King And Hearts~鍵を待つもの~【完結】 作:かすてらホチキス
14章 トラヴァースタウン5 短編
Another15~King Holiday~
朝、目が覚めて始めに思い浮かんだのは私の名前を呼ぶミッキーの声。
なんであんなに必死で私の事。しかも、あんな事があってからではすごく気まずい。
私の存在が闇に関わっている。
それだけではない、ミッキーの姿が変わっているのも私のせい。
そう思えて来る。
(しかも、ぎゅって――)
仮にも異性があんなにも自分の事守ってくれているんだからちょっとは「この雰囲気いい感じなんじゃない~」とか能天気に思えないのかなぁ。
(実際、思えないよな)
抱きしめられるのはラブコメとかでドキドキするような雰囲気になるだろうけど、今のヒカリはそんな気分にはなれなかった。
(なんていうか、私のこの考えが、なんか損してるんだよな~)
そりゃぁ、そんな事、本気で想像はしていないけど。冗談の一つも考えなくちゃ、暗くなるばかりだもん。
そうだ、ミッキーが話してくれないのはきっと気まずいだけなんだ。実は私が思っている以上の不幸なんかないのかも。
(って……何自分で悩んでいるんだろ)
ヒカリはため息をついてシャワールーム横の洗面台で顔を洗った。
そのあと服を着替えて頭のリボンをつける。
この行動は毎日寝ぼけていてもこなせるので、気がついたらコックピットの扉の目の前に来ていた。
そう、ミッキーはきっといつものように笑って「おはよう」って言ってくれるはずだ。
私もいつものように「おはよう」って言って、朝ごはんのパンにジャムを塗って。
それで――その一歩が、踏み出せない。
頭ではそう思ってるのに体が動いてくれない。
(何やっているんだヒカリ。あとちょっと、ちょっとだけ踏み出せば良いだけじゃない~)
そうだ、この場の勢いで入っていけば――。
「おはよう。ヒカリ。」
「うわっ!」
聞こえたのは後ろからだった。
「わっ!びっくりした……僕、何かした?」
「だ、だっていつもミッキー、コックピットに居るのに?」
「あぁ、ヒカリがこんな朝早くに起きてこなかったらね?」
「え?」
おっかなびっくりでミッキーを眺める。
いつもの彼とは思えないほど服が着崩れていた。
(ひょっとして、昨日の服のまま?)
あまりに珍しい相棒の姿になんと言えば良いのやら言葉に詰まるヒカリ。
対するミッキーはしばらく珍しいものでも見るかのようにヒカリをしばらく眺めている。
「な、なによ?」
「ん? ヒカリが僕より早く起きるなんて、やっぱり昨日の事まだ気しているんだね?」
「うっ……」
先ほどのシナリオ。
いつもの雰囲気を装う――失敗。
しばらく石化したままのヒカリにミッキーは訳が分からず取り乱す。
「ご、ごめんよ。その、なんというか……ううん、ぼ、僕が悪いんだ」
「そんな……もういいの! ミッキーが話したい時で良いの……だから」
ヒカリはとっさにぎゅっとミッキーの右手をつかんで顔を見合わせた。戸惑い、驚くミッキーの顔をしっかりと見るヒカリ。
「だから……そんなに悲しい顔、しないでいいから!」
いつもの笑顔を作ろうとしたけど、顔がこわばって困ったような笑いしかできなかった。
ミッキーはそんな彼女の表情を見て、一度目を伏せ、小さく息を漏らしてお手本とばかりに微笑んでみせた。
いつもの穏やかな微笑みがヒカリを見つめる。
「ヒカリのその笑顔の方が、いつにも無く悲しそうだ」
ヒカリは頬を膨らませ不満そうに言った。
「それは余計な言葉です。言わなくてよろしい!」
「昨日は、君に悪い事させちゃったね」
「えっ」
「あんな事になってしまって、本当にごめん。とても反省しているんだ」
「ミッキー。あの後、ちゃんと眠れた?」
腰に手を当てて口を尖らせるヒカリ。
こういう時に嘘の返事をすると彼女の機嫌を悪くさせる。ミッキーは理解していた。
「試みた……けど。あまり眠れなかった」
何で女の子ってこういうときお見通しなのだろう。ミッキーは感心半分不思議な恐怖半分でヒカリの顔を申し訳なさそうに見る。
ヒカリはあきれた風にふぅと一息ついて、気を取り直したように言った。
「よし、なら今日はお休みね」
「えっ⁉」
「ミッキーより私が早く起きたんだもの、朝ご飯作ったげる♪」
「僕はいつも通りに起きた――」
「私より遅く起きたんだから疲れているのよ!」
何だろう。元気づけてくれてるはずなのにこの威圧感は。
昨日の事を帳消しにするかのように意気込んで見せている。彼女には何かしらの説得力があった。
「わかった。珍しいヒカリの朝食を頂くのなら」
ミッキーは観念してコックピットのドアを開けるとガラスの窓越しの景色はまだ薄明かりだった。
「ごらんのとおり、雨とか槍が降り出す心配はなさそうだね」
「むぅ~~それってどういう意味⁉」
ほおを膨らませるヒカリにミッキーはさらりと言った。
「今日は、のんびり過ごすことにするよ」
「……うん!」
ヒカリの笑顔とともに朝日が輝いた。
☆
寝不足だけど折角だから外に行こう。
ミッキーはそう言ってヒカリと朝のトラヴァースタウンを堪能した。
建物が多い路地には日陰が多いけど朝日が昇れば思ったより暗くは感じない。
久々の晴天に窓を開ける部屋も多く、所々に洗濯物を干している窓もあった。
噴水広場ではダルメシアンの子犬達が日の光の当たる広間で無邪気に戯れていたのを眺め2人は癒された。
「レオンに聞いたけど子犬達まだ全員見つかっていないみたい」
「ソラ達がワールドの外から救出しているんだ。まだ訪れていない場所にいるのかもね」
「私達は、うかつに手を出しちゃ行けないわよね」
「いいや、そんな事は無いよ。見つけ次第トラヴァースに送るくらい長い道のりではないよ」
「そう、よね……」
「ヒカリ。なんか焦っているね?」
「だ、だって、私たちがすぐに根本を解決したらすべて元通りになるんでしょ?」
「そうかもしれないけど、それはすぐではない。子犬達が親の元へ送り届ける時間と比べればどちらが安心できるかは解るだろう?」
無邪気な子犬達を眺めながらミッキーは生徒に教えるようにゆっくりとした口調で言った。
「あ……そうね。うん」
「もちろんヒカリの考えも一理あるよ。どうしても自分が助けられないところに居るのなら別の方法を探さないと行けなくなるのだからね」
ミッキーの今の言葉は当たり前の事だ。
目の前の小さな命を、ましてや、自分達はその状況で救い出す事が出来るのならばヒカリは絶対に迷ったりはしないのだから。
「私、今日なんか変かな?」
「ん~深く考えすぎると望んだ答えと逆の事をしてしまう事もあるかもね」
「それが今の私ぃ?」
「うーん。さぁね?」
「ちゃんと言ってよね!」
「今日の天気に相反してヒカリはうす雲のかかったような暗い顔をしているように見える……かな?」
「もう! 私、三番街に行って来る。ついてこなくて結構!」
☆
ひなたぼっこしているミッキーを置き去りにしてヒカリは裏路地を歩く。
日の光の当たる場所ではハートレスはあまり出てこない――が、ひとたび陰の多い路地。特に三番街に入れば、ヒカリの背後からシャドウが静かに出現した。
(振り返らなくても、もうハートレスなんて気配で分かる)
武器を取り出して振り返る――よりも早く。
(バシュ!)
ハートレスを倒したのはヒカリではなかった。
そこには。
「ユフィ」
「うふふ♪ 毎日ここいら走り回ってるんだもんヒカリには負けないんだかんね!」
とても頼もしい限りだ。
でも、今日だけはちょっと悔しい気持ちでいっぱいだった。
☆
その後ユフィと分かれたヒカリはマーリン様の所に居るフェアリーゴットマザーを訪ねた。
「あら、変身の魔法の事ね~私は心の輝きをお洋服に反映させる魔法を使うの」
「ってことは……」
「姿が全く別人になる魔法は使えないのよ」
ヒカリはがっかりした。
「でもね、心の輝きが強ければ、その姿は別人のように輝けるのよ? 私の魔法でシンデレラは――」
がっかりしたが、とても素敵な話を聞けた。
「辛い日々が続いても、きっと素敵なことが起きるはずよ」
マザーはそう言って締めくくった。
そっか。くよくよ暗い事考えてちゃいけないよね!
☆
太陽が一番高い位置から傾きかけた頃。
噴水広間にずっと居たミッキーと合流して一番街のオープンカフェで昼食を食べた。
ヒカリはサンドイッチとコーラ。 ミッキーはチーズバーガーとコーヒー。
ヒカリが飲んでいる大きなグラスコップのコーラと同じぐらいの大きなマグカップに注がれているホットコーヒーにミッキーは砂糖とミルクを結構入れているようだけど……。
「やっぱり、眠い?」
「いや、思ったよりも目が冴えているよ。それに」
「それに?」
「これから眠くなってきたらなんだか損した気分だからね」
(ミッキー普段は紅茶なのに無理しちゃって)
ヒカリはちょっと心配したが彼はとても楽しそうに行き交う人々を眺めていた。
☆
その後、午後の昼下がりはゼペットおじいさんのところに挨拶をしてミッキーはグミシップの設計図をずっと眺めていた。
(あんな細かい図面。よく寝不足で見ていられるなぁ~倒れなきゃいいけど)
少し暇になってしまったヒカリはピノキオが読んでいる教科書という名の『文字の本』を一緒に眺めていた。
「これは『D』ディーって読むのよ」
「でー?」
「でーじゃなくって『でーぃ』って、ありゃ?」
訳が分からなくなってきたヒカリ。
「はつおんって難しいね? 普通にしゃべれるだけじゃダメなの?」
「読み書きも大事。それに本を読めないといろんな事が解らないままですよ?」
「ふーん。でも、ヒカリが教えてくれてるじゃないか。それだけじゃダメ?」
「う~む。迷子になってそこにピノキオだけしか居なかったらまた帰り道が解らなくなっちゃいますよ?」
「うーん。それもそうだね。僕、文字読めるようになりたい!」
「うんうんその調子だ!それじゃさっきの「D」は」
「でー!」
「ううっ……まぁ、よろしい!」
そんなやり取りをおじいさんとミッキーは微笑ましく見守っていた。
☆
夕食はレオンたちと一緒だった。
お昼を食べた一番街のオープンカフェ。
トラヴァースのみんなにもユフィとのタッグ結成とレオンの宣戦布告もしておいた。
みんな「応援しているよ」とか「一番強いのはこの中しか居ない!」とか声援を頂いた。
唯一知られていないのはココには居ないソラ達一行だけだ。
「あいつら別の大会で優勝してんだろ、意外と強敵かもしれないぞ?」
バーベキューの肉を豪快に食べながらシドがヒカリとユフィに言う。
「そうね~ソラ達結構成績良いもんね。私も戦いそびれちゃったからな。あの王子様に破れちゃったせいで」
「ごほっ……!」
飲み込んだ物が変な器官に入ってしまったヒカリ。
「あ、ヒカリ麦茶飲む?」
横に居たエアリスが背中を優しくさすって麦茶を進める。
「う、うん……?」
飲んだら、甘かった。
「ねぇエアリス。これ紅茶の間違いじゃない?」
「え? お茶ならお砂糖入れても良いわよね?」
「エアリスは、緑茶ってご存知ですか?」
「も、もちろん! 甘くないお茶の事よね?」
「私の世界の麦茶は緑茶と同じ扱いなんですけど」
「えっ?」
一同大爆笑した。
☆
「あ~楽しかった」
コックピットで明日の飛行の目的地までのルート確認をしているミッキー。その横でヒカリは特に何も手伝う事はないのでしゃべり続けている。
操作の一連は解らずとも行き先ぐらいは知っておきたいのでヒカリはミッキーがコックピットに居る間はそこにとどまるのがいつもの日常なのだ。
「今日は一日中、トラヴァースタウンのありとあらゆるところを見て回ったね」
「ご飯も沢山食べたし! みんなでわいわい楽しく食べるのって結構久しぶりかも」
始終ご満悦なヒカリ。
「あんなに楽しそうな顔のレオン初めて見たよ」
「でもさ、明日試合なのにお酒飲んじゃって大丈夫なのかな?」
いくらなんでも大会前にあんなに振る舞うのはいかがなものかと。
「もしかしたらシドの作戦だったのかもね」
「あはは……正々堂々フェアプレイは?」
あまりのレオンに対する内部状況の非情さになんだかやるせなさを感じる。
まぁ、それだけハンデをつけてあげようって事なのかもしれないけどさ。
「きっとクラウドがなんとかしてくれるよ一人で戦う訳ではないし」
そう言うミッキーの表情もヒカリと同じだ。
「なんか、ゴメン。今日一日おやすみしようとか、コロシアムの試合とか」
「夕食中、何を悲しそうにしているんだと思ったら、そう言う事だったのか」
「ばれてたのか。元の姿、早く戻りたいよね?」
今日まで色々楽しい事があった。でもミッキーは心の底から楽しいって思ってた?
もしこの『楽しい』が私だけの基準で思っていたのなら、ミッキーは――?
「ヒカリ、僕はこの姿になってよかった事があるんだ」
「?」
「今まで僕の考えもつかなかった事ができるようになったのだから」
(そ、それって……)
そう言って見つめられると、なんか、ちょっと、
ど、どうしようっ……!
ヒカリの頭上に手を伸ばしたミッキー
『!』
昨日の事も合ったので縮こまり真っ赤になったヒカリ。
それには気づかずミッキーはヒカリの――頭のリボンを結び直してくれた。
「はい、このとおり。身長と目線が高くなったおかげてこういう事もできるし、棚の一番上のものがとれたりするし、着れる服が増えて――見た目がちょっとかっこいいし」
「か、かっこいい?」
「あっ、最後の方は……ちょっとだけだよ」
なんだか慌てるミッキーに数秒経ってからくすりと笑う。
「服のサイズ間違って買うくせに、なにがカッコイイんだか」
「そ、それは! いきなり元に戻った時のために…それに見合った服を……ごにょごにょ」
最後は何も弁解する言葉が見つからなかった。
「まぁ、間違って買っても変身した私には着れないわけではないから、ありがたく使わせていただきますけどね~?」
実はサイズの合わないミッキーの服を(男装したときに限るが)ヒカリが着ていたりする。
さらに何も言えなくなるミッキー。
最後には……。
「し、試合は明日だろう? 朝の練習も良いけど寝不足は禁物だ、もうお休み」
「え~~」
なんだか楽しそうなヒカリにミッキーはそっぽを向く。
「明日の試合、僕の助けが必要なんだろ?」
「はい、そうでした」
ヒカリ即返答。
これがミッキーの決め手だった。
「おやすみ、ヒカリ」
「おやすみなさーい」
そう言って扉をぱたんと閉めるヒカリ。
ミッキーはふぅと一息ついて、ヒカリの身長では絶対見えない棚の一番高い場所にある箱を――。
「そう言ってから、これから一人でおいしいものと晩酌するのはひどいわよ!」
ヒカリが勢いよく扉をあけると部屋の壁越しのランプの明かりで映し出されたミッキーはビクッと体をこわばらせた。
「飲酒の王子様なんて試合では誰も見たくないからね!」
それだけ言ってヒカリはお酒をひったくるでも無く自室に戻った。
姿を直接見なくてもわかるくらい大きなチーズを取り出したミッキーのシルエットは丸い耳としっぽが見えた気がした。