第六駆逐隊の日常   作:通りすがりの変人

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ほのぼのって難しい……


お料理の時間なのです!

「響姉! いい加減起きて!」

 

「…………」

 

 雷の怒鳴り声に、一度は目を覚ました響だったが、窓から差し込む朝日に顔を顰めると、またしても布団の中に潜り込んだ。

 起きなければならないのは頭の片隅で理解しているし、実際目を覚ましてすぐはそうしようと毎朝思うのだが、それを遥かに上回る睡眠への誘惑によって、そんな理性はあっという間に呑み込まれてしまうのだ。

 すると、そんな響の様子に痺れを切らした雷が、響の掛け布団をひったくった。 

 襲いくる肌寒さに身を縮こませた響は、すぐに代わりとなるものを求めて手で周囲を探り始める。が、残念ながら姉妹の布団は全てとっくに片付けられているので、いくら探そうと代わりはない。

 流石に諦めて起きてくれるかと雷は思ったが、響は何もないと分かるや否や、自らの敷き布団に丸まってイモムシのようになると、そのままぐーすかと寝息を立て始めた。

 豪快というか執念深いというか、そんな姉に雷は頭痛を堪えるように指でこめかみを抑えると、負けるもんかと気合を入れ直し、イモムシとなった響の体を揺すり始めた。

 

「もう、響姉ってば! いくら非番の日だからっていつまでも寝てないで起きなさい!」

 

「あと5分……」

 

「そんなこと言って、ほっといたら5分どころか30分以上経っても起きないでしょ!」

 

「じゃああと1時間……」

 

「なんで増えてるのよ!?」

 

「減ってるじゃないか。数字は」

 

「数字が減ってても単位が上がってるんじゃ意味ないわよ!! ……ああもう、いいから早く起きて!」

 

寝ぼけてるようで、実はそれなりに意識がはっきりしてきたらしい響を、雷はついに力づくで布団からひっぺがす。

 同時に、響が「ああ……」と切なげな声を上げるがそれは無視し、そのまま響の寝巻を脱がしにかかる。

 

「わー、雷に襲われるー」

 

「嫌なら自分で着替えて。ただし30秒以内ね、1秒でも遅れたら神通(じんつう)さんに言いつけるから」

 

 棒読みでバカなことを言い出す響に、雷がぴしゃりと通告する。

 すると、それまでウトウトしていた響の表情に、途端に焦りの色が浮かぶ。

 

「それはまずいね、とっとと着替えるとしよう」

 

 神通は、普段こそ温和で争い事を好まない優しい軽巡洋艦のお姉さんなのだが、こと訓練においては、その優しい微笑みとは裏腹に、悪魔ですら泣いて逃げ出すのではないかというほどの過酷なメニューを平然と課してくる、正真正銘の鬼教官だ。

 その過酷さは、訓練をやり遂げた駆逐艦娘全員が3日は筋肉痛で寝たきりになるほどで、以前それが原因で遠征任務がこなせず、鎮守府が経済危機に陥ったことすらあったりする。

 そんな理由で、現在では神通の訓練はどちらかというと、規則を破った駆逐艦娘に対する罰則的な側面が強く、好んで神通の訓練を受けようなどという猛者はほとんどいない。

 もちろん響もその例に漏れず、先ほどまでのだらけっぷりが嘘のように素早い動きで寝巻を脱ぎ捨てると、暁型駆逐艦姉妹お揃いのセーラー服に身を包む。

 

「もう、これからは神通さんに起こしに来てもらおうかしら」

 

 神通の名を出しただけでこれなのだから、先ほどまでの苦労はなんだったのかと雷は嘆く。

 しかしそれは、響からしてみれば冗談抜きで死活問題だった。

 

「やめてくれ、あの人ああ見えて私達に自分の訓練させたがってるから、モーニングコールのついでに地獄への片道切符を渡されることになるじゃないか」

 

「いつも言ってるけど、嫌なら自分で起きるか、せめて私が呼びかけたらすぐ起きてよね」

 

「……善処するよ」

 

 響の微妙な返事に、雷はやれやれと肩をすくめる。

 このやり取り自体、今まで何度も繰り返されてきたことなので、雷自身もいい加減諦めようかと最近思い始めているのだが、悲しいかな、だらける姉を黙って見過ごせるほど、雷の世話好きは温いものではなかった。

 

「もういいから、早く食堂行くわよ。電も暁姉も待ってるんだから」

 

「別に、先に食べてくれててもよかったのに……」

 

「だーかーら、悪いと思うなら早く起きてよね。ほら早く早く!」

 

 姉妹を待たせているという言葉が効いたのか、表情を曇らせる響に雷が明るく言い放つと、そのまま手を引いて食堂へと向かった。

 

 

 

 

 

 鎮守府にはかなりの数の艦娘が所属しており、それぞれ艦種ごとに寮が用意されている。が、その一方で食堂は鎮守府に一つしかなく、ご飯時ともなると大勢の艦娘でごった返す。

 そうなると自然に空いている席も限られてくるので、普段あまり顔を合わさない艦娘と隣同士になったりすることも多く、この機会に話をして仲良くなるパターンも珍しくない。

 

「それにしても、鳳翔(ほうしょう)さんが食堂でご飯食べてるところなんて初めて見たね」

 

 朝食の焼鮭をつまみながら、響が机の向かい側に座る軽空母の鳳翔を意外そうな眼差しで見る。

 薄い赤を基調とした弓道着に身を包み、紺の袴を履いた彼女は、実戦にはほとんど出ず、この食堂で 給糧艦の間宮と共に艦娘達のご飯を作ったり、あるいは寮の掃除や洗濯など、後方支援を主に担当している。

 そういう理由もあって、響は鳳翔が食堂の奥で料理をしているところなら何度も見たが、一緒になって食べているところを見たのは初めてだった。

 

「そうね、私はみんなが食べ終わった後に、余り物を食べていることが多いから。でも、私もたまにはこうして、普段あまり一緒にいられない子達とお話したいから、間宮さんと代わる代わるお休みして、出来るだけみんなと同じ時間にご飯を食べるようにしているのよ」

 

 柔らかい微笑みを浮かべながら話す鳳翔に、響を始め暁や雷も「へー」と言葉を漏らす。ただ一人、電を除いては。

 

「けど、それだと鳳翔さんは普段、一人でご飯を食べているのですか? それだと寂しいのです……」

 

 電の視線の先では、睦月型駆逐艦の皐月(さつき)が、同型艦の卯月(うづき)をぎゃいぎゃいと何やら叫びながら追いかけまわしていた。どうやら、卯月が皐月のおかずを一品くすねたことで怒らせてしまったらしく、しばらくの間お互いに叫び合いながら右へ左へと駆け回った挙句、ついには2人仲良く戦艦長門(ながと)に鉄拳制裁されていた(ちなみに、卯月は皐月のおかずをつまみ食いしたことと騒いだこと、合わせて2発ぶたれた)。

 人によっては騒がしくて敵わないと言いたくもなる光景ではあるが、電にとっては、この騒々しさがみんなが無事に元気でいる証拠のように思えて、こんな空間の中で一緒にご飯を食べられるこの時間が好きだった。

 そんな電の思いに気付いたのだろう、鳳翔は一層優しげな笑みを浮かべると、隣に座る電の頭をそっと撫でた。

 

「大丈夫よ。もちろん、こうして直接お話しをするのも大事だけど、食堂の奥でみんなの声を聴いて、みんなのことを思いながらご飯を作るのも私にとっては大切な時間だから。それに普段も、私一人でご飯を食べているわけじゃないのよ? 間宮さんもいるし、一航戦と二航戦のみんなも来てくれるから」

 

赤城(あかぎ)さん達なのです?」

 

 今度は、電も含め全員が一斉に食堂のとある一角を見た。

 この食堂にいる誰よりも大量のご飯を一心不乱にかき込むように食べる赤城と、その食べ方を窘めつつ、自らもそれとほぼ同量のご飯を手に持った加賀、そんな2人を諦めたような眼差しで見つめる蒼龍(そうりゅう)飛龍(ひりゅう)

 あの一角はほぼあの4人の特等席となっており、しかもあのご飯の量だ。かなり目立つし、少なくとも暁達の記憶では、海域攻略で鎮守府にいない時を除けば、あの4人がこの食堂にいなかったことはない。

 

「二航戦の子達はお話をしに来るだけだけど、一航戦の子達は本当によく食べるから、私としてもすごく作り甲斐があるわ」

 

 暁達の言いたいことが分かったのだろう、本当に嬉しそうに、鳳翔は語る。

 その代わり、暁達の表情はかなり引きつっていたが。

 

「それじゃあ、赤城さん達ほどとはいかないけど、私達もいっぱい食べて、今日一日頑張りましょう!」

 

「私達は非番だけどね」

 

 響の余計なツッコミに「細かいことはいいのよ!」と返しつつ、雷は残るご飯を一気に口の中に流し込む。

 それに合わせて響達も各々のペースで再び箸を動かし始めるが、電だけは、最後まで浮かない表情を浮かべていた。

 

 

 

 

 

 

「さぁ、お料理の時間なのです!」

 

「いや、意味が分からないんだけど」

 

 朝食を終え、誰もいなくなった食堂のキッチン。そこには電を筆頭に、第六駆逐隊の4人がエプロンを着けて集結していた。

 ただ、大した説明もなく連れてこられた3人は、一人拳を振り上げ気合十分と言った様子の電のテンションに全く付いていけずにいたが。

 

「つまり電は、鳳翔さんが少しでも楽になるように、私達でお昼ご飯を作ろうと、そう言いたいのかい?」

 

「なのです!」

 

 全く状況が呑み込めない雷に代わり、響が補足する。

 ただ、それでもまだ言葉が全く足りていないのだが。

 

「それは別にいいんだけど、肝心のメニューはどうするのよ? それに合わせて食材の使用許可も取らないといけないし」

 

「メニューは無難にカレーにしようと思うのです。ちゃんと必要な量の食材の使用許可も既に取り付けてあるので、何も心配いらないのです」

 

 暁の疑問に、電は抜かりはないのですとでも言いたげに胸を張る。

 そこまで準備が進んでいるのであれば、暁達としても特に反対する理由はない。「せっかくだから、みんなそれぞれでカレーを作って食べ比べしてみましょ!」という雷の提案を受け、各々自由に料理を進めていった。

 

 

 

 

 

「……それで」

 

 料理を終えた雷は、4つの皿が並べられたテーブルの前で、顔を引き攣らせて立ち尽くしていた。

 というのも、目の前にある料理。3つは誰が見てもわかるお馴染みのカレーが並んでいるのだが、残り一つ、明らかに全く別のものが混ざっているのだ。

 

「響姉……これ、何?」

 

 その料理を作った姉に、一応尋ねてみる。すると、当人はいつものように涼しい顔のまま、さらりと答えた。

 

「ボルシチだよ」

 

「それは見れば分かるわよ」

 

 それが何か? とでも言いたげに首を傾げる響に、雷は「そうじゃなくて!」と声を大にして詰め寄った。

 

「なんでボルシチなのよ、カレーって言わなかった!?」

 

「よく考えてみたら、私、カレーの作り方知らなかったんだよね」

 

 てへっ、とわざとらしく舌を出す響に、雷は今日何度目とも分からぬ頭痛が襲いくるのを感じていた。

 

「まぁまぁ雷、そうカッカしないで、食べてみなよ。私のは美味いよ」

 

「いや、それは知ってるけど……はぁ、あとでちゃんと追加で使った食材のリスト纏めて大和さんに提出しなさいよ」

 

「分かってるって」

 

 本当に分かってるのかと言いたくなるほど気楽に言ってのける響に、雷はしばし疑わしそうな視線を送るが、もうこれ以上は何を言っても仕方ないと、視線を次なる料理へ向ける。

 

「それにしても、電はたまに料理してたからともかく、暁姉が料理出来たなんて意外ね」

 

「ちょっと雷、それどういう意味よ!」

 

 感心したわ、と微笑ましそうに言い放つ雷に、暁は聞き捨てならないとばかりに詰め寄った。

 

「これくらい、一人前のレディーなら出来て当然よ! 絶対に雷より上手に出来たんだから!」

 

 そうして紡がれた言葉に、今度は雷が目に剣呑な光を宿して暁の方を向いた。

 

「へー? いつも暇を見つけては料理してる私より上とは、大きく出たわね、暁姉」

 

 暁と雷の視線が交錯し、バチバチと火花を散らす。

 暁が意地を張るのはいつものことなので、こういう時は雷の方が適当にはぐらかすのが定番の流れなのだが、雷も料理に関しては譲るつもりはないらしい。

 そんな2人に、どうしたものかと電は困り顔を浮かべるが、ふと思い出した、という感じに紡がれた響の言葉に、周囲を漂っていた一触即発の空気は一瞬にして霧散した。

 

「そういえば、司令官も言ってたね。雷のお手製弁当、すごく美味しいものを毎朝ありがとうって」

 

 しばらく、無言の時間が流れる。

 そして数秒後、一瞬にして顔を真っ赤に沸騰させた雷は、島風もかくやという勢いで振り向くと、響の両肩に掴みかかった。

 

「ひひひひひ響姉!? ななな、なっ、何を言ってるの!?」

 

 視線が全く定まっていない。呂律もうまく回っておらず、完全に動揺している。

 そんな雷を微笑ましく思いながら、響はあえてとぼけた口調で止めを刺す。

 

「あれ、雷じゃないのかい? いつも誰より早く起きて食堂に向かってるし、大和さんより早く司令官の執務室に向かってるから、てっきり雷なのかと」

 

「そうじゃなくてっ、なんでいつも誰より遅起きな響がそんなこと知ってるのよ!? 私そのこと誰にも話してないんだけど!?」

 

「誰よりとは心外だね。加古(かこ)さんよりは早起きだよ」

 

「今はそんなことどうでもいいでしょう!!?」

 

 完全に響のペースで弄られる雷。

 いつもなら、ここいらで電あたりが止めに入るのだが、電も暁も、「え、そうなの?」「知らなかったのです」と、雷の知られざる日課へ興味津々と言った様子で、雷を援護する者はこの場には一人もいなかった。

 

「だだだって、私が料理してるのはそりゃ大和さんとかは許可取ってるんだから知ってるけど、でっ、でもっ、朝早くに料理してるなんて知るわけないし、鳳翔さんに料理教わった時も、何のためにだなんて話は一度も……」

 

「雷のことならなんでもお見通しさ。あっ、ちなみに、司令官にお弁当が雷の手作りだって教えたのも私だから」

 

「響姉ええええええ!!!」

 

 ぐっ、と親指を立ててウインクなどしてみせる響に、雷はどこからともなく取り出した錨を振り下ろす。

 それをひらりと躱した響は、それからしばしの間、涙目で追い掛け回す雷との、命懸けの鬼ごっこに興じていた。

 

 

 

 

 

「さて、冷めてしまったカレーとボルシチも温めなおしたので、そろそろ試食会を始めるとするのです」

 

 いいですか? と、電は雷と響に視線を投げかける。

 雷は、未だ赤く染まった顔を俯かせたまま小さく頷くが、響からの反応はない。

 もっとも、それは逃げ回る響に対して雷がブン投げた錨がクリティカルヒットしたから、つまりは自業自得で後頭部にたんこぶを作って机に突っ伏しているのが原因なので、電も特に気にしない。

 

「それでは、雷お姉ちゃんのカレーから食べてみるとするのです」

 

 いただきます、なのです。と、電と暁が手を合わせると、雷はもう開き直ったのか、「司令官も認める私の料理、よーく味わって食べるのよ!」と笑顔で応えた。

 未だ気絶中の響はそのままに、電と暁はスプーンでカレーを一口。

 

「うん、美味しいわ!」

 

「美味しいのです!」

 

 満面の笑みを浮かべ、次々と雷のカレーを食べ進める2人に、雷も満足気にうんうんと頷く。

 

「当然よ、何せ、毎朝料理してるんだからね!」

 

 開き直ったというより、ヤケクソになったと言った方が正しい様子の雷に、電と暁は苦笑を浮かべつつ、今度は電のカレーと、そして響のボルシチにも手を付けていく。

 

「へー、電のカレーも美味しいじゃない」

 

「ありがとう、なのです。でも、響お姉ちゃんのボルシチも美味しいのです。今度教えてもらうのです」

 

「うん、いいよ。雷も教えようか?」

 

「そうね、お願いしようかしら。……ていうか響姉、いつの間に起きたのよ……」

 

 気付けば目を覚ましていた響も交え、和気藹々と試食が進んでいく。

 そしてついに、残るは暁のカレーのみとなった。

 

「さぁ、遠慮はいらないわよ、じゃんじゃん食べなさい!」

 

 そう暁が勧めるが、3人とも、なかなか手を付けようとしない。

 というのも、先ほど、電のカレーを食べていた時、暁は気になる言葉を口にしていたのだ。

 

『うーん、さっきの雷のより良いけど、まだ少し辛いわねー』

 

 ちなみに、雷が作ったのは中辛。電が作ったのは、子供用の甘口だ。辛い物が苦手な駆逐艦娘のための物なので、間違っても辛いわけがない。

 それすらも辛いと評する暁が、太鼓判を押すカレー。一体どんな味なのか……と警戒し、3人は誰も手が出せずにいた。

 

「なんで食べないのよ。私が全部食べちゃうわよ?」

 

 パクパクと、美味しそうに食べ続ける暁。

 その姿を見て、意を決したのだろう。少なくとも、死ぬことはない。そう判断した3人は、しかしそれでも視線を合わせ、「死ぬときは一緒だ」と、そう心を同じくすると。

 

「なのです!」

 

「あむっ!」

 

「…………」

 

 同時に、それを口にした。

 すると、

 

「「「~~~~~っ!?」」」

 

 3人揃って、机に突っ伏した。

 

「えっ、ちょっとみんな、どうしたのよ!?」

 

 突然の事態に、暁は慌てて3人に駆け寄る。

 そうして助け起こされた響は、一言。

 

「あ……甘すぎ……る……」

 

 そう言って、再び気を失った。

 

「えっ、ちょ、響? ねぇ、ちょっと、どういうことよー!!」

 

 響の体を揺すりながら、暁は叫ぶ。

 こうして暁カレーは、第六駆逐隊の中で一つのタブーとされ、食堂のお昼ご飯には、電と雷のカレーが出されることとなった。

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