◇ディティック・ベル
爆風に見舞われ、気がついたら皆とはぐれ、小さな洞窟の中に寝かされていた。近くにいたのは2人。咄嗟にカプ・チーノが覆いかぶさったらしく、ペチカはほぼ無傷。爆風を浴びたカプ・チーノは少なからず火傷を負っていたが、平然としており、ディティック・ベルを見つけて連れてきてくれたのも彼女らしかった。
「その怪我……」
「これ? 痛いけど、まあなんとかなるって感じ。回復薬は使ったからいい」
ペチカが無事だったなら十分、という具合で、彼女の自己犠牲的な気質が垣間見える──が、どうしても探偵としての視点が過ぎるディティック・ベルからすると、その態度には違和感が大きい。
そもそもパーティも違うカプ・チーノは、ペチカとはほぼ初対面だ。確かプフレとシャドウゲールは人間体の時点で知り合いだった。ゲーム外での知り合いの線もゼロじゃない。だがそれにしては、互いの認識がおかしい。そうならそうと言い切ればいいのだ。先程顔を合わせた時に名乗ったか確認する必要などない。
そのペチカに対してそこまでするのは、よほどの神愛に生きる人間か、恋する乙女か。カプ・チーノはそのどちらかとは思えない。
「あ、そうだ。アドレス交換しとこっか。これ以上はぐれたら困るし」
ふいに飛び出した提案にペチカが頷いた。元々知り合いだという線はなくなったはずだ。ディティック・ベルはここでラズリーヌの時と同じ手法のソーシャルエンジニアリング……つまり、覗き見を敢行する。こっそりと覗いたカプ・チーノのアドレス帳には、パーティ結成時に登録したディティック・ベル、ラピス・ラズリーヌ、メルヴィル、そしてペチカの名が並んでいるだけだった。……ペチカ?
「あれ? もう登録されてる……?」
「ほんとだ。なんで?」
不思議な現象に、本人たちも首を傾げる始末。まあいっか、と誰も気にすることはなく、ディティック・ベルとペチカの間での交換が行われて話は終わった。だが、頭の中には謎が残ったままだ。マスターの思惑、クランテイルの行方不明、そしてペチカとカプ・チーノ。紐解くにはヒントが少ない。
このゲームには何かが隠されている。恐らくは、ここにいる2人だけに留まらず、参加者すべてに波及する何かが。ゲームのクリアは脱出の必須条件だとして、その裏にあるものが解き明かせなければ、探偵としての完全クリアとは言えない。あるいは、クリアのその前に──。
「ラズリーヌの端末の反応はずっと遠くみたい。あの子の魔法なら、瞬間移動だし一発で合流できるかもしれないけど」
「……合流できない状況にある?」
「かも。一緒にいたのがあの面子なら心配は無用でしょ」
ラズリーヌが心配じゃないとは言えないが、今助けに行く手段はない。こちらでも、他の魔法少女たちがどうなっているのか把握すべきだ。
「そっちはどう? あの……お人形さんと、巫女さんは」
「えっと、動いて……こっちに向かってる? みたいです」
あちらの方で合流しようとしてくれている。となれば、あまり無理して動かない方がいい。カプ・チーノがいるとはいえ、他は非力な、戦わない魔法少女なのだから。
「ペチカさん。この場所には獣の気配もない。下手に移動するより、少し休まないか。落ち着いて話をしよう」
「え? あ、えと……」
「私はディティック・ベル。こう見えて、探偵をしている」
「それは、えと、はい」
決まり文句なので、見るからに探偵じゃんという反応を貰うのは仕方がない。
「でしたらその……お食事……」
このゲーム内では食事が必要だ。ログインからはまだ早いが、できる時に補給しておくべきだ。彼女の言葉に頷き、魔法の端末から買い置きの携帯食料を出した。早速個包装を剥いて食べようかと手をかけると、ペチカはなにか言いたそうだ。手を止め、声をかけるかという瞬間に、カプ・チーノの方から伝えられた。
「ペチカの魔法、料理を作る……だよね? せっかくだし、この携帯食料、料理にしてもらおっか」
そんなことができるのか。確かに携帯食料は味気なく、本当に最低限のエネルギー補給という感じだ。やってくれるというのなら、手の内を見せてもらおう。2人から携帯食料を渡され、ペチカがそれを受け取り、魔法の端末から食器アイテムを用意。その上で携帯食料を握り、何をするかと思い眺めていた。……何もしない。沈黙が流れる。
「あ、あの、ちょっと、時間かかるんです」
条件は時間経過だったらしい。ただ見ていても本当にしばらく変化がないとのことで、ひと足お先に本題を吹っ掛けていく。
「ペチカさんはカプ・チーノとはお知り合い?」
「……よくわからないんです。なにか、大事なことを忘れているような気がして」
「よくわからない……?」
こうなると、魔法による関与が最も疑わしい。魔法少女が関わっている以上、どうしてそうなっているかはもはや考えても無駄だ。手段ではなく、誰なのか、なぜなのか。ゲームマスターか? ゲームマスターだとして、参加者の記憶を消して何になる?
「私も同じ。ペチカにはなんとなく親近感というか、慣れた雰囲気があるけど……それだけ」
「そうか……ありがとう」
「って言うか……ゲームに参加した経緯とかも、思い出せないんだよね。気がついたらここに居たし」
それは皆同じで仕方のないことだ。恐らくは無差別に選定され、送られてきたメールを受け取った段階で問答無用で連れ込まれた。ディティック・ベルの状況もそうだ。ラズリーヌもそう言っていて、ペチカに訪ねると、口から似たような状況が説明された。ここは疑っても仕方がない。……魔法という常識外れなものが相手な時点で、疑い出せばきりはない。
「あ、出来ました。ど、どうぞ」
スプーンを添えて渡されたお椀には、透き通るあつあつのスープだった。鶏の肉団子が入っている。モンスターを引き寄せないよう、あまり匂いの強くない料理を選んでくれたのかもしれない。食べる前から嗅覚がこれは美味しいと判断してしまっている。スプーンで掬った一口をふう、ふうと吹き冷まし、流し込む。
「……!」
衝撃だった。これまでに立てた推理が吹き飛ぶような味だ。多少なりともダメージを受けていた身体に染み渡り、これまで食べてきた携帯食料は本当に味気なかったのだと思い知らされた。カプ・チーノもなぜか得意げにしていたかと思うと、熱いのも気にせずどんどん飲み干していく。すごいペースだが、自身もそんなことを言えないくらい、スプーンが止まらなかった。あっという間に一杯が空になり、余韻を残しながら、ご馳走様を告げた。
これは、ペチカと同じパーティの魔法少女が羨ましくなるというものだ。
「っはー! この味よ、この味! 最高! ね、ペチカ!」
「お、おそまつさまでした……!」
ペチカ自身も嬉しそうに、一滴も残っていないお椀を受け取った。魔法の端末に収納さえすれば元通り綺麗になるという。便利なものだ。ゲーム内にまで洗い物がなくてよかった。
「いや……美味しかった。ご馳走様」
それはそうと、さっきも言った挨拶をもう一度言わずにはいられない美味しさだった。続けて聞こうと思っていた色々、ペチカに抱いていた諸々が、少なくとも今は思い出せない。どころかディティック・ベルの心は現金なもので、彼女を疑うなんてとぼんやり感じてしまっていた。
うまく言葉が出てこなくなったところ、ふいに、カプ・チーノが動き出す。
「──誰か来る」
洞窟の入口の方を見て、身構えた。それに一拍遅れてペチカとディティック・ベルが続き、カプ・チーノの気がついたらしい気配に備える。その気配の正体がわかったのはすぐ後だ。密林の木々と草むらを掻き分け、初めに箒に乗った鳥が現れ、緊張が走る。だがその直後見知った顔が現れたことで、襲撃では無いことを理解した。
「きっと、この先に……あっ!」
顔を出したたま。そして、それに続く人形──リオネッタと、巫女──御世方那子。ペチカのことを見るなり、リオネッタは心底ほっとした様子で胸を撫で下ろし、那子は駆け寄ってきた。
「ペチカさーん! 会いたかったデース!」
突っ込んできてペチカに抱きつく那子。あまりの勢いに2人して倒れ込んでいた。
「あ、あの、その子は」
「この子は鳥のモンスター、今はワタシのお友達なのデス!」
はぐれてからここに来るまでに、はぐれる原因となったあの爆発する鳥のモンスターを見つけ、那子の魔法で従えているという。
「あ、えと、お姫様エリア以来……かな?」
たまに小さく手を振られていることに気がついて、ディティック・ベルも振り返す。ペチカのチームは揃ったが、たまの方は他の魔法少女が3人いるはずだ。彼女だけがここにいるということは、合流しなければいけない魔法少女の数が増えたということになるか。全員が揃い、入り交じって動いていたせいか、パーティが元に戻るだけでも大変だ。
「……? どうしたデスカ?」
それから他のはぐれた魔法少女の居場所を確認するために地図アプリを開いていたところ、那子の支配下にある狂鳥がある場所を指し示す。魔法の端末の反応はないが、代わりに、鳴き声を翻訳するとある事実が浮かび上がる。
『北、俺たちの巣。南、ヤツらケモノの城』
「このあたりデスカ? この、シャドウゲールさんの反応があるところ」
『ケモノの城、ケモノ、たくさん。それに、絶壁。行くなら、ボスの力借りるべき』
従えられているこの個体によると、狂鳥たちのボスはもしかしたら手を貸してくれるということになるのか。魔法の支配下にあるモンスターの証言は微妙なところだが、どうやら事実、上空に飛び出してみると絶壁の城が目に入るらしい。それに関しては、リオネッタやたまが頷き、事実そうであったという。
「急がば回れ……か」
目指す場所は北部、狂鳥たちの巣になる。かなり距離的には遠ざかるが、そうするのが最善の侵入方法なのだ。那子の魔法頼りにはなるものの、次の目的地は決まったらしい。互いの顔を見て、異論のある者がいないことを確認。そうして、6人になった即席パーティは新たな冒険に出ることになる。