King And Hearts~鍵を待つもの~【完結】 作:かすてらホチキス
~エントリー!~
重い扉を開くと真っ青な空、輝く太陽に照らされる石造りの巨大な建築物が自分を威圧してきた。
あぁ踏み出してしまった。
私、初めて訪れた時はどんな気分だったっけ?
少なくともこんな気持ちではなかったはずだ。
面倒くさいとかいう感情では、無かった。これだけ建物が大きく見えると自分がとてもちっぽけな気分になる。
「や、やっぱりなんか場違いな気がしてきたよ~」
ヒカリが一人ぼっちのコロシアム入口であたふたとしたままロビーに入ると、エントリーには早いのか自分一人しか居なかった。もしかしたら今回の新参者って自分だけだったりするのだろうか。
準備中の表札のかかった向こう側からフィルの声が聞こえる。初エントリーには書かせない試練『樽壊し』その樽の準備をしているのだろう。
ヘラクレスの声も聞こえるので人のいい彼の事だ、手伝いをしているに違いない。
「なんかフィル、いつもより活気に満ちた声をしているような気がするんだけど……もしかして私がエントリーする事、ユフィあたりが事前に言ってたのかな?」
周りを見渡すヒカリ。
それにしても男装していた時は幾度となく見ている部屋のはずなのに――落ち着かない。
「あ、トロフィーなんか増えてる?」
見慣れないトロフィーが飾ってあった。
「今回の新しいトーナメントはオールスター戦だってユフィが言ってたもんな。それだけ多くの参加者が居るってことなんだよな」
ヒカリは思わず独り言が多くなる。コロシアムのロビーに男装しないで入ったのは初めてだった。今の時点でドキドキしている。
実名で登録するのがこんなにも勇気が居るなんて思っても見なかった。
「始めはそのつもりだったんだけどね~そもそも男装だなんてどこで間違ったんだっけ?」
「久しぶりだなヒカリ」
「う~んなんだかどこかで聞いたような声がする」
「人が折角声をかけてやったのに、お前は無視を決め込むんだな」
「ぷっ……だって珍しいんだもん。あなたが人と話をするなんて!」
にんまりとした笑顔を向けて振り返ると想像していたとおり彼だった。
弟にどこか似たようなツンツン頭の金髪お兄さんがそこにいた。
「……悪いか?」
彼はこそばゆいようなそんな顔をする。
「久しぶり……いいや、初めましてクラウドさん。しばらく見なかったけれど元気にしてた?」
「お前がさんってガラじゃないだろ。というか、この前の試合で会ったばかりだ」
「それってミッキーの事? 間違えないでよ。私は初めてお話するからさっぱり解らないわよ?」
ニコニコしたまま首をかしげるヒカリ。クラウドに言わせればあくまでもしらをきる態度だ。
「あ、もしかして私が初の参加だからってアドバイスしに来たの?」
「なにを今更な事を言っている」
「あら、何の事かしら~?」
両手を広げてくるりとゆっくりとターンする。彼女はなぜだかとても上機嫌らしい。
長い髪が後を追ってなびいてそれに会わせて頭の上にくっついている真っ赤なリボンがふわりと舞う。今の彼女の姿はどこからどう見ても女の子だ。
「顔をのぞけば可愛いのにな」
無表情でさらりと言うと。
「何それヒッドーイ!」
誰がなんと言おうと女の子の態度だ。
すねる姿もまぎれも無く女の子だ。
しかし、これが男装をしていない彼女の本来の性格なんてクラウドはまったく思っていないだろう。
事実、ヒカリも緊張をごまかすためだけにかわいい仕草を誇張した所がある。
「本当の事を言ったまでだ」
軽くあしらうようにツンとするクラウド。
ヒカリは一息ついて目を伏せるように下を眺め。
「でも……それいつかのソラに言ってみてよ?」
「待っていれば今すぐに来るだろ?」
「んーそうじゃなくってさ……いつか、だね」
「その、いつかっていつなんだ?」
質問をしたが答えをためらうヒカリ。寂しそうな顔を見せるヒカリにクラウドは何も言えなくなる。
「もう一人はどうした?」
「……もう一人って誰の事よ?」
くどいと言わんばかりの気迫のこもったまなざしを送るヒカリ。
「……いや、いい」
クラウドは(ちょっと恐くなって)それでこれ以上の質問をもうあきらめた。
気をとりなおすように一つ咳払いをして外へ向かう彼。その後ろ姿へヒカリはぽつりと言った。
「一応言っとくけど、ちゃんとミッキー出場するからね!」
その言葉に勢い良く振り返るクラウド。
「お前が出るのか⁉」
意表をつかれたらしく驚きの表情を隠しきれない。言った矢先はっと口を濁す。
「って答えられない、か……」
この言葉は彼女の機嫌を損ねるものだと思っていたが――。
「まさか!『二人同時なんて』戦えるわけないでしょうが!」
手をひるがえして大げさに言い放つヒカリ。その表情と来たら、いつもの彼女の『不敵な笑顔』をしている。自信満々なその態度になんだか思わずたじろぐクラウド。
その表情を見たヒカリはまた楽しそうに笑ってみせる。彼は女の子の強気な笑顔にどうやら抵抗があるらしい。
でも怯んだのは一瞬ですぐに立ち直ったようだ。
いいや、ごまかすの間違いかもしれないが。
「フッ……その表情。面白い事を企んでいるな。今回のヒカリとの試合。楽しみにしている」
「だ、か、ら! 今回が初参加なんだってば~!」
「ふふ……そうだったな」
そう言ってヒカリへと振り返るクラウド。
「⁉」
ヒカリは思わず表情が凍り付いた。
意表をついた彼の顔に、なぜだか鼓動が高鳴り思わず顔が赤くなる。
そして何か言わなければいけない気がしてしぼり出すように口から出てきた言葉がこれだった。
「お、お手やわらかに……お願いしますっ!」
真っ赤な顔のままほぼ怒鳴りつけるように言ってしまったヒカリに何が何だかさっぱり解らないクラウドはあきれたような表情で肩を落とす。
ぷいとそっぽを向いたヒカリ。
長い髪から一瞬見えた耳は彼女の頭にのっかっているリボンのように真っ赤だった。
「どこか時間つぶしに行けば?これから、試験だから、まだ掛かるわよ」
「そうさせてもらう。それと『次は負けない』もう一人に言っておいてくれ」
「だから、私は伝言係じゃないわよ~!」
遠吠えのごとく叫ぶヒカリにうるさいとたしなめるようにクラウドはひらひらと片手を振った。
ヒカリはクラウドが部屋から消えたのにまだ赤い顔がひかない。
(うわぁ~いつも無関心な顔ばかりしていたのに、あんな顔も出来るんだぁ)
さっきのクラウドときたら、ヒカリの不敵な笑顔と似通ったでも少し大人びた挑戦的な笑顔を見せつけたのだった。
(ちょっとこれって宣戦布告? それとも女の子に対する必殺技?)
どちらにせよ戦う前から罠を仕掛けられた気分だ
いいや、なんか根本的なところで――負けたような。
そんな素敵な笑顔をご披露していただいた矢先、なんでそんな笑顔を人前では見せないんだろう?もったいない~とか思ったが――。
(いやまてあれは貴重だ、安売りはもったいない)
一人で納得した。
それはさておき。なんだか彼に期待を持たせてしまった気がする。
まぁいいか、今回はひと芝居もふた芝居も考えているのだから!
「さぁて! 今回は骨のある若者は揃っているかー!」
フィルの声にヒカリは赤い顔を紛らわすように無駄に元気よく返事をした。
「はーい! 私、初エントリーしますっ☆」
その声は一人しか居ないロビー中に響いた。