あなたが「いちにんまえ」になるまで   作:オーバードライヴ

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大変お待たせしました。

今回からとある先生の作品のキャラクターをお借りしております。予めご了承ください。




はくいとあめと

 僕のもう一つの職場である医務室は基本的に無臭だ。空きっぱなしになっているドアをノックして入る。

 

「おや? 誰でしょう?」

「おはようございます、右堂(うどう)先生。救護班(パラ)の星越です」

「今日の当直は秀彦(ひでひこ)君だったか。楽ができそうだ」

「ご冗談を」

 

 中に入ると室内だというのにサングラスを掛けた男の人が一人。長いこと使っているのか、どこかへたってきているものの清潔な白衣を羽織った相手に微笑みかける。

 

「それでも今日楽できそうなのは本当だよ」

「それは今日が雨だからでしょう?」

「それもある。マシントレーニングの事故が少し怖いけどね」

「アラートが入ったら僕が走りますんで、指示出しお願いしますね」

 

 飾らない雰囲気の言葉は、僕にとっては心地良い。足下に伏せていた彼の()()()()()であるジャーマン・シェパードと目が合った。

 

「セリカも、おはようございます」

 

 セリカはよくトレーニングされていて、変に吠えることもない。事務机の横には白杖があり、下手に動かしたりしないように気をつけつつ側に寄る。盲導犬と白杖が文字通り彼の命綱になっているのだから、それらを不用意に触れるわけにはいかない。それこそ彼から勧められない限り、もしくはセリカの方からすり寄ってこない限り触れないようにしている。

 

「多摩メディカル(M)コントロール(C)協議会はどうでした? 昨日が定例会だったそうですけど」

「相も変わらず肩身が狭いね。トレセン学園のお膝元だし、メジロ系列の先生もいるからこそなんとかなっているが、それでもこう……『学校医ごときが遊びに来てるんじゃねぇぞ』みたいな空気がある。私より秀彦君の方がまだ受け入れられるんじゃないか?」

「僕だと若輩すぎてお話になりませんよ」

 

 そう返すと、どこか困ったように笑ったようだった。

 

「とはいえ、この学校で……より正確には全国組織としての日本ウマ娘トレーニングセンター学園において、特定行為が可能な救急救命士(E M T)は君だけだ。ウマ娘の医療体制が整ってる府中であってもウマ娘の救急救命体制は万全とは言えない」

 

 ウマ娘の場合、走った時の運動エネルギーはヒトとは比べるまでもなく大きい。それは走っている間の事故が容易に破滅的(クリティカル)な状況になりうることを意味する。ウマ娘の事故の場合は高度な治療を受け入れられる高度救命救急センターじゃないと歯が立たないことも決して珍しくないのだ。

 

「どこも人手不足ですからね。そのあたりは駿川秘書室長が本当に頑張ってくれてるんですけど……」

「ままならないよ、本当に。……あぁそうだ、話は変わるが一つ君に言わなきゃいけないことがあった」

 

 そう言って間を取る先生にこちらも顔を上げる。

 

「担当を持ったらしいじゃないか。おめでとう」

 

 事務椅子がくるりと回り、サングラスの向こうの目がこちらを見据える。

 

 右堂(うどう)海人(かいと)、日本トレーニングセンター学園保険安全部保健課医務係に所属する学校医の一人、そして『学園の職員とウマ娘のトレーナーを兼任している』という意味での『先輩』だ。

 

「ようやく追いつきましたよ」

「私の時はもっとかかったもんだ」

 

 そうは言うが、僕がイギリスから帰ってきた時にはセイウンスカイを指導中だったし、その彼女は去年の皐月賞、菊花賞の二冠を達成した。弱視(ロービジョン)だとか、兼業トレーナーだとか甘く見ていたトレーナー達を黙らせてきた実力者であることを知っている以上、あまり言葉通り捉える訳にもいかない。

 

「とはいえまだ選考会までの仮契約です。選考会を終えた後他の所に行くと言われるかもしれませんからあまり気を抜けない状況です」

 

 そう返しつつ装備品を確認していく。学園はちょうど朝のショートホームルームの時間、この時間は自主練の生徒もおらず、体育の授業もない比較的緊急連絡が入りにくい時間だ。今のうちに確認するべきことを確認していく。AEDバッテリー残、異常ランプ消灯を確認、血圧計に血中酸素濃度計の確認、バックマスクや携帯可能な酸素ボンベの点検、輸液と静脈路確保のための針やチューブなど、確認事項は少なくない。これを使うことがなければいいのにと切に思う。

 

「それで、どんな具合だい?」

「良い子達ですよ……こちらが、心配になるくらいに」

「心配?」

 

 アドレナリン(エピ)の注射薬を救急キットに戻しつつそう答えると、右堂先生がオウム返しに答えてくれる。

 

「真っ直ぐで、真面目で、スポンジのようにどんどん知識と動きを吸収していく……二人揃って加減を知らないので、ブレーキをこちらから積極的にかけてあげないと、そのまま持っていかれそうで」

「持っていかれそう、というのは面白い表現だね」

「教えてると楽しいんですよ。……分を超えてしまいそうになるくらいに」

 

 フラワーとミラクルの指導を始めて1週間ちょっと、そして今週の末には選考会だ。そこまでにある程度の成果を上げる必要がある、ということで少々詰め込み気味に指導を行っていたのだが、それでもちゃんとついてくる。

 

 やっぱりあの時の感覚は正解だった。彼女たちは、走る。

 

「なるほど、だから持っていかれる、か」

「死ぬ気でトレーニングなんて口にした日には本当に倒れるまでやってしまいそうな子達ですからね。伝え方を考えないといけないことも多いです」

アルゴル(うち)のスカイとは大違いだな」

「僕としてはスカイさんを是非とも見習って欲しいんですけどね」

「……サボり癖は大変だぞ」

 

 右堂先生がサングラスの奥で笑っているのを尻目に、僕は左耳に骨伝導ヘッドセットをあてて、携帯端末とリンクさせる。連絡があればノータイムで出られる状況を作りつつ、それまでは備品の申請やここ数日の対応生徒の記録を整理していくことになる。

 

「どこかで理由つけて顔合わせとかさせてみたいものです。良い刺激になるかも」

「なら夏あたりどこかでロードワークの支援を頼もうか。私だと目が届かないところもあるからね」

「前向きに考えましょう」

 

 そんな会話をしつつ、対応記録簿を開く。

 

「とはいえ、まずは医務室の仕事からですね」

「よろしく頼むよ」

 

 今日も仕事が始まる。

 

 

 


 

 

 

「ふぅ……」

 

 なんとか雨に濡れない屋根付きの外廊下に飛び込んで、着ていた黄色い雨合羽のフードを頭から外します。髪の毛がちょっと濡れて跳ねちゃって、少し気になるけれど、プランターの避難も終わったし、これでいったん一安心。5時間目の後のショートホームルームの時間が終わる頃には雨も止むだろうという予報だったのに、全くそんなことはありませんでした。

 

「思ったより雨、止まないなぁ……」

 

 今週の金曜日には記録会の本番、今日が走れなければあと三日しかありません。そしてそのうち一日はトレーナーさんがお医者さんとして働く日なので、どうしても自主練になってしまいます。少しでも前に進めるように頑張っていくしかありません。

 

「でも……うん。できる、大丈夫。大丈夫だよね。うん」

 

 勉強も練習もで結構大変ですが、それでもお姉さんたちに追いつくためにも頑張るしかない。

 

「大丈夫、できる……きゃっ!」

「おっと」

 

 ぽふん、と誰かにぶつかってしまいました。バランスを崩して尻餅をついてしまいます。

 

「あらら、大丈夫?」

「ごめんなさい」

 

 立ち上がろうとしたら、ひょい、と身体ごと持ち上げられる。びっくりして身をすくませてしまうと、そのお姉さんはすぐに下ろしてくれました。

 

「いやいや、君は軽いからノーダメージ。こっちこそごめんね」

「あの……服が……」

 

 雨合羽についた雨粒で少しだけとはいえ濡れてしまっている。拭かなきゃと思ってハンカチを取り出しますが、そのお姉さんがパンパンと払うようにして笑ってしまいます。

 

「あの、汚れが伸びちゃうので」

「いいのいいの、雨でしょ? 近々制服も洗濯しようと思ってたし」

 

 そう笑ってくれるお姉さんは青色のような、緑色のような、そんな淡い色合いの髪を揺らしています。

 

「えっと……」

「ん? なにか私の顔についてる?」

「あ、ごめんなさい……き、きれいな髪の色だなって……」

「ふふん? うれしいね、頑張り屋さんのお嬢さん?」

「えっと……どうして……?」

 

 頑張り屋さんと言われたことがなんでなのかがわからずにいると、そのお姉さんは私の手をそっと取ります。

 

「爪に泥がついてるからね。雨なのにお疲れ様」

 

 ぽんと頭をなでてくれて、そのお姉さんは私とすれ違うように歩き出してしまいます。

 

「あ、あの!」

「んにゃ?」

「わたし、ニシノフラワーっていいます。えっとあなたは……」

「通りすがりのしがないウマ娘ですよーっと」

 

 そう言ってスタスタと歩いて行ってしまう。追いかけるべきか悩んで、結局悩んでいる間に居なくなってしまいました。

 

「……お名前だけでも聞いておくんだった、かな」

 

 そんなことを思うも今から追いかけるのも変だろうし、とさらにここで考え込んでしまう。でもきっと、同じ学園の生徒なんだし、また会えるはず。

 

「でも、きれいな髪のお姉さんだったな……」

 

 そう思いながらお姉さんが消えていった方を見ていると、予鈴のチャイムが鳴りました。今日の授業が5時間目までで、今の私には関係のないチャイムだけれど、驚いて尻尾が跳ねてしまって着ていた合羽が揺れてしまいます。濡れないようにたたみ直して手に持って、とりあえず医務室にトレーナーさんを迎えに行くことにしました。そろそろトレーナーさんのお医者さんとしてのお仕事が終わる頃だったはず。終わったらトレーニングを見てもらえる約束になっているので、少し早く顔を出しても、たぶん、大丈夫なはず。たぶん。

 

「がんばらなきゃ。せっかくトレーナーさんも頑張ってくれてるんだもん」

 

 呟きながら、言い聞かせながら、それで不安を消しながら廊下を進みます。医務室は外にもアクセスしやすいように一階にあるのでそこまで時間もかかりません。

 

「……?」

 

 医務室のそばまで歩いてくると、誰かの話し声が聞こえます。お仕事がまだ長引いているのかもしれないですが、ドアが開いているので入っちゃいけないような状況ではない感じ。

 

「それで、このセイちゃんにトレーニングをしろと!?」

「皐月と菊の二冠をとったのに練習おサボりはマズいですよ、セイウンスカイさん」

 

 几帳面だけど優しいトレーナーさんの声がします。反対に「えー」という女の子の声。そうっと顔を覗かせてみると、すぐにぱっと振り向いたトレーナーさんと目が合いました。

 

「あぁフラワーさん。こんにちは。ちょうどいま、あなたの話をしようとしていたところです」

 

 トレーナーさんはグレーのジャケット、大きなウエストポーチをつけていたり、右太ももの前の所に小さなポーチをつけていたりとなんだか「お医者さん」というよりも「消防士さん」とか小学校で男の子が言っていた「レンジャーさん」みたいな格好をしています。……お仕事中のトレーナーさんの姿をしっかり見たのは初めてかもしれません。

 トレーナーさんと同じ並びに座っている、白衣を着た男の人がこちらを見ています。建物の中なのにサングラスを掛けているのは珍しいですが、たぶん目が良くないのかもしれません。

 

「こんにちは、トレーナーさん。あの、私の話をしようとしてたって……?」

「……おや、さっきの」

「あ!」

 

 ベッドに腰掛けていたらしいウマ娘の人がひょっこり顔を出してくれました。

 

「さっきのお姉さん!」

 

 保健室にいたのは、さっきぶつかってしまったお姉さん。医務室で、ベッドに座っています。

 

「も、もしかしてぶつかったときにお怪我を!?」

「うえっ!?」

 

 どうしよう、どうしよう……! 頭の中が真っ白になる、というのはたぶんこういうことで。

 

「フラワーさんおちついて」

 

 トレーナーさんが割り込んできて、そのままスツールにすっと座らされます。

 

「彼女はチーム・アルゴルのセイウンスカイさん、そちらの右堂先生の指導を受けているウマ娘で、彼に会いに来ただけですよ」

「へ?」

「どもども、さっきぶりのセイウンスカイでーす、よろしくね、フラワーちゃん?」

 

 状況がまだわからないけれど、大事ではないようで、そして早とちりだったみたいで。パッと顔が赤くなってしまったのでした。




ということでSkyjack02先生の『トレーナーは『青空《スカイ》』が見えない』から右堂海人トレーナーが登場です。

申し出を快諾いただいたSkyjack02先生には厚く御礼申し上げます。

また、拙作の星越トレーナーがSkyjack02先生が冬コミで頒布予定の同人誌にもお邪魔させていただけることになりました。同人誌についてはSkyjack02先生X(旧:Twitter)のこちらの投稿をご確認ください。

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