魔法少女育成計画DonutHole   作:皇緋那

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第21話『ラズベリー』

 ◇ディティック・ベル

 

 メンテナンス突入前の強制イベントが発生し、魔法少女たちは祝勝会の余韻からゲームに引っ張り戻された。視界が歪み、もうそこにテーブルや食器はない。あったのは見慣れた同じ様式の枯れ噴水だ。そして先程までは同じ場にいなかった、アカネと──メルヴィルの姿がある。2人とも、誰を見るでもなく、ただ立っている。魔法少女たちは自然と彼女らからは遠巻きに、パーティで固まっていた。明確に避けられているのはわかっているだろうに、メルヴィルからの反応はない。

 そのうえで、ラズリーヌは何かを思い立ち、頷くと歩き出した。慌てて後を追うが、その先にはメルヴィルがいる。

 

「メルっち! 元気だったっすか?」

 

 返事はない。ディティック・ベルの肝だけが冷えていく。

 

「ソロ攻略ってきつくないっすか? しかも弓使いで!」

「ちょ、ラズリーヌ……」

 

 確かにメルヴィルは元パーティメンバーだ。復帰してくれれば心強い味方になる、かもしれない。一切の疑念を抱かないなら、間違いなくそうだ。だからといって、信頼出来るのか。そもそも、クランテイルの件において、容疑は晴れていないのだ。いや、これはそれだけじゃないのか。本能か、直感か、いや、学習或いは心的外傷の類い……なのか。自分を分析しようとしてもうまくできない。

 無意識にラズリーヌの後ろに立っていたディティック・ベルは、ふいにメルヴィルの十字の瞳孔がこちらに向いて戦慄する。

 

「おめはむったど隠れでばすだな」

 

 これまでメルヴィルの言葉がなにか理解出来たことはなかったが、その呟きは、なんとなくわかった。隠れてばかりだと、揶揄されている。そうだ、お姫様エリアの時も、ランキングイベントの時も、あの時も。最初に隠れてやり過ごそうとする。

 

 ──あの時?

 

 それがどの時か、今はわからなかった。自分の思考に絡まってしまったディティック・ベルの耳には、ラズリーヌからメルヴィルに反駁しているのは届いていなかった。我に返った時には、ファルが現れ、ある程度話を進めた後だった。

 

『迷宮エリアと密林エリアの連続クリアはお見事だったぽん。マスターも予想外だったみたいで、今回のランダムイベントはマスターが直々に選んだみたいだぽん』

 

 重要な話を聞き逃したわけではなさそうだ。少しだけ安堵して、次の瞬間に叩き落とされる。

 

『今回のイベントは、マジカルキャンディを……えー、没収……させていただきますぽん』

「はあ!?」

「その流れでご褒美イベントじゃないってことある?」

「没収……」

 

 魔法少女たちからは不満や驚嘆の声が噴出する。強引だったが、ゲーム内である以上従うしかなく、ディティック・ベルは己の魔法の端末を見る。確かにランキングイベントや極道獣との戦いでかなりの数量が溜まっていた。新しいエリアのために残しておいたはずが、最悪のタイミングでの没収である。

 

『では、今から10分ほど後、ログアウトとともに没収になりますぽん。やり残しがないようにするといいぽん』

 

 ファルのアナウンスは終わった。不満たらたらで舌打ちでもしそうなところ、真っ先に動き出したのはプフレだった。彼女のロケットスタートを見て、ファルの言葉の真意がショップに走って消費しろということであると遅れて反応した。

 

「ラズリーヌ! ショップに全力疾走! 回復薬とか、買いこんで!」

「お買い物タイムアタックっすね! いくっすよ! カプっちも!」

「はいはい……!」

 

 他の魔法少女たちも我先にとショップに急いで、みんなでバーゲン状態になりながら魔法の端末をいじり、回復薬やら携帯食料やら何やらをどんどん買った。携帯食料だけでもう一度祝勝会ができるほど買い込んだだろうか。そして気がついたら──ディティック・ベルは氷岡忍に戻っていた。

 

「っ……あぁ、そう、だった」

 

 氷岡忍は現実でのラズリーヌの身元を特定すべく歩いていた。ふらついた先で目に入った姿見で、自分の格好を見て思い出す。今日からまた地道な捜索作業だ。自分の頬を張って気合いを入れ直す。そうして街に繰り出して、路地の方でまた魔法を使ってローラーを繰り返していく。

 ここからまた3日、次のログインまでには成果を出したい。探偵は地道な作業でナンボだ。積み重ねこそが探偵となる。

 

 ──けれど。彗星は向こうの方からやってくる。

 

「あれ? ベルっち?」

 

 ログアウトから1日も経たないうち、頭上から声がして、ぴょんと飛び出してくる青い影。あまりにも見慣れた姿。前兆もなく到来した彼女はこちらを覗き込み、じっと顔を見て、ひとりで呟きながら勝手に腑に落ちた顔になる。

 

「ベルっちっすよね? あ、ほら、ベルっちだ」

 

 ゲームの中の姿と変わらぬ砕けた雰囲気で、ラズリーヌは氷岡忍に話しかけてきた。

 なんだ会えたじゃないか、と思ったところで、自分が変身していないことに気がつく。どう見てもディティック・ベルではない。どうしてわかったのか口にしようとして、ラズリーヌに全部遮られる。

 

「えー、なんでベルっちがここに? もしかして会いに来てくれたんすか!?」

「……ま、まあ」

「どーやってあたしのこと見つけたんすかね。やっぱ探偵だからバーッといけるもんなんすかね! さすがベルっち!」

 

 とにかく頷いた。思い立った時は全員を一度疑うべきだと始めたことだった。けれど、無垢ゆえか無頓着ゆえか、メルヴィルさえ疑わなかったラズリーヌはそんな思想とは無縁も無縁だ。彼女を疑ってもしょうがない。急に前回の3日間が徒労であったことを思い知らされた気分になる。

 

「ラズリーヌモード、オフ!」

 

 ラズリーヌは宝石を掲げ、あっさりと変身を解除してみせた。清楚系の美少女から一転、濃いめの化粧で、氷岡忍より繁華街の似合う、いわゆるギャル系の女子高生が姿を現した。いつにも増してぐいぐいと来るその振る舞いはラズリーヌそのものなのに、見た目が派手系なのは違和感でいっぱいだ。流されるがまま腕を組まれ、路地裏じゃなんだしと彼女の家にまで連れていかれることになった。人間のままでもスイスイと街の中を進んでいく。

 

「こっちっす! おいてくっすよ〜!」

 

 置いていかれそうになりながら、なんとか着いていくしかない。初めは道を覚えようとしていたのに、児童公園を通り、ビルの裏手を抜け、わざわざスーパーの中を突っ切り、歩道橋を渡って野良猫に一礼したあたりでやめた。そこから先はもはや記憶になく、彼女曰く『ちょっと寄り道』して彼女の邸宅に到着する。それは魔法少女に変身後でも歩いたなあと思いそうな道のりで、着く頃には忍は当然ヘトヘトであった。対して女子高生は平然としている。

 到着したのは団地らしい団地、といったところか。年季の入ったアパートの一室の前で立ち止まり、女子高生は鍵を取り出して中に案内してくれる。とりあえず表札を探すが、見当たらない。実名を知ったところで、どうということもないが。

 

「お、お邪魔します」

「はーい、ようこそっす! ちょっと待つっすよ、おやつと飲み物用意するっすから。あ、ベリー系と炭酸大丈夫っすか?」

「大丈夫……だけど」

 

 彼女の部屋に通されて、とにかく言われるがまま、もちもちした球形のクッションの上に座った。そして紙コップに入れた黒い液体を渡される。シュワシュワしている。向こうが一切疑わないのなら、やはり疑うべき余地もない、か。迷いなく受け取り、ぐいっと流し込む。コーラだった。

 

「パパは夜いないんで、今はあたしだけっす」

 

 なにやら箱を手に戻ってきた彼女は当然のように隣に座り、中身を開いた。ラズベリーの乗ったレアチーズらしきケーキが出てきて、それをケーキナイフでさくっと半分にしてこちらに渡してきた。忍はそれに手を伸ばすより先に、口を開く。

 

「どぞっす!」

「あの」

「なんすか?」

「どうして私がディティック・ベルだってわかったの?」

「ベルっちはベルっちっすよね?」

「そうなんだけど」

 

 よく観察してみると、彼女の目元にはラズリーヌのものとそっくり同じ泣きぼくろがある。こういった細かなポイントを見逃さない、ということか。だとしたら、探偵よりも探偵らしいことを一瞬でしているに等しい。

 

「魔法少女と変身前って、違うように見えて被ってるとこがあるんすよ。ししょーの教えっす」

「その、泣きぼくろみたいに?」

「それっす。それに」

 

 付け加えて、彼女は忍の頭のあたりを指した。何かあったかと自分で手を伸ばし、宝石をあしらったバレッタの存在を思い出した。これがどうかしたのかと思うと、彼女はふっと笑う。

 

「ゲーム内であたしがあげたロイヤルバレッタ、そっくりそのままっす。そんなに気に入ってくれてたんすね」

「あっ……?」

 

 買い出しの時、なんとなく目に止まり、これも歓楽街に溶け込むためだと少し反発して買った青い宝石の髪飾り。ゲームの中でずっと装備していたものと似たようなものを選んでいたなんて、まるで気が付かなかった。自分でも驚きだ。

 

「無意識に選んでて」

「じゃあ無意識に現実でも欲しい! って思うほどだったってことっすか! いやぁ、めっちゃ嬉しいなあ。変身してなくても似合ってるっすよ」

 

 そもそも選ぶも何も、ゲーム内でのドロップアイテムなんだから、見た目は彼女が決めたわけじゃあるまいに──と、思い、ラズリーヌはわざわざディティック・ベルにと渡していたことを思い出した。あれは戦術を度外視して、似合うからこそ渡したのか。ラズリーヌなら、そうするのか。ふと、彼女の手がこちらに伸びてくる。顔が近づく。顔が……近い。

 

「っ、あ、ちょ、待っ──」

「ほら、もっとよく見せてほしいっす」

 

 いや待て、私達は女の子同士だぞ──と言うまでもなく、その先には進んでこない。焦ったが、宝石の輝きと、忍の顔とを交互に見て、女子高生は微笑んでいた。

 

「はー、そうだ! ケーキ食べ終わったらカラオケでも行くっすよ! せっかく遊びに来てくれたし、朝までコースっす!」

 

 呆然とする忍をよそに、彼女のテンションは高かった。一方の忍は、やたらと胸がドキドキさせられたまま、口にしたラズベリーはきゅんと甘酸っぱかった。

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