魔法少女育成計画DonutHole   作:皇緋那

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第31話『探偵の意地』

 ◇メルヴィル

 

 メルヴィルはクラムベリーに憧れていた。否、今も憧れている。崇拝している。彼女を忘れたことは片時もない。いつかクラムベリーを超えたい、その一心で魔法少女であり続け、必要とあらば彼女の試験に協力し、そしてあの最後の試験が訪れた。クラムベリーはどこぞの馬の骨とも知れない女に殺され、スノーホワイトによって全てが暴かれ、メルヴィルもまた魔法少女の資格を剥奪された。

 ゲームが始まった時、狂喜した。クラムベリーの試験で見た覚えのある顔ぶれが並んでいた。試験の勝者を集め、今一度再演しようとしている。そんなことをしようとするのがクラムベリーでなくて誰なのだ。

 ──彼女さえ参加していなければ、そう純粋に喜んで、殺し合いと疑心暗鬼の演出に回っていただろう。

 

 魔法少女、たま。音楽家殺し。忌々しいあだ名がつけられたものだ。メルヴィルは官憲の手が己に伸びるまで、必死で彼女のことを調べた。あんなに強かったクラムベリーを殺したのが何者なのか、どんなに強いのか、調べあげた。

 だが結局、それは偶然の産物でしかないと結論付けた。あれ以上は同じ試験の中でも多数いた。ならば彼女を殺し、己が再びクラムベリーになると誓った。

 誓って、いまだ果たせていない。

 

 メルヴィルの中では全ての計算が狂っていた。勘定に入れ忘れていたのは、己の執着心だ。最初にたまを始末しようとし、それが失敗した。その時からおかしくなった。大人しく、厄介そうなマスクド・ワンダーから潰していればよかったのに。たまとプフレのせいでプレイヤーキルを狙った襲撃犯として第一候補となり、単独行動に移るしかなくなった。

 いや、単独行動でも、本腰を入れて狙えば暗殺は可能だったろう。そうしなかったのは、まだたまを殺していない、クラムベリーの復讐を果たしていないことが、頭の中にこびりついていたからだ。そうに違いない。

 金さえ出せば従うリオネッタを使うという発想もあった。現実世界でリオネッタの隠れ家に金を置き、居所を知っているぞと一方的に宣告した。だが、驚くべきことに、脅迫込みでなお拒絶された。プレイヤーキラーとの繋がりは不利だと判断したのか。不可解だったが、協力者を作るという線は諦めざるを得なかった。口封じをしなかったのは、狭い図書館エリアには隙がなく、魔王城では全員が固まっていた。

 

 だから、そう、ディティック・ベルを殺し損ねたのも、その大きなミスの1つだった。あろうことか、初撃に勘づかれ、ラズリーヌが駆けつける間を与えてしまった。記憶回復装置、だったか。あれが起動したせいで、皆がクラムベリーのことを思い出した。

 クラムベリーへの憧れから変身した、同じ薔薇のエルフの魔法少女であるメルヴィルは明らかに警戒されているだろう。己の姿を魔法により風景と同化させながら、エリアを移動する。魔王城を抜け、密林エリアを目指して図書館エリアを急ぐ。たま達の担当はそのもう1つ先、迷宮エリアのはずだ。

 

 やはり奴から片付ける。彼奴さえいなければ……!

 

「止まって」

 

 しかし、見えないはずのメルヴィルに向かって、ディティック・ベルはステッキを構えてそう告げた。ラズリーヌの姿は無い。奇襲を狙っているのは見え見えだ。その髪飾りでディティック・ベル自身がラズリーヌのワープポイントになっているのは、先の襲撃の際に種が割れている。

 今更ディティック・ベルが1人で出来ることなどたかが知れている。魔法もゲーム内では機能しなければ、身体能力も魔法少女の中では劣る。試験においても隠れて、周りが潰し合ったおかげで生き残ったような相手に、そう労力はかけていられないし、要らない。

 

 銛を番え、引き絞る。無造作に放つ。ディティック・ベルが慌てて飛び込み回避すると、着弾した地点には衝撃でクレーターができる。

 パーティから持ち逃げしたミラクルコインは、レアドロップを齎してくれた。『力の護符』と『邪神の弓』はともに迷宮エリアのモンスターから手に入れたアイテムで、これらがあれば魔王城にある最高補正の武器をゆうに上回る威力が得られる。そして番えるのはメルヴィルのコスチュームに付随した無尽蔵の銛だ。攻撃が絶えることはない。

 また弓を引き、放った。ディティック・ベルには近づく暇すら与えない。このままではただ徒に体力を奪われるだけだと、彼女も接近戦に持ち込もうとする覚悟をしたらしい。一気に距離を詰めようと駆け出し、放たれた銛を間一髪でかわし、余波で袖が少し破けていた。さらにもう一発が帽子を掠め、彼女のハンチング帽は飛んで行った。ステッキの間合いに入る。が、こちらは避けるまでもない。

 メルヴィルは片手でディティック・ベルの突き入れたステッキを掴み、むしろ引っ張ってやった。バランスを崩し、メルヴィルと衝突しかけるディティック・ベル。さすがにこのままだとただ刺されて終わるとは理解していたらしい。武器を手放し踏みとどまり、今度は懐から小さなナイフを振るってくる。がむしゃらに振り回しても、当たるはずがない。

 メルヴィルは奪ったステッキで彼女の頬を打つ。同じ武器なのに力の護符によって増幅された攻撃はディティック・ベルの体を突き飛ばし、倒れさせるには十分であった。

 

 「くっ……!」

 

 ナイフを取り落とし、地面を転がっていく彼女に見せつけるように、ステッキをその辺りに放り投げ、投げた先を一瞥もせず番えた銛で脚を撃ち抜いてやる。這いずる彼女の片足が地面に縫い止められた。武器を失い、脚の自由も奪われ、もはや彼女自身に打つ手はない。

 

 「早ぅラズリーヌさ出せ」

 

 脅しの一発。顔を上げたばかりのそのすぐ横を通過し、彼女の頬に一筋の傷が入る。明らかに勝てない相手に、1人で向かってくるほど愚かではないはずだ。奥の手を出せ、と突きつける。ディティック・ベルが歯を食いしばる。

 ゲームが始まってくれてよかった。『子供達』に相応しくない弱者を、この手で伐れる。

 

 「……クラムベリーなら」

 

 彼女の口からその名が出て、少しだけ手を止めた。

 

 「私を殺し損ねたりはしないんじゃないか」

 「……弱ぇ者が語るな」

 「ッ……確かに、私は貴方より弱いだろうさ。けど……隠れていたのは私も、貴方も同じだ」

 「っ……!」

 

 衝動のままに放った一矢は狙いがずれ、肩口を掠めた。肉が抉れ、弾け飛ぶが、ディティック・ベルの言葉は止まらない。

 クラムベリーとメルヴィルは違う。メルヴィルはクラムベリーになれない。それはわかっている、割り切っている。だからって、ディティック・ベルと一緒にされる筋合いはない。ましてや──

 

 「それに、たま。あの子を毎度のように襲って逃げられて、クラムベリーがそんなことをするかな」

 

 仇を取れないことを、お前に言われる謂れなど、あっていいはずがない。山では強い者が正しい。お前が正しいはずがないのに!

 弓に番えるのはやめだ。この手で殺す。銛を引っ掴んで、強く握り締め、座り込んでいるディティック・ベルに向かって歩き出す。お前を殺して、たまも殺して、クラムベリーのしたかったことの続きを始めてやる。一歩、また一歩。ディティック・ベルは己の脚に刺さった銛を抜こうともがいている。無駄だ。弱い奴には、弱い奴らしく!

 

 「……あ?」

 

 差し出した足が泥濘に嵌った。泥濘? 図書館エリアに? 見ると、カートゥーン調の顔が床に浮き上がり、メルヴィルの足を咥えていた。ディティック・ベルの魔法か。そしてその近くにはディティック・ベルが落としたナイフ。ナイフの柄に、埋め込まれた装飾の宝石。まさか、自分が負けることを知っていて、不意打ちだけを頼りに仕込んでいたのか。

 

 「探偵は、足で稼ぐんだ」

 

 そうだ、ラズリーヌは来ないのか──振り向こうとして、ナイフの柄が青い光を放った。青い、と認識して、その直後には、メルヴィルの体は貫かれていた。

 

 「ッ……が、はッ……!」

 

 ラズリーヌの拳がメルヴィルの体を貫いている。まさか。彼女と戦うでもなく、こんなところで、終わるのか。全身から力が抜け、銛が床に転がり、ラズリーヌの手が引き抜かれるとともに、崩れ落ちた。

 

 「メルっち、ごめんっす」

 

 ラズリーヌはそうとだけ告げると、ディティック・ベルの方に駆けていった。霞んで消えていく視界で、自分を中心に広がる血溜まりの中で、ディティック・ベルなどにしてやられた己を許せぬまま、必死に手を伸ばす。銛と、邪神の弓。寝そべったままでも、弓は引ける。転がったままの弓に番え、引き絞る。既に勝利したつもりのラズリーヌ、いや、やるならディティック・ベルだ。彼女の頭を狙う。狙って、手を離そうとして、光が視界を遮った。

 

 「──?」

 

 わけがわからない。光が晴れた時、そこに弓も、銛も、メルヴィルの腕もなかった。執念の一撃さえ奪われて、もはやメルヴィルにそれ以上を追える命は残っていなかった。

 

 ◇マジカルデイジー

 

 朦朧とする意識を、ワンダーとの戦いの高揚を反復しながら歩き、図書館エリアまでたどり着いた。自分でも、よくも腹に風穴が空いたままここまで来れたものだ。

 そして、倒れてもなおラズリーヌを道連れにしようとしていたメルヴィルが遠くに見えて、デイジーは屈んで構えた。折れている腕を両膝で固定し、その掌から、最期の一発を撃ってやった。

 あの弓矢は腕ごと消し飛んだろう。これで、ラズリーヌにも思い残すことはない。マスクド・ワンダーに頼まれたわけでもない、勝手な正義だったが、少しは正義らしくいられただろうか。

 

 「……戦うお花のお姫様、マジカルデイジー……」

 

 おやすみ、私のマジカルデイジー。

 

 己の中の『魔法少女』に満足した時、心臓がひときわ大きくドクンと脈打ち、マジカルデイジーは意識を失った。

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