ウマソウル・クロス・ニンジャソウル   作:河畑濤士

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■3.ニンジャの……ウマ娘!(後)

 

 窓ガラスを伝う雨粒。

 

 窓の外の熱帯雨林気候めいた空気とは対照的に、教室はエアコンがよく利いていて快適そのものであった。

 

 が、その室内の一角では、息づまる硬い空気がわだかまっている。

 

 そして机を挟んで向き合っている両者は、首筋に汗を浮かべていた。

 

 ひとりはウマ娘――ライトハロー。

 

 もうひとりは警備員の姿の――フジキドである。

 

「8八、奔王(ダイミョ)

 

 大太刀を振りかぶった偉丈夫が突進し、ライトハローの操る竜王(ドラゴンロード)を斬殺した。

 

「うっ……」

 

 ライトハローは呻き声を上げたが、フジキドはなんの良心の呵責も覚えない。

 

 なにせこのライトハローの竜王は、直前にフジキドの竜馬(ドラゴンウマ娘)を撲殺していた。

 

 盤上は死屍累々。

 

 特に盤面中央は築地(ツキジ)めいた血生臭さを放っている。

 

「……」

 

 ライトハローは思考を巡らせはじめた。

 

(この警備員さん……強い……)

 

 彼女がフジキドに将棋(ショーギ)の相手を依頼したのは、単なる偶然である。

 

 このトレセン学園の雰囲気の中で、ウイニングライブの練習をする気にもなれず、しかも外はこの雨。

 

 屋内トレーニング設備の予約もしていなかった彼女は、やむなく将棋という知的トレーニングに励むことにしたのだが、今度は相手がいなかった。

 

 そこで彼女が捕まえたのが、目の前の緑色の制服を着た警備員であった。

 

 ライトハローが将棋盤を挟んで向かい合っている相手は、指し手に実際迷いがない。

 

 桂馬(ウマ娘)竜馬(ドラゴンウマ娘)を使いこなし、また縦横に何マスも動ける奔王や、2回行動が可能な獅子(ライオン)といった高価値な駒でさえ、恐れずに前線へ投入してきた。

 

 一方のライトハローは陣形を慎重に整えたかったが、相手が盤面中央へ速やかに陣地を広げ始めたため、彼女もまたそれに応じざるをえなかったのである。

 

(思いきりがよすぎるよ)

 

 ひるがえって自分はどうか――。

 

 ライトハローは桂馬(ウマ娘)の駒に触れてから、それを前進させるか否か、迷った。

 

 桂馬はいったん前に進んだら、後ろには戻れない。

 

(……)

 

 思えば、この数か月間、迷ってばかりだ。

 

 あの“神様”と出逢ってからも、まだ迷っている。

 

 “神様”の力を借りて、1勝を奪りにいくことが正しいのかどうか。

 

(……)

 

 そんなライトハローに、フジキドは無感情な視線を向けていた。

 

「参りました」

 

 それからしばらくして、勝負はついた。

 

 戦力を集中したフジキドは、多大な犠牲を払いながら中央突破を果たし、ライトハローの両翼を分離させると、そのまま王将(エンペラー)を詰みに追いやった。

 

 その夜、自室に戻ったライトハローは、なかなか眠れなかった。

 

 ベッドに横になり、ただ茫然と天井を見つめている。

 

 隣のベッドに、ルームメイトはいない。

 

 1か月前に彼女はトレセン学園を去っていた。

 

(いいのかな……これで)

 

 きょうも屋内のルームランナーや重量挙げには、数多くのウマ娘たちが挑んでいた。

 

 顔も名前も知らないウマ娘ばかりだったが、おそらくはほとんどが未勝利、1勝クラスのウマ娘である。

 

 彼女たちも現在の立場をよしとせず、努力している。

 

(……)

 

 未勝利のまま去っていったルームメイトの言葉が、リフレインする。

 

 “悔いはないよ。やりきったもん――”

 

(本当に? 私は……)

 

 ここで終わりたくない。

 

 でも、この“神様”の力で勝つのは、ヒキョーじゃないのか。

 

(……)

 

 思考が堂々巡りしはじめた静かな部屋に、突如としてカチ、カチという金属音が響いた。

 

(……?)

 

 最初は特に気にしていなかったライトハローだが、それが5、6回にもなればさすがに変だと思う。

 

 彼女は上半身を起こし、音のする方――具体的には窓の方向に顔を向けた。

 

(え)

 

 瞬間、身体が動かなくなる。

 

「ドーモ」

 

 窓が開いていた。

 

 アルミ製の窓枠には、濃紺の足――赤い瞳を爛々に輝かせた男が、そこにいた。

 

「……っ! ……!?」

 

 悲鳴を上げようとしたライトハローだったが、次の瞬間、発声どころか指すら動かせないことに気づく。

 

「はじめまして。ライトハロー=サン。ドゲザエルモンです」

 

「……!」

 

 ドゲザエルモンと名乗った濃紺の影は、無音のままするりと床に降り立った。

 

「ノリステ・エージェントのニンジャです」

 

「……!」

 

「私はアイサツをしました。そして所属を名乗りました。つまり不審者ではなく、実際奥ゆかしいことですね? わかったか?」

 

 欺瞞!

 

 誰が騙されようか!

 

 深夜2時(ウシミツ・アワー)に窓から入ってくるニンジャ装束の男など、あからさまに不審者なのだ!

 

「……!?」

 

 それだけにとどまらず、ドゲザエルモンの瞳がさらに赤く輝き、ライトハローの瞳を()く!

 

 おお……業覧画(ゴウランガ)

 

 これは金縛りの術(カナシバリ・ジツ)である!

 

 動けないライトハローを前に、ドゲザエルモンはにやりと笑い、一歩、二歩と距離を詰める。

 

「ライトハロー=サン。あなたにはレースの才能はない」

 

「……ッ!」

 

「あなたにあるのはニンジャの才能です」

 

 ドゲザエルモンは隣のベッドの前に立ち、上半身を起こしたままのライトハローに語りかける。

 

 悠然と、警戒もせずに、彼は陶酔するように言葉を吐き続けた。

 

「勝ち上がった者だけに光が当たり……」

 

「敗者は応援してくれた人々に感謝すら伝えられないこの残酷な世界……」

 

「この世界に復讐したくはないですか?」

 

「あるいはニンジャとしてこの世界で圧倒的な強者として振る舞いたくはないですか?」

 

「ウマソウルとニンジャソウルを併せもつあなたならそれができ「Wasshoi!」

 

 突如として無人のベッド、その下から腕が伸びる!

 

 握撃(ハンドショック)

 

 ドゲザエルモンの左足首を掴んだ手は、その常人の三倍を超える握力で、彼の腓骨・脛骨を無慈悲に破壊!

 

「グワーッ! 足首グワーッ!」

 

 たまらず窓のそばまで飛び退くドゲザエルモン!

 

 と同時に無人のベッドが跳ね上げられ、赤黒い影が立ち上がった!

 

「ドーモ、はじめまして。ドゲザエルモン=サン」

 

 合掌し、頭を垂れ――上げた(おもて)には“忍”“殺”の面頬(メンポ)

 

「ニンジャスレイヤーです」

 

「ド、ドーモ。ドゲザエルモンです。ニ、ニンジャスレイヤー=サン……! いつからそのベッドの下に……!」

 

「最初からだ」

 

 ニンジャスレイヤー――フジキドは、無感情に言い放った。

 

「えっ、えっ」

 

 一連のイベントについていけないライトハロー=サンは、ドゲザエルモンの(ジツ)が途切れたためか、ここでようやく初めて声を出すことができた。

 

 が、ドゲザエルモンはそれにかかずりあう余裕がない。

 

「この不審者、狂人め……!」

 

「それがオヌシの遺言(ハイク)か――イヤーッ!」

 

 1秒もせずにフジキドは、ドゲザエルモンとの距離を詰め――腰を沈めながらポン・パンチを繰り出した。

 

「グワーッ!」

 

 防御もかなわず、窓の外へ落下していくドゲザエルモン。

 

 そしてフジキドは、躊躇せずに自らも窓の外へ身を投じていた。

 

「え」

 

 ライトハローは数秒遅れて窓に駆け寄り、そこから外を見た。

 

 が、そこにはもう彼女が見慣れた景色しかなかった。

 

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