万魔の主の魔物図鑑   作:Mr.ティン

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第6章 新大陸と聖地の動乱
プロローグ 堕ちし世界樹 その1


 あの光景は、こうして生き延びた今になっても忘れられない。

 訳も分からずこの世界にやってきて、何をしていいかもわからずに引きこもっていた俺達に、ある日それは襲って来た。

 

「森が、森が打ち寄せてくる…!!」

 

 俺のほんの小さなマイフィールド。村程度の広さの敷地と、ちょっとしたハウスだけの小さな領域に、森が迫りつつあった。

 

「マスター、アレは何ですか?」

「邪樹翁(イビルエント)だ! くそっアンだってこっちに向かってくるんだよ!? それもあんな大軍……!!」

 

 俺のパートナー、人猫(ウェアキャット)のミミが怯えているが、情けない事に俺は元気づける事も出来ずにその光景に圧倒されていた。

 

 大樹翁(エント)は、植物の精霊の一種だ。

 二本足で歩く巨木のような姿は、大きさが大きさだけに圧倒されるけれど、その性質は本来のんびりとして大人しい。

 間近で火を焚いたり、斧で切りつけるなんて真似さえしなければ、敵対判定すら発生しないモンスターだった。

 だが、精霊使い系統の称号持ちに使役されたり、ああやって闇の瘴気に狂わされると、一気に話が変わってくる。

 特に、闇の瘴気に浸食された邪樹翁(イビルエント)は最悪だ。

 じっとりとした腐海じみた闇の森を主な生息地にする邪樹翁(イビルエント)はその身体に多分な水気を含んで、本来効きやすい筈の火の属性に高い抵抗力を持つようになる。

 更に仮にもやせたとしても、全身に染み付いた瘴気は、燃やす事で毒煙となって周囲に立ち込めて、継続ダメージを強制する危険な存在なのだ。

 それでも仮に邪樹翁(イビルエント)が一体だけなら、俺も腕にそこそこ自身もあるからどうにかなった。

 しかし目の前の光景は駄目だ。

 迫る大波のように、大軍として押し寄せてきている。

 俺だけで到底どうにかできるものじゃない。

 ただ、邪樹翁(イビルエント)はその巨体と見た目から想像できるように、動きは到底機敏とは言えない。

 スケールが大きい分一歩一歩の歩幅は広いが、歩く速度そのものは速くない。

 同時に奴らが巨体である分、発見も早かった。

 今なら、俺達の家の家財を全部ストレージに突っ込んでも十分逃げられるはずだ。

 

「畜生! ミミ、急いで荷物を纏めろ。逃げるぞ!」

「で、でもマスター! 私達のお家が……!」

 

 そう思い耳に呼びかけるが、ミミは逡巡していた。

 ……気持ちはわかる。

 此処まで、俺達はこの小さな家で一緒に暮らしていた。

 何が何だか分からない中で、パートナーのミミとこの家があったからここまで生きられた。

 家財は纏められるが、この家はマイフィールドに紐付けられているから、撤去するのに手間がかかる。

 つまり、あの邪樹翁(イビルエント)の津波に呑まれるしかない。

 それでも、ミミが一緒なら、きっとやり直せる。

 

「家よりも、お前さえいてくれれば、きっとやり直せる! だから、今はこの場を離れて……!」

 

 だから彼女の手を取り無理やりにでも逃げようとして、

 

「っ!? 何だ!?」

「! マスター、アレを! 何か飛んできて……ああっ!」

 

 耳を貫く轟音に顔を顰めた。

 とっさに正体を追おうとすると、俺よりも感覚の鋭いミミが、迫り来ていた闇の森の浸食を指差す。

 視線を向けた俺は、そこで信じられないものを見た。

 まるで軽い木の葉をまき散らしたように、なぎ倒され、吹き飛ばされていく邪樹翁(イビルエント)の群れ。

 そして、遠目だから判別できる、超高速で飛び回る巨大な赤い鳥。

 

「いや、アレは魔像(ゴーレム)なのか……?」

 

 深紅のフォルムは、金属光沢を帯びていて、容易に人工物だとる。第一、あんな速度で空を駆ける生き物は余程の化け物だろう。

 遠目だから辛うじて目で追えるけれど、近距離なら何が起こったのかもわからずあの邪樹翁(イビルエント)達のように吹き飛ばされるばかりになるはずだ。

 そうやって目を凝らしていると、引き込もり続けて居たから久しく活用していなかった意識下のウィンドウに、その魔像の名がしっかりと浮かび上がった。

 日緋色金魔像(ヒヒイロカネゴーレム)『弐式緋彗』。

 俺の見ている間も、巨体と音さえ置き去りにする高速機動は、直接に邪樹翁(イビルエント)の群れに触れずとも、衝撃波が容赦なくそれらを刈り取っていく。

 それは圧倒的な力。

 位階を準上級までしか上げず、アナザーアースを中途半端にしかプレイしていなかった俺には、余りにも眩しすぎた。

 

「マスター……」

「……助かったみたいだな、俺達」

 

 邪樹翁(イビルエント)の群れを蹴散らすあの魔像(ゴーレム)『弐式緋彗』は、どうやらこっちもついでに消し飛ばす気はないらしい。

 それを理解して、俺はようやく深い息をついた。

 あの魔像(ゴーレム)を操っている奴が、こっちに敵対しない保証はないけれど、全く話が通じない邪樹翁(イビルエント)の群れよりはましのように思える。

 助けてもらった以上、何か要求されるかもしれないが、そこは交渉次第だ。

 遂にこちらに押し寄せていた邪樹翁(イビルエント)の最期の一体を蹴散らした魔像(ゴーレム)が、ゆっくりとこちらに近づいてくるのを見ながら、俺はミミ以外なら全てを差し出す覚悟を固めていた。

 

 □

 

「おっと、御同輩。災難だったな?」

「あ、ああ……」

 

 深紅の怪鳥形態から、人型へと変わった魔像から降り立ったのは、ツナギのような上下一体の作業服的装備に、上から白衣的な上着を羽織った男だった。

 気さくな様子で話しかけてくるその男が何者か、俺には一目でわかる。

 俺と同じプレイヤーだ。それも当然のように伝説級。

 俺みたいなアナザーアースをほんの少し齧っただけの奴とは違う、本物の力を持ってる奴だ。

 そんな俺の思惑を感じっとったのか、男は無害をアピールするように大きく手を広げた。

 

「そう警戒しなさんな。別に取って食う気は無いぜ? 俺はライリー。ちょいとこいつの試験ついでに、厄介な奴らを片付けただけだ」

「厄介ってあんたはアイツらがどうして来たのか知ってるのか?」

 

 ライリーと名乗った男に、俺は詰め寄った。

 この辺りは、俺のマイフィールド以外は基本的に何もない。

 周辺は岩だらけの山なんだ。

 そんなところに、邪樹翁(イビルエント)は突然現れた。

 この近辺は荒地である以上、俺のマイフィールドを加味しても大した価値は無い。

 見通しは良いけれど、鉱脈もないこの近辺の山を誰かが狙うとは考えにくかった。

 だから、この何か知って居そうなライリーという男に尋ねたのだけど、思いがけない答えが返って来た。

 

「ああ、最近この大陸じゃやあ、奴らがヤバい勢いで勢力拡大していてな……。簡単に言うとだ、世界樹の内の一本が、狂った」

 

 その答えに、俺は血の気が引いていた。

 何か、とんでもないことが起きている。

 それを完全に理解する間もなく、俺はこの後とんでもない騒動に巻き込まれていくことになるのだ。

 

 

 あっと、忘れていた。

 俺の名はアキュラ、しがない準上級位階の戦士だ。

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