魔法少女育成計画DonutHole   作:皇緋那

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第28話『もう永遠に会えないね』

 ◇たま

 

 スイムスイムの姿をした来訪者。彼女を前にして、プフレはまず魔法の端末を開こうとする。既にスイムスイムは臨戦態勢、どころか武器を振り上げており、たまは刃を喰らわぬようどうにか柄を受け止める。

 

「そいつは『魔王の右腕』! 物理攻撃を無効化する! 通じるのは光や音だけだ!」

 

 スイムスイムの魔法は透過の魔法だ。どこでも水のように泳げるという効力はあらゆる物理攻撃に対して発揮され、そのことごとくを無効化する。こちらから攻めることはできない。

 武器を引き、今度は横薙ぎに切り払ってくる。思いっきり跳んでかわすが、着地のことは考えていない。待ち構える刃に、横から光線銃がヒットする。

 

「これは効くんでいいですよね!?」

 

 シャドウゲールの持っていた光線銃だ。スイムスイムが怯む。狙いがシャドウゲールに移った。容赦なく振り抜かれる薙刀。縦、横、さらに横、突きと次々繰り出される攻撃。なんとか対応しているが、少しの隙でも見せれば切り裂かれる。

 

「駄目ぇっ!」

 

 叫んでスイムスイムに向かっていった。飛びかかって、爪を振るって、全てがすり抜けた。彼女を攻撃しようとしても駄目だ。たまはスイムスイムの体内を突っ切り、シャドウゲールの方を突き飛ばし、自分が背中で刃を受けた。

 

「ぁぐ……っ!」

 

 鋭い痛みが走る。幸い傷は浅い。倒れ込む体を踏みとどまらせ、スイムスイムの追撃を迎え撃つ。振るわれた刃を白刃取りの要領で掴み、しかし透過の魔法ですり抜けてしまう。

 起き上がったシャドウゲールが引鉄に指をかけ、後方ではプフレも車椅子を操作する。車椅子後方からレーザー砲が出現し、スイムスイムに向かって直線の光をいくつも連射し、さすがのスイムスイムもここでは回避を選ぶ。シャドウゲールの射撃をするりと躱し、続くレーザーに対しては地中へ潜ってしまう。逃がすわけにはいかない。

 たまは彼女を追って地面を殴りつけた。魔法が石畳を抉り空間を作る。すかさず飛び込んで、爪を振りかざす。薙刀に受け止められ、弾かれたが構わない。駆けつけたシャドウゲールが銃口を向けている。

 

「これで──」

 

 刹那、スイムスイムが薙刀を持ち替えた。たまが再度殴り掛かるより先に、投擲により彼女の手から薙刀が離れる。弾を放とうとする光線銃に当たり、手から零れ落ちた。そしてスイムスイムが飛び出し、シャドウゲールのことを蹴りつけた。予想外の一撃を顔面に貰い、バランスを崩す。たまは穴の壁面を駆け上がり、薙刀を拾い上げるスイムスイムと、額を押さえるシャドウゲールの間に割り込んだ。そこへプフレも車輪を回し、レーザーを何発も放ちながら飛ばしてくる。牽制のレーザーのほとんどは最低限の動作でひらり避けられてしまうが、その間にシャドウゲールを抱えあげる。

 

「一度退こう。図書館エリアのショップに用途不明のお守りアイテムがあったはずだ。それに賭ける」

「賭けるって」

「『聖なるお守り』。触れられないものに触れられるようになる。これで効力がなければお手上げだね」

 

 シャドウゲールを抱えたまま手すりに無理やり座り、プフレの扱う猛スピードの車椅子に移動を任せる。追ってきていたスイムスイムの姿はみるみる小さくなり、わずか1分足らずでエリアのゲート部分に到達。そして迷宮から密林の街を突っ切り、図書館エリアに爆走する。ショップに到着すると、すぐさま端末を操作する。キャンディ没収イベントのせいで、買えるのはひとつだけだろう。

 

「いっそこのまま逃げてしまってもいいんじゃないですか」

 

 シャドウゲールがこぼした言葉に、ぐっと唇を噛んだ。

 魔王が魔法少女の中の誰かだとは決まっている。彼女はモンスター、ラスボスの可能性は無い。スイムスイムを倒そうとする意味はないかもしれない。彼女の言う通り、今から戻らなくたっていい。

 

「君はそれでいいのかな?」

 

 プフレに声をかけられた。びくっと肩を震わせるしかなく、すぐには答えられなかった。

 ミナエルと戦うのに怯えてしまって、何も出来なかったのに、スイムスイムからも逃げたら。彼女を直視することから逃げて、そのままなんて、胸を張って生きられない。

 魔法少女は思いが全てだ。思いに嘘はつくな。レディ・プロウドに教えられたことだ。私の中にあるのは、ルーラの教えてくれたことだけじゃない。

 

「わ、私はっ……向き合い、たい。向き合わなきゃ。私の、友達……のっ、見た目の、だからっ」

 

 声を振り絞る。うまく言えない、が、もう、穴を掘って逃げたくない思いは、きっとシャドウゲールには伝わったと思う。彼女のはっとした顔と、それから手元の光線銃に落とした目線が、その証拠だった。

 

「そもそも、逃げ切れるかの問題があるがね」

 

 淡々とした調子だったのはプフレだ。3人のキャンディを集め、購入したお守りを受け取った。左手に通して、手袋越しにぐっと握りしめた。背中の傷には回復薬を使ってもらい、いくらか楽になる。後はエリアに戻って──。

 

「いや。来るよ」

 

 ほのかに広がった塩素の匂い。地中から飛び出すスイムスイム、そして振り下ろされる薙刀。車椅子から飛び出したロボットアームが受け止め、一気に戦闘の空気に変わる。たまはまずシャドウゲールを下がらせ、プフレが捕まえている間に突っ込む。腹部目掛けて突き出した拳が確かな手応えを返し、スイムスイムがよろめき後退していく。聖なるお守りは効いている。

 

「エリアを超えて追ってくるなんて、っ……!」

「スイムちゃんッ!」

 

 繰り出される薙刀の斬撃と、透過を用いた不規則な移動。こちらの攻撃が効いても、壁をすり抜け地中を自在に動く相手に対応しなくてはならない。ゆらり、ゆらりと爪を躱し、武器を振るってくる。すんでのところで避けながら、必死に食らいつく。

 振るった爪が髪の端に届いて、桃色の切れ端が宙を舞った。大振りな横薙ぎを地面に空けた穴に飛び込んで避け、すぐさま飛び出して彼女を狙う。スイムスイムの腰から伸びた装飾に掠り、千切るのが精一杯だ。そうして反撃の斬撃をくらい、肌が裂ける。痛い、痛いだけで泣いていられない。何度目かの攻防、振り抜いた爪が頬に掠り傷をつけたが、スイムスイム相手ではうまく魔法が起動しない。魔法にはお守りの効果が乗らないらしい。

 

 頭の中に巡るのは、ルーラチームでいた頃の自分。ルーラがいて、ミナエルがいて、ユナエルがいて、スイムスイムがいた。……ルーラを裏切って壊したのは、他ならぬ自分たちで、誰も守れなかったのも、他ならぬたま自身だった、けど。

 寄り添ってくれたこと、導いてくれたこと、生かしてくれたこと。全部大事で、だから、逃げない。私は、魔法少女でいたいんだから。

 

 レーザー攻撃が援護に入る。振り向くまでもない。プフレとシャドウゲールは助けてくれている。

 背を向けたのはスイムスイムの方だった。聖なるお守りを相手にするのは不利と思ったのか。逃げるスイムスイムを追う。壁を抜けていこうとするのなら、壁に穴を穿つ。本棚を殴りつけ、ばらばらと降り注いだ本で道を塞ごうとしてくるが、それらだって、たまの魔法で消し飛ばす。そして追いついたその時、先回りしていたプフレが、妙に頑丈な扉を開け放った。咄嗟にスイムスイムを掴み、その中へと投げ飛ばす。今まで入ったことのない部屋だったが、プフレがその正体は知っていた。この部屋の中にいるのは──部屋の奥部を埋め尽くすような長い髪とドレスを纏う真っ黒な姿、ハードゴア・アリスの映しである不死の令嬢だ。

 扉が開いた途端、モンスターとしてプレイヤーと敵対するのではなく、彼女はハードゴア・アリスの記憶として、スイムスイムを狙っていた。黒い髪がうねり、病的な白い手が暗闇からいくつも伸びてくる。だが彼女からの干渉もスイムスイムには通じない。歯牙にもかけず、スイムスイムはまたこちらを見据えると、刃を投げつける体制に入った。その手を光線銃が撃ち、投擲がキャンセルされる。

 

「聖なるお守りだ! 投げろ!」

 

 プフレの声がした。たまは手にしていたお守りを、言われるがままに無我夢中で投げつけた。お守りはスイムスイムの横、不死の令嬢の手に渡り、確かに握られた。そしてその瞬間、令嬢からの全ての干渉がスイムスイムに通るようになり、部屋を埋め尽くすような髪の毛や無数の腕が、彼女を引きずり込もうとする。

 

「っ……」

 

 無表情のまま引きずり込まれようとするスイムスイムに、たまは口元を押さえた。手を伸ばしてもがく彼女に前にして、その手を取らなきゃと感じた。でも、動かない。記憶は記憶だ、と先程プフレが言っていたように、目の前の彼女はスイムスイムではない。あの子はもういないんだから。

 

「……ごめんね。スイムちゃん」

 

 私はルーラにもスイムちゃんにもなれない。できるのは、背負って、生きていくことだけ。

 

 薄桃色も、水着の白も、闇の中に呑まれて見えなくなっていった。不死の令嬢がそれ以上姿を見せてくることもなく、スイムスイムを──『魔王の右腕』を見送って、呼吸を整えたら、その部屋を後にしようとする。

 

「バイバイ」

 

 あの日言えなかった訣別を、やっと果たせたような気がした。

 

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