万魔の主の魔物図鑑   作:Mr.ティン

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章間 小話 万魔殿の食糧事情 その6

「……すごいな、回復魔法って。過食も回復できるとは思わなかった」

 

 さっきまで苦しかった腹が嘘のように快調し、僕は足取りも軽く階段を下りていた。

 ディミトリアスは、ああみえて闇系統の神聖魔法を扱えて、そこで流石に食べ過ぎていた僕を治療してくれたのだ。

 もっとも理屈としては、胃腸の働きを活性化させて一気に消化した扱いらしいけれど。

 なんとなく、無理やり消化された今までの料理が血に乗って全身を駆け巡っている気さえした。

 ……体の調子は良いけれど、逆に不安になってくる。

 

 そういえば、過食で思い出したことがあった。

 七大魔王の暴食担当、グェルトゼバンとのイベント戦闘では、特殊な状態異常である過食や飢餓へ対処する必要があったのだ。

 アナザーアース最後の数か月に挑んだグェルトゼバンとの戦いの頃は、こうしてプレイヤーキャラの身体となるとは思っても見なかったけれど、もしあの時実体化した身体で挑んでいたら、満腹感はや飢餓感はどれほどのものだったのだろう?

 

 そんな事を考えながら降りた先は、石壁のオーソドックスな城の中といった内装になっていた。

 この階層は、リムの配下である悪魔達の住居だ。

 

「ここでは、流石に何か食べる事にはならないともうけど……」

 

 何故かここまで全ての階層で毎回何か食べて来たけれど、此処ではその心配は無い。

 リムの配下の悪魔達は、夢魔や精神に関わる悪魔達で、強い感情等の精神エネルギーを摂取している。

 つまり、ここに食べ物はなく、これ以上何か食べる事はない筈。

 もともとこの階で特に用事もないから、このまま最下層に向かおうとしていた時、それは聞こえてきた。

 

「むぉっ これは……何と業が深い」

「ええ~、こんな事ってある?」

「マジか……いやマジだ。作者は本気か?」

 

 感嘆の、もしくは恐れ敬うような声。

 何かと思って声の元をのぞき込んでみたら、高位位階の悪魔達が、一心不乱に冊子らしきものを読みふけっていた。

 アレは……。

 

「おや、ミロードがこちらにおいでとは珍しい。いかがなさいました?」

「ん? ああ、パルミラ。いや、ちょっと夜の散歩にね」

 

 僕を驚かせないような静かな声。聞いていると自然とリラックスしていきそうな伸びかけに振り向くと、そこには執事服を身にまとった、しかし明らかに女性体とわかる悪魔が立っていた。

 この男装の麗人はパルミラ。愛欲の魔王であるリムの側近であり、上級位階の淫魔女王(サキュバスクィーン)だ。

 男装が逆に怪しい艶やかさを漂わせる彼女は、僕の視線を追うと、なるほどとばかりに頷いた。

 

「実は最近、同盟(ミニオン)経由で様々な書籍を取り寄せておりまして」

「書籍……うんまぁ書籍と言っても良いのかな、アレも」

 

 妙に薄く、それでいて色鮮やかな表紙のそれは、所謂薄い本と呼ばれるソレだった。

 更に分類するなら、年齢制限がある類いの。

 ……いや待て。そもそもこの実体化した世界で、薄い本を書いてるのは誰た!?

 同盟経由って事は、明らかに知り合いの誰かなんだけど!?

 

「私達はご存知の通り、強い情動を取り込み存在の糧としております。しかし、街の者ら等から得られるにしても限界がありまして……密かに困っていたところ、見出した光明がアレらの書籍なのです」

「……待って、ちょっと理解が追いつかない。いや理解を拒みたい」

 

 そんな僕を置き去りに淡々と、しかし適切に語るパルミラによると、夢魔や淫魔達にとって、強い情動の発生元は何も人間こらだけではなく、夢魔達同士でも良いらしい。

 ただ、意思を持ち実体化した当初はそういった事に気付く余裕もなく、判明したのはつい最近。

 更に、長らく万魔殿で共に過ごしている淫魔同士では、顔馴染みすぎてそういった強い情動は発せられなくなっていく。

 つまり慣れたり、飽きが来ていたのだ。

 そこに登場したのが、アレらの薄い本であったとか。

 書き手の性癖は多彩らしく、よくある性癖から始まって、同性他かなり特殊なモノまで扱っているのだとか。

 

 まだ経験を積んでる段階の悪魔達が、いつの間にか性癖を歪まされている事実に、僕は天を仰いだ。

 淫魔たちとはいえ、実体化したのは最近。

 知識や技能はあるものの、彼ら彼女らはある意味耳年増なだけ。

 アナザーアースは健全なMMOだったのだから、無理はない。

 そんな所に濃縮された性癖の原液を叩きつけたらどうなるか?

 あまり想像したくない有様になるのは明らかで、実際そのとおりになっている。

 

「誰だ、あんな劇物を描いたのは……」

「それでしたら、こちらをご覧ください」

「……コレ、持ち歩いてるの?」

「もちろんにございます」

 

 パルミラが差し出したのは、箔押し&フルカラーらしき薄い本。それも男性同士の絡みを題材としたシロモノだ。

 なんてこった、腐ってやがる。

 そんな感想を押さえつけて裏表紙を見ると、そこにはしっかりと著者というかサークル名が記されていた。

 

「『ライリー万能研究所』……ライリーさん何やってんの!?」

「正確には、所属のメイド人形の皆様のご様子です」

「凄いなメイド人形!?」

「他にも『ホーリィ☆テンプル』や『お玉屋』等、幾つかの……」

「待って、情報の洪水を浴びせないで、それも水が濁りきってる!」

 

 次々と取り出され、ことごとく心当たりのある名前が描かれた薄い本の数々に、僕は悲鳴を上げることしか出来ない。

 目眩を起こしそうな新事実による疲労で、僕は今まで食べてきたカロリーが対消滅していくのを感じるのだった。

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