第2話『リスタート』
◇たま
スノーホワイトとばったり出会ってから、しばらく経った。彼女と会うことは元々多くなかったが、一時期何度も会って話し、仲良くなってきたと思ったところで、急に少なくなっていった。なんでも彼女の指導役──ピティ・フレデリカが、他ならぬスノーホワイト自身の手で逮捕されたとの話だ。そう、プロウドから聞かせてもらった。例え指導役の立場だろうと悪を許さない。魔法少女らしく、スノーホワイトらしかったと思う。
だからといって──犬吠埼珠の友人としてたまにお茶をする姫河小雪には、そんな英雄性は見えなかった。魔法少女が好きで、心優しく、大人びた美少女。珠にとっては眩しいくらいの。あんなふうにはなれない。珠にはなれないものばっかりだ。
辛うじて人助けのパトロールだけはやるようにしていたが、それとプロウドに会う以外の時間、引きこもりには余った時間が多すぎた。何か没頭するものが欲しくて、魔法の端末をいじっていた。
その中に、ふいに、とあるメールが目に止まる。
「……『魔法少女育成計画』」
あのゲームと同じタイトルだ。たまたちが魔法少女の世界に引きずり込まれた元凶であるソーシャルゲーム。クラムベリーの死とともに、いつの間にかサービス終了していたはず。そのゲームからのお知らせが、今更どうして?
どうにも気になって、試しに開いてみる。すると次々と説明文が流れ、読めない漢字と最近覚えた漢字の混じった文章たちを理解する間もなく、一番下までスクロールしてしまった。そこにあった登録ボタンには触れないようにしようと決め、メールを消そうとした。だがなぜか登録ボタンが押されてしまった。それ以外の操作を受け付けなくなった魔法の端末は、かちり、消し忘れていた効果音とともに、表示を変えた。
『それではゲームをスタートします』
光に包まれ、気がつくと──犬吠埼珠は魔法少女たまへと変身していた。いつの間に、自分の意思に関わらずの変身。そして自室にいたはずのたまは見覚えのない荒野に立っている。慌てて周囲を確認する。現代日本らしからぬだだっ広い荒野に、申し訳程度の廃墟がある。ここはどこなのだろう。端末を確認すると、ほとんどの項目がロックされており、まるで始めたばかりのゲームのようだ。
「チュートリアルモード……?」
魔法の端末が勝手に画面を表示する。敵を倒して、マジカルキャンディを手に入れろという表示が流れ、さらに『スケルトンが5体現れました』のアナウンス。わけもわからないまま、目の前の地面から骸骨が5体這い出てきて、カタカタ鳴りながらたまに襲いかかってくる。襲いかかってくるといっても、その速度は手加減したプロウドよりも遅い。戸惑いながらも身構え、飛び込んできた1体を肉球グローブでぶっ叩き、2体目はすれ違いざまに足を払って蹴っ飛ばし、奥で見ていた3体目と4体目には同時に爪を振るって、魔法を発動。穴を掘る魔法によって骸骨はバラバラに弾け飛び、残り1匹。互いにじりじりと見合い、動き出すと共に張り手を一発。あっさりスケルトンは崩壊して、敵はいなくなった。
『マジカルキャンディを5手に入れました』
「な、なに、いまの……」
まるで一昔前のゲームのような、安っぽいファンファーレが鳴り響く。新手が来る気配はない。しばらく周囲を警戒し、ようやく解いて深くため息をつく。それから、先程聞こえたアナウンスのことを思い出した。マジカルキャンディ。知らないはずはない。ゲームの魔法少女育成計画における通貨であり、あるいはクラムベリーが行った死のゲームにおける生死の指標だ。毎週最も少ない者が死ぬ、そんなふざけたルールで、たしかにたまは命が消えるのを見た。ルーラの死がフラッシュバックして、吐きそうになるのを堪えた。
これがあのゲームの続きなんだとしたら、マジカルキャンディは最重要。端末に表示された『5』の数字に半ば戦慄しながら、次のメッセージが『街に向かってください』だと気がついて、遠くを見る。確かに遠方に建物の群れが見えた。
「あそこに行け、ってことなのかな」
行かないことには何も始まらない。たまは歩き出し、いつまた骸骨が出てくるのかとおどおどして、結局街に着くまで骸骨は現れなかった。
たどり着いても街に人影はなかった。そこにビルがあるだけで、取り残されたというより、初めから誰もいなかったように思える。知らない街、知らない景色。割れた窓ガラスから見える建物の内部に生活の痕跡は見られず、ひたすら無。外見だけのコンクリートの塊だ。いくつか見て回っても、全部同じ。
「どうしよう」
宛がない。なさすぎる。あまりの心細さに誰かに連絡しようと発想して、端末を操作しにかかる。ない。どれだけ探しても、他人と電話をする機能は見つからず、メールボックスもゲーム内メッセージのログでしか辿れない。ないない尽くしだ。しらみ潰しにも意味があるとは思えず、途方に暮れそうになった。その時、かすかに、魔法少女の匂いが鼻に届いた気がした。
「こっち……かな?」
犬の魔法少女であるたまの嗅覚は、実は鋭い。これまで何かに使ってはこなかったが、プロウドの鍛錬のおかげで覚えた。魔法少女にも少なからず匂いがある。そしてそれが感じられるということは、間違いなく他にも魔法少女がいる。鼻孔を動かし、嗅覚で追跡をする。するとその先で、開けた広場のような場所に出た。
「あ……!」
思わず声が出る。誰もいないと思っていた世界で、初めての人影。そこには3人の魔法少女だ。1人は車椅子に座り、1人は黒いナース服に身を包み、1人はぴっちりとしたスーツのヒーローらしい姿だった。魔法少女らしい可愛らしさと統一感の無さが安心感をもたらしてくれる。
「はぁああ……やっと誰かいた……!」
腰が抜ける。その場にへたりこんだたまの元へ、ぴっちりスーツの魔法少女が駆け寄って、大丈夫かしらと声をかけた。続いて黒いナース、最後に車椅子上の眼帯少女が続いた。
「立てるかしら?」
「は、はい、なんとか。安心して腰が抜けちゃって」
照れ隠しの愛想笑いに、彼女も微笑み、手を貸してくれた。立ち上がって4人が丁度並ぶ。そして真っ先に、目の前の魔法少女は右手を高く掲げ、左手は胸元を押さえるようにして、声を響かせる。
「我が名はマスクド・ワンダー! 力ある正義の体現者『魔法少女』!」
盛大な名乗り。呆気に取られていたたまだが、一拍遅れて、肉球で拍手をした。その後に割り込むようにして、車椅子の少女が口を開く。
「私はプフレ。こちらはシャドウゲールだ。君は?」
「え、えと、たま、です」
プフレにより紹介されたシャドウゲールは会釈をして、たまはそのまま返すみたいに会釈をした。何事もなかったかのような流れに、マスクド・ワンダーの方を見る。まだポーズをとっていた。
「たま、たま……どこかで聞いたような……いや、気のせいか?」
例の噂のせいで名前が広まっているかもしれない。プフレの独り言に驚いてビクッとしてしまったが、思い出されなかったようで助かった。あの噂に応じた扱いを受けるのは嫌だ。
その時に、全員の端末からファンファーレが鳴り響き、驚いたたまとシャドウゲールが端末を落としかけ、起動した端末からはホログラムが浮かび上がる。立体映像で、白と黒の、潰れた金魚のような形をした何かが浮かび上がる。電子妖精だ。
「魔法少女のみなさんこんにちはだぽん! 『魔法少女育成計画』のマスコットキャラクター、ファルだぽん!」
「ファル……? ファヴじゃなくて?」
「ファルはファルだぽん。たぶん妖精違いだぽん」
たまの知っている名前ではなかったが、しゃべり方は同じだ。そもそも、あれが入っていた端末はたまが壊した。必死に喚いていたのを思い出す。魔法の国に同じデザインの妖精がいても、不思議ではない、けど。
「質問いいかしら。これ……魔法少女育成計画って、何なのかしら」
マスクド・ワンダーの問いに、ファルは左右に振れながら答えた。
「『魔法少女育成計画』は魔法少女のための新世代フルダイブ型ゲームだぽん。仮想空間での訓練や選別を想定されて作られた特別な試作品だぽん」
「こ、これって本当にゲームの中なんですか?」
「その通りだぽん! 『魔法少女育成計画』は魔法少女のための……」
同じ説明かつ、2回聞いてもよくわからないので、それ以降たまが質問に手を上げることはなかった。それから、ルールが複数説明される。テストプレイヤーに選ばれたこと、賞金が出ること、三日ごとにログアウトさせられること。たまの知っている『魔法少女育成計画』とはルールが異なっていた。このマジカルキャンディというのも、ゲーム内ショップで使用する通貨の名称らしい。武器を買うのに寿命は必要ないようだ。きょろきょろ周囲を見ると、ゲームの中であることは予想がついていたらしく、皆に驚きはなかった。そして理不尽な強制参加についても、薄々『そういうものだろう』と感じていたせいか、プレイの続行を問うファルにノーを返す者はいなかった。
「それでこそ魔法少女だぽん。健闘を祈るぽん」
ファルの映像が消えた。説明は以上だろう。すると早速、プフレが魔法の端末を何やら操作しており、わざとらしくふむふむと頷き、画面を見せてきた。
「パーティ登録、という機能がある。4人まで出来るようだね。丁度4人いる。折角だ、協力してゲームをクリアしようじゃないか」
わけもわからないまま参加させられていた『魔法少女育成計画』。あの名を冠して、本当にただのゲームなのか不安は付きまとう。だが、新たにできた魔法少女の仲間に、内心浮き足立っていたかもしれない。
「もちろんいいわよ。こちらからお願いするくらいだわ」
「ぁ、わ、私も!」
マスクド・ワンダーに続き、慌ててたまも宣言する。シャドウゲールには答えを聞いていない、聞くまでもないらしく、4人パーティが結成された。この後、パーティを組んだ記念にと、マスクド・ワンダー主導の円陣に付き合わされるたまなのであった。