万魔の主の魔物図鑑   作:Mr.ティン

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第12話 ~教会領戦線 その8~

「撤退するより他ないで御座ろうな」

「ゼルグスよ。言うは容易いが、苦難の道であるぞ」

「だとしても、これ以上進めぬのであるならば、退く以外の手段はないで御座るよ」

 

 野営地の天幕の中、皇国の先鋒たるフェルン領軍の首脳陣は、重い空気の中方針を決めようとしていた。

 皇国に行った唯一神教会の工作に対し、聖地への報復もとい軍事侵攻だが、全軍に蔓延した正体不明の病のため、軍行動が困難となっている。

 病は、軍の大半を占める一般兵や、後方の兵站を担う輜重隊を中心にして広まっており、その比率は何と二割を既に超える。

 更に、それらの兵を中心として更に病は拡大の兆候を見せており、このままでは皇国軍は戦う事無く瓦解するだろう。

 

「しかし、どうにも拙い。こうまで聖地近傍へ迫ったと言うのに、本格的な戦も無く撤退するのは、皇国の今後に響きかねぬ」

「それ以前の問題で御座る。今この機に聖地の軍が動けば、それこそ全滅すらあり得るで御座るぞ?」

 

 フェルン正騎士団の長であり、伝説級の位階にまで至っているラウガンドがゼルグスの言に反論するも、返ってきた言葉に沈黙を余儀なくされる。

 実際、ラウガンドとて分かっているのだ。

 兵の多くが病に倒れたとはいえ、今ならまだその者らを連れて動ける範疇だ。

 手をこまねいていれば、その動ける兵がどんどん削られていくと予想できるだけに、決断は速い方が良い。

 何しろ、初めに病に倒れたものが出始めてから、まだ一両日も経過していないのだ。

 事態発生からゼルグスによるドワーフ達への救援要請、そして彼らが持っていたポーション等の魔法薬などを使い、病の蔓延を何とか鈍化させ、状況を把握できたのがまさしく今現在の話。

 更に言うなら、

 

「……お前たちの知恵者でも正体がわからぬ病とはな」

 

 深い息と共にフェルン候がつぶやいた言葉が天幕の中に重くのしかかる。

 

 そう、兵達に蔓延する病、それは伝説級のポーション職人兼薬師として病に深い知見を持つドワーフ達でさえ、正体を判別できないものだったのだ。

 

「……少なくとも、あの病は『門』の中の由来では御座らぬ。むしろ、この世界の固有のものなのでは御座らぬか?」

「このような、突如多数が罹患するような流行り病など聞いたことが無い! 疫病だとしても、これほどの速度で広まろう病など……!」

 

 高熱と、吐血を伴う咳の激しさ。それらの症状から、ドワーフの薬師は肺を蝕む病と診断したが、だとしても症状の進行が速すぎる。

 関屋ならば、現実の病と比較し結核を想像しただろうが、拡散の速度と症状の進行速度が異常に過ぎた。

 そして、それほどの恐るべき病が存在していたならば、知られていないはずが無いのだ。

 

「今は病の由来など捨て置け。今打ち出すべきは、余の軍を如何にすべきか、それに他ならぬ。ゼルグスよ……聖地の坊主共の様子は?」

「どうやったかは知らぬで御座るが、此方の様子は分かっているようで御座るな。先ほど空からの物見が、聖地で軍編成の動きをとらえているで御座るよ」

「ならば、この病は奴らの仕業か?」

「この地固有の風土病であるやも知れぬな。聖地には聖地で生まれたものしか入れぬと言うのも、戒律以外に理由があってもおかしくあるまい。だが、それを論じる暇はない」

 

 地下からの奇襲は、ドワーフ達の職人が残した自動人形(オートマタ)が稼働しているため、当面は心配ない。

 しかしそれ以前もこの地に慣れている聖地の軍が、うねる渓谷を奴らの言う神秘や奇跡で乗り越え襲撃してこないとも限らない。

 皇国として、そしてフェルン領軍として、ここまで連戦連勝を続けて来ただけに、ここでの撤退は後を引くだろう。

 だとしても、ここで引かねば全滅すらあり得るのだ。

 だからこそ、フェルン候シュラートは、決断する。

 

「後方の本隊に、我が軍撤退の報を伝えよ。同時に、陛下に進言を上奏せよ。境界の砦迄撤退すべきとな」

「「はっ!」」

 

 ゼルグスとラウガンドは、シュラートの命を受け、即座に動き出す。

 全軍を以てして撤退。それは同時に、先鋒として最前線にあったフェルン領軍が、全軍の殿を必然的に努める事となる。

 まず動き出したのは、物資を乗せた輜重部隊と、問題の病にかかった者達だ。

 特に重症のものをまだ症状が軽いものが支え、身動きできないものは荷駄に乗せる。

 冷徹な指揮官であれば、病人を残しまだ動ける兵を優先的に撤退させるところだろうが、フェルン候は少なくともまだその段階では無いと考えていた。

 何故なら……、

 

「閣下、来たぜ!」

「よくぞ来たアルベルト。早速だが、働いてもらうぞ」

「ああ! 俺と相棒に任せておいてくれ! 行けるな、相棒」

「「「無論だ、我が友よ」」」

 

 身動きの取れない重傷者を、いち早く後方に搬送するため、竜騎士のアルベルトを呼び出したのだ。

 体長30mを超える巨大な竜王は、谷あいの狭い空間には不向きなものの、その更に上方の空を飛べばうねる渓谷などない様なモノ。

 更に、アルベルトの盟友であり乗騎であるヴァレアスは、竜王の称号を持つ。

 つまり、眷属を呼び出したり使役することが可能だと言う事。

 その力を持ってして翼竜を呼び出し、それぞれが身動きできない病人を運ばせることもできるのだ。

 聖地の軍は、皇国軍の病の進行を知ってか、高速でフェルン領軍へ追撃せんと精鋭を編成していた。

 しかし想定以上に皇国の撤退速度が速かったため、その動きに対しろくに追撃冴え出来なかったのだ。

 何しろ、空路での運搬は、積載量こそ水運や陸上輸送で劣るものの、速度では他を圧倒する。

 これでは追撃どころでは無いだろう。

 これにより、本来ならば地獄の撤退戦になるところを、フェルン領軍そして皇国軍本隊は、無事皇国と聖地の緩衝地帯に置かれた砦へとたどり着けたのだった。

 だが、唯一神教会の反撃は、始まったばかり。

 そして、病は未だに皇国軍を蝕んでいるのだった。

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