万魔の主の魔物図鑑   作:Mr.ティン

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第10話 ~メザメ~

 はるか大空の上から、僕は大地を見下ろしていた。

 遠くまで広がる田園風景。

 目の端には、緑茂る木々の集まりが見える。

 それはまさしく絶景だった。

 だけど、僕の意識はあるものに引き付けられていた。

 大地のうねりの合間に横たわる、大きな影。

 遥か東から昇る太陽の日差しを浴びて、銀色の毛皮を輝かせて、巨大な魔獣は眠りについていた。

 それを視ている僕は、言い知れない不安を抱いた。

 

 あれは、起こしたらいけない。

 おこせば、この平穏な風景は失われる。

 あれは……

 

 カラ──ーン カラ──ーン

 

 思い連ねる中、僕の危惧をあざ笑うように、遠くから大きな音がする。

 魔獣をあえて呼び起こすようなその音に異を唱えようとして、世界がゆがむ。

 

 ああ、これは夢なのか……そう意識した途端、急速に僕は睡魔から逃れていった。

 

 

 カラ──ーン カラ──ーン

 

 朝を告げる神殿の大鐘が聞こえる。

 静けさに包まれていた街にざわざわとした人の生きる音が蘇っていく。

 暖かなもので守られた中、睡魔の支配に身を任せていた僕は、ふと、甘酸っぱい香りに包まれているのに気づく。

 釣られるように、僕は目を開けると、目の前は生命力に満ちた黄金の毛皮。

 見上げると、心地よさそうに眠る狐の顔。

 暖かなものというのは、本性を表した九乃葉の尾だったみたいだ。

 全部で九本。僕を暖かくくるんでくれている。

 

 ……確か、眠る前は子狐姿の九乃葉を抱きしめて寝たはず。

 それがいつの間にか僕が擁かれる立場になっているのは多分、寝ている間に九乃葉の子狐への下級種族変身が解けてしまったからなのだろう。

 獣の姿の九尾の狐は体長3m近い。

 長い尾も合わせて、僕が泊まった部屋はモフモフに溢れかえっている。

 ホーリィさんが見たら大喜びだろうなぁ。

 そんな事が頭によぎると同時に、

 

「やっくん、朝ごはんできてるよー!」

 

 ノックと共にホーリィさんの声がした。

 

 ここは、ホーリィさんのマイルームポイントだ。

 僕の世界で言う万魔殿に相当して、彼女が持っていた称号<女教皇>の名にふさわしい神聖で荘厳な雰囲気の神殿になっている。

 召喚NPCの多数の神官団や聖堂騎士団を抱えられるだけあって、部屋数も多い。

 僕やブリアン達偵察部隊を一夜泊める程度の空き部屋は十分にあった。

 昨夜は夜遅くになっていた事もあり、ホーリィさんの厚意に甘え、ここでとまらせて貰っていた。

 

「まだ寝てるの? 今日出発早いんでしょー?」

 

 ノックが段々打撃音に変わっている。

 流石殴りプリのホーリィさんだ。位階が下がってもノリは変わらないらしい。

 ってかこの音、手じゃなくて何か鈍器使ってる音じゃないだろうか? 

 そんなことを思いつつ、僕は返事が出来ない。

 九乃葉の毛皮の、尾の心地よさと言ったら、骨抜きになりそうだ。

 最高級の寝具だって、こんな寝心地や肌触りを超えるのは不可能だろう。

 

 あ~ふかふかモフモフ……

 

 ガゴンッ!! 

 

「コラー! 起きろこのショタ公!! ……わ~、もふもふだぁ!」

「フギャッ!? な、何事でありましょうか!?」

 

 最後に一発大きな打撃音の後、ホーリィさんが乗り込んできた。

 部屋中を埋めた九乃葉の尾に目を丸くして、次の瞬間、全身でモフモフを感じようとしたのか、大の字になって飛び込んでくる。

 突然の衝撃に目を覚ます九乃葉。

 

 こんな調子で、僕の異世界での2日目は始まった。

 

 

 

 目覚めは多少の慌しさだったが、出発まで自体は順調だった。

 神殿の食堂で食事をとり、ホーリィさんの旅支度を待つ。

 

 ゲームとしての『アナザーアース』でも、プレイヤーキャラは定期的に食事をとる必要があった。

 これは成長率や回復力に影響があり、逆に何も食事をとらないと生命力やスタミナにダメージが入るようになっている。

 また、料理の種類によっても成長率などへの影響があるため、食事は『アナザーアース』でも重要な要素と言えた。

 カンストしたキャラでも、料理での一時的な能力のブーストが可能なため、大きな戦闘イベント前はいい食事をとるというのが定番であったりする。

 

 召喚モンスターの維持コストは、モンスターにとっての食事に当たるのかも知れない。

 朝食のタイミングで傍に居る九乃葉やリムスティア達の維持コストが、僕の生命力や魔力、スタミナから失われていく。

 軽い眩暈と動悸が襲ってくるが、上位種族のステータスへの潜在補正と、万魔の主のコスト低減特性のおかげですぐに回復可能な程度で収まった。

 質素ながら生命力とスタミナへの回復に補正がかかる暖かなスープとパンが、すぐさまコスト分の消耗を補ってくれる。

 そして、ホーリィさんと合流し、城門へ。

 

 ブリアン達偵察兵とは、既に昨夜顔合わせを済ませていた。

 ホーリィさんのことは、僕と同じに初めから部隊に付いていた見習い神官として認識させてある。

 既に準備を整えていた彼らと共に、僕たちは再び『外』へと踏み出した。

 

 

 

 

 朝日が昇る中、僕たちは森の中の街道を歩く。

 先導して歩くブリアン達の背を追いながら、僕とホーリィさんは話し込む。

 ホーリィさんは物珍しそうに辺りを見回し、リアルでは中々味わえない、新鮮な森の空気を胸いっぱい吸い込んでいる。

 ちなみに、彼女は配下のNPCを連れて来ていない。

 コンバート後の弱体化した状態では、システム的な召喚条件に合わないからだ。

 

「それで、予定はどうなってるの?」

「この森にあるもう一つの門の中を確認して……一度僕の世界に寄って、ホーリィさんの装備を確保したら街に行こうと思います」

 

 ホーリィさんの装備は、幾つかアイテム庫で見つけた下級でも装備可能な護符や指輪以外は、初期のままだ。

 これから先の見えない状況が続くだけに、装備は低いなりにも最良のものを用意しておきたかった。

 出来るなら、この先の門に入る前にどうにかしたかったけれど……

 

「この人達が余り戻るの遅くなっても怪しまれちゃうかもしれないんでしょ? 

 なら、私の装備は後でいいわよ。こっちの世界にはモンスターは出ないんでしょ?」

 

 本人もそう言っている為、とりあえず先を急ぐことにする。

 幸いこの近辺は街にまだ近く、侵略戦争を仕掛けている国だけあって軍事力もそれなりにある為か、盗賊等はめったに出ないらしい。

 第一僕たちは、偵察部隊の一団と行動を共にしている。

 盗賊が標的にするには、余程無謀な連中でもない限り向かないだろう。

 

 そうこうしている内に、僕たちはこの森にある第3の『門』がもうすぐ見える辺りまでやってきた。

 まだ日が低いうちとはいえ、眩い太陽に照らされてもなお、門の輝きは目立つ。

 まだそれなりに距離があるとはいえ、遠目でもそろそろ見えてくる頃だろう。

 どうやら僕やホーリィさんの世界へと通じる門と同じく、森の中のやや開けた場所にあるらしい。

 ふと、今まで見た魔法陣のことを思い出す。

 

「……門が現れるのには、一定の開けたスペースが必要なのかな?」

「どうなんだろうね~? スペースが足りなくて門が壁の中に埋まってるとかは、昔のゲームのネタにされちゃいそうだけど~」

「『外』に出ようとしたら、壁の中? ……想像したくないです」

「……しっ! 静かに」

 

 不意に、二人して怖い考えになっていたところを、ブリアンから鋭い声が飛んでくる。

 周囲の偵察兵も、緊張感のある表情に変わっていた。

 そのまま、全員で街道を外れると、慎重に門の方向を窺っている。

 慌てて口を閉ざす僕たちに、足元から九乃葉の潜ませた声が注意を促した。

 

「……門の周囲に、何者かおりまする。数人のようですが、堅気の者とは思えぬ様子」

「……それって……この世界で言う冒険者?」

 

 僕たちはブリアン達からの情報を思い出す。

 確か、門は国が管理しようとする筈。そして、この森にできた門の調査は、領主からの命でブリアン達が受け持っていた。

 命令の重複でもない限り、僕達よりも先に門を調べようとする存在、それは話に聞く『この世界』の冒険者たちだろうか? 

 

「盗賊の可能性もある……偵察を出そう。まずは何者か見極める」

「待って、ブリアン。偵察なら適役がいる」

 

 偵察に部下を数人先行させようとするブリアンを、僕は止める。

 何かを察したらしいブリアンをしり目に、僕は九乃葉を見つめる。

 子狐の姿でも、九乃葉の感覚は鋭い。

 魔獣に分類される九尾の狐の敵察知スキルは、子狐になり位階が下がっていても、十分な危機感知能力を持っているようだ。

 それに、子狐姿なら万が一見つかっても怪しまれずに済む。

 

「九乃葉、頼んだよ」

「かしこまりましてございます。主様、少しお待ちを」

 

 僕が頼むが早いか、九乃葉は草を揺らす音すら立てずに走り出した。

 そして、大した時間もたたずに戻ってくる。

 

「……そこな男の言うように、恐らくは野盗かと。見張りに2名、門に張り付いておりまする。共に下級……ただ、得物は分不相応の物を身に纏っているようで」

 

 全く気取られた様子も無く、僕の親愛なる子狐は、相手を正確に調べてくれた。

 下級のおそらく<野盗(ローグ)>が2人。

 なら、九乃葉が本性を表せば一瞬で片が付くはずだ。

 むしろ気になる点は、得物が分不相応との言葉、そして……

 

「……門の中を漁られている、みたいだね……」

 

 ブリアンが僕の言葉に、頷く。

 どうも、もっと多くの人数が周辺を通った形跡があったらしい。

 だとすると急ぐ必要がある。

 もしかすると、門の中には僕たちと同じ境遇の人が居るかもしれない。

 先輩ほどに見知ったプレイヤーは少ないけれども、同じ『アナザーアース』のプレイヤーとして、野盗に酷い目にあわされるのは忍びない。

 恐らくは、表の二人は最低限の見張りで、他の者達は、門の中を荒らしているのだろう。

 下手に捕えようとすれば、中へ救援を呼ぼうとするかもしれない。

 そうなる前に、倒す必要があった。

 ホーリィさんの表情も硬くなっている。彼女にとって、生身での初めての実戦だからだろうか。

 

「とりあえず、門の周りの見張りを倒します」

「……うん、やっくんに任せる」

「九乃葉、頼むね」

「かしこまりまして御座いまする」

 

 九乃葉は、僕の言葉と同時に飛び出した。

 子狐姿に押し込んでいた力が、一瞬で解放される。

 駆けていくのは、九つの尾を持った伝説の魔獣の姿だ。

 しばらくの後、門の近くで新たな輝きが天を焼いた。

 妖狐族特有の特殊スキル、狐火(フォックスファイア)

 下級位階の子狐(リトルフォックス)では最下級の火炎魔法程度の威力しかないが、伝説級の九尾が扱えば、鉄さえ溶かす業火と化す。

 更に一つ、天に昇った炎。九乃葉の合図だ。

 僕たちは、門へと向かった。

 

 門の周囲には、男が二人倒れ伏していた。

 九乃葉はうまく加減したのか、意識は失っているが生きている。四肢を焼かれ身動きが取れないらしい。

 身に着けているのは、中級位階用の装備だ。

 なるほど、これが九乃葉が言っていた分不相応な装備なのか。

 自身の位階よりも高位の装備は、ある程度なら装備は可能だ。

 だけど、装備の真の力は引き出せないし、場合によってはステータスが下がるなんていうこともある。

 

「この者達は、山賊です。本来ならば、この遥か先にある峠道などで現れるとされていますが、おそらく門の中を漁る為巣から出てきたのでしょう」

 

 山賊ならば、見つけた戦利品を取り敢えずで装備することもあるかもしれない。

 僕は納得すると同時に、倒れた男達を調べるブリアンの言葉に、焦燥感を覚える。

 今、この門の中で何が起こっているのか? 

 考えるまでも無く、略奪だろう。

 

「何人かは、この山賊を捕らえたままここで待機。あとは、すぐにも門に入ろう。九乃葉、先導を頼んだよ」

「心得ましてございます!」

 

 九尾の姿のまま、僕の魔獣は門へと飛び込んでいく。

 その後に続いて偵察部隊の隊長であるブリアンが、僕とホーリィさんが続く。

 

 

 その小世界(マイフィールド)は、まるで職人街の様だった。

 様々なクリエイト系称号用の施設が並び、材料さえあれば、どのようなアイテムでも生み出せそうだ。

 豊かな品揃えの商店さえも並び、この小世界の主は、商売とアイテム製造に特化していたのかと思う。

 

 だが、そこは地獄と化していた。

 店先に無数に並んでいたと思われるアイテムの数々は、粗野な雰囲気を露にした盗賊たちに奪われ、荒らされきっていた。

 アイテムを生み出す職人NPC達は刃に倒れ、無数の赤にまみれ倒れ伏している。

 またある女性NPCは、数人にのしかかられ、悲鳴を上げていた。

 

 そしてその先、まだ距離があるにもかかわらず、はっきりと判ったそれ。

 

 このマイフィールドの主だったと思われるプレイヤーは、見せしめであるかのように、無数の刃で磔にされていた。

 

 それ、を認識して。

 

 ──そうだ、怒れ。

 

 ……僕の中の何かが、ナニカと繋がった。

 

 ──そうだ、オレが力を貸してやろう

 

 

 僕の内に湧き出るコトバに導かれるように僕は頷く。

 

 ……あいつらに、相応の報いを受けさせよう。

 湧き出る怒りに身を任せればいい。それだけで

 

 ──そうだ、怒りこそ我が力の源。

 ──貴様には借りがある。お前の望むままに、オレを呼べ。

 ──我が、マスターよ! 

 

「て、てめぇら、その鎧! 街の衛兵か!?」

 

 ようやく山賊たちが突如表れた僕達へ武器を構え始めた。

 が、もう、遅い。

 僕の周りには、昨日僕を襲った偵察兵たちが盾になってくれている。

 今なら、まだステータスの低い僕でも、余裕を持ってあの魔法を、唱えられる! 

 

「……憑依召喚……僕の呼び声に応えろ、<憤怒(ラース)>!」

 

 僕を中心に魔力の嵐が吹き荒れた! 

 数瞬のうちに収まったその後に、膨れ上がった魔力が半透明の異形をカタチ作る。

 

 雄牛のごとくの角が何本も生えた、筋骨たくましい巨人の姿。

 顔は異形の仮面に隠れ見えないが、唯一見える目は、炎の如き怒りが宿っている。

 それは、七つの大罪を司る魔王の一柱。

 憤怒の(デモンロード・)魔王(オブ・ラース)サトルギューア。

 アストラル体のみを僕の身体に宿し、それは顕現した。

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