◇キーク
「あのさ、ランキングポイントの奪い合いとかプレイヤーに教えなかったでしょ」
モニターを眺め、高い椅子で宙ぶらりんの脚を揺らしながら、ファルに向かって吐き捨てる。ファルは答えない。
地獄の道化は本来の予定ではラストダンジョンに配置していた強敵だ。この時点で出現させるために作ってはない。ステータスそのものは調整したが、なんなら飛行性能だけは強化してある。ラ・ピュセル・ドラゴンも同様だ。あちらはユニークモンスターに変えるにあたり、ボスとしてデザインしてあったグレートドラゴンと統合したり、強力になるようにかなり魔改造したが、根っこは『魔王の騎士』というエネミーである。つまるところ、脱落者を出すつもりのデザインだった。
ランキングイベントはそういう仕組みだった。実質的に参加者間での奪い合いになるシステムを導入することで、そろそろ本格的に割れてもらおうと思ったのだ。それが、薄味の決着になった。ラ・ピュセル・ドラゴンも犠牲なくギリギリで討伐されていた。
「マスターはなにがしたいぽん」
「言ってるじゃん。選抜、というか聖別だよ。音楽家殺しが正しい魔法少女なのか、見極めるための」
ともあれ、本番はここからだ。次の迷宮エリアにはプレイヤーを苦しめる仕掛けがいくつも用意してある。想定ではここで2回ログアウトぶんは足踏みをしてもらう。その間に、ランダムイベントなりでスパイスを撒いて、不和を育てていく。結実が楽しみだ。果たしてそうなった時、音楽家殺しはどちらに振れるのだろう。
キークは回転椅子をぐるぐると回し、ファルはゲーム内へ戻るべく管理者端末の灯りを落とした。
「ああ、そうそう。今度スノーホワイトと会うんだった。楽しみだなあ、準備しておかなくちゃ」
◇マジカルデイジー
「なんかうちら先越されてばっかりじゃないっすか?」
4番目のエリア、迷宮エリアは読んで字のごとく迷宮であった。無骨な壁が立ちはだかり、単純に迷路と化している。屋根も低く、全体が狭くて重苦しい。閉所恐怖症だったら発狂していたかもしれない。幸いパーティメンバーにはそんな重症者はいない。マジカルデイジーたちはただ歩く。その最中で、ジェノサイ子がふと呟いたのだ。
「荒野のミッションも、お姫様のエリアボスも取られたし、ランキングイベントは2位だったじゃんか。そろそろエリア獲りたいよね」
言っていることはわからないでもない。事実だ。慎重に進む案を採用し続けた結果、デイジーたちは完全に出遅れている。いつもそうだ。この迷宮エリアに入った時だって、先に探索していたプフレに出会い、「どうやら次のエリアを回るには迷路を解かなくてはいけないらしい」と教えられたわけだし。
「かといって、どうするアルか?」
「うーん、右手法左手法は……使える? あの、どっちかの側の壁に手を当てて辿っていけばゴールに行けるってやつ」
「そう単純な迷路なのかな」
街から少し離れて進むと、何やら分岐の真ん中に大きな石版があり、道を綺麗に塞いでいる場所に来た。壁と同様に分厚く、石版だとわかるのは色と材質が違って見えるからだ。実際はどちらも同じくらい硬かった。試しに地形を変えられないかやってみたが、殴る蹴るでは魔法少女の膂力でもびくともしない。
それから落ち着いて、表面を調べてみる。すると、石版にはお姫様エリアのような暗号ではなく、しっかり日本語でメッセージが書かれていることに気がついた。殴ったり蹴ったりしている時は、暴力に夢中で気づかなかったようだ。
「『先へ進むためには3つの石片と4つの輝きを束ね、誓いの祝詞を唱えよ』……だって。キーアイテム8つってこと? 大変だなあ」
「8は多いアルね」
ただでさえ帰り道を見失いそうな迷宮だというのに、この殺風景の中を3つの石片と4つの輝きと誓いの祝詞を求めて彷徨うのは……正直言って見返りが釣り合っているか微妙なところだ。これまで楽しそうにミッションをやろうと言っていたジェノサイ子でさえも面倒くさそうにしている。デイジーはため息混じりに方法を考えた。……ズルい方法なら、ある。
「ただここが塞がれてるだけなら……」
2人を壁から離れさせた。周囲の安全を確認。そして、気持ちを切り替え、くるんと回って決めポーズ。
「デイジー、ビィーッム!」
指先から必殺のビームが迸る。閃光は石版に激しい明滅を浴びせ、分解。あれほど分厚かったはずの石版は、そのメッセージごとさらさらと消え去っていった。これがデイジーの魔法、デイジービームである。ジェノサイ子は目を輝かせ、@娘々はおおーと歓声を漏らした。心の中にあった顕示欲が満たされるのを感じる。魔法少女マジカルデイジーの前に、障害物など無いも同然なのだ。誇らしげに、しばらくは決めポーズのまま、ファンサービスのつもりで立っていた。
「この先、もしかしてエリアボス……アルか」
気を取り直して先に進もうとしていたデイジーも、同様の気配を感じ取る。確かにアイテムを集めて最後のボス部屋に入れるという理屈は単純だ。とはいえ、準備もなにもなく進んでいいのか。
「道開けちゃったし? 準備してたら先越されちゃうし? っていうか……正直なんとかなるんじゃない?」
夢の島ジェノサイ子の魔法は『バイザーを下げている間は無敵』。@娘々の魔法は『お札にものを収納する』。ジェノサイ子の魔法は……デイジーの魔法が矛だとすると盾で、ぶつけたらどうなるのか気になりもするが、言わずもがなタンク役として最適だ。ビームを放つ瞬間までの時間を稼いでくれる。@娘々の魔法はオールマイティだ。魔法の端末ではアイテムとして認識されないものまで持ち運べる。そして各々、それなりの戦闘の心得がある。なんとなく、この3人ならいけるでしょうという楽観が、特にジェノサイ子とデイジーの中にはあった。
「準備は整えるべきアル」
そういう@娘々の意見も一理ある。店売りのアイテムもたかが知れている、という自分の心の中で芽生えた意見もその通りではないだろうか。武器はデイジービームがあれば不要。盾はジェノサイ子のスーツがあれば不要。回復薬やら便利機能やらは、これまでのエリアのものはしっかり買い揃えてある。よってデイジーはリーダーとして、強行を選んだ。
「行こう!」
そして臨んだボス戦。少し進んだ先で大きな広間に出たかと思うと、中央に、マフラーを靡かせた人影と、その傍らにシスター服の人影がある。魔法少女を模した敵か。@娘々が真っ先に魔法の端末、モンスター図鑑を見た。だがそれより先に、マフラーの方が地面に手をつき、彼女を中心として地面から、壁から、新たな壁がせり上がってくる。全方位から石柱が飛び出してきて、さらにボス自身も飛び込み肉弾戦を仕掛けてきた。
「ちょっ、待っ! いやぁ、ダメージ効かない魔法でよかった!」
ジェノサイ子が攻撃を受けつつ、こちらに飛んでくるものは@娘々共々受け流して対処。娘々はむしろ伸びてきた石柱をお札に収納し、ボスに射出し返して見せた。石は石同士で相殺されるが、こちらに来る石柱が止んだ。反撃の隙は──いや。違う。
「おわっ!?」
攻撃が通じないなら封じてしまえばいい。ボスはその解決方法を選んだ。つまり、ジェノサイ子を包むように壁が出現し、彼女を覆い隠してしまったのだ。驚く声とともに、その姿が見えなくなる。そして彼女を助けに行く暇もなく、ボスとの格闘戦。@娘々が中国拳法、とは少し違うが華麗な格闘スタイルで応戦し、デイジーもそれに続く。一撃一撃が重く、隙が少ない。純粋な身体能力として、魔法少女の中でも上位クラスだ。こちらが押され始めている……!
石柱の乱舞も続く。格闘戦だけに集中しようとすると、側頭部を突如出現した壁に叩きつけられてリズムが乱れ、何発かを食らった。重い。空気と唾液が漏れ、なんとか踏みとどまる。今は@娘々が引き付けてくれている。しかしビームでは彼女を巻き込む。ジェノサイ子ならデイジービームで解放できるか。そちらに向けて放とうと指を向け、視界の端の違和感に気がついた。
「あれ……あんな変な柱、あったっけ?」
いや、戦闘開始時にはなかった。そして、もう一つだけ。戦闘開始時といえば、このマフラーをしたボスの隣にいた、シスター服のボスはどうした? ジェノサイ子の件で、壁の中に誰かを隠すという手段があるのは知っている。だったら一か八か、あれを撃つ!
「デイジービィームッ!」
デイジーの標的がその不自然な壁であることに気がついたらボスは、射線上に壁を乱立させて防ごうと試みる。が、それを全て瞬時に分子から破壊し、貫くのがデイジービームだ。抵抗も虚しく標的へと届き、そしてその中も貫いた。ぶち抜かれた壁の奥から、よろめいてシスター服の人影が現れると、その胸に空いた風穴から塵となって消え去った。
「今ので片方やったアルか!?」
ここでどうにか耐えてくれていた@娘々が振り向いた。そのうえで、マフラーのボスからの矛先がデイジーに向いた。相棒を倒された怒りか。動きが大振りになり、しかし威力も速度も落ちている。あのシスター服の側が強化をかけていたということか。
それでも、ボスは下手な魔法少女よりは強敵だ。マジカルデイジーが蹴りで応戦しようとした途端、ボスの巻いていたマフラーが蠢き、巻きついてきた。不意に動きを阻害され、デイジーに隙ができる。そこへ掴みかかられ、すぐ横に現れた壁に顔を叩きつけられる。痛い。痛いが、冷静になる時間は少しだけでもある。2度目、3度目と打ち付けられ、鼻血を自覚した辺りで、反撃に動く。
「……デイジービーム」
やりたくなかったのだが、この瞬間だけはデイジーポーズを捨てた。指先から放つ普段のビームよりさらに細く。爪の先にだけ発生させたビームをふっとかざし、絡みつくマフラーを切り裂いた。そのまま、今の今まで拘束されていた脚の不意のハイキック。防御したらそのまま蹴り飛ばすようなヤクザキック。反作用で後方に跳び、体勢を整え──ようとして、背面に壁を出されて激突。反撃の勢いを削がれる。ボスが追ってくる。一直線だ。間に合うか。頭を回す。
ふいにその視界に、ふわり投げられたお札が3枚飛び込んだ。振り返ることもなくそれが@娘々の投げ込んだものだと悟ると、デイジーは覚悟と、デイジーポーズを決めた。刹那、お札からボスの散々使ってきた魔法の石壁が飛び出し、その行く手を遮り、時間を用意しきった。
「これで……終わりっ!」
光条はボスを貫いた。人型はあっけなく消滅し、マフラーの先まで塵になっていった。その後すぐ、魔法の端末から通知が来る。
『エリアミッションをクリアしました』
──終わった。抜け駆け成功だ。デイジーはポーズと決着の余韻を噛み締めるように解き、まずは流れ出た鼻血やら滲んだ汗を拭った。
「……ふぅ。あ、ジェノサイ子さんを助けないと」
「お疲れ様アルよ。デイジー、凄いアル」
「あはは、アニメの範囲でも全然なかったよ、こんな本気の……」
そうだ。こんなに思いっきり魔法少女として立ち回ったのなんて、いつぶりだろう。
「私は……あの時以来かもアル。あの時……あれ?」
「……どうしたの?」
「私……魔法少女をやめて……何か嫌なことがあって……」
頭を抱える@娘々。その様を見ると、マジカルデイジーは同様に頭を捻らせる気は失せた。ただぼんやりと、人型の敵がさらさらと崩れ落ちていくその様に覚えた感情が、頭の奥底にへばりついていた。