あなたが「いちにんまえ」になるまで   作:オーバードライヴ

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やくそくひとつ

 待ち合わせ場所に5分前には降りたつもりだったが、そこにはすでに待ち合わせ相手の二人、ニシノフラワーとケイエスミラクルがすでに揃っていた。

 

「「こんにちは、トレーナーさん」」

 

 開口一番二人そろって声を掛けられた。それにちょっとだけ驚く。それが表情に出てしまったのか、ニシノフラワーにクスリと笑われた。

 

「ミラクルさんと話してたんです。今日からお世話になるんですから、ちゃんと挨拶をしようって」

「ということで、よろしくお願いします。星越トレーナー」

「……まあ、悪い気はしませんね。よろしくお願いします。ケイエスミラクルさん、ニシノフラワーさん。それぞれミラクルさん、フラワーさんと呼んでもよいですか?」

「はい!」

「おれのことはなんとでも。なんなら呼び捨てでもいいです」

 

 二人を連れてグラウンドの端の方に移動する。横に立たれるとフラワーはさすがに僕よりも背が低いが、ミラクルは僕よりも大きい。勝手に傷ついていても仕方ないし、ここはトレーナーとして、大人として格好悪いところは見せられない。

 

「それで、二人はトゥインクルシリーズでどこまで目指すのか、聞かせてもらってもいいですか?」

「どこまで……」

 

 悩むような間を取ったミラクルが真面目なトーンで続ける。

 

「どこまでも取れるところまでっていったらトレーナーはおれを笑いますか?」

「まさか。強欲で自惚れがなければ走り続けてなんていられなくなりますから。自惚れと現実のギャップをどうやって埋め立てるのかは君たち次第です。僕はそれをあれがいい、これがいいとあれこれ言う現場監督にすぎません」

 

 そう言うとクスリと笑ったのはフラワーだった。

 

「現場監督……ちょっと笑っちゃいました」

「笑っていられませんよ、フラワーさん。現実と目標の間には必ずギャップがあります。逆にギャップが生まれない目標はすでに目標の役割をはたしていませんからね。その隙間を何で埋めるのか。知識なのか、筋力トレーニングなのか、心肺トレーニングなのか……実際に身体を動かすのは君たちです。僕はトレーナーとして君たちの努力の方向性を知るためにも、君たちがどこを目指したいのか、それを知る必要がある」

 

 そう言って横目で二人を見る。フラワーは若干見下ろすように、ミラクルは若干見上げるように、それぞれ見て前に視線を戻す。

 

「だから教えてください。どこを目指して頑張りたいのか。……フラワーさんはどうですか?」

「あの、じゃあ……私は、トリプルティアラ、目指してみたくて!」

「マイル・中距離路線ですか。いいですね。王道路線ですし。ならミラクルさんはどうでしょう?」

「おれは、貰ったこの脚の“速さ”を活かせる短距離路線、です」

「なるほど。……現実的な目標だと思います」

 

 現実的? と聞き返される。

 

「あの記録会1,200mを走り切った後、息が戻っていなかったでしょう。あの時ゴール後に転倒してしまったフラワーさんの方が優先度が高かったので確認をまともにできなかったわけですが、結構危うい領域で走っていたように見えました。……そしてそれに対して、君は自覚的なはずです。そうでしょう、ミラクルさん?」

「……驚きました。そこまで見られてたんですね」

()()()()見抜けなければトレーナーは務まりません。というより、それができないなら中央だろうが地方だろうが、トレーナー免許は返納するべきだと思っています」

 

 甘く見てもらったら困りますよ、というのは多分蛇足だけれど、一応口に出しておく。

 

「これから僕が君たちに言うのは、僕の指導を受けている間、これだけは絶対に守ってもらいたい、たった一つの約束事です。それ以外にもいろいろお願いだったり、……まぁ怒ったり怒られたりはあるかもしれませんが、些細なことです。そしてこの約束事が守られる限り、僕は君たちへ僕ができる最善の指導を提供することを約束します」

 

 意図的に一歩大きく踏み出して前に出て振り返る。正面から2対の瞳を見据える。

 

「レースは誰にとっても命がけです。ウマ娘のトップスピードは、躓くだけで関節が砕けます。誰かが目の前で転んで、避けられずに蹴り飛ばしてしまった日には、蹴った方は足首の粉砕骨折で現役引退し、蹴られた方は眼底骨折からの視力喪失なんて事例もザラにあります。そんな世界を目指して走ることを選んだ君たちに、僕は強い自制心を持ってほしいと思っています。それは君たちが加害者にならないために、また君たちが被害者にならないために、必要なことです」

 

 笑顔を意図的に消す。これはトレーナーと教え子ではなく、対等な個人として約束してほしいところだ。ちゃんとこちらも真面目に、本気であることを、態度で示す必要がある。

 

「無事に走り切ることを第一にし、少しでも違和感があれば止まりなさい。一瞬でも走るか止まるか迷った時は、必ず安全な方向に判断を倒すこと。それが唯一の約束事です」

 

 多分これは、簡単に見えてとても難しい要求だろうと言いながら思う。それでも、ここで釘を刺しておかないと、多分この二人は危ない。死ぬ気で走れと言ったら本当に死ぬまで走りそうな二人だから、なんとか押しとどめないといけない。

 

「約束できますか?」

「はいっ!」

 

 フラワーからはすぐにいい子の返事が返ってくる。

 

「ミラクルさんはどうでしょう」

「……約束できるかは、正直自信がありません。それでも、約束できるようになりたいと思います」

「ミラクルさん……」

 

 不安そうに声をかけたのはフラワーだ。ミラクルはまっすぐ僕を見てくる。言うべきことは言った、ということだろう。

 

「とても誠実な判断だと思います。では、僕はミラクルさんが無理せず走ってなお、ちゃんと目標を達成できるよう、努力していくこととしましょう」

 

 フラワーはそう言われた本人よりもほっとした様子で、ミラクルの手を取っている。すごくほほえましい。

 

「それでですね、二人にはとりあえず2週間後の記録会にて基準タイム突破を目指してもらうわけですが……」

「えっ!?」

「二週間後……って、連休前の……ですよね?」

「はい」

 

 出会いがしらで驚かされた分お返しとばかりに考えてたことを不意打ちでぶつけてみる。フラワーに手を握られたままぽかんとしているのはミラクルだ。うん、いい反応をしている。

 

「まぁ移動しながら話しましょう。基準スコア突破ぐらい、二人なら十分に狙えます。高低差もほぼないフラットな芝で5ハロン、これを72秒以内で走り切ってもらうだけです」

「だけ……っていわれても……」

 

 できるでしょうか。とフラワーは不安そう。考え込んでいるような難しい顔をしたのはミラクルだ。

 

「実際のところ一昨日のミラクルさんのゴール前5ハロンは70秒台なのでクリアしていますし、フラワーさんも最後の失速がなければ問題ないはずです。ですから記録会への練習はそこそこにして、中長期的に君たちの足を守りつつ速度を上げていくための基準を作ることを意識していきます」

 

 フラワーもミラクルもリギルの東条チーフが目をつけるほどの逸材であることは確かなのだ。基準タイムを超えることは容易だろう。問題はその後、どこまで安全に走ることができるか、なのだ。

 

「もっとも、君たちの走りには課題も多いのも事実です。その確認のためにも、今日はこのポリトラックコースを使って確認していこうと思います」

 

 利用申請を出していた全天候(ポリトラック)コースは、一部には屋根も設置されたフラットなコースだ。

 

「ウォーミングアップの後、とりあえず1本とってみましょう。……僕たちの練習の最初のステップです。張り切りすぎず、でも気合を入れていきましょう」

「「はいっ!」」

 

 いい返事が二つ返ってくる。そのまま柔軟と感覚をつかむための軽いランニングで体の準備をさせつつ、こちらも準備。用意するのはビデオカメラだ。用意できたのは4台。1台は正面に、もう3台を分散させて横向きに配置する。

 

 トレセン学園のポリトラックコースの一部には走る時の姿勢を確認できるようにマス目のついた衝立のようなものがコース脇に立っている。そこに合わせてカメラを設置しておけば、ある意味定量的に姿勢を確認できる仕様だ。このあたりの装備はさすが中央校、というだけある。もともとポリトラックは水はけもよく、均一なコンディションを維持できるのが強みだが、屋根もつけてより安定した条件下でタイム計測ができるのはここ以外ない。

 

「それじゃあ……いきます!」

 

 まず最初にフラワーの走りを記録。やはり、スタート直後の速度の立ち上がりは悪くない。脚質からして逃げて勝つというのはリステッド以上だと厳しいかもしれないが、前よりにつく先行策なら十分通じるだろう。

 

「じゃあ……見ててくださいね」

 

 続けてケイエスミラクル。速い。動き自体も洗練されている。フラワーと比べても圧倒的にトップスピードが現時点でも高いと言えるだろう。フォームチェック用に確保している2ハロンのコースだとトップスピードに乗り切るかどうかのところで減速しないといろいろと危ない。

 

「……フラワーさんは予想通りとして、ミラクルさんもやっぱり速度に身体が付いていってない、か」

 

 とりあえずカメラからデータを回収して、タブレットに転送しつつ二人が待つコース脇に走る。

 

「はい、とりあえず二人とも筋力不足ですので筋力アップを軸として組んでいきます。特に上半身」

「えっ……上半身、ですか?」

 

 驚いた様子なのはフラワーで、ミラクルはなんとなく言われることはわかっていたみたいだ。

 

「まあ映像とか見ながら確認してみましょう」

 

 持ってきていた機材から外付けモニタを取り出しタブレットとつなぐ。休憩用のベンチに画面を置いて、二人に見てもらう形で進めることにした。

 

「まずわかりやすいのはフラワーさんからですかね。……わかりやすい正面から見たときの走り方ですが……フラワーさんは見て気が付くことがありますか?」

「えっ……と」

 

 正解を探して視線が迷うのがわかる。本当に真面目な子なんだろう。失敗するのを恐れているような慎重な間の取り方をする。

 

「ミラクルさんはどう思います? フラワーさんにアドバイスするなら、どこからしますか?」

「身体の左右のブレ、ですか?」

「大正解。蛇行とまではいいませんが、直線での進路が安定してません。じゃあなんでか、というと、腕を前後じゃなくて左右で円を描くように振っているから」

 

 いわゆる“女の子走り”というやつです。というとフラワーも納得したようだった。

 

「じゃあなんで女の子走りになっちゃうのかって言うと、姿勢が内股気味だからです。骨盤も後ろに寄ってるから、と言ってもいいですね。なので股関節や肩関節をしっかり動かせるように、ちゃんと背筋を伸ばした姿勢を取れるまで、姿勢を整えて歩くとか、筋トレして必要な筋肉を鍛えるとか、そういうところからスタートしましょう。コースでのトレーニングはその後です」

「え……走らないんですか?」

「走る前に姿勢を直すところから、です」

 

 笑ってそう言うとどこかショックを受けたような表情のフラワー。飛び級で頑張ってきたらしいというのは知っているし、思うところもあるのだろうが、ここで基礎を手抜きすると後でひどい目に遭う。

 

「……で、ミラクルさんの場合もその延長です。上半身が下半身についていけずに減速しちゃってます。なのでちゃんと上半身も筋トレしましょう。スタミナをつける意味でも筋トレからスタートです。……というのが僕のファーストインプレッションなのですが……」

 

 そこで言葉を切ると、二人ともが僕を見てくる。

 

「隠れて聞き耳を立てているのはどうかと思いますよ」

 

 声量を上げてそう言うと、投げかけた方向の柱から喉の奥で笑うような声が響いてきた。

 

「おや、バレていたか」

「しっぽが揺れているのが視界の端にちらついていましたからね。生徒会の仕事はいいんですか、()()()()?」

胸襟(きょうきん)秀麗(しゅうれい)な副会長たちがまとめてくれているから心配ないさ。なに、三冠を支えてくれた恩人の様子を見に来るぐらいの時間はある」

 

 そうして姿を現したのは、シンボリルドルフ―――リギルでの学生アルバイト時代に僕がサポートに入っていたウマ娘だった。




ということで、指導開始。メイクデビューまではある程度サクサク進めたいけどすでに字数が膨らみ始めています。レースをちゃんとかけるのはいつになるやら。

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