あなたが「いちにんまえ」になるまで   作:オーバードライヴ

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はしりだすわけ

「あ、やっぱりここでしたか」

 

 記録会の翌日、僕が夕日の落ち始めたグラウンドに顔を出すとニシノフラワーと青い髪を揺らしたウマ娘が端っこでスタートダッシュの練習をしているところだった。

 

「そのやり方だと筋を痛めてしまいますよ」

 

 そう言いながらグラウンドに続く階段を下る。多摩川の増水時は遊水池となるこのグラウンドはかなりの広さを誇る。それでもウマ娘が走り回るとなるとこれでも結構手狭になるのだからすごいものだ。

 

「あ、昨日の……」

「うん。体調は大丈夫ですか?」

 

 そう言うとぺこりと頭を下げてくるニシノフラワー。

 

「ありがとうございました。あの……ご迷惑をおかけして……」

「それが仕事ですから。ニシノフラワーさんが大丈夫なら何よりです」

 

 肩をすくめる。それをまじまじと見てくるもう一つの視線と目を合わせる。

 

「あと、ケイエスミラクルさん、でしたね」

「え、あ、おれ……名乗りましたっけ?」

「昨日の走りは良くも悪くも特徴的でしたから。覚えてしまいましたよ」

 

 そう言うと驚いたような視線を送ってくれるケイエスミラクル。

 

「見ていて、くれたんですね……」

「まぁ、見るのが仕事ですから」

 

 そう答えつつニシノフラワーの前でしゃがみこんで目線を合わせる。

 

「ニシノフラワーさんが大丈夫なら何よりと言って早々なんですが……左足、多分ふくらはぎのあたりに違和感がありませんか?」

「えっ!? ……どうして」

「歩幅が左右で不均等ですし、立ち方が不自然ですから。とりあえず冷やして筋肉を休めましょう。ケイエスミラクルさんも、休んだ方がいい、息が戻っていませんよ」

 

 そう言いつつ二人を今降りてきた階段の脇に誘導する。ニシノフラワーには階段に座ってもらい、大ぶりなウエストバッグから保冷剤を取り出してパンチ。衝撃で冷えてくれるタイプの保冷剤は使いたいときに冷えるから便利だ。

 

「とりあえず5分くらいこのまま冷やして様子を見てみましょう。左足触りますよ」

 

 ニシノフラワーの足はかなりの熱を持っている。筋肉のダメージだけならいいが、痛みや熱が引かないようならいろいろ考えないといけないだろう。

 

「えっと……保健室の……」

 

 ニシノフラワーはどこか呼びづらそうに僕を見てくる。あぁそうか。今日は救護班の作業着を羽織っていないので名札や『看護師』と大書されたワッペンが付いていない。身分証としても機能するトレーナーバッジもジャケットにつけっぱなしだ。名乗らないとわかるまい。

 

星越(ほしごえ)と言います。星越秀彦(ひでひこ)

 

 そう答えながらガーゼでくるんだ保冷剤をニシノフラワーの左足に巻きつつ時計を確認。あとはニシノフラワー自身に保冷剤を支えてもらえばいいだろう。

 

「あと一応、トレーナーもしています」

「あっ! 見るのが仕事って……」

 

 ニシノフラワーより先にケイエスミラクルが驚いた声を上げた。頷いておく。

 

「トレーナーの仕事は走りを見ることから始まりますから。とはいえやっとチームを持てるようになったばかりの新人ですし、なんなら今からチームを立ち上げるぐらいのド新人です」

「えっと! じゃあ……あの!」

「そう慌てないでください、ケイエスミラクルさん。昨日の走りが気になって声を掛けに来ました。このままでは二人とも数ヶ月も保たずに脚を壊してしまいそうだったので」

「脚を……壊す……」

 

 ニシノフラワーが視線を下げている。

 

「ウマ娘もヒトも高速で駆けるのに向いた身体のつくりにはなっていません。二足歩行である以上、限界があります。それでも早く走るには、技術が必要です。そしてそれは、闇雲に走るだけでは時間が掛かりすぎますし、その間に事故を起せば元も子もありません」

 

 しゅんとうなだれたニシノフラワーの頭にぽんと手を置く。

 

「だからちゃんと焦らずに、動きをしっかりと身につけていくのが一番の近道です。レースに王道はありません。ないんですが……」

 

 そう言いつつ立ち上がると二人の視線がつられて上がる。

 

「焦るなって言っても焦っちゃいますよね」

「……それでもおれは、どうしてもトゥインクルシリーズを走らなきゃいけないんです」

 

 ケイエスミラクルの言葉。結構まずい兆候のように聞こえる。

 

「走らなきゃ()()()()、ですか。理由を聞いても?」

「恩返しが、したいんです」

 

 ケイエスミラクルはどこか食い気味に答えを置いていく。

 

「おれ……ここに来るまで、たくさん……本当にたくさんの人たちに支えて、助けてもらったから。たくさんたくさん、もらったもの……夢とか、希望とか……」

 

 奇跡、とか。とどこか慈しむようにケイエスミラクルは口にする。

 

「そういうものを、走って、勝って、返していきたいんです。どんなことがあっても、必ず」

「なる、ほど……」

 

 品定めするような目になってしまっていたようで意識して目元を緩める。

 

「素敵な理由ですね。ニシノフラワーさんは、どうしてトレセン学園に?」

「……わたし、は。勇気をみんなに分けてあげられるような、そんなウマ娘になりたくて。お父さんやお母さんも、私が走ると笑顔になってくれて……だから、その……」

 

 うまく言葉にできてないのだろう。頭を撫でてとりあえず、否定する気はないよ。と伝えておく。

 

「レースに王道はありません。だからこそその基礎を指導する教官がいて、その基礎の上にそれぞれに合わせた指導をするトレーナーがいます」

 

 声をかけてしまった以上、ある程度の責任は果たさなければならない。ここは僕が腹をくくるところだろう。

 

「なのでとりあえず君たちがトゥインクルシリーズデビューに必要な規定タイムを突破するまで、仮契約という形で指導契約を結びませんか?」

「!」

 

 ニシノフラワーが目を真ん丸にしている。逆に目を細めたのはケイエスミラクルだ。

 

「おれは……」

「ケイエスミラクルさん、この話はあなたにも、ニシノフラワーさんにとっても、僕にとっても結構リスキーな話です。結論を急がない方がいい」

「リスキー……ですか?」

 

 ニシノフラワーが首を傾げる。僕は人差し指をぴっと立てて示す。

 

「リスクは主に二つあります。一つ目は僕にチームを率いた実績がないこと。一応サブトレーナーとしていくつかのチームで指導補助に入ったことはあるけれど、メインで指導するのは初めてになります。相性もありますし、上手くいかないことも多いでしょう」

 

 続いてもう一本、中指も伸ばす。

 

「二つ目は僕が学園救護班の人員を兼務していること。学園のスタッフとしても動くので、ずっと指導でべったり、というわけにはいきません。レースのある土日にはレース場でのスタンバイ業務が入る可能性があります。もちろん君たちの出走レースの時はトレーナーとして同行できますが、それ以外の事前練習とかは予定が調整しきれない可能性が高い」

「それでもいいです」

 

 ケイエスミラクルは即答。ニシノフラワーがつられるように頷いている。

 

「そう気負いすぎずに行きましょう。それに、この場での結論は避けた方がいい。明日僕は医務室でのスタンバイに入っていますからどちらにしても明後日まで指導はできません。返事は明後日聞かせてください」

 

 名刺入れから名刺を取り出して二人に渡しておく。トレーナーとしての執務室への電話番号と緊急用の僕の携帯電話の連絡先が乗っている。

 

「星越競技指導株式会社……」

「トレーナーとしての事務所です。課外A棟……あの建物の4階にあります。今来ても僕の机しかない殺風景な部屋ですが」

 

 そう言って時計を見る。いったんニシノフラワーに渡していた保冷剤を外し、様子を見る。

 

「とりあえずしばらくは用心しましょう。無理しすぎないでくださいね」

 

 とりあえずそれだけ伝えて場を離れることにした。多分二人にも、時間が必要だ。

 

 

 


 

 

 

「……キザね」

「東条チーフに見られてましたか。お恥ずかしいところをお見せしました」

 

 課外A棟に戻ろうとしたところで声を掛けられた。グレーのスーツの女性は口元だけで笑ってつかつかと寄ってくる。一階のピロティ部分は夕日が遮られてほの暗く見える。

 

「大丈夫?」

「なにがですか?」

「……元気そうね」

 

 肩をすくめて答える。

 

「ケイエスミラクルさんに声を掛けていたみたいだから気になったんだけど……新人にはリスクが高いわよ、あの子も、ニシノフラワーさんも」

「えぇ、わかってます。東条チーフが名前を覚えるぐらいには調査しているのに、チームとして取らない理由も、理解はしているつもりです」

「……そしてあなたは、理解したうえで納得していない」

「はい」

 

 即答すればため息をつかれた。

 

「あなたの就職先にスピカを紹介したこと、今更後悔し始めたわ」

「推薦してくれたのはあなたですよ、東条チーフ?」

 

 URAが主催するトゥインクルシリーズは国の政策やメディア戦略もあって、国民的スポーツに昇華した。トゥインクルシリーズを目指してやってくるウマ娘は数知れず、そのほとんどがデビューすらできずに学園を去るか、卒業していくのが現状だ。

 

 そして、トゥインクルシリーズに向けて、生徒の出走登録をURAに提出することができる唯一の職業が僕たち総合Ⅰ種指定を受けるURA認定指導員だ。有効なライセンスを持つ指導員は全国でも4桁に届かない。そんな狭き門を超えたとしても、重賞レースを勝たせられるような指導員はその中でもさらに一握りであり、安定して重賞ウマ娘を輩出できるチームは文字通り限られてくる。

 

 その中でも抜きんでたチームが三つある。樫本チーフ率いる『チームファースト』、東条チーフが率いる『チームリギル』、そして沖野チーフ率いる『チームスピカ』だ。

 

「学生アルバイト時代の僕にトレーナーとしての基礎を叩き込んだのも、ライセンスを取ってからほかのトレーナーの流儀を知りたいという僕のわがままを許してくれたのも、東条チーフですから、本当に感謝をしています」

「わかってると思うけど、トレーナーの仕事は……」

「ビジネス。でしょう? よくわかっています。勝たせることができなければ、僕も廃業するしかないことも」

 

 トレーナーを続けるにはウマ娘の素質を見抜き、個人に合わせたトレーニングメニューを立案し、実施し、勝利させることが求められるが、言うは易く行うは難しの典型ともいえる業務だ。勝たせることができないトレーナーは容赦なくふるい落とされていく。

 

「ケイエスミラクルさんも、ニシノフラワーさんも、新人が一人で指導するには、リスクが高い」

「……そしてベテランの『リギル』で取るには、生徒数も多すぎてケアが難しく、取ることができないし、今のままでは出走そのものがリスクになりうる二人を採用しても、手間とコストが釣り合わない可能性が高い」

 

 僕の答えを、東条チーフは否定しない。

 

「東条チーフの判断は間違いなく正しい。えぇ、もちろんそれは僕もわかっています。トレーナーが付かない状況ならトゥインクルシリーズに出ることができない。だからトレーナーを付けないことで、彼女たちが重すぎるリスクを背負う状況を回避する。ローコストで最大多数の最大幸福を叩き出す最適解です」

 

 まっすぐ東条チーフを見据える。

 

「でも、あの子たちはこのままでは勝手にリスクを取ってしまう。だったらコントロールできる状況に置いた方がいい。それに……二人はきっと、磨けば光りますよ」

「……まったく、そういう青さは変わらないわね、星越君」

 

 肩をすくめる。このあたりの癖は抜けない。

 

「リギルはあなたの才能を高く評価してるわ。それは今も変わらない。どうしても困ったら相談しなさい」

「その時は頼らせてもらいます」

「そうして頂戴。そうしないとあなたの教え子がうるさいのよ」

 

 警告が目的だったようで、それだけ言うと東条チーフは去っていった。夕日はゆっくりと地平線の向こうに消えようとしている。

 

「……それでも僕はやれることをやるだけ。よし」

 

 きっとうまくいくと信じて、今は進むことにした。




今更だけど、やたらと名門で修業を積んでるなこの星越トレーナー

ブルアカの二次小説も連載している関係で、以降の更新はかなりのスローになります。基本は練習と日常、時々レースみたいな話になると思うので、そこまでハイストレスな展開にはならないと思いますが。いいところで更新期間が開くということもあるかと思います。その時は許してくださいね。

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