◇ディティック・ベル
「どうするっすか、ベルっち」
ラズリーヌの声がする。今は何も聞きたくない。荒野の広場を出てすぐ、廃ビルの影に寄りかかり、ディティック・ベルは思考を放棄しようとしていた。顔を隠すために当てた手にかかる自分の吐息は熱い。
「メルっち行っちゃったっすよ。ミラクルコイン持ち逃げしてたっす」
ねむりんスロットで出たはずのレアアイテム……そうだ。レアドロップ確率の上がるミラクルコインは、トドメを刺す役割の多いメルヴィルの手に預けられていた。それが今、彼女はパーティを離脱し、ディティック・ベルたちの手元から失われた。
「追いかけなくていいんすか」
「……無駄でしょ。あの子、たまが来た時にいなくなったのって、そういうことだったんじゃないの」
カプ・チーノが耐えきれなくなって、呟き始める。人を信じたいラズリーヌにとっては、聞きたくない言葉だ。
「それに……私は信用してなかったんだから。アイツを見ると……胸がざわつくっていうか」
「メルっちとカプっちは知り合いなんすか?」
「違うけど、なんか引っかかるの」
カプ・チーノが胸元に手を当てる。自分自身でも理解できない感覚というもので、どうしようもない、と本人は言う。それで疑いを強めるのはどうかと思うが、あの形で訣別した相手を信用するのもおかしな話だ。2人の間に座り込んだまま、ディティック・ベルは頭を抱える。こっちだって、どうしようと思っている。これが死のゲームだなんて言われて、そもそも抜け出したいというのに。いっそ死体が見つかっていたり、手がかりのある相手だったなら、推理の立てようも捜査のしがいもあったというのに。
メルヴィルは強者だった。徒手空拳で飛び込み、格闘するスタイルの前衛が2人いる上で、的確にトドメを刺すスナイパーは重宝した。彼女の魔法なのか、景色に溶け込んで姿を消すことも可能とし、非戦闘員であるディティック・ベルがリーダーを気取っていてもどうにかさせていた側面さえある。エリアボスの時は、全てが偶然うまく噛み合っただけだ。
彼女を疑っていたカプ・チーノはわかる。ラズリーヌはなぜ、あちらについていかず、引き止めることも諦めたのだろう。
「ベルっち……」
「……ごめんなさい。少し考えさせて」
探偵として、魔法少女として、この先にすべき事はなんだろうか。問いかけても、問いかけられる相手はいない。
◇リオネッタ
気を取り直し、リオネッタのチームはサイバーエリアの探索を再開する。落ち込むペチカと那子を無理やり引っ張る形でサイバーエリアまで連れて行って、不明瞭な返事ばかりの2人にショップで勝手に買った盾+3を押し付けた。しかし、それでも動こうとしない。
「なんでむしろやる気がありマスカ!? 理解できまセン!」
「先を越されれば報酬が減る。当然の理屈でしょう」
「金のために死んでもいいって言うんデスカ!」
「元より魔法少女など死と隣り合わせでしょう。誰かがクリアしてくれるまで、黙って隠れていたいと言うつもりですか」
「それは……」
「それに。なんとなく、予想がついていたでしょう」
リオネッタの突きつける言葉に、ペチカも傍らでびくんと肩を震わせていた。ああそうだ。誰しも始めから、心のどこかでファルを疑っていたはずだ。これほどリアルで命が懸かっていないわけがないと、そう気付いていた。だからこそ、やることは変わらない。
「クランテイルさんが消息を絶ったことに驚くのはわかりますわ。だからといって、動かない理由にはなりません」
「っ……わかったデス。アンタに乗ってやるデース」
那子の事情など知らないし、知るつもりもない。こちらだって開示しないのだから。それでも、黙って隠れているような魔法少女ではないと見たのは正しかったらしい。思わず、ふ、と笑みがこぼれ、彼女と並び立つ。だが残る1人。彼女の存在は、リオネッタの中でも、どうしても例外であって。
「……ペチカさん。貴女はいいのですよ。貴女は傷つくべきじゃない。どこか安全な場所に」
「い、いえ、ついていきます。いかせてください」
必死に吐き気を堪えるような顔色だ。彼女がついてくるというのなら、リオネッタと来てくれるのなら、拒む理由はない。安全な場所とは言ったが、リオネッタの側にいさせることが、リオネッタの目からして最も安全に等しい。
「では、武器も追加で3つ購入ですわね」
飛行する相手には気休め程度だろうが、あるとないとでは覚悟が違う。リオネッタ自身の武器もアップグレードしておきたかった。
「モンスター図鑑チェックしておきまショウ! 弱点属性とかあるかもデス」
モンスターには人一倍気を配っているためか、那子は率先して図鑑を確認。あのロボット『地獄の道化』たちの属性は通常だった。つまり弱点なしだ。つまりとにかく叩くしかない。そしてもう一方、『乙女竜ラ・ピュセル・ドラゴン』に関しては、データのほとんどが詳細不明のままで、遭遇しただけでは詳しくはわからなかった。
「さあ! 対策のしようがないなら気合いデス! どっからでもかかってこいデース!」
そうして気合いを改め、挑んだ2回目のトライ。サイバーエリアの景色が全くと言っていいほど変わらないのを、いつどこから地獄の道化が出てくるか警戒しながら歩く。リオネッタが先行し、お祓い棒と絵馬の盾、フライ返しと鍋の蓋を構えた2人が続く。それでどうなったかというと、何度目かの遭遇で群れにぶち当たり、ガトリングとミサイルの雨を浴びる羽目になった。盾+3はガトリングに耐える優秀さだったが、ミサイルの爆発には押される。相手が突撃してくることによる反撃のチャンスをひたすら待つばかりになってはしまうが、逃げて追ってくる輩が増えるよりはいいか。
「……にしたって多すぎデース! 今ので何匹目デスカ!?」
飛来した地獄の道化をお祓い棒で思いっきり殴り、すぐさま絵馬の陰に隠れる那子。本人は確認できていないが、これで10は超えた。探索どころではない。やはり離脱しかないのか。
「あっ! あれは……!」
そうして追い詰められた時、上空から飛来する大きな影。それは剣の尾を叩きつけ、開幕の一撃でロボットの群れを蹴散らし、地面にクレーターを作る。前回にも出会った巨竜、ラ・ピュセル・ドラゴンだ。彼──彼女? は散開して残っていた個体のミサイル攻撃をものともせず、こちらを見つめている。黒い鱗の鎧が盾となり、リオネッタたちに攻撃は来なかった。魔法少女を助けた……? 味方モンスターが存在する、ということなのか?
敵対しないNPCという見方ではバーチャルねむりんという先例が存在する。だとしても、戦闘に介入するし、見た目がドラゴンだ。
「ほら、お待ちかねのドラゴンですわよ」
「エッ! ワタシの魔法、調伏しないといけないんデスガ、これにどうやって勝つんデスカー!」
那子の背中を強めに押した。彼女の魔法は生き物を従わせるもの。もしこのドラゴンを従えられれば、それは非常に大きな戦力になる。何せ魔法少女3人でずっと苦戦していた地獄の道化の群れを一撃で粉砕するのだ。ついに彼女の魔法が役に立つ時が来たかと思い、リオネッタはひそかに微笑みかけて、すぐに消えた。ゆっくり歩み寄ってくるドラゴンに向かって那子が呼びかけても、無視されたのだ。
「おーい! ラ・ピュセル・ドラゴン=サン! 一緒に……あぁちょっと、どこ行くんデスカ!? ドラゴン=サン!?」
那子を無視したドラゴンがどこへ行くのかと思えば、意外にも離れて見守っていたリオネッタとペチカの所で立ち止まった。このまま去っていくかと思っていたが、今ので逆鱗に触れて襲ってくるか。ペチカを庇うように身構えて、目の前の竜はしかし攻撃態勢にはならなかった。むしろ、ペチカだけを見て、その目の前に傅いた。警戒を強めていただけにその不可解な行動に驚かされる。やはり味方、なのだろうか。
「ペチカさん? ワタシの魔法パクりまシタカ!?」
「えっ? そ、そんなことできないですっ」
「冗談デス! それはそれとして、この子、味方でいいんデスカ?」
「……クランテイルが行方不明のままである以上、先程のような群れが出て来れば現状のパーティ戦力では厳しいでしょう。仕方ありませんが、信用するしか」
もしこのドラゴンが従ってくれるなら心強い。言葉の通じない相手だ、本来なら頼るべきではない。だが本当に、ペチカに傅いているのなら。可能性はある。
「ペチカさん。試しに、彼……彼女でしょうか。話しかけてみてくださいな」
「えっ? あ……うん、やってみます」
警戒は続けたままペチカを行かせた。彼女は頭を下げているドラゴンのことを、恐る恐る撫でながら、まずは感謝を伝えている。ドラゴンからの反応はない……いや、なんとなく顔が赤いような。ドラゴンも上気するのか。羨ましい、いや、じゃなくて、攻撃してくる気配は依然としてない。いきなり動いたかと思うと、尾を高く掲げ、高らかにひとつ吼えた後、再びペチカの目の前に控えた。それを聞いた那子が「オー……」と歓声を漏らす。
「あんなに小っ恥ずかしいことよく言えマース」
「貴女の魔法、動物の言葉もわかるのですか?」
「なんとなくデスガ……今のは『僕が君のナイトだ』的なやつデスネ。間違いないデス」
「確かにそれは……」
よく考えたら、インターバル期間にペチカと出会った際、リオネッタも似たようなことを言ったかもしれない。今になって恥ずかしくなったが、つまり味方宣言をしたということのようだ。
「じゃ、じゃあ、一緒に……来てくれる?」
ドラゴンは頷く。一時3人パーティにならざるを得なかったペチカチームが、今度は3人と1体となった。
「なんかお腹すきマシタネ。ペチカさん、その水筒は……?」
「あっ、これ、ランダムで出て……その、中身は非常食というか、なんだけど」
ペチカがいつからか腰に提げていた水筒に気がついた那子。既にその中身を食べる気満々だ。確かに、開くと中から、上品なルゥと、肉の旨みの香りが漂ってくる。ビーフシチューだろうか?
「オー! 頂いてしまっても?」
「あっ、え、う、うん……」
「ペチカさんもご一緒に!」
「いや、私はその、食欲無いから……ごめんなさい」
ペチカは水筒を手放す。ビーフシチューを直飲みとはまたなかなかやらない食べ方だが、味はペチカの料理で保証されている。あまりに美味しそうな香り、そして那子の口元に残る濃茶の反射する光に、リオネッタの唾腺も無意識に期待を溢れさせていた。