魔法少女育成計画DonutHole   作:皇緋那

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プロローグ

 ──その日、彼女は人を殺した。

 殺されそうになったし、目の前で死んだ友達がいた。だからって、無我夢中で飛び出して、己の魔法を殺すためだけに使って、さっきまで生きていた相手を死骸に変えた。無惨にもはらわたを飛び散らせた遺体にした。紛れもなく、自分が。

 

 犬の着ぐるみグローブの爪が、エルフの脇腹を少しだけ傷つける。ほんのわずかな裂傷。そこから一気に穴が広がり、破裂するかのように上半身が消滅する。

 飛び散った肉片から少し遅れて、崩れ落ちる残った下半身の傍らに、生前身につけられていた薔薇がひらりと落ちる。血の赤を浴びた青い薔薇だった。

 

 彼女──「たま」は我に返る。そして、目の前に広がる鮮血だらけの景色と、その中央に転がる下半身だけの肉塊が自分の作ったものだと自覚し、胃液を吐き出した。落ち着くまで何度も嘔吐を繰り返し、疲れきった体は倒れそうで、なんとか立ち上がる。よろめきながら、その近くに倒れているはずの友達のもとへと急ぐ。

 

「スイムちゃん!」

 

 倒れているのは、まだ十歳にも満たない幼い女の子。あまりにも幼かった。魔法少女姿の彼女とは全然違った。けど、たまは何度も彼女の名前を呼び、抱き起こす。

 それでも反応がなくて、揺さぶって、はじめて気がついたことがあった。

 

「スイムちゃん! スイムちゃん……あれ?」

 

 体温がない。頭は力なく垂れ、目を覚ます様子がない。慌てて胸元に耳を当てる。心臓は動いていなかった。

 

「い、嫌だよ、スイムちゃん、ねぇ、ねぇ……」

 

 泣いても彼女は目を覚まさない。だって、その時、彼女はとっくに命を落としていたんだから。

 

 

 ──意識を現実に引き戻す。

 今のは夢だ。このところ何度も何度も同じ夢を見ている。脳に焼き付いて離れない記憶だった。

 目蓋をこすり、目を開く。カーテンの隙間から見える外の風景は暗い。まだ夜なのに目が覚めてしまったらしい。

 部屋の扉を開き、母が置いてくれただろう冷めた少量の夕飯を取ってきて、また扉を閉めるとひとり机に向かった。

 

「いただきます」

 

 喉を通らない食事を、水で無理やり流し込む。苦しいけれど、そうしなきゃ生きられない。後でまた吐くかもしれなくても、胃に食べ物を入れなくちゃ。

 

 薔薇の魔法少女「森の音楽家クラムベリー」が引き起こした殺し合いは、たまが彼女を殺したのを最後に幕を閉じた。

 十六人もいたはずの魔法少女は、もう三人しか残っていない。クラムベリーとつるんでいたあのマスコットは、マスターだなんだと絡んできたけれど、言うことがわからなかったので端末を壊した。何度も傷をつけようとすれば、あとは魔法で粉微塵だった。

 

 あれからもう何日も経った。正確な日付はわからない。

 魔法少女たま──否、ただの少女「犬吠埼珠(いぬぼうざきたま)」は、学校へ行くこともできず、毎日部屋に引きこもってばかりだったからだ。時間の感覚が麻痺し始めている。元々の珠に居場所なんてなかった。だから、引きこもっていても、なにも変わらなかった。相変わらず家族はみんな珠をいないものとして扱っていて、学校にだってもう居場所はない。

 唯一友達だったかもしれないクラスメイトとも、魔法少女の力で人を殺した今、顔を合わせるだけで吐いてしまいそうだった。

 

 そんな日々がこの日で終わりを告げるなんて、珠は思ってもみなかった。けれど、きっかけは、突然に訪れる。

 誰かが窓を叩く音がして、珠は窓辺に駆け寄った。締め切っていたカーテンと窓を開くと、夜闇を背に立つ意外な相手に驚いた。黒い髪、切れ長の目、露出の多い衣装、一際目立つ赤いマフラー。忍者をモチーフとした彼女は、確か、リップルといったか。一度も話したことはなく、怖いという印象しかない。

 

「あなたがたま……?」

「ぁ、え、えと……」

 

 彼女が冷ややかな声で投げかけた問いに対し、咄嗟に答えられず口ごもった。うまく声が出ないのに加えて、疑問が挟まったのだ。今の珠は魔法少女たまだと言えるのだろうか。

 

「もう調べはついてる……逃げたりはしない方がいいと思う……」

 

 そう呟くリップルの手に、クナイが握られているのが珠の目に入った。金属製の切っ先は月光を浴びて冷淡に輝き、珠の背筋を凍らせる。

 

「わ、私のこと、こ、殺しに、来たの」

「……そうじゃない。あなたはスイムスイムじゃないから。殺しても復讐にすらならない。だから意味が無い……」

 

 リップルは自分に言い聞かせるように答えた。

 スイムスイム。目の前で死んだ友達の名前。彼女が何人もの魔法少女を殺戮したことも知っている。その中に、リップルの友達がいたことも。そう。リップルにも仲のいい魔法少女がいた。名前は確か、トップスピード。彼女はリップルにとって友達かそれ以上の存在だったんだろう。スイムスイムとたまがそうだったように。

 

 でも、仮に復讐でなかったら、一体なぜ珠のもとを訪れたのだろうか。

 

「魔法の国から特使が来た……私達に謝りたいって。そんなことしても、死んだ奴は帰ってこないのに……」

 

 彼女はそう吐き捨てつつ背を向けて、軽く跳躍すると、隣の家屋の屋根に立つ。そこから向けられる冷えきった瞳は、ついてこいと言われているようで、珠は慌てて部屋の外に出ようとした。

 

 変身は……したくない。もう、魔法少女になりたくはない。また、この爪が人を殺してしまうかもしれないから。

 けれど、ドアノブに手をかけようとした瞬間に足がもつれ、珠はあっけなく転んでしまう。ずっと引きこもっていた脚は弱っていて、いきなり動かせるはずもなかったのだ。床に打ちつけた鼻や手のひらは痛んで、こぼれた鼻血がカーペットを汚す。ああ片付けなきゃ、そう焦るとともに、もはやついていかなくていいんじゃないかと思った。

 鼻血も出たし。たまは魔法少女を続けたくないし。まともに歩けやしないし。言い訳はいくらでも出てきた。

 

「……け、けど」

 

 魔法少女たまであることを手放す、とは不思議と考えられなかった。ルーラのためか。ミナエルユナエルのためか。それともスイムスイムのためか。あるいはクラムベリー。いや、どれも違う。ただ、犬吠埼珠の奥底に、執着があった。

 鼻血まみれの手でパジャマが汚れても気にせず、胸元をぎゅっと掴み、珠は変身した。してしまった。へたりこんでいた少女は犬耳の可愛らしい姿へと変わり、脚にも力が入る。ドアノブに手をかけるのをやめ、自室の窓を開け放ち、外に飛び出した。

 

 久しぶりの外の空気を味わう間はない。リップルの姿はもうない。隣家の壁に爪をひっかけ駆け登り、屋根を伝っていく。犬の魔法少女であるたまにとっては、四足歩行の方が早かった。そうして駆けていった先で、リップルは待ってくれていて、彼女の案内は続く。そしてその先、夜の山奥──たまにとっては忌々しいあの山に、二人の少女が待っている。複雑な表情の白い魔法少女スノーホワイトと、もうひとりは見たことの無い魔法少女だった。

 

「みなさん集まりましたね」

 

 リップルがスノーホワイトの隣に立ち、たまはそんなリップルから距離をとって立った。もう少し寄っていただけますかと魔法少女に言われ、初めてリップルの半径2メートル以内に入った。

 

「お集まりいただきありがとうございます。私、魔法の国の人事部門所属の者です。森の音楽家クラムベリー及び電子妖精の暴走の件……我々人事部門として、大変申し訳なく、魔法の国全体の問題として、私が代表として謝罪させて」

「そういうの、いらない」

 

 聞こえるように冷たい舌打ちと共に吐き捨てられた言葉。おかげで目の前の魔法少女も沈黙してしまい、風の音だけがする時間が流れた。

 

「謝られたって、誰も帰ってこない……」

 

 続くリップルのつぶやきで、スノーホワイトは俯いた。たまはもっと俯いた。リップルの言う通りではある。クラムベリーの所業を、形式だけの謝罪で片付けられたくはない。

 

「……そうですね。はい。前置きは不要でした。では、本題を」

「本題?」

「はい。皆さんに問います。魔法少女を続けますか?」

「……!」

「一連の事件の記憶を消し、日常生活に戻っていただくこともできます。魔法少女で居続けるのであれば、それなりの待遇をご用意いたしますが……ただ、魔法少女の世界も、クラムベリー事件のような血腥い厄介事は少なからず起きること。クラムベリー最後の生き残りとなれば尚更巻き込まれるかもしれません。それでも、続けられますか」

 

 目の前の魔法少女は心配してくれているというより、脅しに来ている。手放した方がいい、と。

 

「続けます」

「っ……! 私も、スノーホワイトと同じです……」

 

 だが最初に迷いなく答えたのは、意外にもスノーホワイトの方だった。リップルは一瞬目を見開き、それから一息遅れて魔法少女でいることを選んだ。残るはたまだった。こちらに視線が向いて、自分の足りない頭を回した。辞めた方が幸せなのは、わかっている。いや、本当に、やめた方が幸せ、なのかな。やめたって……なにも良くなんて、ならない。

 

「わ、私、も、魔法少女で、いたいです」

 

 人に穴を掘るなんて、二度と体感したくない感触だった。二度と知りたくないし思い出したくもない死だっていくつも見せられた。忘れられたらどんなに幸せか。でも。だとしても。忘れたくないものだって、ある。

 たまはふと、自分のしている首輪に触れた。金具が小さな金属音をたてる。ルーラの錫杖の音をどこか思い出した。

 

「……わかりました。スノーホワイトさん。リップルさん。たまさん。御三方とも、魔法少女を続けられるのですね。

 でしたらこちらでも手続きがありますので。また後日、連絡させていただきます」

 

 ため息混じりに了承をしたかと思うと、用を終えた特使は帰っていった。その場に残されたたま達は、ふいに互いの顔を見合った。スノーホワイトにもリップルにも、どこか覚悟というか、炎のようなものがあって。思わず怯えて縮こまって、少なくともリップルにはもう会いたくないと思った。

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