比企谷君と朝吹さんの高校生活 作:クヨーマン
新しい環境、慣れない寝具、起こしに来ない妹。これだけの不安要素が揃っていたが意外に深い眠りに着くことが出来た。しかし、快適な朝と言うにはかなりの無理があった。それもこれも今も鳴り響く着信音が原因だ。アラームなどセットしてるはずもないため他に鳴るようなことは無いだろうと思っていたが朝吹はそんな予想も軽々と覆してきた。
「はい、もしもし」
「もしもし比企谷くん? 一緒に学校へ行きましょう!」
「……」
どれだけ友達が恋しいのか。そんなことのために朝から通話を繋げさせられたのか。朝吹の行動は俺には理解し難い。
「……はぁ、今何時だと思ってんだ」
「ため息!? 今って……6時半ね」
「何か気づかないか」
「……?」
「早すぎんだよ」
こいつほんとにわかってないのか。なぜこんな朝からこの元気があるんだ。一体どこからそんな活力が湧いてくるのだろうか、少しくらい分けて欲しいものだ。
「早いって、そう……? いや、そもそも!! 友達を作るチャンスは私たちを待ってはくれないのよ!」
「昨日チャンス逃しまくってたろうが」
「……それとこれとは別よ」
いいのかそれで。チャンスも少しくらいなら融通効かせてくれると思うぞ。
「悪かったわね、私1人で行くわ。明日は一緒に登校してもらうから!」
切れてしまった。返事も聞かずに切ったことには文句のひとつも出てくるがすぐに引き下がったことは意外だった。
「寝るか」
俺の計算によれば後1時間は寝ても余裕だ。
─────
結局、それほど良い眠りにはならなかった。少し癪だが朝吹のモーニングコールはちょうどいいタイミングだったと言える。
まだ少しだけサイズの合わない赤が特徴的なブレザーに袖を通し準備を終える。
学校てのは考えただけで思考が暗くなる。出来ることなら行きたくない。ギリギリがいい。そんな思いが湧いてくるが何とか押し留めて外へと出る。
「比企谷か」
名前を呼ばれることに慣れない。思わずビクリと跳ねてしまったが恐る恐る振り返ればつい昨日見たばっかりの顔があった。
「綾小路、俺の名前知ってたのか」
「自己紹介でな。印象的だった」
「そうか……」
「そういう比企谷も良くオレの名前覚えてたな」
「言っちゃ悪いが勝手にシンパシー感じてたんだ」
「なるほどな。オレも比企谷も自己紹介には失敗したしな」
俺は2回噛んだし終始キョドってたしそりゃ記憶にも残るだろう。逆に綾小路は噛むこともどもることも無かったが特に印象に残るものがなかったため自己紹介としては失敗と言えるのかもしれない。
流れ、と言うやつは乗ってしまえば案外乗り心地のいいもので。俺と綾小路はどちらが言うでもなく登校の道を共にした。会話が多かったか盛り上がったかと言えばそうではなかったものの会話が得意では無い同士なりの程よい距離感だった。
そうして間もなく学校につき教室に流れ着くと席がほとんど反対の方向にあるためすぐに別れることになった。
自分の机に向かうが問題がひとつ発生した。
「お前何やってんの」
「……反省会」
どうやら努力虚しく友達は作れなかったらしい。
「自分の席でやれよ」
「だって自分の席だとあなた声掛けないじゃない」
当たり前だろ。突っ伏してるやつに声かける奴なんか相当空気読めないか頭おかしいかの2択だぞ(個人の感想)。
「……お昼一緒に食べてください」
てこでも動かない。そんな様子の朝吹に俺は仕方なく、仕方なーく……折れることにした。
「わかった、わかったからさっさとどけ、そして席に戻れ」
「言ったわね!」
急に元気になった彼女は自分の席に戻った、と言ってもひとつ後ろに移動しただけだが。朝吹に関わると何かすごくエネルギーを持っていかれている気がしてならない。
こうして学校2日目が始まった訳だが。とはいえ、2日目から急に何もかもが始まるなんてことは無かったし授業もオリエンテーションが行われただけだった。先生たちもこんな学校の教師とは思えないほどフレンドリーだったため。学校がそういう姿勢を取っているならというふうに俺たち生徒にも緩んだ空気が漂っている。
そうこうしているうちに俺たちは昼休みを迎えた。
昼休みのような比較的自由な時間、俺たちは振るいにかけられる。友達というある種の呪いにも等しいもの。しかしその存在を作れていなければ自然と孤独な時間を過ごすことになる。
ボッチは傷を舐め合う相手もいないからこその真にボッチというのだ。その点、俺はもうあの誇り高いボッチの座には戻れないということを予感していた。そのことを丸っきり良いと言ってしまってもいいものか俺には判断がつかなかった。
そして昼休みになって少し、クラスの席に空きが多くなった頃、平田が学食へ向かう人を募集して女子が群がるというありがちというか予想出来たような内容の茶番があった。一瞬平田と綾小路が熱く視線を交錯させていたような気もしたがどうやら綾小路は1人取り残されたようだった。
「さあ! 比企谷くん! いざ、学食へ!!」
「まてよ。テンションおかしくなってるぞ」
あなたほんのついさっきまですごく静かだったじゃない。どうして急にそんなに元気なんだよ。あれかギャルがいなくなったからか。
フンスッて感じに息巻いている朝吹。これがアホの子ってやつか八幡またひとつ賢くなっちゃった。俺がやったらアホカワっていうよりアホキモって感じだろう、良いとこねーな。
ふとアタマに妙案が浮かぶ。そちらをちらりと見れば問題なさそうだった。
「ちょうどいい」
「ん、どこ行くの?」
「ちょっとな。綾小路」
「ッ! 比企谷……!」
えっ。そんな感極まった感じで呼ばれることあるか、まだ声掛けただけよ? つか、後ろからザブーンっていう聞き覚えのある音が聞こえてくる。使い所見つかってよかったな?
「昼食いに行かねーか? 予定あるならいいんだが」
「行く」
「お、おう。じゃあ……行くか?」
さっきまで綾小路と話していた隣の女子が視界に入って躊躇してしまったが……。
「どうだ堀北、俺にも友達はいる」
「そう、お似合いね」
初対面だよな? こいつ。随分冷ややかな目を向けてくるが何かしただろうか、何もしなくても睨まれることはあるけどね。中学の時のやつらじゃないんだからむやみに古傷をえぐらないでくれよ。
「ね、ねえ比企谷くん? と、とと、友達……なの?」
「え、いや……知り合い?」
「そうよね!」
「なっ」
「哀れね。綾小路くん」
悪いな綾小路。だけど朝ちょっと話したくらいで友達はちょっと、舞い上がって後で痛い目見るのは自分だぞ。ソースは俺だ。
「えっと、堀北さん?」
「何かしら」
「一緒にご飯は、どうかな? なんて……えへへ」
「お断りするわ」
勇気を出した朝吹、しかし堀北という女子には効果がないようだ。あわれ朝吹。
しかし見たところ堀北とやらからは同類っぽい雰囲気がする。
「ご、ごめん。先に誘われてるわよね」
こいつナチュラルに煽ったぞ。
「いいえ、1人よ」
「え? じゃあ」
「同じことをそう何度も言うのは嫌なのだけど」
堀北の視線が綾小路に向いた。察するに綾小路と既に似たような会話をしたということだろう。
「私は好きで1人でいるのよ」
「……そんなの悲しい」
「私はそうは思わないわ。あなたの感情を押し付けないで」
それだけ残して堀北はどこかへ行ってしまった。俯いてしまっている朝吹をチラリと見やるが特に動きを見せない。さて、どうしたものか。
「うん……よし、ごめん。変な空気にしたわ」
「こっちこそなんか悪いな。堀北が」
「綾小路くんが謝ることじゃないわ。さあ、食堂にいきましょう!」
明らかに空元気だ、俺にはそう見える。元気よく手を挙げて声も明るいが手と足が同時に出ている。なんともわかりやすい。しかし、ここで彼女の内面につっこむほど怖いもの知らずでもない。いつか本当の友達ができた時に解決されるだろう。
俺たちが今度こそ食堂に向かおうとしているところに「待った」をかける人物がいた。
「朝吹さんに綾小路くん、それから比企谷くんだよね? ちょっと良いかな」
その「だよね?」が俺だけにかかってる気がしてならないのはなんででしょうか。これが呪いってやつか。
お察しの通り俺たちに声をかけてきたのはあの櫛田桔梗だった。もうすでにクラスの人気者って感じの女子、縁遠いな。しかし、そんな女子が何の用なのだろうか。
朝吹も綾小路も思い当たる節がないのか返事だけして櫛田の言葉を待った。
「みんなは堀北さんと仲良いの?」
「ぜんっぜん?」
朝吹が即答した。俺と綾小路は一瞬驚いたが納得できる。しかし櫛田は思わず「ごめんね」と謝ってしまうほどに驚き目を丸くしていた。
「ええっと……ふたりは、その、どうかな?」
「まず話したこともないな」
「俺は……仲、良いのか?」
綾小路は朝吹や俺をみて思うところがあるのか迷っている様子だった。話せるだけマシなんじゃねーの、知らんけど。
綾小路の反応を見て櫛田は考えるような表情を浮かべた。本題を言うか迷っているだろうか。
「それで、何が聞きたかったんだ」
「え? あ、うん。えっとね。クラスのみんなと少しでも早く仲良くなりたくて1人1人に連絡先を聞いて回ってるところなの。でも、堀北さんには断られちゃった」
「それで、私たちなら知ってるかもって?」
「なるほどな」
ふたりは納得した様子だった。しかしあの全方位固定砲台に対して櫛田もよくやるもんだ。
「櫛田さん、ごめんなさい。私は力になれない」
「俺もだな」
「そっか、綾小路くんも……ダメ……かな?」
速攻で綾小路を落としに行く櫛田。効果はバツグンっぽい。
「俺も、それほど助けにはなれないぞ。でも、なんで櫛田はそんなに堀北を気にするんだ?」
「それは……自己紹介の時のことが心配なの。ほら、堀北さんも教室から出ていっちゃったでしょ?」
そういえばそうだったか。羨ましい。
「なるほどな」
「ごめんね時間取っちゃって、同じクラスになったしこれからよろしく!」
「ああ!」
櫛田は綾小路の手を両手で包み笑顔でそう言った。やはり効果は抜群だ。
「ふたりもね!」
そして今度は俺と朝吹の手をとってやはり笑顔でそう言う。
「え?……ええ!」
「フヒッ」
……。櫛田は最後まで笑顔を崩すことなく去っていった。
「比企谷──」
「綾小路、何も……言わないでくれ」
「ん、どうかしたの? 2人とも」
朝吹が見ていなかったことが唯一の救いだったのかもしれない。
「それにしても比企谷くん、あの顔は無いわよ?」
救いはなかった。