◇マジカルデイジー
その瞬間、皆が全てを思い出した。
「あー……そうだったっけ」
ゲームの中にいる魔法少女たちは概ね、皆同じ反応をしていただろう。吐いたって仕方ない。気絶したっておかしくない。こんなものをいきなり突きつけられて、正気でいる方が難しい。
他のチームと共に迷宮エリアを担当していたデイジーチームは探索の途中で、記憶回復を食らった。ジェノサイ子も@娘々も例外ではなかった。初めは目を見開き、次に己を疑い、そして行き場のない慟哭を無理やり発露させる。特に@娘々は、血だらけになるまで自分の拳と頭を何度も壁に打ち付けていた。デイジーが比較的冷静でいられたのは、そんな様子を見ていたからかもしれない。それとも、初めから冷めていたのか。
自分の手を眺める。この手は、綺麗なお花の国のお姫様なんかじゃない。汚れている。あぁそうだ。モンスターを吹き飛ばすあの感触、知っていたんだ。こんなものだったと思い出していただけだったんだ。
──マジカルデイジーは、森の音楽家クラムベリーの課した試験を突破した魔法少女だ。その内容は単純、候補生同士での殺し合いだ。 殺せば魔法少女でいられる。殺さなければ、こちらが殺される。それだけの瞬間だったことを、思い出した。
デイジーはそれを簡単に終わらせた。なんの手応えもなく、あっさりと人を殺してみせる必殺の光線がこの手にあって、使わない者はいない。戸惑う他人を、襲ってくる知り合いを、逃げ惑う友達を、分解して消してしまった。自分以外の全員をこの必殺の一撃で殺し、当然のように生き残ったデイジーは、それから魔法少女としての道を歩んだ。
自分がかつて血溜まりの上に立っていた記憶なんて忘れて、華やかなアニメになって、人々に笑顔を届けようなんてほざいていたのだ。
なんだか急に馬鹿馬鹿しくなった。何が、生き物に向けてはいけない、だ。もうとっくに汚れた手のくせに、何をいい子ぶって。
ぴろりん、と、誰の心境にも不釣り合いな明るい機械音がして、魔法の端末が振動する。何の通知か、皆は確認する余裕もないだろうに。
「『記憶回復装置により、プレイヤーの記憶が戻りました。これにより、勝利条件が変更されます』」
勝利条件が変わる? 魔王を倒すではなくなるということか。魔王の姿がないことに気がつき、クリア不可能なものを修正したのか。なんて、希望に満ちた現実がここにあるわけがない。表示されたのは、無感情に記述された文字列。
『魔法少女の中に紛れた、魔王または勇者の討伐』
注釈が続く。
『勇者が討たれた場合、魔王と討伐者のみが勝者となります』
意味はよくわからない。だが、このゲームにはクラムベリーがいた。クラムベリーではないが、その薔薇を模した魔法少女がいた。つまり、これは殺し合いに他ならない。だったらこれが意味することはただ一つ。殺られる前に、殺れ、ということ。
「ねえ、大丈夫?」
「っ……美千代……昌子っ……」
「……誰?」
@娘々は頭を抱えたまま、うわごとのようにデイジーの知らない名前を呟いていた。それがもしかしたら、かつて試験で失った誰かかもしれないと思い当たり、デイジーは手をぽんと打った。デイジーだって気持ちはわかるつもりだ。デイジーが違うのは、これでよかったと思ってしまっていることかもしれない。うんうん、辛いよね、と頷き、娘々の背中を優しく叩く。そして、彼女の方を指さした。
「デイジービーム」
ぎゅん、と一筋、光が走る。光はその直線上にあったものを抉って消し去り、娘々の抱えていた苦しみごと、彼女を吹き飛ばした。主を失った首から下が崩れ落ち、どくんと大きく跳ねた心臓が大動脈の残りから血を吐き出した。赤い池ができていく。
……ゲームは終わらない。ハズレか。仕方ない。切り替えて次に行く。
「えっ、な、なにして」
「ごめんね? こんなところ、見せるつもりなかったんだけど」
「娘々氏? 嘘、それ、ほんとに……」
ジェノサイ子はパニックになっている。
デイジーは一気に距離を詰めた。ジェノサイ子のバイザーは、非戦闘時ゆえに上がっていた。彼女の無敵の魔法は、そのバイザーが下がっている時だけ有効だ。勝利条件が変わったのが、今この瞬間で良かった。
取り戻した記憶と、目の前で行われた娘々の殺害への動揺で、ジェノサイ子の反応は遅れていた。あとはクリアだけ、自分には何も起きないだろうという慢心が、デイジーに隙をくれる。
「ちょ待っ、なんで──」
「デイジービーム」
短く告げて、彼女の眼前に指を突きつけた。そして、一閃。バイザーを下ろそうとするその手ごと、彼女の上半身に光を浴びせた。娘々と同じように、何もかも等しく飲み込まれ、自慢のスーツが効力を発揮することはなくなった。彼女の残りが転がり、血溜まりは広がっていく。結局デイジービームと彼女の魔法がぶつかったらどちらが勝つかは試さなかったが、もし耐えられたら面倒なことこの上ない。
「ジェノサイ子さんも違ったかあ」
少し待っても端末からの通知もゲームの終了もなにもないことから、これでよかった、とは言い難い。が、また1つ可能性が潰れている。それならいい。
大きなため息をついて歩き出そうとし、ばしゃり、と赤い液体を巻き上げてしまった。処理を優先したせいで、気づかずに血溜まりを踏んだのだ。デイジーのスカートが返り血で赤くなってしまった。
「……まあ、いいかな」
血溜まりも残骸も含めて全部消してしまってもいい。けれど、それでは少し可哀想だ。お墓を作ってあげる余裕はないけれど、全部が終わったら、埋めてあげに戻ってこようかな。
デイジーはいつも通りの足取りで、その場から離れる。迷宮の石畳に、ぺた、ぺたと、真っ赤な足跡を残しながら。
「あ、これって、自分で消さなきゃいけないんだ」
何気なく開いた魔法の端末のパーティ編成画面から、ジェノサイ子と娘々を消した。ふと振り返ると、匂いに引き寄せられてやっていたであろう迷宮エリアのモンスターたちが群がっていて、もう2人の姿は見えなかった。