ウマソウル・クロス・ニンジャソウル   作:河畑濤士

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■1.神様がくれたラストチャンス

(いける)

 

 重賞レースに出走するウマ娘たちが強化合宿のために離れ、また多くのウマ娘たちが夢破れて去っていき――どこか活気が損なわれた8月のトレセン学園。

 

(いける……っ!)

 

 その片隅で走りこむ栗毛のウマ娘、ライトハローは確かな手ごたえを感じていた。

 

 彼女のメンタルは、1月前とは明らかに違っている。

 

 知っている同期のウマ娘が重賞レースに出走し、あるいは同じクラスの友人が次々と勝ち上がりを決めていく中、1勝を掴めないまま敗北が続く。

 

 教官やクラス担任の慰めの言葉は、焦燥を加速させるだけに終わった。

 

 時間さえあれば応援に来てくれるファンや家族にも申し訳が立たず、悔しさと怒り、悲しみがないまぜとなった感情に、いつも心はぐちゃぐちゃにされてきた。

 

 しかし、いまは違う。

 

 端的に言えば、身体が軽い。

 

 スピードも、パワーも、明らかに向上している。

 

 自分自身を安心させるための欺瞞ではなかった。

 

(これもあの“夢”のおかげ――)

 

 すべてが好転したきっかけは“夢”を見たことだった。

 

 

 

 ……。

 

 

 

「ドーモ、はじめまして。ライトハロー=サン。私はローズダンサーです」

 

「ど、どうも。はじめまして、ローズダンサーさん。あの……」

 

「ごめんなさい。あまり話している時間はないの。レース、がんばってね」

 

「えっ、えっ?」

 

 

 

 ……。

 

 

 

 優しい声色が耳元に迫り、がばりと飛び起きると深夜2時。

 

 なんだったんだろう、と不思議に思いながら二度寝し――翌朝の自主トレーニングからすべてが変わっていた。

 

(ローズダンサー、さんだっけ)

 

 たぶんあれは神様だ、とライトハローは確信をもっていた。

 

(励ましてくれた、力をくれたローズダンサーさんのために頑張らなくちゃ……!)

 

 その日に行われた1200m模擬レースで、ライトハローはレコードタイムに近い記録を叩き出した。

 

 

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

 

 

「アホなウマ娘だぜ」

 

 シシシ、と嘲笑の吐息を洩らしながら、夜闇の中を濃緑の影が走る――。

 

 ニンジャ動体視力を有する者ならば、それがニンジャ装束に身を包んだ上に、濃緑のフードを目深に被り、鋼鉄の面頬を着けた男だと判別できただろう。

 

 彼の名前は、アウトランナー。

 

 フリーランスのニンジャであり、その証左として彼は常人の3倍の脚力で、公道のウマ娘専用レーンを駆けていく。

 

 請け負った仕事はメッセンジャー、であった。

 

 雇い主は、暗黒ニンジャリクルート組織“ノリステ・エージェント”。

 

 この“ノリステ・エージェント”は近年、急速に勢力を拡大させてきた暗黒非合法組織だ。

 

 主に成りたてのニンジャをスカウトし、大企業や犯罪組織といったクライアントにニンジャを派遣したり、非合法のビズに手を染めたりすることで利益を上げている。

 

 故に彼らはトレセン学園をはじめとした日本国内の学校に監視網を敷いていた。

 

 目的はニンジャソウルの憑依現象を速やかに捕捉するためだ。

 

 短期間で超常的な身体能力の向上を達成した者が現れると、彼のような“使者《メッセンジャー》”が派遣され、事実確認が行われ――その後、本部組織がスカウトを行うか否かの判断を行う。

 

「スカウト……」

 

 濃緑の影は再び、嘲笑の吐息を洩らす。

 

 あのウマ娘に対して行われるのは勧誘などという生易しいものではない。

 

 脅迫だ。

 

 次に派遣されるニンジャたちは、あのウマ娘の家族を攫うだろう。

 

 あるいは、あのウマ娘が社会システムに対して抱いているに違いない負の感情を、特殊な(ジツ)でコントロールし、憎悪にまで発達させ、反社会的なニンジャに堕とすであろう。

 

 そうした間接的、直接的な“説得”では時間がかかるとみれば、より暴力的な手段と恐怖心で服従させることも選択肢に入ってくる。

 

「その場合はぜひ、俺も混ぜてもらいたいもんだぜ……」

 

 若いウマ娘の身体を脳裏に思い描き、下品な笑みを浮かべたアウトランナーは、その1秒後、ウマ娘専用レーンを逆走してくる影を認めた。

 

「逆走だァ……?」

 

 違う、と彼は1秒とかからず理解した。

 

 逆走ではない――こちらに向かって突進してきているのだ!

 

 夜闇と信号機の淡い光の下から現れたのは、赤黒い影!

 

 そう、誰が見ても、あからさまにニンジャなのだ!

 

「イヤーッ!」

 

「イヤーッ!」

 

 無人の公道に、気魄の叫びが交錯する。

 

 赤黒い影が決断的に踏み切って飛び蹴りを繰り出す!

 

 対するアウトランナーもまた迷わず、減速することなく踏み切った!

 

 ネオサイタマとは異なり、大気が重金属で汚染されていないこの府中では、手裏剣(スリケン)は生成できない――故に彼もまた飛び蹴りによる迎撃を試みるに至ったのである!

 

「ヌウーッ!」

 

 轟嵐駕(ゴウランガ)

 

 両者の足裏が、空中で激突!

 

 生じたカラテ斥力と物理的反動で赤黒の影と、濃緑の影は後方へ跳びすさり、回転しながら着地する!

 

「ドーモ、はじめまして。ニンジャスレイヤーです」

 

 血を連想させる赤は、合掌したままお辞儀し、しめやかに頭を上げた。

 

 信号機が放つ赤い光が“忍”、“殺”という漢字が書道された鋼鉄製の面頬を照らし出す!

 

「ドーモ、ニンジャスレイヤー=サン。アウトランナーです」

 

 アウトランナーもまた挨拶を返した。

 

 それから上半身を持ち上げるとともに、彼は袖口に隠した発信機の電源を入れた。

 

 これは非常事態が発生したときのみに起動する約束となっているビーコンだった。

 

 通話ができない状況でも救援を要請できる優れものだ。

 

 しかしニンジャスレイヤーと名乗った男は、それを看破していた。

 

「救援を要請したか」

 

「ナンデ……」

 

「オヌシの頭でその理由を考えてみるがいい」

 

「……」

 

「オヌシの前に、このあたりのオヌシの仲間はすべて殺したからだ。みな同じように袖の装置を起動してから死んでいった。嫌でも覚える」

 

 “忍”“殺”の面頬、その上に輝く瞳は狂気に彩られている。

 

 少なくともアウトランナーにはそう見えた。

 

 そして眼前の狂人の言葉“仲間はすべて殺した”とはブラフではない。

 

 その証拠に、彼は左手に持っていた“仲間だったものの一部”を投げ棄ててみせた。

 

 どさり、と頭(よっ)つ分の肉塊が路上に落ちる音とともに、アウトランナーの背中を冷や汗が伝う。

 

「ネオサイタマの狂人め……。アマクダリに目をつけられてここまで逃げ出したんだろうが、追い詰められた負け犬は負け犬らしく大人しくしてろ」

 

「追い詰められたのはオヌシだ。周囲の仲間は死に、救援も死んだ。次に死ぬのはオ――」

 

 ニンジャスレイヤーが言い切る前に、アウトランナーは地を蹴った。

 

 駆け出して急加速、そして急制動をかけながら低姿勢へ移行する。

 

「イヤーッ!」

 

 相手の足首を破壊すべく放たれたのは、アウトランナーの水平蹴り!

 

 南無三(ナムサン)

 

 直撃すればニンジャはおろかゾウの大腿骨さえも粉砕するであろう!

 

 が、それを予期していたようにニンジャスレイヤーは大きく跳躍!

 

 頭上の信号機に手をかけたと思いきや、次の瞬間には勢いをつけながらアウトランナー目掛けて蹴撃を繰り出していた!

 

「グワーッ!」

 

 胸を蹴られた濃緑の影は路上に上体を叩きつけられ、それだけにとどまらず、ワイヤーアクションめいてワンバウンドする。

 

「チッ……この……」

 

「イヤーッ!」

 

「グワーッ!」

 

 起き上がろうとしたアウトランナーを、ガンシップめいた打撃が襲う!

 

 マウントをとったニンジャスレイヤーの無慈悲な連続パンチだ!

 

「イヤーッ!」

 

「イ……グワーッ!」

 

 アウトランナーが反撃のために繰り出した対空ポムポムパンチが空を切り、ニンジャスレイヤーの鉄拳がアウトランナーの面頬を砕き、その下の下顎骨を無慈悲破壊!

 

「イヤーッ!」

 

「グワーッ!」

 

 アウトランナーが反撃のために繰り出した対空ポムポムパンチが空を切り、ニンジャスレイヤーの鉄拳がアウトランナーの胸部に仕込まれた防弾プレートを砕き、その下の胸骨を無慈悲破壊!

 

「イヤーッ!」

 

「グワーッ!」

 

 アウトランナーが反撃のために繰り出した対空ポムポムパンチが空を切り、ニンジャスレイヤーの鉄拳がアウトランナーの肋骨を砕き、その下の内臓を無慈悲破壊!

 

「イイイイヤーッ!」

 

 振り下ろされたニンジャスレイヤーの鉄拳が、アウトランナーの頸椎を無慈悲破壊!

 

「サヨナラ!」

 

 爆発四散!

 

 と同時に飛び散るアウトランナーの肉片の最中から、ニンジャスレイヤーは折りたたまれた紙片を掴みとっていた。

 

「……」

 

 血で汚れた指先で紙を広げてみると、そこにはひとりのウマ娘の名前と素性が書かれていた。

 

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