King And Hearts~鍵を待つもの~【完結】 作:かすてらホチキス
鏡の向こう側を抜けると、どこか聞き慣れた音がする。
あたりは暗く、しばらくして目がなれると大きな岩が沢山転がっているのはわかった。地面は砂だらけで歩きにくそうだが、今のヒカリには何も問題はない。
これだけの要素でここは砂浜で近くは浜辺なのだとヒカリは知っている。
きっと肌で感じる波の風と潮のにおいがその場にあるのだろう。
今の自分が感じられないのは少しさびしい。
「あ、もう鏡がない」
振り返ると後戻りはできなくなっていた。
名残惜しいが気を取り直してあたりを眺める。
「さぁて、人を探しますか」
鏡が言っていたんだ。誰かはいるのだろう。
危険な人物だと言ってはいたが、そもそもこんな所に人がいるのだ。普通の人ではないのは承知の上。それにあの魔法の鏡がしぶるのだ。本当はミッキーやリク、近くのアクアという人も気になるがハートレスでもスルーされるこの体では話のしようがない。
だったら危険と承知でこちらのほうがなにか手がかりが見つかる可能性があると考えた。
「まぁ……今の私、見えないからこわいもの見たさで会いたいのが本音だけどね~」
自分に言い聞かせるように独り言を口にしながらヒカリは波の音を頼りに足を進めると、岩が開け暗い海岸にうすぼんやりとした光が見えた。
それは日の光ほど強くはなく、さらに月よりかは大きく輝いている。
水平線あたりにあるから白い夕日のようだ。
「やっぱり海だぁ!」
久々の砂浜にヒカリは思わず走り出し波に足を突っ込む。しかし、何も感じなかった。
「あぁ、なんだか残念……って、うわあぁ⁉」
振り返って初めて気が付いた。
動かないので見落としていたが浜辺を望むようにこちらを眺めている黒い何か――それが人だと今しがた認識できたのだ。
「……って、そっか。私のこと見えないのよね」
ヒカリの声に大きなリアクションも帰ってこないことから本当に見えないようだ。
危険な人物と聞いていたが他人には見えないという特権で周囲をグルグルと見渡してみる。
フードをかぶっているが無礼千万でその奥をのぞき込む。どうやら初老の男だ。
「うーん知らない人だね、まぁ、闇の世界に人がいるのも珍しいか」
お兄さんではない。
おじさんという感じでもない。
もう少し落ち着いたお年のオジサマと言ったほうがいいのか。
「なにか話がしたいようだね?」
隣で声が聞こえた。
「……え?」
独り言かと思うヒカリ。さらに誰かいるのか周囲を見渡す。
次の言葉でそうでないことが分かった。
「水面に映る人なんて暇を持て余した私でなかったら気が付かないものだよ」
「水面?」
ヒカリの足元には水たまりができていて。そこには、ぼんやりとした光に映る自分の姿が見えた。
「うそ~! 鏡には映らなかったのに!」
「波の音に紛れてかすかに声が聞こえたからね」
「波の音……」
水面に映る少女の声は静まり返った波音に紛れてかすかに聞き取れたようだ。
ヒカリは何かを見透かすように目の前の人物を眺める。
静かに佇む穏やかな物腰の老人は水面に映る今の自分を下を向いて眺めている。
顔はフードで隠れて見えない。
「私には久方ぶりのお客様だ。もっとも言葉が交わせる人の、と言ったほうがいいのかな」
それはもう散歩して腰掛けている老人が今日はいい天気だといきなり話し出すくらいにその声は穏やかだった。
これが大人の余裕と呼ぶものなのだろうか?
あるいはヒカリの思考を遥かに凌駕するほどのかなりヤバい人なのだろうか?
「君はいったいどこからやってきたのだ? 私の時間は無限にあるから隣で話してくれないかな?」
ハートレスも無視されたのに本当に聞こえるのか?
ヒカリはダメもとで老人の隣に座り普通の音量で話してみる。
「波の音って、私の声ってそんな大きいかしら?」
「さっきよりも思いのほか聞こえるよ、おそらくさっき拾った巻貝のおかげかな?」
よく見るとヒカリの横で巻貝を耳にあてて答える老人。
「巻貝で聞こえるの⁉」
思わずツッコむヒカリ。
「不思議なことにね」
楽しそうな声の老人。
ヒカリはこう思った。ヤバい人とまではいかなさそうだが変わった人だ。
思ったほど危険な人物ではないが――ある意味ではおおいに危険だ。
「おや? 聞こえなくなってしまったが……あぁ、すまない! 初対面なのに私が悪かった。どうか引いてしまわないでくれ。話し相手ができて、私はどうにも浮かれてしまったようだ」
うろたえる老人にヒカリは観念して話を始めた。
「わ、わかりましたから! 話します、では……」
ヒカリは巻き貝を耳に当てている男を見ないように彼の横に座り浜辺の波を眺めながら話し出した。
「ここは――私が私である思い出がたくさんある場所に似ている」
そう切り出したヒカリは記憶の覚えている限りの自分の昔話から始めた。
幼い頃の記憶から今までのこと。平穏に……家族とずっと思っていた弟と幼馴染と親友とで遊んだ海の見える南の島。私の外への冒険が始まる前にいた故郷と呼べる場所。
島が消えてしまったこと。
飛ばされた所では沢山の故郷を失った人々が街を作って集まっていたこと。
そこで鍵を持つ王様と名乗る青年に出会い、私は鍵ではなく錠前だという不思議な杖を使い、彼といままで旅をしていたこと。
それから沢山の世界を訪れてはなぜか鍵を持つ勇者と呼ばれた弟をサポートしながら、同時に世界の危機である鍵穴の封印をしつつ故郷の親友と幼馴染と出会っては、すれ違いの繰り返し。
さらに危険な場所へ行くと相棒が自ら離れ、元凶である闇の扉を見つけた所では幼馴染が立ちはだかり、闇の研究をしていた人物に姿を変えられて私を闇の扉だと呼び闇の世界へ落とされたと。
「落とされたというよりかはこうするしか方法がなかったの」
「どうして?」
「私は彼を見て思い出した。わたし、本当はソラのお姉さんじゃなくて……最初の研究対象だったの」
ここまで言うと、言葉に詰まるヒカリ。
「それはいったい?」
続きをせがむ老人にヒカリはしぼりだすように話す。
「最近、思い出した。もっと、昔の記憶。私は故郷の島に来る前は、別の世界にいたんだ。そこで私の体は研究対象にされていて……そこでなんでか闇の存在にならずにとどまっていた。彼が言うには、私の心が世界の中心を担う物であり、それのおかげで身体をとどめていたのだと」
「まさか、そんな……」
血相が変わった男がヒカリに向かって問いかけた。
「教えてくれないか。君が出会った闇の探究者だと名乗る男の名前は?」
ヒカリはこらえるようにぐっと拳を作り、絞り出すように名前を言った。
「闇の探究者アンセム」
男は思わず立ち上がりよろめいた。
ヒカリは足腰が悪いのだと思っていたが、そうではなかったらしい。
そしてその場で肩を震わせた。
「ふふ……ははは。はーっはは!」
彼は笑い出した。
大きな声で。
さらに怒りに身を任せるように踊り狂った。
その光景にヒカリは何も言えずに見ているだけだった。
しばらくして彼はまた同じようにヒカリのもとへ座り直した。
「あぁ、君の話は驚いた、そして悲しくも滑稽だ。そして……何よりも魅力的で愛おしい! 世界とは実に素晴らしいものだ!」
ヒカリはその奇怪な行動を目の前に数秒立ってから我に返った。さっきまでの自分の暗い話で何も感じなかったが、しばらくして冷静になるとこの場から何も言わずに立ち去りたくなってきた。
何言っているの?
このおじいさん正直に言ってコワイ。
出来ればもう関わりたくない。
やっぱりこの老人、危険な人物だ。
このまま無言で遠ざけたい気持ちを感づかれたのか老人は大きく咳払いをして場を整えた。
「すまなかった、居なくならないでくれ!」
そう言ってまたヒカリの横に座り直し巻貝を耳に当てた。
正直、もうどこか立ち去りたい!
「無様なところを見せてしまったな」
「……私情のようだから、何があったかは私からは聞かないわ」
ヒカリはそれだけ言ってぐっとこらえた。
「せっかく話してくれたのに本当にすまなかった。さっきまでの無様な姿を忘れてくれとは言わないが、どうかこれから言う私の話を聞いてほしい、君の身に関わることなんだ」
どうやら、空気が変わった。
出逢った時の一般人の老人ではなくなった気さえする。
「今の君はここにいてはいけない存在だ。私は、おそらく君の光を取り戻す手伝いができるだろう」
それを聞いて思わず立ち上がり向き治る。
「ほ、ホント⁉ この体、元に戻れるの?」
「君の持つ力は私には根拠がまったくわからないから私にできるのは助言することしかできないがね」
「あなたはいったい何者なの?」
「私の名前は……無礼を承知で今は名乗ることができない。これを明かすときっと君を、いいや全ての人々を不幸にさせる」
ヒカリはさっきまでの行動を見てしまったのだからそれを察した。
「そこまで言うならあなたの素性は聞かないわ。私の――今の状況が変わるなら良いってことよ!」
水面に映し出される彼女の姿。
声を張り上げて全力で頭を横に振る彼女を見つめる老人は救われたように微笑した
「そうか、そうだな……私のことはどうだっていい、私の今話す事柄だけ聞いてほしい」
老人は静かにヒカリに脱出の糸口を教え始める。
「例えるとするならば開かない扉は錠前を新しくすればいい。それができるのは持ち主の君ではないか?」
「簡単に言うわねぇ。出てきてと言えば出てくるものだったのにそれが今は出てこなくなってしまったんですよ?」
ほほを膨らませるヒカリにふふっと大人の余裕を見せる老人。
「さっきの話を聞くに、君の心と体は消滅してはいない」
「どう言うこと?」
「君がここに存在し、二つの人格が君の体の中に存在していたのならば、おそらく体は消えてはいない。もう一人の君へ移動してしまっただけなんだ」
「私の体が向こうにはあるから私の心は消滅しなかったってこと?」
「そう。さらに力がなくなっているのに君の心がこうしてここにあるのなら世界はまだ最悪な状況ではないはずだ」
「まだって?」
「君以外の誰かが頑張っているのだろう、どこかにいる誰か、もしくは弟くんであったり、もう一人の君だったり」
「あ……」
「世界が無くなると困る人は沢山いる。知らないだけでその人たちはいろんな助けとなっているんだ。だから、君は君の一番できることを考えるんだ。考えるとおのずと気が付くだろう。力を取り戻すには誰の助けが必要なのか?」
「でも、私。あの子に呼びかけることはできない」
「名前は?」
「……あるはず」
入れ替わる前にアンセムはもう一人の私のことをダークネスハートと呼んでいた。私もあの子も不服だろうけど、今はその名前しか手掛かりがない。
「ならばお願いできるさ。話を聞くに君の力は異界への扉を開ける魔法だ。だから、君にしかできない」
「あの子、答えてくれるかな?」
「今まで一緒だったんだろう? 答えてくれるさ」
ヒカリは難しそうな顔をして唸って立ち上がり。まだ決心がつかないようにこう付け加えた。
「えーと私、魔法使おうにも杖がないんだった」
「そんなことか。杖はただの具現に過ぎない。力を引き出す鍵の役目をしているだけだ」
「かぎ?」
難しい顔をするヒカリ。
「たとえを変えてみよう。鍵のかかった扉があるとしよう。鍵は今までその手にあった。しかし、見つからないのならば、君ならどうする?」
「鍵を探す……いいや合鍵をつくる? 鍵を別の道具で開ける?」
「もう一息だ」
「あっ!」
ヒカリは思いついて両手を前にかざす。
そして目を閉じて集中する。
老人は思わずその光景を目にして立ち上がる。
浜辺の向こうにあるぼんやりとした輝きよりも目の前では光る何が集まってくる。
光はしだいに人の形となる。
満足そうに初老の男は耳に当てていた巻き貝を地面に落とし、その輝きを眺めていた。
「君の力は君のものだ。だから、制御の方法をつかめたら……ほら復活だ!」
そう言うと同時に白い輝きがはじけ、そこに一人の少女が現れた!
「鍵なんて……私にかかれば、ぶち壊す!」
声の主は初めて老人に姿を見せた。
真っ赤なリボンが揺れる長い髪。
思ったよりも幼い顔立ちと眩しいぐらいに強気な笑顔。
「ようし……魔法復活!」
中でも瞳に写す輝きがとても大きかった。