万魔の主の魔物図鑑   作:Mr.ティン

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第25話 ~<貪欲>と<傲慢>~

「なぜこうも上手く行かない……!」

 

 雷霆に本体を打ち砕かれた<貪欲>は、上手く行かない現状を嘆いていた。

<貪欲>の本体というべき身体は、様々な種類の宝石で形成されている。

 高い硬度を持ちながら炎属性に弱いダイヤモンドや、電気石と別名を持ち電気を帯びるトルマリンなど、様々な特性をもつ宝石の数々。

 それらは特に防御面で優れており、相対する攻撃の属性に合わせた宝石を防壁として展開することで殆どを無効化することが出来た。

 しかし、あの相手ときたら! 

 複数の属性を広範囲にぶつけられては、<貪欲>の防御特性も間に合わない。

 混ざりあった属性は各宝石の弱点を突き、否応なしに消耗させられてしまった。

 ならば髪から属性攻撃を行うあの小娘を撃たんと、貫通力のある黒曜石の鏃の雨を放つも、それはあの風の神格に阻まれ、打撃力強化の砲撃すらあの槍使いに撃ち落とされた。

 宝石の投射を行ったが同様だ。それすらも途切れることなく放たれる属性攻撃で相殺されてしまう。

 そして、最後のあの雷撃だ。

 あの轟雷は、何らかの石もしくは大地の属性に属するモノに対する特攻効果を発揮するのだろう。

 絶縁特性を持ち雷属性を無効化するはずの宝石の類まで、消滅させられたのだ。

<貪欲>の意識もまたその光の中に呑まれようとするも、辛うじて意識の主を分体へと移して難を逃れていた。

 しかし、同時に<貪欲>は困惑していた。

 

「……ここは?」

 

<貪欲>のこの分体は、簡素な水晶の結晶であった。

<貪欲>の意識が宿ることで赤黒い輝きを放つようになったそれが照らすのは、部屋というには少々広い空間。

 布製にも見える天井と壁までは遠く、そして壁沿いには物資らしき箱が積まれている。

 他にも武具が並んだ一角や、簡易的な家具が置かれた箇所があるなど、どこか隠れ家じみた印象が漂う。

 部屋の中央には簡素な机が置かれた机の上には皇都の地図が置かれ、他には簡素なランプが転がっていた。

 それらは、<貪欲>の記憶に無いものだ。

 この皇都には、<貪欲>がペリダヌス家の家令や傭兵の一人を操り用意した分体とその隠し場所がいくつもある。

 此処もその一つかと考えたのだが、<貪欲>の記憶にはない。

 それに、

 

「この地図と石は……!?」

 

 皇都の地図に置かれた無数の石。その意味を察して言葉に詰まる。

 その配置が、己が起こした事件を示していると察したのだ。

 己が知らぬ間に、何者かが皇都で起きた全てを手の内にしている。

 その事実を察した<貪欲>を追い打つように、乾いた音が鳴り響く。

 まるで祝福するような、嘲笑うかのような拍手の音の後、歌うように語り掛けてくる者があった。

 

「ああ、久しいな地宝神。ああいや、今は<貪欲(アバーズ)>だったね? 手酷くやられた様じゃないか。それに何とも間が悪い」

「お前は……!?」

 

<貪欲>の主観において、拍手が始まる以前には決して誰も居なかった筈の机の傍ら。そこに、まるで初めからそこに居たかのように佇む貴族服の男が居た。

 恐らくは家紋も意匠として織り込んでいるらしき華やかな刺繍が随所に施されたその服は、この国の上級貴族特有のモノだ。

 顔立ちは貴族らしく整って、同時に戦士としての精悍さも持ち合わせる。

 もっとも、それは表情を引き締めて居たらの話だ。

 今その男が浮かべるのは、内から滲むような冷笑。

 机に広げられた皇都の地図、その皇城に置かれた金剛石をつまみ上げながら、貴族風の男は赤黒い光を放ち浮かぶ水晶へと語りかけていた。

 

「随分と手を尽くしていたようだが、何とも運が悪い。相手が悪かったと言っておこうか。何しろ彼らは……」

「それ以上、上から見下ろす物言いを止めろ、<傲慢(アロガンス)>!」

「おや、気に障ったかい? すまない、この身体の性分でね。幾つか前の身体であれば下手に出るのも自然に出来たのだけどね。もっとも変える気も無いし、今の君に変えられる力は無い訳だが」

 

 威圧するかのように<貪欲>が放つ光が力を増すが、<傲慢>と呼ばれた貴族風の男は気にも留めない。

 する必要も無いのだろう。

 事実、両者には明らかな力の差があった。

 

「うるさい! あんな邪魔さえ入らなければ、今頃は……!」

「やれやれ、随分と焦って力を集めていたようだが、『真体』を失った君では、それがかなわないこと、明らかだろうに。もしや本当に私達に対抗できるつもりだったのか?」

「……っ」

 

 言葉に詰まる<貪欲>から地図へと視線を移した<傲慢>は、そこでふと笑みの質を変える。

 

「まぁ、此方も大して状況は変わらない以上、彼らを取り込めたら、実際それは叶っただろうがね」

「……どういう事だ。何が言いたい?」

「いやなに、ちょっとした同類のよしみというやつさ」

 

 地図の上、貴族区画の一角、バリファス諸侯らの邸宅が立ち並ぶ部分に置かれた幾つかの石を弄びながら、<傲慢>は続ける。

 

「君が今夜やり合っていた者達。あれは『プレイヤー』と呼ばれる者たちの中に在って特に力を持っている。最後発だからだろうね」

「確かに、この辺りに居た異邦の者とは比べ物にならない力を持っていたが……」

「そしてここに、もう一つ君の分体と、『プレイヤー』の中心人物がいる。君の本体核の欠片を、巨人を以て倒した者たちだ。覚えているだろう?」

 

 揶揄するように、地図に置かれた石の一つを掲げて見せる<傲慢>。

 特異な空間の中での出来事さえ言い当てられ、<貪欲>は赤黒い光の勢いが増す。

 

「……お前、何処まで俺のことを見ていた!?」

「さぁ? それを今語る気は無いよ。ソレよりも、彼を操ったのなら、私や<忿怒(アイアー)>にも対抗できるかもしれないな。何しろ彼は特別だ」

「何を言って居る? あの魔像を操る子供が何だと?」

「それはもう一度戦って見ればわかるさ」

 

 言葉を荒げる水晶に、<傲慢>はその貴族らしい白手袋に覆われた指を立て数えだす。

 

「君ももう分体は残り少ないのだろう? その水晶を別として、このバリファス区画の黒玉、そして彼が封印している本体核の欠片位か」

「…………」

「つまりその水晶を砕けば、必然黒玉に身体を移すより他ない。封印された体では動かないだろうからね」

「まて! 何をする、止めろ!!」

 

 何をされるのか察した<貪欲>の声が響く中、<傲慢>は白手袋に覆われた掌を水晶に向ける。この場はもう終わりとでもいうかのように。

 

「いや、そもそもその水晶は君の動向を探る為に用意したモノなのでね。そもそも君のものではない。こうしてその身体に意識を移せたこと自体が事故のようなモノだ。だから言ったのだよ、間が悪いとね」

「お前! <傲慢>ッ!!」

「これで観測しにくくなってしまう。意識を移すのなら、此処が最後であればよかったものを」

 

 そう言うと、<傲慢>を名乗る貴族の突き出した手から、強烈な魔力の波動が放たれた。

 彼が言う通り、本来は<貪欲>の分体ではなく、その魔力に寄せて作られその魔力動向を観察するための起点でしかない水晶は、高音域の悲鳴じみた音を立て、砕け散った。

 初めからその様になるように作られた居たのだろう。細かな砂状にまで、自然と破砕された水晶に<貪欲>を宿し続ける力は無く、かの意識はこの場から離れていく。

 それを見届けた貴族風の男は、やれやれとばかりにため息をついた。

 そして、腕を一振り。すると水晶からの光が失われ暗闇となった部屋に光が満ちた。

 天井中央にある光源の魔道具が作動したのだ。

 

「まったく、アレは昔から欲をかきすぎて失敗するのを何度繰り返すのか。それで己だけ苦労するならともかく、此方の邪魔になるのだから度し難い……操りやすいのは良いのだが、同じ古き者、滅びの獣としては嫌になる」

 

 明るくなった部屋の中、貴族風の男は再度机の上の地図を見る。

 先まで<貪欲>と繋がっていた水晶を基に各地の状況を宝石で照らし合わせていたが、それがなくなった今、詳しく現地の様子を知るのはひと手間必要になる。

 そのひと手間、<傲慢>がその地図に魔力を流し込むと、その上に置かれた無数の宝石が振動を始めた。

 現地の状況とリンクし始めたのだ。

 その中、バリファス諸侯の区画に置かれた黒玉が細かく震えだすのを確認し、<傲慢>は一つ頷く。

 あの獣は、無事にかの地の黒玉へと意識を移したらしい。

 

「とはいえ、この区画の騒動で実に都合の良い身体を確保できたのは良しとすべきか。もっとも、<万魔の主>の手勢が動いてこそともいえるが。あの騒ぎで、これほどの身体が無防備になってくれるとは」

 

<傲慢>は己の身体を確かめるように、見下ろす。

 仕立ての良さとあちこちに刺繍された文様は、その身体が上級貴族のモノだと示していた。

 

「<貪欲>が成獣に至り『真体』を取り戻せは刈り取るところだが、そうでないなら時期尚早。であればあの少年の下で封じられて居た方が、<忿怒>の手も皇都に入っていた以上、アレに取り込まれるよりよほどマシと言うものだ」

 

 再び皇都の地図に視線を向ける<傲慢>。

 その上では、貴族区画の黒玉とその周囲を取り巻く無数の屑石に対して、奇妙なものがいつの間にか置かれていた。

 指先程の大きさの本である、

 更にはその周囲には、もとより置かれていた翡翠と燐灰石や、それ以外の石もあった。

 

「あの少年も既に到着していたか。滅びの獣とは言え、幼体では<万魔の主>とその軍勢に適うまい。何しろ、羽化したてとは言え成獣に至った<飽食(エンゴージメンス)>を打倒し封印したのだから」

 

 そう言うと、<傲慢>は名残惜しそうに地図から視線を外す。

 

「となれば、かの地の混乱も直に収束する。並みの商会ならば先送りするだろうが、あの会頭ならば予定通りに商談を願い出るとも限らん。最後まで観察したいところだが、止むえないか」

 

 名残惜しむように、<傲慢>は地図への魔力を止め、代わりに別種の魔力を展開する。

 すると、足元に魔力が図形を描いた。

 見る者が見たのなら、それがマイルーム等と『外』とをつなぐ『門』に記される魔法陣に酷似していると気付いただろう。

 その中に足を踏み入れた男は、瞬時に姿を消した。

 転移の影響か、僅かな風だけを残して。

 

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