万魔の主の魔物図鑑   作:Mr.ティン

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間章 小話 万魔殿の食糧事情 その1

 とても今更な話になるけれど、アナザーアースの諸々が実体を持った事で大きく変化したものの一つに、生産スキルがある。

 かつてのアナザーアースにおいて、生産系称号持ちは、生産スキルを実行するだけで、様々なアイテムを生み出せていた。

 それは実体化した今も同じだけれど、更に生産スキルに頼らず実際にそのものを作り上げようと手作業で行ってもアイテムを生み出せるようになっている。

 この場合、生産スキルよりもさらに出来栄えに幅があるのだけど、上振れした際の性能はデータ時代とも比べて破格になっていた。

 実際僕らの装備は、この数か月でかなり刷新されている。

 ゼルの持つ泰山如意神剣のような特に突出していた装備以外は、関屋さんの商店街が開発した装備に置き換わっているのだ。

 性能比はアナザーアース終了の段階と比べて2割増しといえば、その凄さがわかるだろうか?

 

 この生産面の革命は消費アイテムなども同様で、特に料理アイテムでは顕著だ。

 料理人称号持ちが調理スキルで料理を作成した場合、高品質化などの変化以外は効果も味も一定なのだが、スキルではなく調理という形をとると明確に味に差が出る。

 この分野は、特に関屋さんの活躍が大きかった。

 リアルでも様々な料理を、それこそ有名料亭の本格的な料理さえ食べたことのある関屋さんは、所謂違いが判る人だったらしい。

 その関屋さんをして、料理アイテムは一定の味を保っているけれど、面白みがない味だったらしい。

 そこで、商店街の調理人NPCとともに、現実の調理法などを伝えつつ試行錯誤した結果、とてつもなく美味な料理が生み出されるようになっていったんだ。

 なお、それに比例して関屋さんの体重は明らかに増えた。

 かつて同盟を組んだばかりの関屋さんは鍛冶師として槌を振るう引き締まった体つきだった。

 だけど今は、ドワーフと聞いてイメージするような、ビア樽もどきになり果ててしまっている。

 試作料理を味見し続けた結果らしい。なんとも恐ろしいことに、リアル化は、キャラクターの体形にも影響があるみたいだ。

 この情報は、ホーリィさんを始めとした女性陣を戦々恐々とさせるようになるのだけれど、それはまた別な話。

 

 と、まぁ長々と語ってきたけれど、つまるところ何が言いたいかといえば。

 

「自炊、できるつもりだったんだけどなぁ」

 

 料理下手は下振れしかひかないということ。

 目の前には、見事に焦げ付いた鍋と、これまた黒焦げのかつて魚だった炭モドキがある。

 これが、推定白米を炊く、及び魚を焼こうとした結果とは、自分でも思いたくない。

 

「火力調整難し過ぎないかな、これ……」

 

 感慨深く、リアルで触れてきた調理器具の優秀さに思いをはせる僕。

 スイッチ一つでご飯を炊ける炊飯器と、絶妙な焼き加減を可能にするグリル付きコンロの偉大さは、それらに触れえない今身に染みるようだ。

 

 なぜこんなことになっているかと思えば、気まぐれに自炊をしたくなったから。

 リアルになったことでのスキルの変化や組み合わせの幅の変化を試していたら、いつの間にか真夜中になっていたのだ。

 夕食自体は皆と取っていたから完全な空腹ではないけれど、とはいえ何か腹に収めたい。

 そんな腹具合と思い付きからの、料理人称号無しでの調理は、見事に大失敗に終わった。

 

 僕はリアルで大学生であり、下宿暮らし。

 決して料理上手とは言えないし、それなりに料理はできるつもりだったけれど、見事に失敗してしまった。

 おかしいな、小中生の林間学校や授業の調理実習ではもう少しましな結果になった記憶があるのだけど。

 

「ちょっと小腹が空いたから、試してみたんだけどなあ……」

 

 その結果がこの炭の塊だった。ま、まぁ仮にも攻撃魔術の炎玉(ファイアボール)で焼こうと言うのは無謀だったかもしれない。

 マイルームに置いた攻撃スキル練習用のマトに鍋と魚を括り付けたのも、やはりまずかったか?

 中級位階の火力なら、そこそこの火力かつ一気に調理できるような気がしたのだけど。

 

 ……もっと根本的に、マイルームから出るのを億劫がらず、おとなしく食堂に行って蟻女(アントレディ)メイドの調理担当に頼めば良かったのは動かしようのない事実なんだろうけど。

 

「とはいえ、今夜中なんだよなぁ……」

 

 白米と焼き魚になるはずだった炭をストレージの廃棄エリアに突っ込みながら、僕は独り言ちる。

 万魔殿は吸血鬼などの夜に活動するモンスターも多く住んでいる。

 だから、夜中に食堂に行っても、誰かしら対応してくれるとは思うけれど、少々心苦しい。

 僕もバイトを経験したからわかるけれど、気を抜きそうな夜中に不意に店長とかがやってくるとか、心情的に嫌だ。

 

「……なら、いっそ夜起きてる皆の所に行ってみようかな」

 

 マリィの眷属である吸血鬼達ならば、当然夜に活動的だ。

 吸血鬼といってもアナザーアースのそれは血だけでなく色々と食べられるので、軽い夜食を共有くらいはできるかもしれない。

 そんな軽い気持ちで、僕は自室(マイルーム)から夜の万魔殿へと足を踏み出したのだった。

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