魔法少女育成計画DonutHole   作:皇緋那

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第29話『切先よ笑え』

 ◇リオネッタ

 

 現れたクラムベリーへと、カプ・チーノが飛び掛る。上段から3連発のジャブを放つ。クラムベリーは首を傾けるだけでそれを避け、チーノの胸元に肘を叩き込む。呼吸器が傷付き、逆流した血に咳き込むが、それにすら構わずチーノは拳を振るう。意識を上に持っていき、本命のローキックを通しにかかる。しかしクラムベリーの対応は速い。側頭部を殴りつけられ、並大抵の魔法少女なら首が吹き飛んでいるかのような一撃に、チーノは大きく転がっていってしまった。

 クラムベリーはチーノには一瞥もしない。こちらを品定めするように見ている。その狙いがペチカに向くことを恐れ、リオネッタは自らが動く。この手にある鉤爪、キャンディをかき集めて図書館エリアで購入した「武器+7」は、最高補正値には届かないにしろこれまでのモンスターならあっさり切り刻む。それをぐっと、片肘と片膝で挟んで止められたかと思うと、次の瞬間にはリオネッタ自身に激しい衝撃が叩き込まれた。

 

「ぐっ……!!」

 

 歯を食いしばる。クラムベリーが操る音の衝撃波だ。那子はこれにやられたのだろう。それでもと人形の腕を伸ばし、クラムベリーに巻き付け捕縛しにかかる。いくら本物でないとしても、クラムベリーを相手に奥の手を隠している余裕はないのは知っている。手首に仕込まれた刃を剥き出しにし、このまま殺しにかかる。そしてそれを、指で弾くだけで振動の増幅により破壊し、リオネッタが離れられないのをいいことに何度も殴りつけてくる。一撃一撃が重すぎる。芯まで響いてくる気絶しそうな攻撃の連続、気概がなければ耐えられなかっただろう。

 

「こん、の……っ!」

 

 お嬢様らしからぬ絞り出した声での反撃。自由な腕での爪撃はガードされ、袖を裂いただけ。突き刺そうにも手首を掴まれ、組みつている本体ごと地面に叩きつけられる。轟音で荒野が抉れ、離れなければまずいと直感し、伸ばし巻き付けた蛇腹を戻そうとして、今度はその機構を掴まれた。再び投げ飛ばされ、チーノが転がっていったより遠くの地面に激突。一瞬、視界が白くなり、目の前に火花が散った。それでも、球体の関節をぐりんと回して強引にでも立ち上がる。

 

「貴女の相手はこっちですわ……ッ!」

「ほんと……無視するな、っての!」

 

 どうにか復帰したチーノとともに仕掛ける。左右同時の挟み撃ち、だがクラムベリーの放つ打音にはそんなこと関係ない。大きな壁を叩きつけられたかのような感覚と共に押し返され、吹き飛ばされる。それでも吐きそうな血を口の中に留め、飲み込み、立ち上がった。

 

「待ち、なさっ……!」

 

 脚部の損傷がひどく、膝をつく。チーノの傷はもっと酷い。それでも、リオネッタと彼女の思うことは同じだ。ペチカだけは、あの子にだけは触れさせないと、振り絞っている。

 それを嘲笑うかのように、悠々と、クラムベリーが1歩ずつ、また1歩とペチカと那子に迫る。這いつくばってでも間に合わせようと脚を動かそうとして、ふいに、クラムベリーは何も無いのに回避行動をとった。

 

「え……?」

 

 クラムベリーの金髪が切られ、はらりと舞う。一体なにが起きている。クラムベリーの目線の先を見ると、立っていたのは、これまで攻略を共にしてきた魔法少女ではない。侍姿の魔法少女──アカネが、日本刀を手に笑っていた。

 

「音楽家ァ……やっと……やっと! また、会えたなッ!!! 音楽家ァアアアッ!!!」

 

 その笑みと雄叫びは狂気、或いは妄執の域にあった。ひたすら刃を振り回しながら、アカネが一気に距離を詰めていく。無茶苦茶に振り抜かれる日本刀だが、その軌跡の通りにクラムベリーの周囲で斬撃が巻き起こる。音楽家の驚異的な身体能力に対応されているが、斬撃を飛ばす魔法は時に標的の髪や袖に掠っている。

 リオネッタはこれ幸いと、アカネが襲いかかっている隙に端末を起動。回復薬を惜しみなく己とチーノ、那子に連打し、ペチカには逃げるように目配せした。彼女は那子をなんとか背負うと、走り出してくれる。少しだけ安心して呼吸を整えたら、アカネの声が響く中、クラムベリーへと向かっていく。アカネは笑っていた。刃を振りかざし、その斬撃がいくら避けられようと、いくら己がクラムベリーの攻撃に傷つこうと、笑い声は響かせ続けていた。

 

 ──そのお陰で、クラムベリーの使う『聴力』が潰れている。チーノとリオネッタは一瞬のアイコンタクトから、同時にクラムベリーの背後に回る。クラムベリーはアカネの身を捨てた連続斬りに夢中だ。リオネッタが突っ込む。アカネの斬撃に巻き込まれてボンネットの顎紐が切れようが構わない。振りかぶった鉤爪がクラムベリーの背に突き刺さり、肉を削ぎ取りながら引き裂いていく。続くチーノの突貫が背後から肩を襲い、渾身のハイキックが片腕を脱臼させる。脱力して伸ばされた瞬間をアカネは見逃さず、クラムベリーの左腕を切り落とした。残った右腕がチーノを逃がさぬよう彼女を殴りつけ、片脚を折り脇腹を抉ったが、腕を奪ったのは大きい。

 

「っ……ぐ、はぁ、ハハッ! 魔王の左腕のくせに……左腕! 取られてやんの……ッ!」

 

 チーノはアカネに釣られて笑っていた。よろめき倒れ、体力は限界だ。彼女が攻撃を引き寄せたお陰で、リオネッタはまだ間合いにいる。人形の体に仕込んだ暗器を総動員して、今度こそ切り刻んでやると飛び込もうとし、クラムベリーが掴んだアカネの刃で切りつけられた。バキバキと木の砕ける音がして、ヘッドに大きな傷がつく。が、互いにそんなことは眼中にない。リオネッタがアカネを蹴って、日本刀を引き抜かせた。アカネはその勢いを利用して袈裟斬りをかまし、躱されても構わず、突っ込んでいく。

 既に衝撃波も打撃も幾度となく食らっているアカネは満身創痍だ。しかしあの有様では、己のダメージに気がついてさえいないだろう。そして強靭な刃より先にはそれを握る指が砕かれる。取り落としそうになった柄を咥え、それでも切り裂こうとするが、刃を蹴り付けられて弾き飛ばされる。アカネの手から武器がなくなったと見るや否や、クラムベリーは彼女を羽交い締めにし、リオネッタに向ける。

 今更人質に躊躇うリオネッタではない。アカネがどうなろうと構わない。はずが、その刹那、あの日々──強要された殺し合いのことがフラッシュバックして、逡巡してしまった。構えた刃が鈍った。

 アカネには、そんな鈍りはない。拘束が緩む一瞬の間に、脇差を抜き放ち、一切の躊躇いなく己の腹に突き刺し、自分ごとクラムベリーを貫いた。アカネの体で縫い止められたクラムベリーに、逃げ場はない。

 

「……これで、終わりですわ……!」

 

 忌まわしきその首筋目掛けて、突き刺し、引き裂いた。頭部が胴体から切り離され、残った首から数多の血を吐き出しながら、クラムベリーが倒れ伏す。アカネはそれでも立っていた。崩れ落ちたクラムベリーを見下ろし、その濁っていた眼に、ほんの少しだけ光を取り戻した。

 

「がは……ッ、は、はは……はぁ……やっ、た……これで……やっと、行ける……」

 

 全てをやり遂げたような顔をして、立ったまま、ほどなくしてアカネは息絶えた。彼女もまた、クラムベリーによって激しく人生を壊されていたのだろう。その妄念に来るべき終わりが来たとすれば、幸せだったのかもしれない。

 リオネッタは彼女が使っていた日本刀を拾い上げると、その眼前の地面に、墓標代わりに突き立ててやった。アカネには、敬意を表する他ない。

 

「あとは……チーノさん……!」

 

 それからチーノを助け起こし、肩を貸す。互いによろめきながらしか歩けないが、生きてはいる。

 

「は、はは……トドメ、あたしも刺したかったな」

「あら、意外と贅沢言いますのね」

 

 早く、ペチカの下へ戻らなければ。敵はクラムベリーだけではない。未だ姿見えぬ魔王が潜んでいる。

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