万魔の主の魔物図鑑   作:Mr.ティン

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章間 小話 万魔殿の食料事情 その5

 僕は地下へと降りてきていた。

 当初の目的地である吸血鬼達の住む階層は、この先にある。

 とはいえ、元々小腹が空いたから始めたこの夜歩きは、完全に目的が変わっていた。

 

「……少しでも動いて、エネルギーを使わないと」

 

 夕食を食べてから何度も間食を口にして、流石に食べすぎているという自覚がある。

 僕の今の身体は子供のもので、大半は成長に使われるはずだけど、だからといって安心は出来ない。

 樽もどきになった関屋さんという実例を見た以上、そしてこのマイフィールドの主として丸々とした体になるのは、ただでさえ足りない威厳を失わないためにも体重管理はしっかりしないと。

 

 そんな訳で今の目的は、とにかく見回りついでに身体を動かす! というものに置き換わっていた。

 各階層は複数の階に分かれているので階段も多く、腹ごなしの運動にピッタリだ。

 目的地も、吸血鬼達の階層を超えて、最下層の魔像(ゴーレム)格納庫にまで降りて、その上で自室(マイルーム)がある最上層まて階段を上るつもり。

 多分登り終わったら足はガクガクになっているだろうけど、そこは目を瞑ろう。

(あれ? むしろ体重を増やしたほうが貫禄が出るのかな? いやでもそれは年齢がある程度必要な気もするし……う~ん)

 とりとめない考えを抑えきれず頭の中で巡らせながら、身体はそれをよそにしっかりと階段を降りていく。

 

 この辺りの階層は、アンデッドそれも多くを占める吸血鬼達に合わせて、貴族の屋敷的装飾が施されている。

 一部通路は地下墓地(カタコンベ)にもなっていたりするから全てではないけれど、全体的な傾向はそうだ。

 ここではマリィを頂点とした階級社会で、数人の伝説級位階のアンデッドが貴族、上級位階のアンデッドが上位使用人、準上級位階のアンデッドは使用人として過ごしていて、それ以下の位階のアンデッドは住むことさえ許されない。

 いささか厳しい階級や扱いだけれど、それにも一応理由がある。

 そもそも下級や中級位階のアンデッドの大半は自我というものが希薄で、殆どのモンスター達が意思を持った今でも、ろくに意思疎通ができないものばかりだっだのだ。

 それらは野生の獣より食欲のみで動いてとても危険で、僕の本拠であるこの万魔殿に住まわせることが出来なかった。

 高位位階のアンデッドの命で無理に従わせるよりも、マイフィールド各地の地下墓地(カタコンベ)等に配置した方が自然だと思ったので、今の形になっている。

 まぁ、更に言うなら、そういった下級や中級位階のアンデッドは身体が腐敗していることも多くて、他の種族から腐臭を嫌われたという事情もあるのだけど。

 

 そんな調子で辿り着いた吸血鬼達の階層で、

 

「さあさあ、いかがですか、マァスタァァァ! このディミトリアスの技巧はぁぁぁ!」

「何でこうなった?」

 

 僕は再び料理の猛攻にさらされていた。

 妙にテンション高く叫んでいるのは、この吸血鬼階層の支配層の一人、ディミトリアス・ティトゥス・シルバニアン。

 陽光を克服し、真祖に匹敵する血族主(シャフト)に至った存在だ。

 ただ、このディミトリアス、意思を持つようになってから少々変わり者の面が出てきて、ご覧の有様。

 どうもデータとしてあった頃から、犠牲者の首筋にかぶりつくという吸血鬼の習性に違和感があったらしい。

 

「高貴なる者の振る舞いではありませぬぅぅぅ!」

 

 とのことで、そこでどうしたかといえば、料理の道に走ったのだ。

 高貴に、優雅に、テーブルマナーに法って食べる『血の料理』。

 それが、ディミトリアスの求めたモノだった。

 彼は単独関屋さんの商店街に赴いて料理研究に参加、その結果立派な料理人へと成り果てていた。

 現在得意なのは肉料理で、特に絶妙な焼き加減のレアステーキは他の肉体派モンスターから大きな支持を得ているほど。

 あと問題の血の料理は、ゼリーっぽい試作品ができているらしい。ただし、保ったままの血生臭さで、こちらは不評。

 もっとも吸血鬼達には好評らしいから、成功ではあるのだろう。

 そのディミトリアスに見つかった僕は、流れるように新作料理を勧められている。

 ……何か妙に押しと勢いが強くて、断る隙すらなかったのは、位階差のせいだろうか?

 

 そんな彼が用意した料理は、

 

「分厚いね、コレ。何グラムでなんの肉?」

「グラム、ではなくキロでございまして、食べざかりのマァスタァァァ! のために特別にご用意したぁぁぁ!」

「具体的な数値を言ってほしいんだけど!?」

 

 目の前の焼かれた鉄板の上でジュウジュウと音をたてる肉の塊だった。

 何をどうやったのか、見た目が所謂マンガ肉なのはどういうことだろう?

 丸太じみた太さは、確かにグラムで数えるには大きすぎるけど、こんなの完全な空腹のときだって食べ切れるモノじゃない。

 というか、頼むからなんの肉なのかちゃんと言葉にして欲しい。

 不安になるから!

 

「星座牡牛(スタータウルス)のロインでございますぅぅぅ! そして、未だ完成在らずぅ!!」

「!?」

 

 肉の塊の量に戦いていた僕をよそに、ディミトリアスは更に包丁を一閃させた。

 すると、肉の塊は一瞬で短冊に切り分けられ、僕の目の前に数切れのみ。

 生肉に見えるのに、しっかりと火が通った中心部のみが残されていた。

 

「星座牡牛のブラッドステーキでございますぅぅ! ささ! ご賞味あれぇぇぇ!!」

「アッハイ」

 

 勢いにつられ、生肉にも見えるそれを口に運ぶ。

 赤身に見えるのに、生肉のように見えるのに、口の中に入れたそれは舌先で溶けるよう。

 肉の旨味が凝縮した肉汁の塊のように、それでいて血生臭さのかけらもないそれは、あっという間に胃の中へと流れ込んでいく。

 元は巨大な肉の塊の中で、ほんの数切れ分の絶妙に火が通った部分。そのように焼き上げ、そこを的確に見抜いて切り分けたディミトリアスの技巧は、正しく神業だった。

 

「…………」

 

 僕はたったの数切れの肉を、夢中になって食べきった。

 言葉を出せば、その分味が逃げていきそうで怖かったのだ。

 

 なおこの後、更に追加されたディミトリアスの新作料理に、僕はそれまでの満腹ぶりを完全に忘れて夢中になることになる。

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