万魔の主の魔物図鑑   作:Mr.ティン

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章間 小話 万魔殿の食料事情 その3

「……結局完食してしまった」

 

 僕は螺旋階段を降りながら、少し膨れた腹をさすっていた。

 巨大茹で卵は、子供の僕が一人で食べ切るには余った為、白蛇の精の雫にも手伝って貰ってようやく食べ切る事が出来ていた。

 味は良かったけれど、個人的に量が多すぎるのは問題だと思う。

 とはいえ大柄な体格の、それも基本的に食欲旺盛な竜人であるゼルへの料理と言うなら、アレで正しいのだろう。

 そういえば、食後にあの卵は何の卵か聞いたら、自前と答えが帰ってきた。

 雫は自分で産んだ卵を調理したらしい。それで良いのかと思ったけれど、無精卵との事なので問題ないらしい。

 ……本当に大丈夫なのだろうか?

 

 それは横に置いておこう。

 僕は小腹を満たすという目的を達成してしまった訳だけれど、だからといって直ぐ自室(マイルーム)に戻る気にはなれなかった。

 夜中にうろつくというシチュエーションが楽しくなってきたのもあって、当初の目的地である下層のエリアまで一通り見回ることにしたのだ。

 そんな訳で、僕は竜人達の住まう階から、魔獣や道士達が住まう階へと降りていた。

 万魔殿に住むのは構造上人間に準じた体格の者たちだ。

 ここのの配下の魔獣も、ここに住まう者たちは人間に化身出来る者ばかり。

 更に言うなら、そういった魔獣達はここのの弟子として道士の称号持ちとなっている。

 つまりこの階段を降りた先は、道術の使い手の領域だ。

 

「……相変わらず、変化が激しいなあ」

 

 石壁に囲われた螺旋階段が、不意に木製の階段に変わり、次の段に踏み出せば視界が桃色に染まる。

 そこは、桃の花咲き乱れる園となっていた。

 遥か彼方まで続く桃の木には、満開の花を咲かせるもの、芳醇な実り具合の桃をつけたものと様々だ。

 その中でもひときわ大きく、たわわに桃を実らせる大樹の幹に沿って、螺旋階段は続いている。

 道術系統の称号は、極めると仙術になり、このように空間を制御する奇門遁甲の術や、仮初めの世界を現実化する壷中天の術等を扱えるため、こんな脳の理解力に過負荷を強いられそうな現象を起こせるんだ。

 この階はそれらによって正しく別世界と化している。

 見上げれば桃の花びらが舞う空まであるから、本当に驚いてしまう。

 それというのも、この階がこうなったのはマイフィールドの現実化のあと、意思を持ったモンスター達にそれぞれ住まう階層を自由にさせた結果だからだ。

 

「これはこれは主様、此度はどのようなご用向ですかにゃ? 洞主様ならば、術符をお書きになられておいでですが、お呼びしますかにゃ?」

 

 僕をこうして出迎えてくれる、仙女のような装束と羽衣をたなびかせる彼女も、それをなした一人。

 

「いや、邪魔するのも悪いから良いよ、三色娘々。ただの夜の散歩だから」

 

 服装だけ見ると、完全に仙女なのだけど、その頭は三毛猫そのモノだ。

 三色娘々は猫の魔獣から九乃葉に弟子入りして昇仙した仙女という設定。

 ただ、語尾とか顔だけ化身したのに頭だけ猫のままとかの設定にはしていなかったはずで、何故こうなったのかは僕にもよくわからない。

 人への化身は難しくない筈だし、むしろ頭だけ猫のままとか逆に設定に手間がかかる。

 誰かに強制されなければ、こうはならないはずだけど……。

 

「あっ主様! でしたら奥でお茶でも如何ですかにゃ!? それがいいですにゃ、こっちですにゃ!」

「あっちょっと、三色娘々!?」

 

 訝しんでいた僕を、慌てたように猫仙女が抱えて空を舞う。

(主様に洞主様の命令がバレたら困るにゃ! 恋のライバルが増えないように、仙女は全員顔だけ元の姿のままにするように命じられてるのがバレたら、八卦炉の中で焼き猫にされるにゃ!)

 何やら深刻に焦っている彼女に連れられて、僕はこの桃園の奥の東屋に招かれたのだった。

 

 

「こちらをどうぞですにゃ」

「うん、ありがとう」

 

 辿り着いた東屋では、誰が用意したのか既に飲茶の準備が整っていた。

 様々な点心やお茶が湯気を伴って僕を出迎える。

 住む者たちが道術に長けているせいか、この階のモンスター達の中には料理人、それも中華に特化した厨師の称号を持つものも多い。

 これらの点心は、その内の誰かの手によるものだろう。

 不思議なことに、先程巨大茹で卵によって満腹になった筈の腹具合が、この無数の点心を前にするとどんどん空いていく。

 多分何らかの食欲増進効果もあるのだろう。

 周りに実る桃を使用したものも多い。

 眼の前で湯気を立てる桃饅頭等は、その最たるものだ。

 僕は桃饅頭を手に取り、かぶりつく。

 

「あ、旨い」

 

 桃の風味が熱々の饅頭の生地とともに口の中に広がる。

 元になる桃の質もいいのか、夢中になってしまう味だった。

 先に食べていたのがスープ等の下味がしっかりついた塩気系統の茹で卵だけに、舌に甘さが染み渡るようだ。

 他にも本格的な点心を楽しんでいると、色んな事がどうでも良くなってくる。

(あれ? 三色娘々の何が気になったんだっけ? ……そういえば、何か同じようなことを何度もしているような……まあ、良いか)

 点心の味に細かな疑問を押し流された僕を見て、三色娘々が密かに胸を撫で下ろしているようにも見えたけど、この点心の前には些細なこと。

 結局僕は再び満腹になり、この階をあとにしたのだった。

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