King And Hearts~鍵を待つもの~【完結】 作:かすてらホチキス
ヒカリはキーブレードを肩に担いで走る。
高台から駆け降りるとその下のフロアにいたプリンセス達はいなくなっていた。
おそらくカイリが目覚めた時に近くに居なかったビーストが助け出したのだろう。
ホッとしたのも束の間。後ろにいるであろうアンセムのことに気をもどす。
いきなり思い出した。
詳細ははっきりしないけど、絶対によくない思い出だ。正直言ってそれぐらいしか覚えてない。これ以上考えたらどうにかなりそう。
消えたソラとリクの姿と本来はいるはずのない私。ヒカリは城の屋外の通路に出たことでえもいえぬ憤りがフツフツと溜まり――すぐ頂点に達した。
「……っあああ〜〜〜!」
ヒカリは悔しくて叫び出し、
空へ向かって躊躇なく駆け出した!
思い切り走り、加速をつけ。
その滑走路の直線上に――黒い何かが躍り出た。
「あっ!」
そして、思わず蹴ってしまった!
しかも全速力のあまり蹴り上げてしまった!
地面を蹴る、目の前は当然着地する足場がない。
黒い何かとそのまま空へ投げ出される体。
放物線を描くようにゆっくりと落ちる黒いものよりも早くヒカリは地へと吸い込まれ、次第に下へ速度が速くなる。
ヒカリは落ちていく重力に抗うことはせず、ぼんやりとした気分で虚空を眺めた。
一瞬、間近に城の大紋章が見えた。
あれはハートレスの紋章かーー。
はじめ懐かしいと思ったのは、わたしはずっと前からこの紋章も城も知っていたからだったんだ。
なんで今まで忘れていたんだろう?
今まで思い出すことのなかった自分が悔しくて全て投げ出したくなってくる。
でも、まだ終われない。
ヒカリは真下の迫り来る地面とその着地地点を見定め技を繰り出す。
『フェアリーキック!』
妖精の時はこれで飛行が加速したのだが空を飛ぶことができない今は空中を踏み込み落下の威力が和らぐくらいに使える。
そしてさらにキーブレードを上に放り投げる。
『バリアチェンジ!』
キーブレードを投げた放物線に座標を見定めそこへ瞬間移動。これで落下衝撃はほぼゼロ!
城の真下。地下水路へ着地したヒカリ。
沈まない魔法の水面が緩衝材のような作用が働き落ちた衝撃で歪んだ水面がヒカリの周囲で形だけの水しぶきに変わり跳ね上がった。
なんだ、落ちても痛くないのか。
いろいろ考えて衝撃に備えた自分がなんだか情けない。
仕組みを知らないという事はとても致命的だ。
それに、ここまで冷静になれているのは、さっきまでがとても正気じゃなかったからだ。さっきの行動を反省しつつ、今の状況を整理する。
城を見上げると落ちてきた場所は見えない点になっている。
集中した事から一気に緊張を解くと、忘れかけていたのにだるさと頭の痛みが蘇る。
ケアルガをかけてみるが全く治ることがなかった。本で読んだだけの毒などを治せる魔法、エスナは覚えてないんだよなぁ~。何かのきっかけで思い出したりしないのかなぁ?
そう思っているところ、ちょうど頭の上に衝撃が!
「いったーい!」
黒いものが落ちて来たようだ。さらに頭に響く。
あ、もしかしてさっき蹴り上げた黒いものか。
数メートル先でさっきのヒカリのように水しぶきが上がっている。
水の柱がなくなると姿がわかった。
「何……ハートレス?」
黒い何かはシャドウだった。
人が心を奪われると、通常はこの姿に変わるらしい。
そういえば、出て行く時にアンセムは私のことをなんと言っていたのだろうか?
あまりにも衝撃的だったので『闇の〜』しか聞いていないけど、全力で否定したいのに……なんでかそれが一番当てはまる気がした。
なんと言うか心が痛んだ。
「ねぇ私も君みたいなものなんだってさ?」
ヒカリが黒いネズミのような体を見下ろす。
シャドウは絶えずキョロキョロと辺りを見渡していた。
「私はちゃんと心、あるはずなのに…ね?」
なぜか襲ってこないので思わず抱き上げる。
顔をまだキョロキョロと見渡している。
暴れたりはしていない。
「なんだか、もういいや――欲しいならあげるよ」
冷静なはずだったのにもう嫌になった。
ヒカリは目を閉じてシャドウを抱きしめた。
「バカ! 何してるんだ!」
金髪と黒い翼の青年がヒカリの目の前から現れた!
「クラウド……さん」
「お前が、さんってガラじゃないだろ?」
クラウドが妖精から元の姿に戻ったのだ。
そしてシャドウを掴みヒカリから引き剥がし、その後遠くへ投げ飛ばした。
放物線を描き遠くで水飛沫が上がった。
クラウドはそれを確認さえせず仏頂面でヒカリに向き直る。
「バカな真似だけはよせ」
今の行為に怒っているに違いない。
「わたし、思い出しちゃったの」
「何をだ」
相手の顔を見ずヒカリは戸惑いながら答えた。
「私は、ソラのお姉さんじゃないんだよ」
「さっきまでの出来事は――俺も見ていた」
思わずヒカリはクラウドの顔を見る。
「ん⁉︎ 思っていたよりピンチだったけど?」
「ソラが居たから大丈夫だと思っていたんだ。まさかああなるとは……すまない」
腑に落ちない気分だがいつもよりしょんぼりしているような顔に免じてヒカリはこの問いは撤回することにした。
それに、不本意だけどこのおかげでいくらか弱気な気持ちが落ち着いてきた。
「わたし、ね……今までここにきてからなんで気がつかなかったのかなぁ~って思ってたの。覚えていなかったわけじゃない。全て不安と恐怖で忘れていたんだ」
うつむくヒカリにクラウドは言った。
「そばにいなかったわけじゃない、だがヒカリが俺がいないと思っていたことは気がついていた」
「もう! クラウドはなんのためにここまで一緒に来てくれてたのよ?」
思わず顔を上げるヒカリ。
目には涙が溜まっている。
「俺はあの魔法使いに何があってもヒカリについていろと言われただけだ。それ以上は……すまない」
「マーリン様が言ってた扉の結界。それは私なんだよね?」
真っ直ぐに見つめるヒカリにクラウドは思わず目を背ける。
「正確にはわたし、ここの扉の一部の力を持っていて、鍵穴をこじ開けられた今、私がちゃんとした扉を開けなきゃ、まずいことになるみたいな?」
「お前でもわからないのか?」
「自覚はあるけど仕組みはわからないことって沢山あるわよね? そんな感じです!」
「そう、だな」
ヒカリの強引な理屈にクラウドはしぶしぶ同意しかできなかった。
「そして、ミッキーの言ってた闇の扉。それを私が戻さないと待ち合わせの場所が無いのよね! これは大問題よ」
「……」
「それでクラウド、お願いがあるの」
ヒカリはちらりと周囲をうかがいクラウドへ耳打ちした。
いきなりのヒカリの接近に驚くクラウド。
さらに彼女のささやいた言葉に目を見開く。
その言葉を理解するよりも早くどこからともなく声が聞こえた。
「私からもたってのお願いがあるんだ、ヒカリ」
その声を聞くとヒカリはびくりと体が震えた。
闇の扉を開けてヒカリとクラウドの前にアンセムが現れた。
「ずっと話すタイミングを見計らって見ていたんだな、趣味の悪い奴だ」
そう言ってクラウドはヒカリをかばうように下がらせ武器を構える。ヒカリは震える手で白いキーブレードを構えた。
「私には闇の世界を導くお前が必要なのだ。君は後退してもらう」
一瞬の出来事でヒカリは声をあげることもできなかった!
アンセムの背後から黒い魔物が現れると地面から影を落としヒカリの背後へまわる。そして彼女の両手を掴み空中に吊るし上げた。
隣にいたクラウドは両足首を地面に縫い留められていて一歩も動けない。
「さぁ! もう一人のお前に交代しろ、今のお前は鍵が使えたとて、どのみち世界を救うことができない」
至近距離でアンセムが顔を近づけた。
興奮のあまり目を大きく見開くアンセム。
ヒカリは有り余る恐怖に一瞬目をそらしたが恐怖に屈せず真っ直ぐに見つめ答えた。
「いや!」
「私がお前にこだわるのはなぜだかわかるかな?」
「……」
強気な顔で無言の返答をするヒカリにアンセムは笑いかける。
「教えてやろう、お前は心を失っている。つまりはハートレスだ」
「なっ⁉」
思わぬ単語にヒカリは衝撃を受ける。
「何故、だ⁉ ヒカリは光の魔法を使う……闇に、住む者には、使うことができないはずだ!」
全く体が動かないクラウドが抗うように叫ぶ。
「そうだ、特別に教えてやろう。心を失っているお前は輝く光を求める! しかしお前はどこかから溢れ出す光の力を使い、本来は消滅する体をとどめているのだ。皮肉なものだ、ハートレスのおまえ自身がおまえを求めているとは……そして、おまえの中にいるもう一人の存在はそれと相反する力を使うのだよ。ヒカリ、もう分ったかな?」
ここまでゆっくりと解説するアンセムにヒカリは宙吊りのまま手も足も出ない体を揺さぶられる。
彼女の右手に掴んでいるキーブレードが抵抗するように弱弱しく光を放つ。
「光と闇が互いに同居するもの、それはすなわち『世界の心』私はその過程をお前の身体を使い、過去に証明したのだ!」
「なん、ですって?」
「お前こそ私の娘だ。いや、お前が生まれたから私はこうやってハートレスとなれた! いわば研究の始まりはお前だったのだ!」
「う、嘘……!」
「まだわからないのか? お前は扉の向こうのお前の心を欲している」
「⁉」
「扉の向こうへ行きたくてしょうがないのだろう?扉のハートレス!」
「っ……!」
体が、熱くなる。
かろうじて手にしている白いキーブレードが消えかけた。
私の中にある心の代わりとなっているものが……別のところへ還ろうとしている。
「そうだ、お前に選択する余地はない。お前の中に無い心が欲しくてしょうがないのだ。だがその心はお前の力そのものなのだ!」
この人はいったい何を言っているのだろうか?
全く頭に入らない。
それでも身に覚えのない言葉に体が熱を帯びる。
今の自分の体と記憶が混乱をしている。
何を信じていればいいのかわからない。
「あなたの言っていることは、わから、ない」
「そうだな、鍵穴が開けられ自覚がないままではお前はじきに消えてしまう。それは私が困る。厳密には異なるが……簡単に呼称してやろう。生まれた子には名前が必要だ」
「そんなの……いやだ!」
「お前の名前はライトハート。光の世界の心なのだ!」
「ううっ……」
体が鼓動を早める。
否定したいのに――体の記憶が紛れもない事実だと反応する。
「そして、私の会いたいのはお前の半身。ダークネスハート。闇の世界を彷徨い君と共にある思念だ。さあ、話はこれで終わりだ」
吊るされた体がゆっくりと降ろされた。
自由のきくようになった両腕は力が入らない。
「さぁ、私を導けダークネスハート」
私が必要な理由。
もうひとりの私がいま、闇の世界に居る。
そして、私の許しだけで彼女はこちら側へやって来れる。アンセムは彼女の案内で世界の心のありかを誘導させるつもりだ。
城の扉の前でマレフィセントの言っていた光と闇の同居するもの。
それは、世界の心の場所を知るもの。
あるいは世界の心そのもの。
ちょうど城の扉の前で言うのだからもう一人の彼女はとても嫌がるわけだ。
ヒカリは全身の動きを止められたクラウドに向き直る。
「わたし行かなくちゃ。クラウドはマフに伝えて。わたしは、わたしの心は消えないって! だから……あの事はお願いね!」
白いキーブレードを突き立てるヒカリ!
「……頼んだよ!」
刃物を当てたような外傷はなく吸い込まれるように体を貫いた。
「ダークネスハート! 教えてくれ! お前はどこへ私を導く!」
アンセムの声が遠くに聞こえる。
うっすらと目を開けるヒカリは、
一瞬、ふわりと金色の長い髪が見えた。
実を言うと、遠い昔なのに覚えていたみたい。
気分は悪くない。
けれど体を貫いた感覚は想像すると少し痛い気がする。ただ意識がどんどん別のところへ吸い込まれていくよう。
溺れるように目の前が輝く泡でいっぱいになる。
ああ、思い出した。
私が水が怖いの、この感覚だったんだ。
この感覚は二度目だ。
きっと経験した事を無意識に覚えていた。
でも、前は怖かったのに、
今は――なんでか怖くない。
そう、これが初めてじゃないからだ。
こわくなんてない。
まだ終わらせるもんか。
これから、なんとかしてみせる!
☆
目を開けるヒカリ。
しかし真っ暗で目を開けているのか閉じているのかさえわからない。
ただ、ゆっくりと下へ落ちていく感覚だけは分かる。
ここは、闇の世界?
真っ暗だ。
でも、なんだろう。
すぐそこになんだか懐かしいものを感じる。
ゆっくりと近づいてみるとわかった。
これは……ソラ?
そこにあるとは言い切れない。
だけどきっとソラだとわかる。
あ、もしかして、さっき蹴り上げて一緒に落下してた、あのハートレス?
抱き上げた時にもしかしてなにかあったのかな?
それとも私がこっちの世界に落ちているからちょうど会えたのかな?
このまま、一緒に落ちていけば――。
ううん、やっぱやめよ。
私はソラのお姉さんじゃないから。
それより、あっちにはカイリがいるから、きっとうまくいくよ。
ふと右手に何かを掴んだ。
これは、さっき私と消えたはずの
『人の心の鍵を開けるキーブレード』
いいや、これは私の手錠をつけた時から別のものになってた。
白いキーブレード。
これは暖かい方のキーブレードだから人の心を蘇らせる事ができるはず。実際、私はこうして意識は無くなっていないから。
よし。これで意識だけは元に戻れたかな?
あとは、呼びかけてくれればいい。
だいじょうぶ。
二人はどんな時だってそばにいたから。
たのんだよ――カイリ。
King And Hearts ~鍵を待つもの~5へ続く