◇シャドウゲール
「はぁ……今回こそは死ぬかと思いましたね」
密林エリアでの大立ち回り。特に攫われたシャドウゲールと、車椅子で爆走して迷路状態の通路を突破したプフレは死ぬ思いをした。シャドウゲールの方には肉体的なダメージは──片耳の耳たぶがなくなったが──少なかった。一方のプフレは銃弾を受けていたわけで、事実まだコスチュームはぼろぼろである。
「彼女らが味方になってくれていて助かったよ」
包帯に巻かれた怪我人プフレは、痛みを表情には出さずに白々しくそう話す。
カラミティ・メアリが倒れたことで、密林エリアでの抗争は狂鳥側、つまりトップスピードが勝利。彼女らによる熱烈な歓迎が始まった。そういうわけで、エリアミッションはクリアになったが、療養も兼ねて新エリアへ赴く前に、トップスピードたちのアジトにて祝勝会に参加しているというわけである。
ログアウト時の強制イベントでもないのに、4チームの魔法少女たちが集結し、同じ食卓を囲んでいる。食卓に並ぶのはペチカの料理と、トップスピードたちが出してくれたお酒アイテムだ。未成年用のジュースも用意してある。シャドウゲールの手にあるのもそちらの方だ。有名な定番炭酸飲料そのものの味がした。思えば、ゲームの中で血以外を味わうのは初めてだ。携帯食料は味がしないためノーカンだろう。
続いて料理にも手をつける。ペチカの魔法によって作られたらしく、見た目と匂いは既に極上だ。大人数で取り分けられるよう大皿の中華料理が並んでいる。どんどん減ってきているのを見て危機感を覚え、近くにあったチャーハンを多めによそってまず一口。
「……!」
その瞬間から、シャドウゲールのこの宴会における目的はできるだけ多くペチカの料理を楽しむことに変わった。傍らを見ると、プフレの手も止まっていない。流れるように胃に収めながら、料理に関する知識を披露していた。
向こうの方では、ひたすらがっつくラズリーヌの姿がある。彼女は本当に美味しそうに食べるが、はしたないとディティック・ベルに注意されていた。そのディティック・ベルも、手元の皿には溢れる寸前の量が盛られている。
先程までは大変ばたばたしていた料理長ペチカの近くには、チームメイトのリオネッタと那子、それとカプ・チーノもいる。彼女をひたすら褒めそやしているらしく、ペチカは照れっぱなしだ。そのペチカ褒め隊からペチカ自慢を食らっているのがマジカルデイジーだった。マジカルデイジーは会食には慣れているらしく、可愛らしいリアクションで気持ちよく話させている。@娘々とジェノサイ子は半ば奉行めいて、2人で各テーブルに料理を取り分けたりしていた。彼女らに料理を届けられ、控えめに食べていたたまとマスクド・ワンダーの目の前にも山盛りの中華が置かれる。見た目の印象は少食と大食いの2人だが、マスクド・ワンダーがたまに譲り、たまはラズリーヌに負けず劣らずかきこみ始めた。
「よぉ! 飲んでるか!」
突然、彼女は隣にドンと胡座をかいて座ってくる。驚いて振り向くと、トップスピードだった。手にした炭酸飲料の瓶からシャドウゲールのコップに、まるでお酒のようなノリで継ぎ足してくる。飲んではいる。
「あの……その節は本当にありがとうございました」
「ん? いやいや、俺に礼なんていいって! 助けに行きたいから力を貸せって言い出したのは全員なんだからさ。むしろ、こっちはアイツを倒してくれて最高の気分だよ」
獣たちと鳥たち、カラミティ・メアリとトップスピードとではこれまでも因縁があったらしい。獣をなるべく巻き添えにして自爆する、というのも覚悟の決まり具合を示す行動だったのかもしれない。トップスピードとその舎弟は散った奴のぶんまで楽しむのが弔いというスタンスだと言っていた。
「次のエリアに行くんだろ? いい事教えてやるよ。次の図書館エリア、その次が魔王の城だ」
「つまり、あとエリアは2つ」
「あぁ」
プフレも今の話は聞いていただろう。ゲームはもう終盤だ。次のエリア、トップスピードが言うには図書館を超えたら最終エリア。長い道のりだったが、もうすぐこのゲームも終わりを告げる。噛み締めるように、炭酸を飲む。
「そういうこった。頑張れよ、魔法少女!」
トップスピードはまた別の魔法少女に絡みに行こうと立ち上がった。残されたシャドウゲールはコップを手にしたまま、呟く。
「だとしたら……一体、マスターは何がしたかったんでしょう」
こんなゲームに参加させて、まさか本当にゲームのテストをさせたかっただけなのか。強制参加で、ゲーム内での死が現実とリンクするというのに。
「マスターの心の内までは読めない。ただ、ちょっとした推測はあるよ」
「推測?」
「ランキングイベントのポイント、覚えているかな。君がドラゴンを倒し損ねて手に入れられなかった」
「思い出させないでくださいよ」
「あれは本来、奪い合いができる仕様だった。他チームの魔法少女の端末から、譲渡コマンドを使えば」
目を丸くした。そんなやり取りするなんて機能が。そもそもポイント自体を確認しようとする暇がなかったため、知らなかったことだ。
「譲渡コマンドはメッセージが被って見えないようになっていた。それがわざとかまではわからないがね」
「わかる者だけが奪う側になれる……みたいな」
実質的にそうだった、とプフレは続けた。それを選ばなかったのは、効率の問題か。不信と天秤にかけたのか。
「エリアボスが魔法少女型だというのも引っかかる。魔法少女同士で戦うことに慣れさせようとしている風に見える」
「本当にさせたいのはプレイヤー同士の潰し合いだと」
「有り得る話だ。それを言い出せばきりがないがね」
話しているうちにプフレの皿が空になり、彼女は料理を貰いに立ち上がる。銃創に血の滲んだスカートの端が目に入り、ゲームの中に漂う生死の色を窺わせる。
「メルヴィルはそれに乗った。我々は乗らなかった。マスターの思惑を超えたわけだ。少なくとも今は、そうしようじゃないか」
確かにこの料理が作れる魔法少女を裏切る気はしない。それ以前に、囚われていたシャドウゲールにとっては皆が恩人だ。
この場にいないメルヴィルとクランテイルのことは、まだゲームの情報も出揃っていなかったわけで。侍風の魔法少女──ファル曰くアカネというらしい、彼女に関しても、元々ゲームプレイを続ける意思が見えなかった。事実上の全員が、同じ食卓を囲んだ味方と考えてもいい。はずだ。そもそも、これは協力ゲームなんだから。
「……メルヴィルはどうしているんでしょう」
たまの命を狙い、パーティを抜け、それから消息を絶ったメルヴィル。その存在を思い出したのも、全ての魔法少女のことを押さえ直した今だ。プレイヤーキルを狙っていたにしては、不気味なほど静かである。現実世界にも波及すると知って反省したのか。
「不安要素はそれだ。ただ、彼女の情報はたましか持っていないようなものだろう」
当事者のたまが近くに座っている。ついでに彼女の前の油淋鶏を取りながら、移動して話しかけてみる。それとなくメルヴィルの名を出し、あれから何かあったかと聞いてみる。口いっぱいに頬張っていたたまは慌てて咀嚼し、ゆっくり飲み込んでくれと諭す羽目になった。
「ん、んぐっ……はぁ。ご、ごめんなさい、待たせちゃって」
「喉に詰まらせたら大変ですから」
「うんっ……あ、えと、メルヴィルさん、のことだよね。あれから……姿は見てない、けど。何も無かったところに罠とか、遠くから射撃とか……そういうことは、されてます……にゃ」
「え……」
「あ、あの、メルヴィルさんが犯人って決まったわけじゃないですけど」
さらっと言い放つ。メルヴィルは諦めていない。それに、執拗にたまを狙っている。他の魔法少女からの情報共有もなにもないということは……たまだけを、毎度のように狙っている。たまはメルヴィルが一方的に悪いようにはしたくない口振りだが、同時に信用しているわけもない。
「言ってくれたらよかったのに……正義の魔法少女として、到底許すべきではないわ」
マスクド・ワンダーはそう続けた。正義に生きる彼女にとって、既に敵と看做されている。
「メルヴィルはなぜそうまでしてたまさんを……?」
「それは……」
心当たりがないではない、といったふうに言葉を濁らせた。たまといえば、人畜無害な、こう言ってはなんだが人懐っこい犬のような印象の魔法少女だ。それでも人に言えないようなことがあるのか。少し驚いて、それが何か尋ねようと考えた。制止したのはマスクド・ワンダーだった。
「今は楽しみましょう。思い出させるのは酷よ」
シャドウゲールの中にも、完全にないわけじゃない。以前なにか嫌なことがあった、という認識程度のものが。何かを忘れている。その何かがわからない。ゲームを進めれば、わかるのか。それがメルヴィルとたまの関係にどう繋がるのか。
わからなくてふと、大きめの油淋鶏一切れを一気に口に入れた。もやもやをかき消したのは、衣のパリッという軽い音だった。