King And Hearts~鍵を待つもの~【完結】 作:かすてらホチキス
一面青い世界。
青と言ってもまったく同じ青なんてどこにもありはしない、ここは海の中。
海の中と言っても日の光はキラキラと青い世界に差し込んでいるので海底は明るく色とりどりの生物が独自の色彩で海底を輝かせていた。
ココはそんな素晴らしい色達であふれていて、誰もがどこの海よりもこの場所以上綺麗な海底など無いのだと胸を張って言いきれるだろう。
しかし、それは海の中での事――。
もう少しあとすこし、その上まで行けば、たどり着く青い世界の境界。そこへ顔をのぞかせると自分の見知った世界とは全く違う、別の景色が広がる。
海の中に住む者達にとっては【外の世界】と呼ばれる場所だ。
外の世界は海底にすむ誰もが危険だと断言する場所。海底にいれば何も恐れる事は無い無縁の地。
そう言われながらも、人魚の少女アリエルは外の世界に興味――あこがれを持っていた。
今日も宮殿を抜け出しては天上から落ちてきた素敵なものを拾い集めてヒミツの場所に持って行く。
「ねぇアリエル。見てあれ!」
黄色い魚のフランダーがアリエルに真上を見てとうながす。
太陽に照らされた海底。眩しい光に黒い影が見えた。ゆっくりと落ちてくる影は次第に大きくなる。
「なにかしら?」
しばらくして形が分かった。
分かって二人は驚いた。
日の光に照らされるシルエットは、人魚ではない二本の足を持つ生物。
それはアリエルがヒミツの隠し場所の中央に置いている『人』という像のそれだ。
「あれは、人かしら?」
「だとしたら大変だよ! どうしてこんな所に人が落ちてきたの? 王様に見つかったらただ事じゃないよ~」
フランダーがそこかしろ疾走する。
「私、助けるわ!」
「そんな~~怖いよアリエル~」
怖いと言いながら付き添うフランダー。いつも彼女の好奇心に付き合ってくれるいい友人だ。
「大丈夫。目を覚ます前に陸の近くまでなら助けるだけ……って、あら?」
漂う『人』はアリエルと同じぐらいの女の子だった。しかし――。
「変ね、さっきのは見間違いかしら?」
女の子は二本の『足』ではなく、赤い『尾びれ』だった。
年はきっとアリエルと同じくらい。アリエルが浮遊する赤い尾を持つ少女の手を取る。まだ気が付かない。眠っているのだろうか。
「驚いたわ。それにしても見かけない子ね?」
「もしかして別の海から来たのかな?」
「長旅で疲れちゃったのかしら?」
「おーい! ココで寝てたら危ないよ~」
フランダーがあちこちつつくと茶色がかった黒い髪の少女はまぶたをゆっくりと開けた。
そしてこう言った。
「……私、生きてる?」
☆
マリンブルー。海の青。
そういった青は見慣れているはずだった。
緑にも、青にも見える。たまには暗く、たまには明るく。そんな多彩に見せる海の『青』は今、自分の前に広がる一面のそれだ。
それはヒカリの知る『青』の色とは違っていた。
いいや、この色は陸に居る人々が語るには到底及ばない。
むしろくらべてはいけない、比べようも無い。
海の青。
ヒカリは今、感動に言葉を失っていた
「具合はどう? ヒカリ」
赤い髪の人魚の女の子アリエルがヒカリに聞く。
「えっあ~~うん。アリエル、もうちょ~っと待って。いま、いろいろ思い出しているから……」
まず、自分は何でこんな半分赤い魚の姿になったのだろう?
現実、実際。
水の嫌いな自分の目の前に一面青い世界が広がっているなんて今の状況自体が理解不能だ。
一面『海』で、見渡す限り『水中』、目の前も当然『水』である。この状況下に私が――いる。
「いや、ほんっとに、意味分かんない~~~‼」
頭を抱えて叫ぶヒカリにアリエルとフランダーは何度か驚かされた。
「一体何が分からないの?」
「ごめん、いろいろいきなりの事だったから……」
アリエルの質問に顔を覆って考えるヒカリ。
そうなのだわからないのだ。
先ほど目が覚める前の記憶。
――さかのぼる事数分前――
「この星……本当に入るの?」
「入れるよ?」
「そうじゃなくって……入るのね?」
「鍵穴を閉じないと危険だからね」
人魚の少女の憧れる外と内の境にあたる場所で、いつにも無く身体をこわばらせて相棒に聞いたヒカリは初めての好奇心と昔から顕在する恐怖と言う名の拒絶が入り交じる。情けな――いや、水辺の高台で飛び込む事ができない子供のように怯えていた。
ヒカリがじっと見つめるワールド。
そのワールドは『海底』であった。
クジラが宇宙空間で生息している近くに海の世界があることはある意味、理に適っているような気もするが、それにしても水中の世界なんて――。
「前におもちゃに変身した事があるよね。ここでは水中の生物に変身するハズだよ」
「で、でも~あの時は、いきなりだったからしょうがなかったけれど――ここは、どうしてもトラウマの壁が私を引き留めているのですよ……」
飛び込み台で尻込みしているようなヒカリにどうやって前進してもらおうかミッキーがいろいろと考えている時。となりのマフがひょっこりと顔を出して助言した。
「こういう時はなにか片手に物を持つといいですよ。例えば自分を鼓舞できる武器がいいですね」
「よ、よう~し! ロックセプターもっていれば多分勇気が……ん?」
ロックセプターを出現させると杖に何かが巻き付いた。そしてぐいと引き寄せられる。
「え……?」
空中を漂う身体。傾く視界。
「あっ……!」
驚く二人の顔が見えたのはほんの一瞬だった。
(バッシャーン)
叩き付けられる身体に鈍い痛みを感じる。
(うっそ~~~まったく姿とか変わってない!)
いや、それよりも今は――。
(苦しいっ!)
息ができない絶望よりも巻き付く何かに抵抗して必死にもがく。
しかしそれには逆らう事ができず、ヒカリはどんどん海底に引き込まれる。
(も、もう……ダメだ)
そう思うと身体に力が入らなくなった。
引き込まれる力に抗いをやめると、揺らめく影が見えた。
(あれは……?)
白い泡に視界を阻まれヒカリは意識を失った。
☆
そして、今に至る。
思い出した。いきなり海の中に引きずり込まれたのだった。何の前触れも無く海の中にドボンなんて泳げない自分は本当に死ぬのかと思った。
「でも、今思うとかなりの間抜けだわ」
意識を失う直前。
ヒカリの意志の力の源であるロックセプターが消失。そのおかげで海底に引き込まれる謎のモノから逃れられたのだった。
むしろ杖を放せばいきなり落ちる事も無かっただろうに――突然の恐怖は簡単な判断をも忘れてしまう。浅い川でも溺れる事もある。
そう言えば私。前に噴水で溺れていた事があったっけ。あの時はトラヴァースタウンに初めて漂流した時だ。
あれはもう遠い昔のような気さえするが――。
「思えば同じくらい間抜けだわ」
「なにが間抜けなの?」
「いや~ははは。ちょっとね慣れない場所だからそこらへんの渦に巻き込まれちゃって」
「あの海流の早い場所? そうね泳ぐのに結構コツがいるもの」
「そうそう。ぐるぐるーってね。あはは……」
ヒカリはぐるぐるとぎこちなく海底を浮遊している。その行動は泳ぐと言う行動とは言えないぐらい慣れない動きだった。
例えて言うならば――宇宙遊泳?
「面白い泳ぎ方ね? やっぱりあなた私の知らない所から来たのね!」
キラキラしたまなざしがヒカリに向けられる。
「そ、そうなるかな~。やっぱ潮が違うとぎこちなくって~」
「じゃあさ、僕とアリエルが教えてあげるよ!」
フランダーがひゅーんと滑るように泳ぎ回る。
「こっちまで来て~」
「フランダーったら、はしゃいじゃって」
「よーうし!」
いつもの調子が出てきてヒカリが意気込んだ。
気分がだいぶ落ち着いてきたせいか、あらためてゆっくりと海の中を眺める。
穏やかで美しい水面の光に照らされている海中にいるのが信じられないが、本当に、ほんっとーうに『今の自分』なのだと自覚するのにはまだ時間が必要のようだ。
こんなことがあるなんて正直、夢にも思わなかった。
「ふふふ、ヒカリって私とちょっと似てるかも」
「え、どこが?」
「その顔。外の世界のモノを見つけたときの私と同じよ。見てるとこっちも楽しくなっちゃう」
「そ、そう?」
「余程遠い所からやってきたのね」
アリエルが楽しそうにヒカリに笑いかける。海底を彩る赤いサンゴのような可憐な少女だった。みどりのヒレは珍しい青緑色のきらきらした鱗。
海底の景色の次に始めて自分の目で見る人魚の姿にヒカリは一瞬見とれてしまった。
ま、自分も今は人魚だけど。ほんとなんか違う。「どうしたのヒカリ?」
アリエルがヒカリの場所まで旋回した。フワリとした赤い髪に後を追うように緑色の尾ひれが優雅にはためく。
「あ、それすっごくいい!」
背中をもたれるようにゆっくりと背面宙返りしてヒカリが言った。黒い髪が後を追うように眼下にはためき赤い尾ひれが明るく彩った。でも、まだぎこちない。
「その調子! だいぶ良くなってきたわ」
アリエルがにっこり微笑んだ。
「ねぇ~~二人とも僕の事忘れてない?」
「あ、ゴメンねフランダー今そっちに行く!」
「それじゃあヒカリ、僕を捕まえたら合格ね!」
「ううっ……手加減よろしく」
「やーだーよ!」
外では感じる事ができない、ゆっくりとした動きと浮遊感に次第に馴れながらヒカリはぼんやりと考えていた。
「初めてかも、海がこんなに綺麗だなんて思ったの」
ヒカリは島にいたとき海と空の境を眺めるのが好きだった。だからなのかもしれない。
ずっと海の表面だけを見ていたから、それ以上何も思わなかった。
泳ぐのが嫌いだから、水が苦手だから海の中を見てみたいなんて思わなかったんだ。
もっと知りたい、もっと見てみたい。
あの三人はそう言ってイカダを作ってた。
そっか。私は何かを怖がってたんだ。
だから、冒険に出たいなんて思わなかったんだ。
じゃぁ、何でだろう。
私の怖いものって、何?