万魔の主の魔物図鑑   作:Mr.ティン

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第07話 ~教会領戦線 その3~

 入り組んだ天然と人口入り混じる洞窟の暗闇の中を駆ける者達。

 唯一神教会の皇国軍へのかく乱は、間断なく続けられていた。

 この奇襲部隊の者達は、唯一神教会の信徒の中にあって、ある特殊な処置を受けた者らによって構成されている。

 教会外部には秘匿された神秘と呼ばれる一連の特殊な力は、千年ともそれ以上とも言われる教会の長い歴史の中で磨かれてきた。

 驚愕すべきことに、それらは所謂『門』の中で見つかる驚異的な技や技術、魔法だけではない。

 それらとは全く別系統としか思えぬ、異質な技術も含まれていた。

 この奇襲部隊の者達も、そうだ。

 一片の光ささぬ暗闇の中を、真昼の草原を駆けるかのごとくに進むのは、僅かな光源を持つとしても困難に過ぎる。

 何しろ、洞窟の床は決して平坦ではない。

 高低差も、時に牙の如き鋭さを持つ石筍も、足を取りそうな砂や水たまりも存在する。

 一部人の手が加わった部分もあるが、あくまで天然の洞穴を利用した秘匿通路であるため、利便性など捨て置かれているのだ。

 それを可能にするのは、彼らの目、耳、そして脚。

 もし明るい場所で彼ら奇襲部隊の構成員を見る者が居れば、その異様さに悲鳴を上げるかもしれない。

 異様なほどに大きく広げられた目、そして横に大きく広がった耳。

 足は先端に向けて異様に細く、膝以外の箇所にも関節らしき場所がある。

 唯一神教会は、この常人からかけ離れた姿を、祝福の一種だと言う。

 聖地を守護するために、大いなる唯一神がもたらした、奇跡の力なのだと。

 事実、それらの異形なる器官は、この洞窟の暗闇で活動するにあたり、的確な効果を発揮した。

 大きく見開かれた目は、通常では見えないはずの可視領域外の波形を捕らえ、暗視カメラのような視点を彼らにもたらした。

 更には大きく広げられた耳が、静寂に包まれた地底の遥か彼方の僅かな振動さえも音として聞き取り察知する。

 何より多関節化した脚は、柔軟な挙動を以てして、洞窟の酷い足場の踏破を容易にしていた。

 まさしく、地底に特化した存在。

 しかし彼等とて初めからこのような姿をしていたわけではない。

 教会の祝福は、後天的に付与されるもの。

 無数にいる信徒を、状況に応じた的確な戦闘存在に生まれ変わらせる。

 それが、教会の神秘の一端であった。

 

 その奇襲部隊の一部隊が、再び皇国軍に奇襲を仕掛けんとしていた。

 

「………~」

「…………──?」

「………、……」

 

 洞窟の中は、僅かな音でも反響する。

 潜めた声でさえ無視しえないものになりかねず、万が一それらが外に漏れれば、隠し通路の存在が明らかになってしまうだろう。

 その為、彼ら奇襲部隊は声を捨てていた。

 文字どおり、彼らは奇跡により、声を失っているのだ。

 代わりに、ほんのわずかな身振り手振りが、彼らの言葉となる。

 今も、僅かな明かりの中、彼らはハンドサインにて意思を交わしていた。

 

「………!」

「………???」

 

 そこは、洞窟の中にあって、ひときわ巨大な空間。

 複数の洞窟が合流する地底の交差点であり、切り立った岩盤が縦に亀裂を走らせる、地底の谷間だ。

 彼ら部隊がこれまでの奇襲にて使用していた通路も、この先にある。

 しかし、様子がおかしい。

 これまで、確かにあったはずの通路が、これまで全く存在しなかったかのように、跡形もなく消えているのだ。

 訝しんだ部隊の先頭に立つ隊長らしきものが、岩盤に向けて手をかざす。

 この『隊長』は、特に強力な神秘を、祝福を受けている者だった。

 その力は、厚い岩であろうと、一時的に存在を希薄化し、通り抜けられるようにすると言うもの。

 この力があるからこそ、皇国は奇襲部隊の通路やその出入口すら見つけられずにいたのだ。

 奇襲部隊が通るときのみ、出入り口を塞いだ石や岩盤を通行可能にしていたこの力。

 

「……!?」

 

 しかし、「隊長」は驚愕する。

 これまで一度も失敗した事の無い希薄化が、発動しなかったのだ。

 何かがおかしい。

 そう思って「隊長」が動くよりも早く、

 

「残念だったな、手遅れだ」

 

 無慈悲に告げられた声と同時にガン! と鈍い音が響いたかともうと、「隊長」は意識を手放した。

 希薄化したはずの、岩盤。その一部が剥離し、落下。

 「隊長」の頭をハンマーのように叩き潰したのだ。

 

 「隊長」の異常に、他の奇襲部隊が驚愕するよりも早く、それらは動き出した。

 今まで、何の変哲も無い岩の壁、もしくは巨石。

 動くはずもないそれらが、人の形を取って身を起したのだ。

 そして、何人かの身を隠していた人影。鋭敏な筈の奇襲部隊の者達にも気取らせなかったそれらは、奇襲部隊の者達を比べても劣らないほど、常人から見て異様であった。

 常人と比べ腰ほどの目線。

 丸太材の如くに太い手足に、樽のような胴。

 これみよがしに胸元で揺れるのは、豊か過ぎる髭。

 アナザーアースにおいても、その鍛冶の腕と屈強なる戦士の素養を語られる、地の底の種族。

 ドワーフの戦士たちが、そこに居た。

 

 □

 

 フェルン領軍の野営地、その天幕の中。

 新将軍のゼルグスことゲーゼルグは、広げられた近隣の地図へ、一つの駒を置いた。

 

「それは?」

「いうなれば、地の民で御座るな。普段は地底に住み、鉱石を掘り、鍛冶や職工に秀でる。そのような民で御座る」

「……面白いな。我が領都も鉱石と鍛冶により栄えたのだ」

 

 地の民、ドワーフと言えば、ゲーゼルグの言う通り、鍛冶に秀でた民だ。

 だが同時に、そのルーツは大地の妖精ともいえる存在。

 

「教会が擁する地の底に特化した兵でゴザルが、異様とは言っても元は人に過ぎぬで御座る。地の底への親和度合いで言えば、地の民であるドワーフには叶わぬで御座ろうな」

 

 □

 

 奇襲部隊の隊長であるその者は、暗闇の中を必死に逃げ回っていた。

 あの小柄な者達──ドワーフの奇襲は、奇襲部隊を一撃で敗走させていたのだ。

 そもそも、奇襲部隊は一撃離脱を重視した装備であり、自らが奇襲されることを考慮に入れていない。

 「隊長」は、特有の奇跡である透過の秘跡で何とか逃げ出したものの、他の者たちがどうなったか判らなかった。

 更にまずい事に、洞窟その物の様相がすっかりと変わっていた。

 皇国に前回奇襲を仕掛けてから然程時間がたっていないのにもかかわらず、通ったはずの通路が行き止まりに変わっていたり、全く別の通路に繋がっているなどしたのだ。

 奇襲部隊の者達は知り得ぬ事だが、それらはドワーフの仕業だった。

 夜光の領域、その南東部の地下坑道に住むドワーフ達は、坑道を掘り進め、また危険な坑道を封鎖する技量に長けている。

 唯一神教会の秘匿通路も、彼らドワーフにとっては遊び道具だ。

 元々教会が用意し把握していた地下通路網は、この時その手から奪われ、死地と化したのだった。

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