ナスルロン連合の陣はエッツァー支流の河岸に沿う形で展開されており、傭兵達に宛がわれた区画は物資の集積区と同じく最も河に近い。
ホッゴネル伯爵その人の居る本営からもっとも距離がある区画であり、ある意味傭兵と言う存在を置くには当然の場所だと言える。
とは言え、一定間隔で並ぶ天幕はホッゴネル伯の力を示すかのように一定以上の質を確保しており、少なくとも安物の隙間風を気にするような物ではない。
その事に喜色を示す他の傭兵たちをしり目に、夜光達は先導の兵士に指示された天幕の中に入った。
共に入ったのは、ギガイアス以外の夜光のパーティーモンスター、称号を戦士系統に変えたホーリィ。
そして、あと数人。全てが、夜光が知る者達だ。
全員が中に入り、周囲を軽く見まわした後、夜光は嘆息と同時に呟いた。
「‥‥厄介な事になってるなぁ」
燃料である油がこの世界ではまだ高級品に属するためか、傭兵にあてがわれた天幕の中は申し訳程度にランプがあるだけで非常に薄暗い。
だが、それでも先に誰かが居るかどうかなどは判別可能だ。
幸いこの天幕は新たに合流した傭兵用に張られたと見え、先客などは居ない。
つまりこの場に居るのは、夜光と彼と共に物資を護衛してきた傭兵達のみが使用することになる。
だからこそ内密な話ができるといえ、 同行している傭兵の一人、フードつきの外套で身体の殆どを覆った者が頷くと同時に、夜光は更なる言葉を紡ぎ出した。
「急に現れたっていう兵、もっと事前に詳しく調べておけばよかったなぁ……大量生産が可能なゴーレムの類だとは思っていたけど、まさかアレとか……」
「うん、ちょっと焦ったよねぇ~。アレが見回りしてるの見たとき、私思わず悲鳴あげそうになっちゃったよ~」
「申し訳ありません、主様方。もっと手の者を使い詳細を調べておくべきでしたわ」
薄暗闇の中であるがために判別しにくいが、夜光とホーリィの顔は明らかに青ざめていた。
急に他の兵が入ってきた時の為、大きな謝意を示していないが、マリアベルの表情は悔恨の念に覆われていた。
「ああ、いいよ。多分この世界の人じゃアレの正体はわからないだろうし、急に出現したって話から、アレが僕達の世界の産物なのは予想できたけど、詳細は判らなかったからね……そう思って、直接調べに来たんだし」
夜光たちは、ゲーゼルグ経由でフェルン侯爵の内情を知りうる状況にある。
そこでナスルロン連合軍の侵攻を知ったのだが、その奇妙な編成と有り得ない兵力の出現から何らかの『門』内の要素の関与か、もしくは滅びの獣の影響を疑ったのだ。
もっともフェルン領の文官長に取り憑いた
「魂が砕かれた者たち以外は、ワタクシがこの地で活動していることは存じて居りまする。魂が砕かれしものもその力からして今回の状況に合致するとも思えず……となると、デザースの動きかもしれませぬ。フェルン領は『門』の影響色濃く、アナザーアース様の真なる復活の起点にもなり得ますので」
そう貴方様がつくりし箱舟への扉がこの地で開いたようになどと言って、むしろ傲慢はデザースの動きである可能性も示唆してきたけれども。
傲慢の話はともかく、何かが起きていると判断した夜光たちは、こうしてナスルロン連合の軍に入り込んで調べることにしたのだ。
潜入方法は簡単だ。
連合軍の侵攻ルートはゲーゼルグの身代わりとして潜入し、今は将軍となった
そこで侵入するメンバーで一旦その後方の補給路まで辿る。夜陰に紛れ、飛行可能な九乃葉の魔獣体の背に全員乗れば移動は容易かった。
そして道中で追加の傭兵を発見した僕たちは、リムスティアの催眠で彼らに補充の傭兵だと思い込ませ、紛れ込むことに成功していたのだ。
もっとも……
「裏目に出た気もするけどね」
時折遠く重く響く音‥‥見回りをしているらしき、この軍の主力である重装歩兵の足音を気にしながら夜光は手を振る。
同時に、たちの悪い悪夢でも見たように顔をしかめる。
「‥‥総勢4万の<
無理も無い。かつての『アナザーアース』における大規模戦闘での定番にして、名物である簡易魔像。
そのただ中に自身が居るのならば、あまりに当然の反応だった。
『アナザーアース』に使用される魔法の中には、大規模戦闘の最中のみ有効な、<
それは例えばとにかく有効範囲が遠距離かつ広大な攻撃魔法であったり、大規模戦闘専用空間全体を濃霧に包み視界を妨げる気象制御魔法であったり、全体を沼地や砂漠や森などに変える地形変化魔法など。
つまり、大規模戦闘全体に影響を及ぼし得る効果と、通常で使用すると他のプレイヤーのプレイの妨げになりかねないような物を指す。
その一つに、一時的な魔法生物生成魔法も存在していた。
これは魔法使い系、特に創造魔術系統のキャラが大規模戦闘時に兵力を確保するための物で、特定の魔法生物兵種を呼び出せるというものだ。
大規模戦闘用の為、通常で呼び出す魔法生物よりも単騎の性能は低いが、とにかく数を呼び出せるのが特徴と言える。
下級の<創造術師>であっても最下級の<
もっとも、<
そして、その大規模戦闘用魔法生物の中に、<爆榴鎧兵>も存在した。
その生成は、中位の創造術師称号から可能となる。
特徴の一つは、その防御性能だ。
<
また、生物ではない為に各種属性の防御特性も高い。
残念ながら攻撃特性は、武器が持てないがためにリーチや鋭さに欠けるのだが、重い鎧に伴う打撃力は一定の効果がある。
だが、<爆榴鎧兵>が大規模戦闘で直接攻撃するなどむしろレアな光景だった。
何故なら、その最も特徴的な特性が、<爆榴鎧兵>に直接戦闘を放棄させるのだ。
<爆榴鎧兵>……グレネード・ゴーレムの特徴はその名が示している。
つまり、この魔法生物は動く爆弾なのだ。
<
そして、術者が念じるか、あらかじめ決められた条件を満たすことで爆破させられるのだ。
その爆発力は大規模戦闘用らしく強烈なのだが、同時に内からの力ではじけた鎧の残骸が細かな金属片となって四方にばらまかれると言う凶悪さも兼ね備えていた。
この効果は幾つもの大規模戦闘でいかんなく発揮され、多くのプレイヤーやその配下モンスター、NPCが<爆榴鎧兵>の爆風の中で倒れ伏したと言われている。
それが数万も密集している陣と考えれば、夜光達のおびえた様子も無理も無いと言えるだろう。
更に……
「とはいえ、問題はむしろアレを作った存在なんだけどね……」
夜光は考え込む。
爆榴鎧兵はその防御力と爆発力による面での攻撃が特徴的だ。
だが、一回の魔法で生成できるのは数が限られている。
コンバート前の夜光が身に着けていた称号、<
更に大規模戦闘用魔法の効果は、大規模魔法終了時に消滅してしまう。
だと言うのに、今現在も4万にも及ぶ爆榴鎧兵がそうやって事前から軍事行動をしていると言うのは、有る存在の力なくてはあり得ない。
それはすなわち‥‥
「多分、最上級の創造術師称号、<
テイマー系統最上位の<万魔の主>と同じ<創造術師>の最上位の称号、<
魔法生物の生成に多大なボーナスを与えられるその称号は、身に着けるのに無数の試練を潜り抜ける必要がある。
そしてその意味するところは、この5万のナスルロン連合の軍に、さらに言うなら発起人であるホッゴネル伯爵が、何らかの形で
そして、滅びの魔獣との関連性が薄れた可能性。
「……ん? いや、そうでもないのかな? ……判らないな。判断材料がまだ断片的に過ぎるなぁ」
むしろ『アナザーアース』に関わる物が、それも最上位級称号持ちの存在の関わりが見え隠れすると言う事は、夜光には彼らが想定した、『滅びの魔獣』と、『アナザーアース』世界の存在が『外』に出る事の因果を肯定しているようにも思えた。
思案気な夜光。それを見守るホーリィと、二人を守る様に取り巻く仲魔達と傭兵に変じたモノたち。
だが、その時間は長く続かなかった。
突如夜陰を引き裂き、銅鑼の音が鳴り響いたのだ。
「て、敵襲!! 敵襲だぁ~~~!!!」
周囲の天幕が慌ただしい気配を発し始め、騒音が一帯を包み込む。
とはいえ夜光達にとってはこれは予定調和だ。
「動き出したみたいだね。新入りの将軍としては、まずは力を示さないといけない。ゼルの身代わりを押し付けちゃった
「でもぉ、
「そこは勝算があるんだと思いますよ? ……フェルン侯爵も、僕達みたいな
そうホッゴネル伯爵が<
ガーゼル北方の峠に現れた『扉』と、田園地方に現れた『扉』。
そのどちらの中にも夜光達と同じく
この情報を得られただけでも、上位鏡魔を潜入させた意味はあると夜光は考えていた。
「とくに、空を抑えられるのは大きいですよ、やっぱり。
「上空からの
遠く聞こえる戦音に混ざる大きな羽ばたき音と轟音。
それこそフェルン侯爵がガーゼル北方の峠に現れた『扉』よりの
そして、その音が聞こえてきた以上、夜光達も動かなければならない。
「ブレスからの防護はお任せくださいませ。既に火炎保護を全員に施してありますわ」
「ありがとう、マリィ」
「我が身代わりを通じて、かの竜騎士殿には偵察の兵と爆榴鎧兵を削るように終始させるよう指示して御座る。さすれば、この傭兵ら用の天幕や本営は無事かと」
「フェルン侯爵としても、厄介な兵力さえ削れれば、あとは自分で決着をつけたいのかもね」
「左様で御座る」
フェルン侯の意図はこちらにとってもありがたい。
その方針なら、この行軍に
爆榴鎧兵を作り出した本人なら、この陣に居てもそのまとまりからは距離を取る筈だから。
「まずは様子を見て爆榴鎧兵がこの場で補充されるようなら、創造者本人が居る証拠。何とか接触を試みよう」
夜光たちは頷き合った。
ナスルロン連合に協力している