魔法少女育成計画DonutHole   作:皇緋那

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第1話『たま育成計画』

 たまが『クラムベリーを殺した魔法少女だ』という評判は瞬く間に広がった。スノーホワイトの告発によりクラムベリーの悪名は轟き、さらに元より彼女の実力を知る者からは「あのクラムベリーを討ち取るなどただ者ではない」というイメージだけが先行していった。

 ──らしい。実の所、たまは何も知らなかった。魔法の国からの連絡がごくまれにやってくる、程度。どんな手続きが行われているのか、一度説明されたが、たまには理解できなかった。先日の特使の件で引っ張りだされてから、少しだけ外に出られるようにはなったが、結局クラスメイトとは顔を合わせたくなかった。たまはいつもひきこもっていて、スノーホワイトやリップルが今なにをしているのかもわからなかった。そもそも、連絡先は持っていないのではないだろうか。

 

 よって、魔法の端末が急にけたたましく着信音を響かせた時、珠は飛び跳ねるほど驚いた。ひとしきり驚いて、落ち着いてから、電話に出た。

 

『やっと出た。もしもし。君がたまで間違いないか』

「……は、はい」

 

 魔法少女らしい、優美な声。緊張する。

 

『私は君の指導役になった、外交部門所属のレディ・プロウドです』

「指導役……?」

『魔法少女としての心得を教える先生役、といったところでしょうか』

 

 ……どうしても、それはルーラのことを思い出してしまう。たまは魔法少女としても落ちこぼれだ。ルーラの教えがあって、その教えを……無理にでも守ろうとしたスイムスイムに助けられてたまは生きてこられた。乞うことができるなら乞う方がいい。勉強は、苦手だけど。

 

『本来は人事部門の仕事ですが、双方の派閥で色々とあったみたいでして。私の所属する外交部門に話が回ってきたようです。ただ魔王塾の連中は君がクラムベリーを倒したことしか目に入っちゃいませんから』

「ええと……」

『あ……こんなことを言われてもわかりませんよね。殴り合いしか考えていない連中には君を任せられないから私が立候補した、という話です』

「あ、ありがとう……ございます?」

 

 経緯はともかく、そんなプロウドさんが指導役になる、らしい。聞けばスノーホワイトとリップルにはまた別の人がついたとのことで、そのあたりには詳しくない様子。とにかく、いつどこでなら会えそうか都合を聞かれ、たまはいつでもいいと答えた。どうせ学校には行けない。よって、プロウド側の予定が合う日が伝えられ、初対面は三日後になった。場所だけは、ルーラたちが根城にしていた廃寺を希望した。

 

『会えるのを楽しみにしています』

 

 電話が切れた。途端に、その日が来るのが怖くなって、部屋の隅に隠れるように三角座りをした。

 

 ◇

 

 三日後。怖くて行きたくない気持ちに怒られたくない気持ちがギリギリになってようやく勝って、たまは待ち合わせ場所に急いだ。するとその先には、魔法少女がふたり。スノーホワイトやリップルがいたわけではない。吸血鬼のような格好をした女性と、雨でもないのに雨傘をさした女の子の二人組だ。見た目の通り、血のような匂いと、雨上がりのような匂いがほんのりとする。どちらがレディ・プロウドだろう?

 恐る恐る近づこうとすると、傘をさした少女は頬を膨らませ、不満そうにこぼした。

 

「飽きた。まだ来ないの?」

 

 お、怒られる。だったらいっそ行かない方が……? やっぱり駄目だと家屋の陰に隠れ、様子を窺おうと顔を出す。出した瞬間、吸血鬼の方と目が合った。

 

「あ……」

 

 二人はたまを見つけるなり、どんどん近くに来る。腰を抜かして逃げられそうになかった。そんなたまに、吸血鬼の魔法少女はわざわざ屈んで目線を合わせて話しかけた。

 

「貴方が魔法少女たま?」

「は、はい、そうです」

「ふーん?」

 

 二人とも、じろじろとたまを見つめる。特に傘をさした少女は遠慮なく周りをぐるぐる回り、首をかしげていた。

 

「私はレディ・プロウド。以前電話させてもらった通り、貴方の指導役になりました。こちらはアンブレン。私の部下です」

 

 吸血鬼の魔法少女の方がプロウドだったらしい。傘の魔法少女の方、アンブレンはお辞儀をすることもなく、やはり疑いの目でたまを見ていた。

 

「早速ですが資料を」

 

 魔法少女の教育には資料があるとのことで、プロウドからプリントの束が渡された。展開に既視感があった。まさかと思って、肉球で器用に開くと、中には難しい言葉と読めない漢字でいっぱいだった。

 

「……あ、あの」

「どうかした?」

「漢字……」

 

 プロウドはきょとんとして、アンブレンと顔を見合わせた。先に頷いたのはアンブレンの方だった。

 

「あー、魔法の国の資料、不親切だもんね。わかる」

「そうか……盲点だった。子ども用を貰ってくるべきだった」

「そんなのあったの?」

「少なからず例がある以上作ってはある……が、この際資料の内容はいい。それよりも」

 

 プロウドが蝙蝠のようなマントを広げ、それを合図にアンブレンも傘を構えた。わけもわからず呆然としていると、二人の眼光は鋭くたまを捉えていた。

 

「え、えと……!? 魔法少女の心得は……」

「方針を決めるテストをさせてもらいたい。君があのクラムベリーを倒した魔法少女だという事実は独り歩きしている。これから先、厄介な連中に付け狙われるだろう。その時、身を守れるか見たい」

「そ、そんなこと言われたって」

「音楽家は待ってくれたの?」

 

 アンブレンの言葉で思い出し、左腕を押さえた。それから弱々しくも身構えるほかなく、既にアンブレンが動き出している。瞬時に傘を閉じ、瞬く間に喉元に石突きを突きつけられていた。

 

「私が攻める魔法少女だったら、もう殺してるよ」

「っ……!」

 

 アンブレンは傘を下ろし、今度は仕掛けてくるように悠々と手招きする。こうなったらやるしかない。爪で傷つけないように、魔法を使わないようにしなきゃ。なんてふうに飛びかかっていって、気がついたら宙を舞っていた。受け身もとれず、地面に落ちる衝撃をまともに食らう。

 

「きゃんっ!?」

 

 それから何度もアンブレンにかかっていっても、たまは一撃どころか、間合いに入ることすら許されなかった。何度立ち上がっても変わらない。しかしたまが折れるより先に、アンブレンの方が声をあげた。

 

「飽きた」

「え」

「そもそもこの仕事、私じゃなくてプロウドのだし。帰る」

 

 帰宅宣言に対し、プロウドはため息まではつかなかったが、匙を投げたそうにしている。申し訳なさで小さくなるしかできなかった。これじゃあ、初めて魔法少女になった時と一緒だ。

 

「まずは実技を優先しよう。座学はその後に」

 

 それからというもの、プロウドと、時々アンブレンも一緒に、たまの特訓の日々が始まった。プロウドは声をかけながら組手に付き合ってくれ、何度も何度も怯えるな、と喝を入れてくれた。けれどたまの頭が劇的によくなるわけがない。必死についていこうとしても、次回には前回やったことを覚えられておらず、同じことを教わろうとすることもあった。こんなのじゃ見捨てられてもおかしくないと何度思ったことか。

 

「止まるな。魔法少女は思いが全てだ」

「は、はいっ!」

 

 幸いなことに、たまには集中力だけはあった。アンブレンが言う飽きがなく、長時間の特訓も苦にならない。真摯に付き合ってくれるプロウドとひたすら体に染み込ませる。1回やって駄目なら2回、2回で駄目なら3回目。それでもだめなら10、100。怯えや躊躇を抜くこと。まずはそこからだった。

 

 気の抜けた掛け声が出ないようになったのは一週間後。さらに一週間後、ようやく相手に向かって飛び込めるようになった。その日、何時間も続けた組手の中、プロウドが繰り出した鋭い一撃をどうにかくぐり、続く猛攻のうちいくつかは腕で防御、びりびり走る衝撃になんとか耐え、愚直に食らいついて初めてそのマントの端を破いた。それだけなら有効打とはいえない。いえなくとも、たまにはこの魔法がある。

 

「……っ!?」

 

 マントの端の切れ目が一気に広がり、そのほとんどを破く。布の破片がひらひら花びらみたいに散って、フラッシュバックに吐きそうになりながら、あの時以来に使った魔法でプロウドを驚かせた。

 

「なるほど。これが穴を掘る魔法」

「すごい、プロウドの羽がそんなになるの初めて見た」

 

 少しは面白くなったと評価してくれていたアンブレンは、その瞬間さらに目を見開いて、褒め言葉を出した。たまは嬉しくなって、照れまみれで頭を搔いた。

 プロウドから事実上一本を取った後、その日はそれから、魔法少女の武器を生かすことを教えられた。

 

「魔法少女には副次的に感覚が優れていたりすることがある。例えば私……吸血鬼なら、血の匂いに敏感だとか。貴方のモチーフは犬。だとしたら、他の魔法少女よりも鼻がきく、ということもあるでしょう」

「確かに、そう、かも?」

「いいなあ。雨具にはそういうのないし。強いて言うなら防水?」

 

 話を遮って羨ましがるアンブレンに、プロウドは屈んで他のいいところがあると機嫌をとっていた。彼女が満足したらまた向き直り、すぐさま優しげな顔から真剣な顔に戻る。

 

「君の使っていた姿を隠せる外套のように、身を隠す方法は魔法の国にもある。だが、音や匂いまで消し去るのは難しい。そこに付け入る隙がある」

 

 言葉の全部を理解はできなかったが、頭が回らないなりに体を使うことは、その後の特訓で叩き込まれた。目隠しを付けさせられてアンブレンと戦った時は、鼻が雨の匂いでおかしくなるかと思った。おかげで目を開けていても匂いを気にするようになり、目を閉じても少しなら追えるようになっていった。

 

 始まってから1ヶ月もすると修行への疑問なんかもとうに忘れていて、本当にうまくやれた時、アンブレンが純粋に褒めてくれ、プロウドは控えめながら頭を撫でてくれることもあったのが嬉しくて、そのために頑張っていた。その日は丁度、何日もうまくいかなかった魔法の制御が少しできるようになって、師匠と別れ飛び跳ねるように家に帰ろうとしたところだった。

 

「あ」

「……あ」

 

 民家の屋根に立つ、輝くような白い影。互いに目が合う。怯えることはない。見知った顔だ。かといって話したことは……あまりない。スノーホワイト。たまと同じ試験の生き残りだ。

 

「えっと、お久しぶりだね」

「……あ、う、うん」

「せっかくだし、少しお話していかない?」

 

 人目につかないという夜の公園に赴き、2人並んで座った。スノーホワイトと2人っきりなんて、本当に初めてだ。今日も魔法少女活動の帰りだろうか?

 

「あっ、敬語じゃなくても大丈夫……?」

「う、うん」

「じゃあそうするね。たまちゃん」

 

 そういえば、スノーホワイトの魔法は困っている人の心の声が聴こえる、だった。今、自分は困っているだろうか? いや、間違いなく困っている。どう考えても、スノーホワイトとなにを話せばいいかわからない。スノーホワイトからしてみても、どうしよう、どうしようとばかり聴こえているのかも。

 

「たまちゃんにも先生がついてるの?」

「う、うん。レディ・プロウドっていう……」

「どんな人?」

「厳しいけど……優しいっていうか、気を使いすぎ……? なんていうか、こんぷらいあんす? が気になるんだって」

「あははっ、なにそれ。あ、私も指導役の魔法少女についてもらってるんだ。一緒に頑張ろうね」

「うん……」

 

 たまが返事を声に出せないまま黙るせいか、会話はよく途切れる。けど少しずつ話題について受け答えているだけでも、スノーホワイトの眩しさというか、白さというか、そういった感覚にあてられて、たまもいつの間にか震えていなかった。かつての『魔法少女育成計画』のゲームの思い出だとか、そういう他愛のない話もたくさんした。

 そんな雑談をいくつもして、やがて途切れた時、ふいにスノーホワイトが立ち上がった。

 

「あのね」

 

 横顔を見上げる。以前見たスノーホワイトとは、どこか顔つきが違うような。

 

「私、強くなりたいんだ」

「強く……?」

「……うん。強く、ならなくちゃ」

 

 その目には意志が宿っていた。ここじゃないどこか先のことを見ようとしている。彼女の中には明確に求める理由が、理想が見えた。

 たまは特訓をしてもらっている。理由は……プロウドにそうしようと言われたからだ。強くなって、魔法少女らしくなって、何をしよう。みんなが目指していたものはなんだったろう。思いを巡らせて、数分の沈黙を挟んで、たまなりの結論を出した。

 

「あ、あのね、スノーホワイト」

 

 彼女は軽く首を傾げてこちらを向いた。

 

「試験の時……スイムちゃんが使ってた、その、道具? なんだけど」

「えっと……『元気が出る薬』『透明になる外套』、あと『武器』、だったよね」

「うん。薬はもう全部使っちゃってないけど……それをね、スノーホワイトに使って欲しいな、って」

「え……?」

 

 スノーホワイトはなによりも先に驚き、少しだけ喜んでいそうだった。

 

「だってあれは……あなたが寿命を払って手に入れたものじゃ」

「武器はそう、だけど……肉球じゃうまく使えないもん」

 

 ──それに。

 

「私は、ルーラにも、スイムちゃんにも、なれないから」

 

 スノーホワイトは頷くのを躊躇った。そのうえで、照れで縮こまるたまを見て、今度はしっかり、深く頷いた。

 

「……ありがとう。大事にする」

「ま、また今度、取ってくるね」

 

 スイムスイムが遺したアイテムたちは、使わずに自室に仕舞ってあったはずだ。これで少しだけでも、スノーホワイトの役に立てるだろうか。きっと武器だって外套だって、たまが扱えずにいるより、彼女に使ってもらった方が嬉しい。それに、リーダーには、スノーホワイトの方が相応しいと思うから。

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