比企谷君と朝吹さんの高校生活   作:クヨーマン

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第3話 縋る藁も少しは選んだ方がいい

 あれから朝吹との間に会話は無く先程入ってきたクラスメイト達を皮切りにポツリポツリとしかし確実に教室の人口密度は高まっていった。同時に周りの静けさも無くなっていきコミュ障達の居場所は消えていく。どうやら無敵の防御形態(ただ突っ伏して寝たフリをしているだけ)を展開する必要があるようだ。

 しばらくして後ろが少し騒がしくなって女子たちの声が聞こえてくる。そこに紛れて「えっ」とか「あっ」などと言葉になってない鳴き声が聞こえて来る。やがて顔も知らない女子たちの声が遠ざかっていく……友達1人目までの道のりは長そうだ。別に気配を感じ取る達人でもないのに視線を感じる。それほどの熱視線を後ろから感じ取れる。そうかそうかそのいたたまれなさを助けて欲しいか? 無理、友達にはそれが出来ても友達(仮)の管轄じゃないのそれ、諦めろ。

 

「悔しいのね比企谷? 私は早くも友達ができる兆しができたわ! どう? なってくださいって言うなら(仮)外してあげてもいいわよ!」

 

 ダメだこいつ。まさかさっきので上手く話せたと勘違いしているらしい。小声で語末にビックリマークをつけるなんて高等テクを披露すると同時に高レベルのコミュ障っぷりを披露してきやがった。

 

「あのな……」

 

 見てられなくなったから柄にもなく指摘しようと後ろを向こうとした時チャイムが鳴る。同時に担任と思しきスーツ姿の女性が入ってきた。見た目からの印象は一言で言えばキツそうな人だ。完全に偏見だが俺の事嫌いそう。いや、眼中にもないって感じだろう。うんうん。そんな悲しい納得をしまい込んで嫌われるくらいなら眼中に無い方がマシだと思いさっさと前に向き直る。

 

「えー新入生諸君。私はDクラスを担当することになった茶柱佐枝(ちゃばしらさえ)だ。普段は日本史を担当している。この学校には学年ごとのクラス替えは存在しない。卒業までの3年間、私が担任としてお前達全員と学ぶことになると思う。よろしく。今から1時間後に入学式が体育館で行われるが、その前にこの学校の特殊なルールについて書かれた資料を配らせて貰う。以前入学案内と一緒に配布してあるがな」

 

 前から流れてくる紙を後ろに流して入学前に1度だけ軽く読んだ文に目を落とした。やはりこの学校は特殊なのだと思い知る。特例を除く外部との接触の一切を禁止し高校生活の3年間の全てをこの学校の敷地で過ごすこと。生活に必要な施設だけでなく娯楽施設も充実しているらしいのだからただ頭が固いだけの学校とは違うのだろう。まるで1個の町かのような土地と施設をこの学校は有しているのだ。浮かれた学生たちが学業を疎かにしたらどうするんだ。

 そんな思ってもないことを考えるのはこのくらいにして、この学校にはもうひとつの特徴があった。確か名をSシステムといった。

 

「今から配る学生証カード。それを使い、敷地内にあるすべての施設を利用したり、売店などで商品を購入することができるようになっている。クレジットカードのようなものだな。ただし、ポイントを消費することになるので注意が必要だ。学校内においてこのポイントで買えないものはない。学校の敷地内にあるものなら、何でも購入可能だ」

 

 つまりこれからは今説明されたポイントが生活資金となるということだ。

 

「施設では機会にこの学生証を通すか、提示することで使用可能だ。使い方はシンプルだから迷うことは無いだろう。それからポイントは毎月1日に自動的に振り込まれることになっている。お前たち全員、平等に10万ポイントが既に支給されているはずだ。なお、1ポイントにつき1円の価値がある。それ以上の説明は不要だろう」

 

 教室がざわつく。そりゃ10万もの大金を普通の高校生40名いや、160名に当たり前のように出されりゃ困惑だわな納得。裏があんだろ。でなきゃ羽振り良すぎだ。国がバックに着いてるたってやることにも限度がある……はずだ。やべ自信ねえ。

 

「ポイントの支給額が多いことに驚いたか? この学校は実力で生徒を測る。入学を果たしたお前たちには、それだけの価値と可能性がある。そのことに対する評価みたいなものだ。遠慮することなく使え。ただし、このポイントは卒業後には全て学校側が回収することになっている。現金化したりなんて出来ないから、ポイントを貯めても得は無いぞ。振り込まれた後、ポイントをどう使おうがお前たちの自由だ。好きに使ってくれ。仮にポイントを使う必要がないと思ったものは誰かに譲渡しても構わない。だが、無理やりカツアゲするような真似だけはするなよ? 学校はいじめ問題にだけは敏感だからな」

 

 困惑、それに支配された教室は実に静かなものだった。茶柱先生は観察するように1度だけ教室を見渡した。

 

「質問は無いようだな。では良い学生ライフを送ってくれたまえ」

 

 正直、怪しい。生活の要、いわばこれからの3年間の生命線とも言えるポイント、それをさっさと使ってしまうことをあんなにも念を押して言うものだろうか? ここはいくら特殊と言えど学校であることに変わりはない。それに生徒の中には元から金を持っているものだけではなく家庭的に貧窮していた者もいるはずだ。かく言う俺の家も決して富んでいるとは言えない。そんなヤツらの金銭感覚を狂わせるようなことを推奨するもんか……? それとも本当に毎月10万ポイントが配布され卒業までを贅沢して過ごすのか。

 答えの出ない考えが頭を巡る。変だ変だと思っていたがカメラの数と言いさっきの説明といい気を引き締める必要がある予感……めんどうくさい。そんなことを考えていると肩を優しく叩かれる。

 

「ね、ねえ」

「なんだよ?」

「10万円って大金よね?」

「まあ、そうだろ。一般的に考えて」

「そうよね。この学校そんなにお金を蓄えているのかしら……」

「……何かしら裏があんだろ。今はちょっとわからんが」

「うーん」

 

 眉間に皺を寄せて、顎に手を当てて必死に考えている。なんとも学校、というより自分の疑問か? に対して誠実なようだ。疑うことも知っているらしい。

 目の前の朝吹や俺を含め見た限りクラスメイトは普通と言えるだろう。10万円程の評価、人間1人の価値として高いのやら低いのやら……少なくとも入試で手を抜いた俺は良くて1000円くらいだろうに。

 

「そんな考えても仕方ないだろ。何かしらの動きがあるまでは待ちを決め込んでも良いんじゃねえか」

「うー……それもそうね。考えるのは苦手なのよ」

「それに納得が出来ないかと言われればそうでも無い」

「それは、どういうこと?」

「この学校に入学したこと、外部との接触を絶たれること。特に肉親と連絡が取れないってのを酷く苦に感じるやつもいるだろう。それの補填って意味もあんじゃねーの? もちろん俺たちに対する評価が現時点で……」

 

 ……あっ。来月支払われるポイントっていくらだ、言ってたか? いや、考えすぎか。なんにしても来月にならんとわからんがしかし情報も買えんのか、何でもつってたしな。説明自体には嘘は無かったと考えていいはずだ。とりあえず保留で。

 それにだ、この学校の真価はSシステムなんてものじゃなくて卒業のその先のことだ。今はまだ少し新入生気分でもいいだろ。

 

「どうしたのよ。そんな気の抜けた顔して固まちゃって」

「いや、少しな頭ん中で何かが繋がったつーか、そんなとこだ」

「なになにどんなこと、教えて?」

 

 何がそんなに楽しいのか目をキラキラさせて食いついてくる。それに押されて意識的に少し顔を遠ざける。近いんだよ。

 

「それは別にいいが……」

「皆、少し話を聞いて貰っていいかな?」

 

 10万貰って大はしゃぎのクラスの喧騒の中スっと手を挙げ立ち上がったのはいけ好かないイケメン……好青年の生徒だった。

 

「僕らは今日から同じクラスで過ごすことになる。だから今から自発的に自己紹介を行って、1日でも早く皆が友達になれたらと思うんだ。入学式まで時間もあるし、どうかな?」

 

 どうかな? じゃないわ。自発的にとか言って出ていきにくい雰囲気作ってんじゃねーか。「うげ」と思わず声が漏れる。この流れが嫌な俺とは対照的に朝吹は目をキラキラ……? 目をキラキラさせながら顔を青くしている。どんな芸当なんだろうか。そうこうしている内にクラスの誰かが同調してしまい迷っていたヤツらも参加の意を示す。

 それに言い出しっぺは満足そうに穏やかに笑って当たり前のように先陣を切った。

 

「僕の名前は平田洋介。中学では普通に洋介って呼ばれることが多かったから、気軽に下の名前で呼んで欲しい。趣味はスポーツ全般だけど、特にサッカーがすきで、この学校でもサッカーをするつもりなんだ。よろしく」

 

 思ったよりもずっとイケメンの好青年だった。なるほど、リーダーシップも完備しているとは付け入る隙がないな。これから1年、下手をすれば3年間の女子の注目の的は彼、平田だろうな。

 

「もし良ければ、端から自己紹介を始めて貰いたいんだけど……いいかな?」

 

 端の女子は少し戸惑っていたが意を決して立ち上がった。

 

「わ、私は、井の頭、こ、こ────っ」

 

 しかし最初の勢いに口はついて行かなかったようだ。多分彼女の頭の中は真っ白になってしまっていることだろう。そんな彼女に「がんばれ」や「慌てなくて大丈夫だよ〜」と悪意のない槍が飛ぶ。羞恥心、プレッシャー、無力感。なんとも入学式前に感じるには重すぎるものだと思う。

 

「ゆっくりでいいよ、慌てないで」

 

 唯一、それは槍では無かった。たったその一言、それだけで井の頭と名乗った彼女には充分だったようだ。そこからはすらすらと言いたいことを言えていた。それから山内春樹と名乗った男が支離滅裂なウケ狙いと思しき自己紹介を挟んで先程井の頭に的確な助け舟を出した女の子へと出番が回ってきた。彼女は待ってましたと言わんばかりに立ち上がった。

 

「私は櫛田桔梗って言います、中学からの友達は1人もこの学校に進学していないので1人ぼっちです。だから早く顔と名前覚えて、友達になりたいって思ってます」

 

なんとも自信にあふれた自己紹介だ。俺には到底真似はできない。

 

「私の最初の目標として、ここにいる全員と仲良くなりたいです。皆の自己紹介が終わったら、是非私と連絡先を交換してください」

 

 平田と双璧をなすリーダー格になるかもな。暫定だが。

 

「それから放課後や休日は色んな人と沢山遊んで、沢山思い出を作りたいので、どんどん誘ってください。ちょっと長くなりましたが、以上で自己紹介を終わりますっ」

 

 あざとい。しかしこのままでは出番が回ってくる。どうしたものか……。

 

「じゃあ次は────」

 

 平田が促すように視線を送ったのは赤髪のなんとも不良然とした男。

 

「俺らはガキかよ。自己紹介なんて必要ねえよ、やりたい奴だけでやれ」

 

 それを引き止める平田と赤髪に反感を示す女子、それにも赤髪は億さずさっさと教室を出ていった。それに続くようにまた1人。

 よし、自己紹介はガキというのは少し変だがこの流れに便乗しようか。さっさと体育館に向かおう。そう考えて立ち上がった時、動けなかった。制服を掴まれている。後ろの、あいつしか居ない。朝吹がやりやがった。

 

「君は……」

「あ、いや、ははは」

 

 いつの間にか朝吹によるロックは解けて動けるようになっていたが既に出られるような雰囲気では無かった。その俺の様子に平田は何かを勘違いしたらしく快く俺の自己紹介を受け入れた。いや、したくねーけど……。

 

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