魔法少女育成計画DonutHole   作:皇緋那

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第30話『デイジーグラビティ』

 ◇マジカルデイジー

 

 魔王でも勇者でも、当たりを引くまで出会った先から全員しらみ潰しにしていけばいいと思い、デイジーは迷宮エリアの街を目指して歩いていた。確か魔王城で聞いた話によると、ここを探索しているのはデイジーの他にもう1チーム居る。プフレ率いるパーティだ。

 もしかしたら彼女らはデイジーを魔王と疑っているかもしれないし、既にジェノサイ子と娘々が見つかっているかもしれない。けれど、プフレたちが前線に立つタイプではないことは知っている。

 歩いているうちにゲームが終わってくれたらと期待もした。けれどその気配もなく、それより先に、出会ってしまった。

 

「会いたかったわ」

 

 ぴっちりとした黒いボディスーツに紫のマントとブロンドの髪をなびかせ、こちらを見据える魔法少女。マスクド・ワンダーだ。出来れば出会いたくないと、頭の中から消していた。そしてこの表情を見るに、もう2人のことは見つかっている。だとしたら、対話の必要はない。

 

「デイジービーム」

 

 狙いは正確に、人差し指から迸った光はワンダーの頭部へと突き進んだ。が、消し飛ばすことはなく、体を逸らして避けられた。よって、構えた腕は下ろさない。奥歯を強く噛み締めながら、狙いを取り直す。

 

「もう名乗りもしないのね」

「だって私は」

 

 お花の国のお姫様でもない、ただの人殺しだ。そう答えようとして、その先を遮るように、ワンダーは地面を蹴った。軽いステップでありながら、急速にデイジーの元へ接近し、次のビームを放つより前にデイジーは蹴りを食らっていた。対応できない速度に吹っ飛ばされ、石畳を転がって、即座に立て直す。膝をつきながら叫び、胸元を狙った反撃のビームはまたしても避けられた。

 

「デイジー! あなたの正義は、あなたの『魔法少女』は……あんなことだったの?」

「知らないっ! デイジービームッ!」

 

 腕を動かし横に薙ぎ払ったのを屈んで避けられ、斜めに振り下ろしてもステップに躱される。再び距離を詰めてくるワンダーに、純粋な速度では勝てない。ビームの照射を捨て肉弾戦に移し、両腕をクロスさせて受け止める。一撃が重い。重すぎる。

 

「ぐっ……! これがマスクド・ワンダーの……ッ!」

 

 恐らくは彼女の魔法。確か、重さを操るというものだ。衝撃は最大限逃がしたつもりなのに、折れていないのが不思議なくらいだ。デイジーにとって両腕は砲台も同然。かといってあれを体に食らうのは臓器への負担が大きすぎる。

 思考を回しつつもデイジーは食らいついていた。動く時は軽く、放つ時は重い。その遠心力を常識外れに用いた急加速。念頭に置かなければとうに頭蓋が割られているだろう。視界と思考を切り替える。

 拳を逸らし、手刀には退き、上段蹴りには屈んで足払いには跳ぶ。連続パンチをひたすら避け、最後の一発を流して飛び込んだ懐に膝蹴り。うまく入れられたはずが、こちらの攻撃は軽くされている。手応えが全くない。なのに、返すワンダーの頭突きは隕石のような衝撃だ。脳が揺らされ、よろめいてしまう。

 続く飛び蹴りには反応しきれず、咄嗟に防御よりも指を差す。デイジービームの「デ」が紡がれると同時に光が充填され、空中にいるワンダーには避ける術が──ないはずだった。

 

「デイジービーム……っ!?」

 

 次の瞬間にはワンダーは地面に、半ば叩きつけられるように降りていた。自身の質量を一気に上げ、重力に引かせたのだ。そして飛び蹴りをキャンセルし、デイジービームを頭上にすかすと、屈んだはずみに跳躍。上から振りかぶった右ストレートが飛んでくる。重力増幅による加速のタイミングを予測して確実に躱し、回し蹴りを側頭部に入れ、受けきったワンダーに掴まれたのをビームで牽制。手が離れると共に彼女を蹴り付けて間合いを合わせ、次に来るフックには屈み、返すのはアッパー。

 息をつく暇もない。互いに回避と距離の調整を繰り返していく。殴り合いではあちらに分がある。だがデイジービームの存在は無視できず、警戒を強いている。ほんの少しだけワンダーの攻勢が緩んだ時、デイジーは叫んだ。

 

「ワンダーさんはっ、思い出してないんですか、クラムベリーの試験のこと……!」

「……思い出したわ。私だって同類よ。けど、これまで信じてきた正義が嘘や間違いだったとは思わない。これが私の魔法少女。正義を貫くことが!」

「私は……魔法少女の中の誰かを殺さなきゃいけないって言うなら、全員殺してもいい」

「それが! あなたの魔法少女なの!?」

 

 力ある正義の体現者。ワンダーの言う魔法少女とは、超常の力を手に、それを正しきことのために振るう者。今のデイジーはそうじゃない。それは分かっている。分かっているけど、それでも手を止められない。

 

「デイジービーム!」

 

 駄目元で放った一発は届かない。それは分かっている。誘導でしかない。ビームを囮に飛び込んで、拳と拳が激突する。デイジーの速度と威力では彼女に及ばない。それを理解した上で仕掛けたつもりだった。だが重さを操る魔法に身のこなしを狂わされ、攻撃が遅れた。

 

「ぁぐっ!?」

 

 狙われたのは左腕だ。肘関節を狙ったハイキック。今のは魔法少女といえども骨を砕かれた。逆方向に曲がっている。片腕は持っていかれた──が、わざわざ腕を狙うということは、対話の機会を残そうとしている。デイジーにその気はない。

 

「デイジー……ッ!」

 

 これまでの戦闘で砕けた石畳、その破片をワンダーの脚が巻き上げ、視界が乱れる。砂利が目に入ってしまう。構えた途端に照準が崩れ、デイジーは土埃の中を警戒した。いや、違う、後ろだ!

 

「ッビィーム!」

 

 振り向きざまに放った閃光。ワンダーの眼前を通り抜けたその光は、はためいた彼女の前髪と、繰り出されていた拳を通り抜けた。ワンダーの右の前腕が、あまりにも綺麗な断面で斜めに切断されている。間に合わないつもりでそのまま前転で回避を行ったデイジーは、ずるりと落ちて、初めて自分がワンダーの腕を奪ったことを認識した。

 喜ぶ暇も、罪悪感を抱く暇もない。ワンダーは腕から血が迸ることなど構わず、地に落ちた己の腕を拾い上げると、それをこちらに向かって投げつけた。腕の中に残っていた血液が飛び散る。それで目を眩ませたつもりか。投擲されたものを消し飛ばせばいいだけ、と構え、それだけではないことに気がつく。投げつけられた腕の輪郭が歪んでいる。いや、『重くなりすぎて』『周囲ごと』歪んでいる。

 

「デイジービームッ!」

 

 溜めている暇はない。ワンダー自身も仕掛けてきている。あの腕が重力崩壊を起こす前に、確実に消し去る。折られた手を無事な手で掴み、激痛にも構わず辛うじて動く指を全て伸ばす。両手のひらで花の形を作る、大口径のデイジービーム『カノンスタイル』だ。普段なら通常版で事足りるが、確実に全部を消す。その気配を察知したワンダーが跳ぶと同時に、空中で重力崩壊しようとしているワンダーの腕を、極太のビームが呑み込む。ブラックホールは出現する前に消し飛んだ。

 

 それで終わりではない。上空から、跳んだ直後のはずのワンダーが風を切り飛び蹴りをかましてくる。後方に跳んで回避し、石畳の床にクレーターが出来るのを目前にし、その着地の瞬間を狙いもう一発カノンスタイルを放つ。攻撃範囲が広い以上、回避に注力しなければならない。ワンダーは思いっきり横に移動し、残された片腕で来る。これなら読める。加速の癖まで頭に入れ、最適なタイミングでハイキックを繰り出した。折られた意趣返しに、そちらの左ストレートもキックで逸らしてやった。その瞬間に目が合う。ワンダーの眼は、正義に燃えている。

 

「対話はもはや不可能ね」

「初めから、話し合いなんか要らないよ」

 

 ワンダーが全力で地面を蹴り付け、衝撃波とともに距離がリセットされる。幾度となくビームに撃ち抜かれ、ボロボロになったマントの切れ端を舞わせながら、彼女は再度降り立ち、片腕の先をなくしながらも、気高く構えた。

 

「──悪を許さぬ正義の化身! その正体は敵か味方か! 我が名はマスクド・ワンダー! 力ある正義の体現者『魔法少女』!」

 

 その名乗りと勝利のポーズは、デイジーへの手向けか、遺言のつもりか。どちらでもいい。デイジーは口元の血を拭い、自分の口角が上がっていることに気づく。

 そうだ。クラムベリーの試験を乗り越えて、アニメ化までされて、いろんな敵を目の前にしてきた。だけど、これまでの何よりも、本能は今この時に熱くなっている。

 生き残りたいんじゃない。私が欲しかったのは、実感だけだったんだ。

 

「私は……お花のお姫様じゃないけど。応えるよ。私は、今の私が『マジカルデイジー』だって!」

 

 吼えて、飛び出した。私は魔法少女じゃなくていい。私の正義はなくていい。息苦しさも何もない、ただぶつけ合う、この瞬間が、私のマジカルデイジーだ!

 

「デイジー……ビィームッ!!」

 

 右手から放ったデイジービームは空を切った。マスクド・ワンダーは止まらない。間合いに入り、互いに残った片腕で、砕けるまで殴り合う。ワンダーは唇を噛み締めた。デイジーは思わず笑みをこぼした。咄嗟に巻き上げられた石片をビームで一掃し、キックにはキックを合わせ、合わされ、顔を付き合わせるほど近づいたら互いに頭突き。目眩しながら立て直し、動かぬ腕をも防御に使い、上腕骨を居られてもやっと届かせた拳がワンダーの頬を打ち、その拳を先のない腕で払い除けられた。

 そして、ワンダーの全体重どころかその何倍もの威力を乗せた全力の手刀に対応できず、デイジーの右腕が千切れ飛ぶ。間もなく突き刺さる脇腹への蹴りに肺から空気が漏れる。構えられた拳が、デイジーを貫かんと迫るのが見える。

 右腕は無くなった。左腕は折れて動かない。だとしても。銃口となる指先そのものはまだある。

 

「──デイジービーム」

 

 折れていた腕を自分の膝で蹴りあげ、指先をワンダーに向かせた。既に彼女の拳は迫っている。ビームの合図は最小限。それでいい。光と拳が互いの体を貫いたのは、ほぼ同時の出来事であった。

 

 肉を抉り、血が飛び散る音。そして訪れる沈黙。デイジーとワンダーは無音の中にあり、その無音は、ワンダーが倒れ伏したことで破られた。彼女は顔面をデイジービームに貫かれ、片眼と脳幹を喪っていた。もう動かない。

 対するデイジーも、ワンダーの一撃が腹を破っており、致命傷には違いなかった。風穴が空いたまま、どくどくと、流れ落ちてはいけないものを流れるままにして、名残惜しさに笑った。

 

「……あとは……そうだ、正義……正義、を……っ」

 

 己が助からないことは知っている。ワンダーは殺した。であれば、彼女が成すはずだった正義を、ひとつでも。

 デイジーは致命傷を負っているとは思えないような軽い足取りで、戦場を後にする。

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