結局皇国が商会と何らかのやり取りがあったらしく、ゲーゼルグ達にはお咎めなしという形で決着が付いて居た。

 その後はそれぞれに主である夜光の命を受け、動いていたのだ。

 

 ゲーゼルグは、名目的には夜光らの偽装した傭兵の一団のリーダーである。

 護衛任務失敗の責を問われないとはいえ、護衛を失敗した事実は事実。

 その為今後の活動を見据え、商会の仕事を継続して受けていたのである。

 この夜は商会の会頭レオナルドの護衛に、さる貴族家へと赴いていた。

 皇国東方バリファス地方の有力な貴族家であり、かの地方の中心的な存在とも聞いている。

 馬車と共にレオナルドと降り立った丁度その時、ゲーゼルグは見覚えのある火点が視界の端を流れて行くのを目にしたのだ。

 モンスターであるゲーゼルグも、簡易榴弾砲の事は知っていた。

 主である夜光は大規模戦闘を行う事も多く、味方側はともかく相手からアレの集中砲火を浴びせられたことは確かに記憶に残っている。

 だからこそ、とっさに身体が動いたのだろう。

 上空を彩る紅蓮の炎の規模からして、地上近くで爆発して居れば、ゲーゼルグはともかく護衛対象のレオナルドの命はなかった筈だ。

 

「な、何だねコレは!?」

「まぁ花火程度に考えれば良いで御座ろうな。ああ、顔は隠しておくで御座るよ。此方を直接狙って居たわけでは御座らんが、仕出かした者は此方に頓着しないで御座ろうからな」

 

 そのレオナルドは、襲撃を全く想定していなかった為か動揺が激しい。

 とは言えそれはゲーゼルグも同じなのだが。

 目の前の男の顔は、かつて自分自身が偽装した顔そのものだ。

 しかし、本来ここに居るはずがない。

 本物、というと語弊があるが、ゼルグスを名乗る上級鏡魔(ドッペルゲンガー)は、今フェルン候と面会している夜光と共にいるはずなのだから。

 

「馬鹿な!? 奴はまだ平地這の屋敷に居るはず!?」

「……それは、この様な街中で打ち上げるには向かぬで御座るぞ? そして……そなたら、何者で御座るか?」

 

 つまり、この者らは話に聞くナスルロン諸侯の飼い犬かそれに準じる存在。

 夜光を悩まし、己のかつての顔で狼藉する敵である。

 そう納得したゲーゼルグの決断は速かった。

 

「ああ、言う必要は御座らん。後で……たっぷり聞かせてもらうで御座るからな!」

 

 

 愛用の大剣を振りかざし、竜王ゲーゼルグは暗部たちに襲い掛かる。

 こうしてなし崩し的に、後にバリファス邸前の嵐と呼ばれる戦いの幕が切って落とされたのであった。

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