◇ディティック・ベル
「ごめん、ラズリーヌ。嫌な役を押し付けちゃって」
「気にしてねーっすよ。ベルっちの方がきつかったでしょ」
ラズリーヌにとってはメルヴィルもパーティの仲間だった。囮になって食らったいくつもの傷よりも、ラズリーヌに手を下させた罪悪感が痛い。
「いや……平気だよ、ありがとう。助手のおかげだ」
脚をやられており、手持ちの回復薬でも全快とはいかなかったため、ラズリーヌに背負ってもらうことに。彼女の肩を掴み、なんとか力をこめたその時、背後で光が迸った。
光は倒れているメルヴィルの腕を吹き飛ばしたらしく、彼女はそのまま息絶えていた。不可解な現象に目を見開いて、呆然と呟く。
「今のは……?」
「たぶんだけど……同志デイジーのビームっす。もしかしたら……」
ディティック・ベルを背負ったまま、ラズリーヌは光がやってきた方に歩いた。その先、数百メートルほど先、廊下の途中に屈み、微笑みを浮かべたまま動かないデイジーがいる。いや、既に遺体だ。まさか助けてくれたのか。デイジーをやったのは誰なのか。色々と巡るが、何よりもの疑問がある。
「ゲームが終わっていない。だろう」
ディティック・ベルの思考を読んだかのように声をかけてきたのはプフレだった。振り向くと、プフレだけではない。シャドウゲールとたまも居る。皆それなりに、特にたまがボロボロだ。コスチュームの破れは壮絶な戦闘があったことを示している。それは、腕ごとやられたのも含めてほぼノースリーブと化しているディティック・ベルも同じ話だ。
「同志ワンダーはどこっすか?」
そうだ、彼女らのパーティにはもう1人いるはず。マスクド・ワンダーの姿がない。ラズリーヌが訊ね、たまとシャドウゲールが顔を見合わせた。プフレは平然と語り出す。
「マジカルデイジーがここにいるということは、大方敗死だろうね」
「はい……え?」
「同志ワンダーと……同志デイジーが殺しあってたってことっすか。ありえないっす」
「追って状況を整理しようじゃないか。まず、我々がそう判断するに至った経緯を説明しなくてはならないね」
プフレチームとデイジーチームは、どちらも迷宮エリアを担当していた。曰く、記憶回復装置の起動後、プフレチームは夢の島ジェノサイ子と@娘々の死体を発見。状況と傷口から見て、彼女らを疑ったマジカルデイジーの凶行と判断し、彼女を止めるためにマスクド・ワンダーが別行動となった、という。
その後については魔法少女型モンスターの襲撃で把握できていないというが、デイジーがここまでエリア移動しているのにワンダーの反応が図書館エリアに確認できないこと、彼女からの連絡がないことを考えると、死んでいるとするのが自然かもしれない。
「そんな……でも、同志デイジーはさっき助けてくれたっすよ」
「……そうか。そちらは何があったのかな」
「メルっちは……あたしがやったっす。向こうにいるっす」
魔法少女の視力なら、ラズリーヌの指した先にあるメルヴィルの死体も見える。腕を消されたまま動いていない。完全に息絶えているのは確かだ。プフレチームの皆も確認し、頷く。そこで改めて、問題にぶち当たる。
「じゃあ、誰が魔王なんですか」
シャドウゲールの言葉だけが反響した。
◇リオネッタ
クラムベリーの姿をしたボスとの壮絶な戦いの末、チーノと肩を貸しあって歩く。それを出迎えてくれたペチカの不安げな顔が、リオネッタもチーノも生きていたことでぱあっと明るくなり、駆け寄ってくる。その手には『R』で手に入れたお玉が握られており、血で鈍った嗅覚も料理があることを示していた。
「え、えっと、まず、回復を」
買い込んである回復薬をひとしきり使ってもらい、痛みが和らいだ。命を擲ったアカネのおかげで、致命的なダメージは食らっていない。激戦の疲労はあれど、むしろあの面を引き裂けて清々しいほどだ。2人してよくぞ生き残ったと、一気に脱力して座り込む。そこへ、ペチカが箸と汁椀を持ってきてくれる。
「食べやすいよう汁物にしたので……よかったら」
手渡されたのはお味噌汁だ。軽く吹き冷ましてから、くいっとひと口。味噌と出汁の味が染み渡り、わかめや豆腐といった定番の具材は心を落ち着かせてくれる。いわゆる毎朝作ってほしい味わいだ。
ペチカの料理のおかげで、疲れ果てた体でもまだ動けるような気がする。なんて、リオネッタがゆっくりと味わっている中、隣のチーノはほぼ一気飲みの勢いで飲み干していた。
「ペチカ! おかわり!」
「なっ! ちょっ、貴方は、ありがたみというものを……!」
「ふふっ……まだまだあるから、遠慮しないで」
どこからそんな材料を持ってきたのやら、鍋の中に並々と味噌汁が入っている。炊き出しのような光景だ。他の魔法少女たちがいれば、炊き出しそのものになったところだろう。他の魔法少女は無事だろうか。他の──。
「ペチカさん? あのおバカさんはどちらへ?」
そうだ、那子がいない。クラムベリーの襲撃で深く傷ついていたが、即死レベルではなかったはずだ。どこかで休ませているのだろうか。回復薬であっさり元気になって、その辺をフラフラ歩いているのか。そもそも彼女が従えていた狂鳥さえ、偵察から戻ってこない。何かがあったのか。例えばメルヴィルに撃ち落とされただとか。リオネッタはペチカが答えるまでの間に最悪の想定を何パターンか考えた。
けれどペチカの口から帰ってきたのは、どれとも違う、無関係にも思える言葉だった。
「リオネッタさん。ずっと、味方でいてくれるって、言いましたよね」
「……? えぇ、私はペチカさんの……」
「チーノも。何があっても、私と来てくれる?」
「私にはそれしかないもの」
チーノは2杯目を飲み干しながら即答する。詮索しようとしない彼女の言葉はそれ以上続かないと見て、リオネッタは戸惑いのままペチカにもう一度問いかける。
「……那子はどこにいるのか聞いていますのよ。それとも」
「那子さんなら……ずっと、いますよ」
「……はい?」
その言葉でもわけがわからず、周囲を見回し、鍋、食器、いるはずのない場所を確認してしまう。当然ながら、どこにも那子の姿はない。どういうことだ。焦るリオネッタに、ペチカがそっと、2杯目の味噌汁をよそって渡してきた。今は舌鼓を打っている場合じゃない。それでも、ペチカは目の前にいっぱいの汁椀を置いて、リオネッタに差し出してきた。
「……これが、那子さんです」
「は……?」
「私がお料理にしました。だから、那子さん自体はもう、この世にはいません」
ペチカの魔法は材料を選ばない。それはこれまでのことで知っている。携帯食料も、瓦礫も、土や砂だって絶品の料理に変えてきた。それはよく知っているが、魔法少女を、人間を、料理に変えた? そんな、ことがあるのか。そうなったらどうなる? 肉体がなくなって、それはつまり死んだってことなのか。
リオネッタもチーノも、もう口をつけ、1杯は飲み干している。飲み込んでしまっている。那子の、成れの果てを。
「っ……!」
吐くのは嫌で、耐えた。それでも、那子を? どうして? ペチカにそんなことをする理由があるなんて思えない、そう思考を続け、可能性がひとつだけ引っかかった。まさか。
「魔王……? ペチカさんが……?」
あまりにも有り得ない、考慮したくない結論を、ペチカは否定もしなかった。いつもの彼女がやるように、気まずそうに笑った。
「クランテイルさんのこと、覚えてますか」
「……覚えているも何も」
思えば短い付き合いになってしまって、それ以来どこにも現れないが──
「あの人も、私がやりました」
リオネッタは言葉を失った。クランテイルが死んだかもしれないと告げられ、最も動揺していたのは、いつもクランテイルに守られていた彼女だったじゃないか。そのペチカが、クランテイルをやった張本人?
「……ゲームの中でやられたら本当に死んじゃうなんて、思ってなくって。始めは……魔王なんだからって、誰かやらなくちゃって思って」
選んだのがクランテイルだった、と。彼女はあの時既にペチカを信頼しており、料理にされるとは露ほども思っていなかったであろう。……那子も同じだ。
「クランテイルさんのビーフシチューは……食べきれないから捨てるしかないと思ったのに、全部は捨てられなくって……水筒に詰めて持ち歩いてました。那子さんが食べちゃいましたけど」
「……っ」
なんてことをしたのだと掴みかかりたい心はあった。けれど、リオネッタは彼女の人形になると決めていた。クランテイルのビーフシチューの味。那子の味噌汁の味。思い返すだけで、怒りが消えていってしまう。ペチカだって、そうするしかなかったんだと。
彼女は魔法の端末を見せた。そこに表示されていたのは『あなたにはこのゲームで魔王をやってもらいます』という運営からのメッセージ。
「私が、魔王です。リオネッタさん。それでも、あなたは私の味方でいてくれますか」
怯え、震えながらの声だった。
リオネッタの思考は止まった。そして、何秒かの沈黙を辿って、動き出した。リオネッタが目指したのは、ゲームのクリアではなく、ペチカの無事、ペチカの勝利だ。既に汚れたこの手が、彼女の刃になれるというのなら、それでいい。これまでだって、振るってきた刃だ。
リオネッタは目の前に置かれた汁椀を手に取り、チーノと同じように、飲み干してやった。
「貴方が一緒に来てくださるのなら」
ブランコに揺られて気取っていたあの日と、同じ言葉で示す。