◇ディティック・ベル
魔王がどこにもいなかったことにより、探偵は玉座をしらみ潰しに調べるしかなくなった。他エリアには新モンスターが現れたらしいが、それらは他のチームに任せ、ディティック・ベルは魔王の部屋に残っていた。
真っ先にやったことは、ファルを呼び出すことだ。しかし彼は何も知らなかった。
「こっちだってわからないぽん。魔王はいるぽん。なのになんでいないぽん」
こっちが聞きたいよということしか話さない。本当に情報を持っていなかったんだろう。早々に彼を頼りにするのはやめた。
魔王城エリアにモンスターはいない。初めから、1匹も、だ。それが怪しさを加速させる。魔王がどこにもいないというのなら、このハリボテのエリアは、マスターが我々を嘲笑うために入れたとでも言うのだろうか。
「ベルっち」
「……ラズリーヌ? 他エリアの探索は?」
「カプっちはペチカっちについてくみたいっす。あたしは居残りっすよ」
「わざわざ残らなくてもいいのに」
「ベルっち。あたし、探偵になろうと思うんすよ。一緒に!」
唐突だった。変化のない探索に早くも飽き始めていたディティック・ベルだが、いくらなんでもラズリーヌ、しかもそのいきなりの話は刺激になりすぎやしないか。
「なんで?」
「ベルっち、アツく語ってくれたじゃないっすか。探偵の誇り、プライド、そして矜恃!」
……全部一緒だ。
あの日あの後、氷岡忍はカラオケに付き合わされ、いっそ飲酒してやるとアルコールが入り、そこから記憶が無い。ということは、カラオケで語り明かしてしまったのか。そんな酔っ払っていた時のことを言われても困るのだが、今は和む。少しは乗ってやるか、なんて気分だ。先は見えなくなったが、見えないなりに、ラズリーヌが明るくしてくれる。
「じゃあ……助手、ってことで」
「うおー! ベルっちの探偵助手!」
「図書館エリアではプフレから貰ったヒントがないとどうにもならなかった。けど、今回は足で解いてみせないと」
「あっ、あたし、助手は何をすればいいっすか?」
「うーん、入口の方から確かめてみてほしいかな」
「了解っす!」
ラズリーヌが離れ、玉座の部屋を出ていった。またひとりになる。落ち着いて集中できるが、あの騒がしさがあるのも悪くないかな。それから玉座を数センチ感覚でノックし続け、さらに刻まれていた文字とにらめっこし、暗号がないか、角度によって違う文字にならないか、炙ってみたら変わらないか、色々試していく。案の定どれも効果はない。ため息を大きくついて、玉座に座ってみた。居心地は、良くはなかった。それでも小休止にと、魔法の端末を立ち上げ、ラズリーヌ宛に『玉座の間、異常なし』と送り、地図アプリを見る。玉座の間のマップはただ四角い。隠し部屋などがあるとは思えない。
「……そうだ」
初めてこのエリアに来た時、通路は陣形のまま真っ直ぐ奥へと進んでいった。ショップの方は調べていない。ラズリーヌは廊下のどこを調べているだろうか。ディティック・ベルはショップの小部屋を目指し、歩き出す。ふと視界の隅に何かが映った気がしてそちらを見るが、ピカピカの大理石には自分が鏡のように映るだけだ。何気なく帽子の角度を直し、ロイヤルバレッタの位置も調整して、部屋を出る。
ショップの小部屋には期待を込めて赴いた。もしかしたらキーアイテムがあるかもしれない。小走りで廊下を行き、辿り着くと扉を力いっぱいばたんと開いて中に入る。宝箱の類は……ない。あるのはショップである壺。ショップを利用するにはあの近くで端末を立ち上げればいい。他のエリアでも、お姫様エリアのねむりんを除いてそうだった。つまり見慣れたいつもの壺だ。
陶器ゆえかやや重たい壺を持ち上げ、中を覗く。何も見えない。深淵だ。コンコンと叩く。何も入っていない時の反響が返ってくる。ため息混じりで壺を下ろし、端末からショップ利用を押した。
「おっ」
思わず声を出した。見慣れないアイテムだ。最後補正値の武器や防具や、ラストエリクサーなる超回復薬なんかはまるで買えない価格設定だが、唯一、図書館エリアの謎解きで貰った額でも余裕で買える少額の見慣れないアイテムがあった。
その名も『記憶回復装置』。確か、あの玉座を調べた時のメッセージに、記憶がなんとか書いてあったような。もしかしたら、魔法少女たちは記憶を消されていて、これを使えば魔王の所在がわかるようになっているのか。期待をこめて、それを押す。
『失われた記憶を取り戻しますか?』
確認の選択肢が表示された。これははいを選ぶしかないだろう……と思い、指を近づけたその時だった。
「──え?」
視界の隅にまたしても何かがあった気がして、何気なく振り向きかけた。瞬間、目に映ったのは銀色。一つ目はどうにか身を翻し、二つ目があるとは思わずそれは肩に食らった。想像より何倍も強い衝撃を受け、吹っ飛ばされる。視界が回転し、壁に叩きつけられ、状況がわからなくなる。今のはなんだ。槍か矢か、いや、銛、か。冷たい大理石の壁がひび割れ、パラパラと破片が降っている中、ディティック・ベルは考えようとした。答えはすぐに出る。ゲームの中に、銛なんて出てくる理由はひとつしかない。足音が聴こえてくる。目の前に、想像した通りの人物が現れる。薔薇を身に纏ったあの少女。
「メル、ヴィル……」
「えぐ気づいだな。だげんどこぃで終わりだ」
手にした禍々しい弓に、再び銛を番える。さっきの衝撃はこの変な弓のせいか。どうして狙われている。私の端末はどこだ。せめてあの記憶回復装置だけでも届けなくちゃ。なんとか動こうとするが、ダメージのうえに壁にめり込んでしまったせいで動けない。歯を食いしばり、抜け出そうとして、床の鏡面に映る自分の顔が見える。出血はさほどでもない、が、さっき直したはずの帽子とアクセサリーが乱れてしまっていた。その中に見える青い輝き。このロイヤルバレッタが、何かを引き寄せてくれたら。
「へばな」
引き絞られた弦から、手が離される。今度こそ終わりか、と覚悟した時──鏡面の中で、ロイヤルバレッタの青い宝石が煌めいた。
「……ごめんなさい。間に合わなかったっすね」
「ラズ、リーヌ……?」
「ベルっち、動かないで。無理しちゃだめっす」
こちらに向かって放たれたはずの銛はラズリーヌが弾き飛ばし、ディティック・ベルに着弾することはなかった。なぜここにいるのかは、彼女の魔法だろう。ロイヤルバレッタの宝石をワープ先にした。ディティック・ベルの下にだけ、駆けつけられるようになっていたのだ。初撃には間に合わなかったと謝るラズリーヌだが、来てくれたことが、嬉しかった。
「どってんしたじゃ」
これはメルヴィルにとっても想定外だったらしく、再び次の銛を番えてくる。2人まとめて葬るつもりか。だが放つと同時に飛び出したラズリーヌは横からぶち当てた拳でその軌道を大きく変え、続く一瞬でメルヴィルの体に数発の拳。そのまま瞬時にディティック・ベルのすぐ近くにワープして距離をとり、打撃で今更よろめいたメルヴィルを見据えていた。ディティック・ベルも、目でついていくのが本当にやっとだった。
「やれねなら用はねえべ」
「待つっすよ、メルっち。なんでベルっちを狙ったっすか」
「……隠れでばすだはんで」
メルヴィルは何歩か後ずさりした後、背を向けて足早に去っていく。ラズリーヌは完全に姿と気配が消えると、ディティック・ベルを助け起こしてくれた。魔法の端末を拾い、まずは買い込んだ回復薬を使う。突き刺さった銛を痛みに耐えて引っこ抜き、すぐさま回復させる。なんとか気絶せずにすみそうだ。
「本当助かった……死ぬくらいなら、これ、ラズリーヌに託そうと思ったよ」
「縁起でもねーっすよ」
「あはは……そうだ。手がかりになりそうなものを見つけたんだ」
「……! マジっすか! さすがっす!」
記憶回復装置の選択肢を再び表示させる。そして、今度こそ、『はい』を押す。そしてその直後、頭の中に電撃が走ったような気がして。今まで忘れていたもの、忘れていたかったものが全部、頭の中に溢れ出してくる。
「え? ベルっち? どうしたっすか、ベルっち! しっかりするっす!」
隠れてばっかりの自分をラズリーヌが心配そうにする中、ディティック・ベルは頭を押さえ、思わず叫んで、またしても気を失いそうになる自分に耐えた。
「……追わなきゃ。メルヴィル、あいつだけは、止めないと」