あなたが「いちにんまえ」になるまで 作:オーバードライヴ
「し、シンボリルドルフ生徒会長……!」
おののいたようなニシノフラワーの声、それにつられるようにどこか表情を堅くしたケイエスミラクル。僕は肩をすくめるにとどめた。
「どうして……」
フラワーの尻切れとんぼなその声に続くべきは、きっと「どうしてここに生徒会長が?」なのだろうが、そこまで言い切れずに言葉が止まってしまった。答えを待たずにシンボリルドルフは口を開く。
「そこにいる星越君は私の三冠と、その後の不調からの回復を支えてくれた恩人だ。その様子を見に来てはいけなかったかな?」
「僕はいつでも大歓迎ですよ。……とはいえ君は君自身の影響力をしっかりわきまえた方がいい、違いますかルドルフ?」
「呼び捨てっ?」
またも驚いた様子のフラワーに、声を出して笑って見せたのはルドルフ本人だった。
「もしかして君は実質的なサブトレーナーとして私を見ていたことを誰にも伝えていなかったのかな?」
「実質的もなにも……名実ともにトレーナー
「ふむ」
そう口にすると顎に手を当てて考え込むようなしぐさを見せるルドルフ。
「先ほどの言葉を星越君にもそっくりそのまま返そう。君は君自身の影響力をしっかりわきまえた方がいい」
驚きっぱなしという雰囲気のフラワーが僕を見てくる。それを見ながらルドルフは言葉を続けた。
「星越秀彦。日本基督教大学教養学部をスポーツ教育と救急救命の
「やめてくださいよルドルフ。確かに指導チームの一員ではありましたが、君もフジも東条チーフトレーナーの直轄だったじゃないですか」
ほめ殺しても何も出ませんよとおどけて見せるが、ルドルフがこれで引き下がるような性格をしていないことは僕もよく知っている。だけれども、なぜルドルフがここで声をかけてきたのかの理由が見えない。
「事実さ。実際君は私の三冠を支え、絶望視されたフジキセキのダービーを出走までこぎつけた。それだけでも評価に値するだろう。私の
ルドルフはちらりとミラクルを見て続ける。
「学園唯一の民間救急救命士として学園の救護班にも所属。高い専門性のために昇格ペースが全体的に早い部署配置とはいえ在籍2年目ながら主幹のポストにつけているのは、秋川理事長や駿川秘書官からも高く評価されてる証拠だ。東条トレーナーや沖野トレーナーも君のことは高く買っているからこそ、君をサブトレーナーとして雇っていたし、短期間で独立することを止めなかった」
ルドルフは笑って僕をまっすぐ見てくる。
「そんな君が周りからマークされてないと思っていたのなら星越君、少々
「ルドルフ、先ほども言いましたが、君の功績は君と東条チーフの賜物ですよ」
「だとしてもだよ、星越君」
ルドルフは僕よりだいぶ背が高い。踏み込んできたルドルフをまっすぐ見つめると、半ば見上げるような姿勢になる。
「黒子に徹していたとしても、君が私の指導に関わっていた事実は消えないし、それだけでも周囲のライバルたちは警戒するに足る理由になる。……そして、それは指導を受ける君たちもそういう目で見られることになる。ケイエスミラクル君、ニシノフラワー君」
ルドルフはどうやら二人の経歴も調べてから来たらしい。
「今日は彼と組んでいたことのある少しばかりの先達として、君たちに挨拶をしに来たのが一つ。そして、星越君に少しばかりの警告をしにきたのが一つ」
「警告、とは穏やかではありませんね。なんでしょう?」
シンボリルドルフにはオーラがある。そして彼女はそれを意識してコントロールしてきている。帝王学、と言えば聞こえがいいが、同時にそれは呪いに近い鎖となって、今も彼女を覆っている。
「星越君が今からでもリギルに戻る気があるのなら、リギルはいつでも門戸を開いている。もちろん君が抱えている生徒たちをつれてきてくれるのも大歓迎だ。一方で……」
「言いたいことはわかりましたからその先は言わなくてもいいですよ。……変わりませんね、ルドルフ」
そう言うとルドルフはコントロールしていた圧をふっと散らす。静かに息を吐いたのはフラワーだ。
「君は頭がキレ過ぎる。決まっていない未来を先回りして、さも確実なもののように絶対視してしまうのはルドルフの悪い癖ですよ。フラワーもミラクルも次の記録会までの仮契約です。まだ僕の下で走るという
「走るさ」
そう言い切るルドルフの目には僕がどう映っているのだろう。そう考えている間にも、ミラクルが口を開いた。
「
「
「光栄です。……おれは、速いですよ」
ルドルフが売った喧嘩をミラクルが買った。頭を抱えたくなったが、ここまで読んでルドルフが動いていたとしたら正直僕に撃てる手はない。
「……ルドルフ、君は東条チーフに黙ってここにきてますね?」
「恩人であり旧友の君に挨拶にくるのに許可は必要ないはずだ」
「とはいえ君が勝手に喧嘩を売ったことはあとで盛大に怒られてください。少なくとも君ほどのウマ娘がデビュー前の新人相手に脅しをかけたとなれば、それこそ品格を問われる事態です」
「ふふっ、それはもちろん。……君も変わってないようで安心したよ」
では、といってルドルフが僕の肩を叩いて去っていった。それを見送ったタイミングでフラワーがへたりこむ。
「き、緊張しました……」
「嵐のような方でしたね……」
ミラクルが苦笑いでそんなことを言ってくる。僕も苦笑いするしかない。フラワーを助け起こしてベンチに座らせて落ち着かせる。このテンションではトレーニングどころではない。
「まったく……ルドルフも困ったものです」
「トレーナーさん。すごい人だったんですね」
会話が成立しているようで成立していない。ミラクルもフラワーの隣に座ってもらい、僕は二人の前で片膝をついて視線を合わせる。今この場で誤解を解いておく必要がある。この段階でのボタンの掛け違いは
「いいですか、フラワーさん。ミラクルさんもです。確かに僕はシンボリルドルフの指導チームで活動していた実績があります。ですがそれはアルバイトとしての下積み時代の話ですし、彼女の活躍は彼女の努力のたまものです。それが君たちの才能を伸ばせる証明になるわけでもなければ、君たちが自身を卑下する理由にもなりません。ここまではいいですか?」
二人が頷いたのを確認して続ける。
「次です。君たちにも、僕にも、絶対など存在しません。だからこそ僕はここに来る道すがら、君たちに『強い自制心を持ってほしい』と伝えました。少しでもおかしいと思ったら立ち止まる。安全だと思う方向に判断を倒す。これは君たちへのお願いごとであると同時に、僕から君たちにできる唯一の誓いです」
「誓い……ですか」
意味をつかみ損ねたのか、ミラクルが首を傾げる。
「はい、誓いです。トレーナーは……いえ、勝手に主語を大きくするのはやめましょう。僕は君たちに勝利を約束することはできません。君たちの安全を保障することもできません。僕は君たちが安全に走って帰ってくるために必要な全てを洗い出し、指導することしかできない。だから僕はそこに誠実に向き合うことを誓うことしかできないのです」
「それは……そんなことは、ないと思いますけど……」
フラワーがそう言ってくれるが僕は首を横に振る。
「いえ、そういうものですよ。だから僕も君たちも考えることをやめてはいけない。成功は過去の努力の積み重ねがあって成立するとしても、今の努力は未来の成功を確約するものじゃないんです」
残酷ですけどね、と笑えばミラクルがわずかに視線をおろした。
「僕たちは考え続け、リスクが最小になるように、そしてみんなの願いが叶うように、チームを組み、努力し続けないといけません。そこにトレーナーも生徒もないんですよ」
意図して笑みを作る。笑えているだろうか。笑えていると信じたい。
「だからトレーナーは君たちと指導契約を結ぶのです。君たちと対等であるために必要な儀式であり、僕と君たちを結ぶ最初の絆です」
「トレーナーさん……」
「トレーニングは厳しいものです。いろいろと我慢しないといけないことも出てきます。だからこそ、君たちは真剣にそこに向き合わなきゃいけない。仮契約期間というのは、君たちがトレーナーを選ぶ期間です。だから周囲のノイズに惑わされずに、しっかりと考えてください」
二人の頭を撫でるとミラクルはどこか気恥ずかしそう。フラワーは静かに撫でられていて、まだ幼い印象を受ける。
「さて、ルドルフにかき乱されてしまいましたが、トレーニングを再開しましょう。しっかりと安定した姿勢で走れるように正しい姿勢で歩くところから……明日は筋肉痛になるでしょうが、頑張っていきましょう」
「星越トレーナーに喧嘩を売ってきた!?」
チームリギルのトレーナー執務室で東条トレーナーに今あった事を告げると、文字通りの素っ頓狂な声が返ってきた。
「あとで私からも謝っておくけど、なんでそんなことをしたの……って聞くまでもないわね。正直いつかは
「ふふっ、すまない。さすがに抑えきれなかった」
額に手を当てて執務机に肘をつく東条トレーナー。
「……天下の皇帝がここまで嫉妬深いとばれたら週刊誌が騒がしくなるわよ。貴女ほどの知名度だとどこでだれがのぞいてるかわからないんだから」
「わかっているとも。とはいえ星越君があまりに
「はぁ……」
さすがに即興だと東条トレーナーには響いてくれないらしい。軽妙な会話というのは未だに上手くいかないものだ。
「……で、どうだったの?」
「無事息災、元気そうだった」
「彼のことじゃなくて」
額を押さえた指の隙間から覗く視線と合う。……そう、これが東条トレーナーだ。鳴り物入りでトレセン学園に入学し、何人もトレーナーが私をスカウトに来たが、誰よりも覚悟と熱量をもって向き合ってくれたのが東条トレーナーだ。誰よりも冷静に見えるが、誰よりも高い熱量があったからこそ、そしてその熱量が今もあるからこそ、私はリギルに今も籍を置いている。
いま、東条トレーナーはあの二人を見ている。それでも背後にいる彼をきっと無視できていない。それは私も同じ事。
「近いうちにターフで相見えることになる。それは私ではないかもしれないが、重賞レースで確実に苦戦するだろう」
「それは皇帝としての勘、というところかしら?」
「いいや、予言だ。賭けてもいい」
「最初から賭けなんてする気もないでしょう。……それにしても、賭けてもいい、か。相当の自信ね」
そう言われてなおのこと頬が緩むのを感じる。
「もちろんだとも」
あぁ、逃した魚は大きかったかもしれない、と今更ながら未練が募る。彼はきっとすぐに追いついてくるだろう。そして、彼の精神を継いだ子たちがすぐにターフに放たれ、私たちを苦しめるだろう。
だというのに、そこにある競走を、狂騒を、身体が求めているのがわかる。
その子たちがシニアに上がるまで、私は現役でいられるだろうか。あぁ、頼むからこの身体よ耐えてくれ。
「レースに絶対はない。それでも私には、シンボリルドルフには絶対があるのだから」
「なら、貴女にも指導を手伝ってもらうわよ。最後に差すのはリギルよ」
「もちろんだとも、このシンボリルドルフ、粉骨砕身の覚悟で取り組むこととしよう」
そう答えることで答えに代える。きっといつかこれを後悔すると知りながら、私はこれが最善と信じてリギルを支えるのだ。
私はリギルを、東条ハナを裏切れない。
ルドルフ書くの難しかった……。
次回はちゃんと走るところを書きたいですね……。
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