比企谷君と朝吹さんの高校生活 作:クヨーマン
あれからひたすらにだるい入学式を終えて放課後、裏切り者の朝吹は当たり前のように俺の後を着いてきた。
「ねえ怒ってる?」
「怒ってねえよ」
「嘘よ! だって目合わせてくれないし!」
元々だほっとけ。
「悪かったわよ。でも、置いていくことないじゃない」
「いや着いてくればよかったじゃねーか」
「でも、自己紹介……」
「あれで誰かと友達になれたか、お前?」
「うっ」
「そういうことだろ」
友達を作る機会を失いたくなかったのだろう。あの自己紹介が全て終わり体育館へ向かう途中も彼女はひたすらにクラスメイトの名前を唱えていた。しかしその頑張りも虚しく半分も覚えていないようだった。
「どこへ向かってるの?」
「寮」
「生活用品はその後買いに行くの?」
「は? 着いてくんの?」
「また置いていくきなの!?」
どこまで着いてくる気なんだこいつ。突然、彼女が立ち止まる。自然と俺が前に出る形になったので思わず振り返ると彼女は腰に手を当ててこちらを指さしている。
「あなたは友達としての意識が足りてないわ!」
「……」
「なので! 連絡先を交換しましょう!」
「あぁ、良いぞ」
別に断ることでもないと思いポケットに入れていたスマホを渡す。中学までガラケーだったのでスマホのことはほとんど何も分からない。もちろん連絡先の交換など分かりはしないのだ。
「え?」
「交換したきゃしてくれ」
「ああ、うん。わかったわ」
「ロックも……」なんて呟きが聞こえてきた。パスワードとか要らんだろ。俺の私物には超強い菌が着いてるらしいから誰も盗まねーしな。あー泣きそ。
「ん? ん?」
「……おい、まさかお前」
「ま、まって! まだ負けてないわ」
「いや──」
「あと5分、いや10分まって!」
彼女は自分のスマホと俺のスマホに視線を行ったり来たりさせて一生懸命に画面をポチポチたまにスライドさせている。まさかこいつも筋金入りのボッチだったとは思わなかった。詰まっていた息を1つ吐き出して彼女の手から自分のスマホを抜き取る。
「あっまって」
「……俺も知っといた方が後々楽なんだよ」
「あなたも知らないの?」
「交換するような相手もいなかったんでな」
「そう、じゃあ一緒に探しましょう!」
さっきまでの焦りまくってた表情とは一転して明るく目を輝かせている。さて、俺も自分のメッセージアプリから探し出さなければいけない。……あっメッセージアプリ入れてねえ。バレないように静かにアプリストアからインストールする。アプリを開けば思いのほかあっさりと目当てのものが見つかる。
「ほら、これじゃないか」
「えっ何それ?」
「は? そりゃメッセージアプリ……お前まさか」
「し、しってたしー! 言いがかりは良くないわ!」
ここまで動揺が見て取れる人物もこいつくらいのものだろう。さらに言えばこいつは俺よりも極まったぼっちなのかもしれない。
「ふ、ふーん。へー」
白々しい彼女を指摘しないのはせめてもの優しさのつもりだ。それから寮へと着いた俺たちは管理人からカードキーを貰いそれぞれ自分の部屋へと向かった。
完全寮制。その字面の通りなのだがこんなにいい部屋を貰えるとは思っていなかった。それに個室なのだ。更に渡されたマニュアルには電気水道使いすぎ注意が書かれているだけで制限のようなものは見られない。つまり実質の無料使い放題である。実は天国なのでは? 金は10万あるため1ヶ月はとりあえず全く問題がないと見ていい。そう、1ヶ月は。
やはり怪しい。生徒1人月10万、1クラス40名学年で考えれば160人にもなりそれが3学年。小学生でもできる単純な計算で出るのは年間数億に登る学生への投資。まだ3年生は良いだろう。1人10万、納得できなくもないが1年生はどうだろうか。10万と聞いての反応、会話。節制できるようには聞こえなかった。そうだ、まだ中学生気分の抜けない子供でしかない俺たちに対する評価ではないだろう。
……やめよう。3年間の我慢だ。3年経てばまた元の月に数千~数万円でやりくりするような普通の生活に戻るんだ。とりあえずは今日を生きていこう。別に未来に希望なんてありはしない。
チャイムがなる。不思議な感覚だった。今まで仮にも友達というものが一切存在しなかった俺にとって家に訪問してくる者は1人もいなかった。しかし、この部屋のチャイムがなるということは自分に尋ねてきたということだ。そして多分あいつだ。バックに入っている学生証を抜き取ってからベッドへ放り捨ててさっさとドアへ向かう。チャイムが鳴る間隔がどんどん短くなっているので早く出た方がいいだろう。
「おい──「またせた」」
誰かの声に被ってしまった。まず目に入るのはやはり朝吹、予想と違って焦ってはいなかったがなにやら何に対してかは分からないが興奮している様子、次に声の主。
「お前確か……綾小路? だったか」
「ああ、いや別に不審者って訳じゃないんだ」
朝吹に対して伸ばしていたであろう手を引っ込めて綾小路はそういった。しかし、そんな勘違いはしていない。されたことはあるけどな。
「それは分かってるが」
綾小路それにホッとしたように息を吐いてから俺と朝吹に視線を一巡させて「早いな」と呟いた。まて、何を考えた。
「……違うからな?」
「謙遜しなくていい。尊敬するよ」
「だから違うんだって」
「ぜひその手腕を今度教えてくれ」
「だから……」
「無視……されてる」
いつの間にかしょんぼりという表現がピッタリ似合うようになった彼女。綾小路と2人でそっちに目がいった。そして綾小路は俺の肩に手を置いてあまり動いていない表情のままにサムズアップして隣の部屋へ入っていった。
「友達なのに……無視……」
「悪かったよ」
「いいわ、いいわ。男同士の熱い友情を築いたらいいじゃないですか。はは、咳をしても一人」
「安心しろってそれは俺がいても変わんねーよ」
「ひどい、居てよ!」
それからとりあえずの生活用品を揃えるため2人して揃えに向かった。
下着類、ボディーソープ等を試験も兼ねて市販品とさらに無料品が入るワゴンから揃えていく。そうやって最低限のものを揃える。
俺はともかくとして彼女もほとんどを無料品から買っているのは意外だった。彼女を見るに髪は傷んでいないどころか良く潤ってサラサラしているようだし肌は荒れやシミなど縁遠いように見える。無料品にできるような安価なもので保たれるのだろうか? それとなく聞いてみたが帰ってきたのはアホを見る目だった。
「元々、ではあるけどそれなりに節約していかなきゃ行けないでしょ。それにそういう可能性はあるんでしょ?」
驚いた。そこまで確信を持ったように言い当てられるとは思わなかった。彼女は「話してもらうから」といって1つのファミリーレストランを指さした。どうやら俺は彼女に対する評価を改めなければならないようだ。
───……。
「で……そろそろ話したいんだが」
「……」
食べながら喋らない。そんな彼女のマナーを守る姿勢は尊敬に値すると思うが、さっきの真剣な表情が俺の見解にというよりも食事に向いていたと思うとついさっきまでの思考の全てが恥ずかしくなってくる。過去に戻って別に深いこと考えてねーぞって言ってやりたいくらいだわ。
それから数分後彼女の横には1枚で1人前には充分な量の飯が乗っていた鉄板が何枚も積み重ねられていた。サラダが乗っていた皿も数枚積まれて白ご飯の皿も同様に積み重ねられていた。彼女はフードファイターも顔負けの量を平気な顔で平らげて更には今からデザートを頼もうと言うのだから彼女の胃袋はブラックホールかなんかだと言えるだろう。
つか節約はどうした。このレストランのメニューが安価だからって限度があるんだぞ。
「はぁ……まあそのままでいいから聞け」
彼女はこくりと頷き静かに食べている。
「茶柱って言ったか、あの先生。茶柱先生はな、一言も来月も10万渡しますなんて言ってねーんだ」
「……でも渡さないとも言ってないわ。確証なんてないじゃない」
「まあそうだな。そもそも俺とお前じゃ決定的な違いがある。俺は、この学校を信用してない」
「?……まだ入学初日だし信頼も何も無いと思うけど」
ごもっともだ。そりゃ初対面の人にわざわざ「私はあなたを信用してませんだから疑ってます」なんてバカが言うことだ。彼女の不思議そうな、いっそバカを見る目にも納得がいく。しかし、それはそれとしてやめてくれ、傷つくだろ。
「お前はこの学校の受験頑張ったか?」
「そうね。とても頑張ったわ!」
えっへんと胸を張るその姿はとても高一には見えない。おまえ小学生かなんかか?
「じゃ次、お前この学校の良いとこを挙げてみてくれ」
「人による……けど、進学・就職率100%ってあれは誰にとっても良い事だと思う」
「そこだろ。100%ってのが特に怪しい」
「確かに100%は盛りすぎな気もするけど……言うほどのこと?」
「いや? それに多分100%ってのは本当のことだろ」
「じゃあ何がそんなに気になるのよ」
勿体ぶる俺にイライラしたように彼女は質問を投げかける。
「問題はその100%は全員が受けられる恩恵なのかどうか」
「……は?」
「だってそうだろ。変じゃないか、入学者は全員平等に100%思い通りの所へ行けますなんて」
「そんなの入試で選別してるんだから選ばれたってことなんじゃないの?」
「んなわけない」
「なんで言いきれるのよ」
「普通なら俺が受かるわけないから」
「……どういうこと」
「俺、この学校来たくなかったんだよ。だから入試で手を抜いたし面接で悪態つきまくった」
「なっ!?」
ほんとなんで受かったんだろ。それだけでこの学校を根本的に疑う理由が出来てしまうくらい謎なんだ。そういえばこの学校を進めてきた教師から怪しかったように思うのだがさすがに裏を読もうとしすぎだろうか。
「バカなの!?」
「いやバカって来たくなかったけど受けることになっちまったんだから仕方ないだろ」
「あなたの言動があなたの学校の評価にも影響してるのよ!? あなたの下の後輩もこの学校に来るかもしれないのに!」
「つってもあの学校嫌いだし」
「……はーもう。大変な人と友達になっちゃったわ」
「やめるか? いいぜ」
「やめないわ、それにあなたがただの悪い人だなんて思わないし」
「そうかい……」
なんとも微妙な空気になってしまった。
「それで……だから、100%の恩恵には何かしらの条件があるはずだと?」
「そういうことだな」
「それの何が月10万円に繋がるのよ」
「直接って訳じゃない。月何円てのは俺らの評価から来てるんじゃないか。入試なんて短時間それも限られた接触で人の全てを判断しようなんて無理な話なんだ。だからこその10万、だけどそれはあくまで『現時点で』10万の価値が俺らにはあるってだけの話だ」
「評価……学校にカメラがそこら中にあるのってそういう」
「じゃねーの」
「なによ、それだけ言って適当なの?」
「そうじゃない。他にも多すぎる無料品とか理由はあるが、ただ、何から何まで結局は憶測の域を出ないんだ。それはつまり全部俺の壮大な妄想に過ぎないかもしれないってことなんだよ」
「そう、でも気をつけておくには良いんじゃないの? クラスのみんなに伝えるとか」
「……できるのか?」
「え」
「俺らにそれができるのかと聞いてるんだ」
「それは……」
途端に彼女は冷や汗だらだらになった。そりゃそうだ自己紹介で櫛田の助けがあってなおあんなにキョドっていたこの女に出来るはずもない。もちろん俺にもだ。
「あの経験があって人前でこんな妄想かもしらん話を真面目に話すことができるなら止めないが」
「むー」
頬を膨らませる彼女を見て思う。飯を食べてる時と同じ顔の形だと。ともかく俺たちにはリーダー格を担うなんて無理なのだ。
「大人しく友達作りにでも励んで高校生活を楽しんどけばいいんじゃねーの、幸いここはそこまで頭の固い学校でもないらしいしな」
極論必要のない娯楽施設、学校にちりばめられたカメラ。要は学業を怠らなければあとは自由と言うことなんだと思う。
「ほんとに楽しいだけで良いのかな」
彼女の呟きはいやに耳に残った。