あなたが「いちにんまえ」になるまで   作:オーバードライヴ

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リトルクライベイビー
はじまりのひに


夢が産声を上げる!

何千回と叫ぶ度、繰り返すその命だけ

手を離しはしないと決めた

君の泣き顔の果ても

我武者羅に追いかけるの

この煌めきの色へ、おいで

 

リトルクライベイビー / ヒトリエ

 


 

 

 

「よぉ」

 

 時折ホイッスルが春風に乗って届く4月、広いレース用のトラックを見下ろしていると後ろから声がかかった。

 

「あぁ沖野チーフ、お疲れ様です」

「調子はどうだい?」

「そんな『釣れてるかい』みたいなテンションで言われましても……」

 

 振り返ると明るい色の襟付きシャツを着た、チームスピカの沖野チーフが笑いながらやってくるところだった。棒付キャンディーは沖野チーフの必須アイテムで、よく咥えながら歩いている。棒状のものを咥えて歩くのはやめた方がいいと何度も指摘したのだが、何か口に含んでいないと集中できないらしい。

 

「いや、制限エリアに小学生みたいなのが紛れ込んでいるから声かけておいた方が良いかと思ってな」

「身分証でも提示したほうがいいですか?」

「そうやってすぐに身分証が出てくるあたり、お前さんも構えてたんじゃないのか?」

 

 茶化してくる沖野チーフはなんだかんだで周囲を見ている。聞き耳を立てられる距離に学園生がいないことは確認済みだろう。なんだか面白くない。『URA認定指導員免許(総合Ⅰ種)』という文字列と一緒にICカードに印刷された僕の顔写真はいつ見てもスーツに着られているようで、なおのこと面白くない。黒髪に鳶色の瞳と、童顔気味なこと以外に特徴がない顔立ちのせいで第一印象が七五三とまでは言わずとも『高校入学の記念写真』みたいな事になる。とはいえ髪を染めても似合わない以上、これが一番マシなのだ。

 

 もっとも、今はシャツにネクタイを締めているとはいえ、その上から作業着を羽織っている状況だ。わざわざ思い出して嫌な気分になる必要は無い。だから身分証を胸のポケットに戻しつつ話題を変えた。

 

「沖野チーフはスカウト候補探しですか?」

「まぁな。ゴルシたちに頼り切りというわけにもいかないし、こういう機会を見逃すわけにはいかないからな。そういう星越(ほしごえ)チーフもだろ?」

「あなたにチーフと呼ばれると少しばかり気恥ずかしいですね……ですが今日は()()()なんですよ」

 

 僕は、星越秀彦(ひでひこ)は羽織ったグレーの作業着の袖を叩く。ショルダーループから腕に巻き付けるように吊っている肩吊り式の腕章に縫い付けてあるワッペンには、杖に巻き付くウマの尾のデザイン。ワッペンの蹄鉄部にJUMTraC-Fuchu PARAMEDICと刺繍されていた。

 

「あー……そうか、学内でも記録会は救護班(パラ)が待機すんのか」

「特に今日は新入生初の記録会ですからね。早くデビューしたい子たちは焦って無茶することが多いので」

「救護班がコース脇にいなくていいのかよ」

「全体を見回せた方が都合がいいんですよ。それに保健室にはナースもドクターもスタンバイしてますよ」

 

 入学からたった一週間というタイミングで行われる記録会は、新入生にとって特別な意味を持つ。なにせ学園に来て初めてのレース形式のタイム測定である。この時点でURAの基準タイムを上回ることができれば、トゥインクルシリーズへのデビューに向けた関門を一つ突破したことになる。そこまでのタイムが出せなくても、ここで活躍を見せればトレーナーの目にもとまりやすい。タイムとトレーナーの二つが揃ってデビューができることになるのだが、それを一挙に獲得できるチャンスとなればどうしても熱が入る。

 

 結果として皆が張り切って臨んだ結果、転倒や怪我などのトラブルが起こりやすい。それに対応するため、トレセン学園中央校保健安全部保健課救護班の担当職員が待機することになっている。

 

「お疲れさん」

「仕事ですから。それに、新入生の動きを観察するいい機会だと思うことにします」

 

 僕の頭に沖野チーフが手を乗せた。そのまま乱雑に撫でまわす。

 

「頑張れルーキー」

「学園生がいるところでそういうことはやめてくださいと何度もお伝えしたつもりなんですが」

「おっと、すまない。ちょうどいい位置に腕置きがあったんで」

「……これだからこの人は」

 

 沖野チーフは懲りていない。僕の身長は一の位を四捨五入して150センチというお世辞にも背が高いとは言えないもので、25になった今も未成年と間違われる日々だ。180センチ越えの沖野チーフと30センチ以上の差があるのは事実だが、ひじ置きにされるといろいろと言いたくもなる。

 

「で、今のところ見込みのある子はいたか?」

「そうですね……マイルが終わって後は短距離といったところですが……」

 

 話を逸らされたので素直に従う。折り畳みの低倍率の望遠鏡を取り出して構えると、沖野チーフも懐のポケットからコンパクトな双眼鏡を取り出して覗き見ていた。まだゲートトレーニングをしていない子も多い状況だから、スタートはホイッスルの合図で行うためコースはすっきりしていた。生徒たちが固まっている向こう正面からゴール板代わりのポールまでは1,200メートル。

 

「マイルまでの結果で、ですが。……ゼッケン542番のダイワスカーレットさん、583番のウオッカさんあたりは即戦力化しそうですね。次点だと045のアイネスフウジンさんはいい動きしますね。逃げ方針でいけばスズカさんともいい勝負をしそうです」

「より取りみどりってわけだ。スズカに比類するとなるとなかなかすごいじゃないか」

 

 沖野チーフは笑いながら双眼鏡を細かくいじっている。双眼鏡の扱いも慣れたものだった。

 

「とはいえ、沖野チーフや東条チーフほどのネームバリューがあればともかく、まだチーム名も決まってないような僕と組んでくれる子がいてくれるかどうか……」

「だからゴールドシップなりテイオーなりを連れて独立しろって言ったんだぞ。二人ともお前に懐いてただろ」

 

 僕は望遠鏡を手元でもてあそびつつ、努めて明るく答える。

 

「テイオーさんはともかく、ゴールドシップさんのあれは懐かれてたんですかね……」

「少なくとも無人島に拉致しようとする程度には懐いてたんじゃないのか?」

「そう信じたいですが……ともかく、ゴールドシップさんはスピカの柱です。テイオーさんもあなたの指導だからホープフルを勝ったワケです。それを横から奪うわけにはいきませんよ」

「律儀だねぇ……お前さん、もっと器用に生きた方がいい」

「沖野チーフにだけは言われたくありません。失効した免許をわざわざ再受験して取り戻したんでしょう?」

「……誰から聞いた?」

 

 声が半音下がる。

 

「東条チーフから」

「口が軽いぜおハナさん。……お、発走だ」

 

 ホイッスルに合わせて一斉にウマ娘が飛び出すのが見える。沖野チーフも僕も黙ってそれを眺めていた。飛び出したのは8人。異様に早いのがふたり、それに食い下がるのがふたり。あっという間に2つの集団に分かれた。

 

「先頭はサクラバクシンオーでいいとして、三番手はヤマニンゼファーか……あと誰と誰だ?」

「ご存じなのですか?」

「あぁ、やたらと速い子がいると話題になってたからな。……二番手はケイエスミラクルっぽいな」

「高等部編入の……なるほど」

 

 二人についていこうとする残り6人がどんどん引き離されていく。第4コーナー半ばで三人の勝負に絞られた。四番手で食らいついていた小柄な子も速度が落ちていく。

 

「……ちょっといってきます」

「おう。お仕事頑張れよ」

 

 足元に置いていた医療キットを肩にかけつつ、グラウンドに向けて下る階段を目指す。職員向けの小型トランシーバのトークスイッチを押す。

 

「パラ星越より道生教官、取れますか、どうぞ」

『道生です、パラメディカル、星越さんどうぞ』

 

 まもなく直線勝負、先頭のウマ娘がさらにスパートをかけて飛び出してくる。あの子がサクラバクシンオーか。

 

「コースクローズをリクエストします。現在出走中の全ウマ娘の入線後、コースへの立ち入りを要求します」

『コースクローズリクエスト……えー、理由をどうぞ』

「桃色ゼッケン439番の子の歩様がおかしいのでその確認のためです。どうぞ」

 

 僕が階段の角に入るころには、明らかに左右にふらつき始めている少女を目で追いつつプレススイッチを離す。

 

『了解しました。えー……いまの子たちの入線後、コースに入ってもらって構いません。コースから出たら一報ください。一報あるまで次走発走を見合わせます。どうぞ』

「立ち入り許可、コースから出たら一報。以上承知しました。次報まで発走見合わせお願いします。以上星越でした、これにて終話します」

『了解しました。以上道生』

 

 トランシーバを胸ポケットに戻しつつ階段を早足で降りる。ちょうど先頭と2番手につけていた青髪の子がもつれるようにゴールラインを踏み越え、1秒ほど間が開いて後続集団が飛び込む。途中まで四番手で食らいついていたウマ娘が最後に入線すると同時に地面に倒れこんだ。

 

「フラワー?」

「むっ!? ニシノフラワーさんっ!?」

 

 その様子に驚いたのか、走り終えたウマ娘や先ほどまで競っていたウマ娘が彼女にかけよる。

 

「右、よし。左、よし」

 

 走っているウマ娘がいないことを確認して芝のコースに入り込む。小走りで速度を上げつつ倒れた少女の人混みを散らしつつ傍に寄る。

 

「はい、通してください。救護班です。皆さんコース外へ退避してください」

 

 すでに上体を引き起こされていた少女のとなりに膝をつく。

 

「ニシノフラワーさん! しっかりしてください!」

 

 助け起こしていたウマ娘……今のレースで一着をとった子、おそらくこの子がサクラバクシンオーなのだろう、その子の声が響く。

 

「落ち着いてください。大丈夫ですからね。ちょっと右手首を触りますよ。はい、人差し指に機械を挟みますからね」

 

 サクラバクシンオーを落ち着かせつつ、パルスオキシメーターを抱き起こされている小柄な子に装着。表示を待つ間にそのまま手首の血管の位置をさぐりつつ時計を確認。脈の計測をしつつ顔色や発汗具合をざっと目視で確認する。

 

「ごめ……なさ……だいじょう、ぶ、です、から……」

「謝らなくて大丈夫です。よく頑張りました。ゆっくり息を吐きましょう」

 

 パルスオキシメーターの数値が返ってくる。100パーセントで上限張り付き。ほぼ予想通りの結果だ。

 

「過呼吸ですね。大丈夫、すぐ回復します。ゆっくり息を吐いてください。吐いてー、吐いてー、吐いてー、吸う」

 

 声を掛けて呼吸を促す。息を吐かせることを意識させつつゆっくりと優しく声をかけつづける。

 

「吐いてー、吐いてー、吐いてー、吸う。四拍子でー、ゆっくりー、吐いてー、吸う。もう一回。吐いて、吐いてー、吐いてー、吸う」

 

 言葉と少女の体の揺れが合ってくる。顔色が少しずつ戻ってくる。

 

「次は三拍子にしますよー。吐いてー吐いてー、吸う。もう一度、吐いてー、吐いてー、吸う」

 

 ゆっくりと呼吸数と発汗が通常の状態に近づいてくる。そろそろ動かせるかとタイミングを見計らい。周囲を見回す。

 

「はい、深呼吸してー。吸ってー……吐いてー……もう一度吸ってー……吐いて……。はい、コース外に移動します。はい、少し触りますよ」

 

 そのまま彼女の軽い体を持ち上げ、コースの外側まで移動する。土手のような緩い斜面に彼女を降ろす。そのまま無線機を手に取り、トークスイッチを押す。

 

「パラ星越より道生教官取れますか」

『道生です。星越さんどうぞ』

「対応を終了、コース外へ退避しました。どうぞ」

『コース外への退避承知しました。コースオープンしてよろしいですか? どうぞ』

「はい。クローズリクエストを取り下げます。ホームストレッチに異物等は確認できません。道生教官の判断で出走願います。どうぞ」

『承知しました。対応ありがとうございました。以上道生』

「ありがとうございました。以上星越、終話します」

 

 そんな会話をしていると視線を感じて視線を下に下げる。ぼうっとした表情を浮かべるウマ娘の少女――ニシノフラワーと目が合った。微笑みかけるとさっと視線が外れた。

 

 ――――これが、始まりだったのだ。




スプリンターロリおひんばいいよね……

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