万魔の主の魔物図鑑   作:Mr.ティン

117 / 241
第18話 ~赤い霧の中で 化石邪霊~

「これは全くもって困ったことになったで御座るな」

「そうね。御主人様とのつながりも感じられなくなってしまったわ。やっぱり、この周りの赤い霧のせいかしら?」

 

 ほのかに暗緑色の光を宿す障壁の中で、ゲーゼルグは重々しく息をついた。

 マリアベルが展開した障壁は、馬車一台程度が入るほどの広さだ。

 その中にいるのは、ゲーゼルグとマリアベル、そしてグラメシェル商会会頭のレオナルドの三名。

 夜光の仲間である二人は言葉の内容とは裏腹に落ち着いているが、さほど直接的な争いに慣れていないレオナルドは不安の色を隠せずにいた。

 

「暢気に話し合って居るのは構わないが、この障壁とやらは本当に大丈夫なのだろうね!?」

「安心なさって。わたくしの障壁は、伝説級ですもの。この程度の圧力なら何日でも持ちますわ」

 

 マリアベルが張り巡らせた障壁は、一種の安全地帯を作り出す神官系統共通の奇跡によるものだ。

 神官系統称号の位階によりその強度や耐性が決定され、この中に居る者は非戦闘時であれば他者から攻撃を受けなくなる効果がある。

 その効果は、例えば毒の沼地の中に在っても安全に過ごせる空間を作り出せるほど。

 そしてマリアベルの位階は最上位の伝説級であり、その効果は内部を限定的な聖域にすら変化させられる。

 奇跡の効果を自信をもって断言するマリアベルだが、レオナルドとしては気が気ではない。

 その理由は障壁の外にある。

 バリファス諸侯の邸宅が集まる一角は、今赤い霧のようなもので周囲を覆われていた。

 更にはその内側を、異様な黒い影が無数に飛び回っているのだ。

 この黒い影は、捕らえられかけたゼルグスの顔を持つ者から溢れ出したもの。

 一定の定まった姿を持たない黒い影は、時折障壁に触れるものの、通り抜ける事も出来ず弾かれ続けて居る。

 存在もあやふやなその影は、明らかな脅威であった。

 

「我らもこれでは身動きがとれぬで御座る。あの溢れた黒き影に触れたならば、我のあの右腕のようになるで御座ろう」

 

 ゲーゼルグの視線の先。そこには灰褐色に染まり、肘元より切り落とされ無造作に転がる腕があった。

 

 

 ゼルグスの顔を持つ者から溢れた闇は、すぐさま無数の影となって周囲に散らばった。

 目の前にいたゲーゼルグにも、当然のように溢れ出した影が襲い掛かる。

 

「ぬっ! これは!?」

 

 無論いいようにやられるゲーゼルグではない。

 愛用の大剣で咄嗟に切り払おうとするも、陰には実体がないのか手ごたえ無くすり抜けるばかり。

 剣士の伝説級称号である剣聖は、時に形ならぬモノさえ斬る特性がある為か、辛うじてかき消すように霧散させられるものの、溢れた影は無数だ。

 目の前のゲーゼルグに向かうモノ以外は、異常を知り駆けつけていたバリファス地方の兵士たち、更にはゼルグスの顔を持つ者らに率いられた襲撃者達にもおそいかかっていたのだ。

 

「な、何だコレは!? ヒッ!」

「お、俺の身体が石に!?」

 

 実体のない影は、彼らを傷つけはしなかった。

 しかし、明確な被害が生じる。影に触れた部位が灰褐色に染まり、まるで石のように硬直したのだ。

 

「あれは石化の呪いですわ! あの影の群れ、まさか化石邪霊(フォッシルエビル)ですの!?」

 

 その症状を見たマリアベルが、すぐさま障壁を展開し始める。

 伝説級の真祖吸血鬼であるマリアベルをして、その影、化石邪霊(フォッシルエビル)は脅威であった。

 化石邪霊とは、その名の通り生者を石に変え呪うモンスターである。

 分類としては悪霊や邪霊といったアンデットの一種であり、同時に強力な存在として位階は上級に分類されていた。

 これは遥か太古の生き物が苦悶の内に死に絶え、自身の肉体が長い時間をかけ化石となるにつれ、幽体も石化の呪いを宿すようになったと言う背景がある。

 主に鉱山内や、地層がむき出しになった断崖などに現れるのだが、本来このように群れをなすと言う事はない。

 死体が化石になるほどの長い年月というのは、悪霊でさえ摩耗させてしまうため、まとめて存在を維持するというのは稀なのだ。

 いっそ化石としての肉体側であり、不死者としての特性と岩石としての特徴を併せ持つ化石骸骨(フォッシルスケルトン)が同時に出現することの方が多いほど。

 だが襲撃者達のリーダーらしき男から溢れた影は、無数にあった。

 さしものゲーゼルグをしても切り払えないほどの量は、遂には一つの影が剣撃の守りを抜け、ゲーゼルグへと迫った。

 いやその傍らを素通りし更に後方、今まさに障壁を発生させんとするマリアベルへと標的を定めていた。

 

「行かせぬで御座るよ!」

 

 だが、夜光のパーティーの前衛として数多の戦いを繰り広げてきたゲーゼルグは、とっさに大剣の柄頭で化石邪霊を打ち据える。

 

『!?!??』

 

 柄頭であっても剣聖が振るう大剣での攻撃は、邪霊を確かに霧散させていた。

 しかし、無傷とはいかない。

 

「ぬうっ! 腕が……不覚!!」

 

 間合いが近すぎたせいか、一瞬手首が化石邪霊に触れていたのだ。

 灰褐色に変化しているのは、触れた個所だけではない。

 まるで毒でも広がっているかのように、ゲーゼルグの腕を灰褐色と通常の肌との境界線が、じわりじわりとその腕を這うように登っていくのだ。

 

 ゲーゼルグは一瞬周囲を見回す。

 周囲は何時しか石像の群れが立ち並ぶ異界に成り果てていた。

 混乱を引き起こした襲撃者、その混乱の元を確認しに来たバリファスの衛兵、混乱に乗じようとした他国との内通者……

 その全てが一様に石像へと変えられていたのだ。

 この場で無事なのは、とっさに障壁を張ったマリアべルと、彼女に守られたレオナルド、そしてゲーゼルグだけだ。

 それを見て取ったゲーゼルグは、

 

「仕方無いで御座るな……この腕、くれてやるで御座る!!」

 

 左手に大剣を手にしたかと思うと、肩口から石化の呪いに侵された己の腕を切り落としたのだ。

 同時に身をひるがえし、今まさに完成しようとするマリアベルの障壁内へと駆け込んだのだった。

 

 

 そして今。

 ゲーゼルグは改めて状況を見据える。

 彼らを守る障壁の外は、今や無数の石像の群れが空虚に立ち尽くす異様な光景と成り果てていた。

 人だけではない。石化の影響は家屋などにも及び、バリファス諸侯らの邸宅は一様に灰褐色の石づくりへと姿を変えてまでいたのだ。

 その石化の元となった邪霊の群れは、今も周囲を飛び回り続けて居る。

 どうやら赤い霧の向こうへと向かう事は出来ない様子であり、赤い霧の中、最早石化させるモノも無く、時折無為に障壁にぶつかるばかりだ。

 

「あの赤い霧、邪霊共が溢れたと同時に周囲を覆ったので御座ったな……」

「アレが無かったら、化石邪霊は更に広い範囲を石化していたのではなくて? あの霧はいったい何なのかしら?」

 

 目の前の邪霊の発生に気を取られていたゲーゼルグと違い、マリアベルは赤い霧の発生を目撃していた。

 化石邪霊が溢れ出したのとほぼ同時に、突如周囲を赤い霞が浮き上がり、それが上空に舞い上がったかと思うと濃度を増し今の赤い霧のドームと化したのだ。

 化石邪霊はともかく、その行動を阻害するような大規模な障壁の如き赤い霧に関して、ゲーゼルグとマリアベルでも解ることは少ない。

 類似するものも見た事は在る。

 野外型のマイフィールドの外周を取り巻く様に発生するそれ。

 彼らの主である夜光のマイフィールドの外周は海であるが、その海上と海中に同様の赤い霧が常に取り巻いているのだ。

 外界との境界であるという認識でしかなく、新たに発生させるようなアイテムや存在を、彼らは知らない。

 故に、

 

「ああ、アレ? あの厄介者を逃がさない為に、ここを隔離しただけの話よ」

 

 障壁内に居ない筈の第三者の声は、完全にゲーゼルグらの不意を突くこととなった。

 

「誰で御座るか!?」

「えっ、嘘!? いつの間に」

「ああ、ごめんね。直ぐに姿を見せるわ」

 

 動揺を隠せず、石像だらけの周囲に目をやるゲーゼルグとマリアベル。

 すると、マリアベルの張った障壁内の道路からスッと身を起す者が居た。

 ゲーゼルグは目を見張る。

 

「そなたは先ほどの……!」

「ええ、私よ」

 

 それは先ほど襲撃者達の背後を取っていた者、レディ・スナークであった。

 彼女はやれやれとばかりにその場に腰を下ろす。

 その顔には強い疲労が滲んでいた。

 

「邪霊が溢れたのが至近距離だったから、とっさの隠形が効きすぎて存在が希薄になり過ぎてたわ……ま、だからこそこの障壁に逃げ込めたのだけど」

「……なるほど、そういう事でしたのね。それと、隔離というのは?」

「見ての通りよ。私みたいな存在は、幾つか権能を付与されていてね。冒険者の力を借りたり試したりをしやすいように、空間を隔離することが出来るの」

 

 マリアベルの問いに、スナークは淡々と答える。

 そう、同時刻に夜光が外から推測していたように、この周囲を取り巻く赤い霧は、イベント時などで使用する隔離空間を生み出した際に発生する現象であった。

 レディ・スナークは、斥候系および盗賊系称号の師匠役だ。

 それだけに彼女監督の元にモンスターと戦うクエストなどが存在している。

 その際に他のプレイヤーが干渉しないように一定範囲を隔離すると言う能力を持つことは必然であった。

 

「それであの邪霊を逃がさない為に?」

「とっさに張ったから、思ったよりも範囲を広げ過ぎてしまったのだけど……アレを外に出すわけにはいかないの」

「そうで御座るな。今でこそこのスナーク殿の霧による範囲のみでとどまって居るで御座るが、解き放たれればどうなることか」

 

 スナークの言葉に頷くゲーゼルグ。

 しかしスナークの顔色は悪い。

 

「あの隔離障霧は、あまり長く保たないわ。あの邪霊を押しとどめるのも負荷がかかるし、今は外からも負荷をかけられているし」

「外? 外とはどういうことだい?」

 

 話に不穏さを感じたのか、レオナルドが口をはさむ。

 その時だ。

 

「ッ!!!」

 

 スナークが小さな悲鳴を上げた。

 姿を見せてから悪かった顔色が、一層血の気の引いた深刻なモノへと変わる。

 

「ど、どうしたと言うんだね!?」

「これは、今行った外からの負荷の結果よ……先刻の魔道具で暴れていた襲撃者を操っていた輩が、化石邪霊の群れを押しとどめてる結界を攻撃しているの」

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。