魔法少女育成計画DonutHole   作:皇緋那

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第33話『どれだけ救われたことか、多分あなたは知らないな』

 ◇たま

 

 「残る生存者とはお姫様エリアで合流になった。カプ・チーノからの連絡によると、クラムベリー型モンスターとの戦闘でアカネと御世方那子が死亡。残っているのはペチカ、リオネッタ、カプ・チーノの3名だ。皆、気を引き締めるよう」

 

 プフレから聞かされて、生き残った魔法少女たちは顔を見合わせる。ここにいる者は誰も魔王ではない。であれば残った3名の中に魔王がいる。必然の答えだが、いるとは思えない。それでもまずは、手遅れになる前に合流しなければならない。シャドウゲールもディティック・ベルも目を逸らす中、とにかく行こうと声を出す。

 

「そっすよね。じっとしててゲームは終わらねーっす」

 

 ラズリーヌが最も前向きで、冷めたような反応だった。結局、たまとラズリーヌ、及び背負われているディティック・ベルが先行する形で動き出す。密林、迷宮、サイバーと、エリアを通る度色々なことがあったと思い返す。死んでしまった魔法少女の姿も、頭に過ぎる。手に力が入る。

 帰ってこなかったマスクド・ワンダーのことは、よく知ることができなかった。彼女の掲げた正義は、デイジーに伝わったのだろうか。探して埋めてやることも、たまなら簡単だろうけれど、未だ命は賭かったままで、そんな暇すらない。

 考えているうちに、お姫様エリアに到着する。これまで最新エリアに戻るため何度も通ってきたせいで、次のエリアに行く最短ルートだけは覚えている。集合場所はそこから外れた、あのルーラの城の中だった。ディティック・ベルのチームと初めて共闘したのが昔のことのように感じられる。

 

「門番は不在だね。中に入ろう」

 

 一行は揃って扉をくぐる。入口ホールにはこちらを振り返る3人組がいる。ペチカは無傷だが、リオネッタの人形の体にはヒビが入り、カプ・チーノも血の跡とコスチュームの破れが痛々しい。こちらを見るなり、リオネッタが手を振り、近寄ってくる。その1歩目で既に、たまやシャドウゲールは身構えてしまっていた。

 

「あら……いえ、そうですわよね。この中に魔王がいるかもしれない、という気持ちはわかりますわ。えぇ」

 

 気弱なペチカや、ディティック・ベルと同じパーティだったカプ・チーノではないだろうとして、無意識のうちにリオネッタを1番に疑っていた。それが出てしまったのだ。リオネッタには申し訳ないことをしたと、慌てて解こうとした時、リオネッタは何かをくい、と引っ張るような動作をしてみせた。

 

「それはこちらの視点でも同じことをお忘れ?」

 

 その言葉とともに周囲に飾られた鎧や彫像がカタカタと動き出す。人形遣いの魔法少女であるリオネッタの魔法だ。騎士の鎧が剣を持って突っ込んできて、魔法少女たちは散開する。たまはシャドウゲールを庇って飛び込み、斬撃を受けながらも鎧を引っ掻く。表面のわずかな擦過傷が拡大し、鎧は爆ぜてなくなった。

 

「……! また……何度も、ごめんなさい」

「ううん、いいの……それより、なんとか、リオネッタさんを……」

 

 言葉を続けようとして詰まった。リオネッタが魔王だと確定したわけじゃない。そもそも、本当に魔法少女の中に魔王が紛れているのか。そうこうしているうちに、次の鎧が襲いかかってきて、なんとか受け止める。シャドウゲールが武器のレンチで殴りつけてくれて助かった。

 周囲は混乱状態だ。プフレの車椅子がレーザーを放ちながら逃げ回っている。ディティック・ベルとラズリーヌは、カプ・チーノの襲撃に背負い背負われた状態のまま応戦している。どこへ向かえばいいか考えているうちに、新手の人形がやってくる。城の壁面を抉りとって作られたらしい大理石のゴーレムだ。その大きく堅い体を振り回して暴れてくる。大振りな攻撃そのものは対応できないほどじゃない。だが、人形たちは己が壊れることも厭わずに突っ込んできて、そのうえでゴーレムにも警戒を配らなくてはならない。シャドウゲールと背中を預けあい、要警戒の方向をひとつ減らし、それでもなお互いに精一杯になる。この城はなかなかに広い。そしてその廊下の全てに等間隔に鎧は設置されていた。下手すればこの城にいた兵士よりも多くをリオネッタは使役できる。完全に誘い込まれた。

 少しでも状況をよくしようと、大理石のゴーレムの1体のところに飛んでいき、その石の肌を駆け登る。胸元を引っ掻き、穴を掘る。上半身が破綻すれば人形とみなされなくなるのか、ゴーレムは崩れてくれる。だが1体をやったところで、だ。着地の直後にも鎧を1体、2体、3体と相手して、潜り抜け、次々に破壊していこうとして、別のゴーレムに思いっきり殴りつけられた。

 

「ぎゃんっ!」

 

 たまの喉から痛めつけられた野良犬のような声が出て、大きく転がってしまう。すぐにでも戦場に戻ろうと身構え、しかし視界の隅で、その奥にある通路を壁になって隠しているゴーレムの存在を見つける。たまはそちらに標的を変えた。追ってくる鎧もいるが、番人のゴーレムを叩き壊し、追ってきた鎧はそれから相手をし、片付いたらその奥の──怯えた様子で隠れていた、彼女を見る。

 

「っ、ペチカさんッ!」

 

 リオネッタ自身が飛んできて、ペチカとたまの間に割り込んだ。今までとは一線を画した敵意。ペチカには触れさせないという眼光。

 

「彼女は……彼女だけは狙わせません」

「っ、私は、そんなつもりじゃなくって……っ」

 

 いや。否定は、しきれない。リオネッタが隠したいであろうことを、穴を掘って暴いたのは、たま自身だ。とにかくリオネッタの鉤爪を受け止めたが、人形ゆえの有り得ない角度からの蹴りを何度か受けて、耐えきれずによろめき、さらに来る伸びる両腕の同時攻撃を潜っていく。

 たまには難しいことはわからない。けど、ペチカを守ろうとする彼女が、魔王とは思えない。魔王の勝利条件は他の参加者の全滅か、勇者の討伐。その勇者の役割がたまにあることは、誰も知らないのだ。

 だったら誰だ。他に誰が疑える。魔王を探すくらいなら、いっそたまが死ねば確実にゲームが終わるというのに。

 

「っ……!」

 

 余計なことばかりを考えていたせいで、リオネッタの腕から突如飛び出した隠しナイフに対応できなかった。頬が切り裂かれ、真っ赤な一文字の線ができている。彼女に情け容赦はない。猛攻は続き、人形の関節による人体では不可能な動きと、さらに操る人形の不意打ちを受け、追い詰められていく。

 避けて、逃げて、どうするんだ。シャドウゲールもプフレもディティック・ベルもラピス・ラズリーヌも戦っている。視界の隅に、人形たちを相手に立ち回る彼女らを見て、ふいにシャドウゲールがプフレを下がらせ槍を受けたのを見て、決意せざるを得なかった。

 

「ぅ……わぁあああっ!!!」

 

 吠える。突然の攻勢にリオネッタの狙いがズレる。首を狙っていた鉤爪が肩に刺さって止まり、たまの爪も人形の肩部を掠める。ついた傷から一気に穴ができるのは知っているだろう。リオネッタを殺すつもりで使った魔法は、リオネッタが──『人形の中から這い出た』ことで躱された。一回り小さな、リオネッタの姿をした少女が内部より飛び出し、巻き込まれまいと飛び退く。逃げきれずに片腕や顔の一部を巻き込まれ、右半身を大きく抉られた彼女は地面に落ちた。

 胸元から肋骨の断面が覗いている。頬が失われ、千切れた筋繊維がわかってしまう。ただの人間ならもう死んでいて、魔法少女だからこそ、辛うじて生きている。

 

「っ……やって、くれましたわね」

 

 こうなるのはわかっていた。リオネッタが回避できなければ、もっと酷く──クラムベリーのように死んでいた。それを自分がやった。呆然としていると、リオネッタは人形を呼び出し、その手を借りて立ち上がる。潰れた片目で、抉れた右脚で、たまの前で生きている。

 

「せめてっ……貴方だけでも……!」

 

 リオネッタが人形を動かす。標的をたまに変え、一斉に襲いかかってきた鎧たち。囲まれている。地面に穴を掘って逃げようにも、その先はどうすればいい。咄嗟に屈むことしかできず、頭を隠そうとして、直後、降りかかった攻撃を受け止めた者がいた。

 

「……え?」

「ペチカ、さん……?」

 

 ペチカはその両手を広げ、小さな体で、鎧の振るった刃たちを受け止めていた。怯え隠れ、無傷だったはずの彼女が、傷だらけで立っている。

 

「ど、どう、して……! 貴方は……!」

「……ごめん、なさい。私が、巻き込んだのにっ、死んでほしく、ないって……動かなきゃって……こんなことができるならっ、最初、からっ……」

「っ……!! 喋らないでくださいまし! 今、今……そうだ、勇者、勇者はどいつですの! 早く、早くっ……!」

 

 リオネッタは大きく慌て、己の支えていた人形の手から離れ、床を這いずってでもペチカにすがりついた。そして、その手が己の振るわせた剣により裂け、血を滴らせていることに直面し、全てを打ち砕かれたかのような表情を見せ、項垂れた。

 

「っ……せめて……先に、私をっ……」

「……ペチカ。もう、いいの?」

 

 リオネッタが絞り出そうとした言葉を遮るように、近寄ってきた人影が問いかけた。カプ・チーノだ。ラズリーヌを相手に仕掛けていた彼女は、剣の刺さったままのペチカを見つめている。

 

「……うん。ごめんね……チーノ」

 

 

 

 ◇カプ・チーノ

 

 記憶回復装置が起動した時、カプ・チーノは己がなんだったのかを全て思い出した。

 クラムベリーとの遭遇、智香……ペチカと一緒に魔法少女になった時のこと、美味しかったお弁当の味、なんだかんだ楽しくて仕方なかった日々。そして、その終焉。

 

 魔法少女カプ・チーノ──三笠千乃は、もう死んでいた。ペチカを逃がそうとして、森の音楽家クラムベリーに挑んで、殴られて、殴られて、殴られて……死んだ。その記憶が蘇った時、己の実在を疑った。そして魔法の端末を見て確信した。自分は魔法少女ではない。このゲームのNPCだ。何も気が付かないままプレイヤーに混じってきたのは、バグか何かなんだろう。これまでも己に、魔法少女たちのいう『現実』が思い当たらない違和感はあった。

 

 幸いだったのは、ペチカがいたこと。あの時、自分は彼女を逃がせたのだと、安心できた。

 しかし最悪だったのは、彼女が魔王だった、ということだ。

 

 ペチカの側も、チーノが死んだことは理解していて、だからこそ、リオネッタよりも先に、チーノに魔王であることを明かしてくれた。そして、もう1つ、リオネッタには出来ないお願いをされていた。それが。

 

『私が耐えられなくなったら、このゲームを終わらせて』

 

「そっか。やっぱり、ペチカには無理よね。優しすぎ」

「……そう、かな」

「うん。だから、あたしに頼んだんでしょ」

 

 カプ・チーノは、魔法少女たちが呆然と見守る中、ペチカの首に手を添える。握力じゃあペチカには叶わないが、その細首を折るくらいは魔法少女の膂力には簡単だ。

 ペチカが何を感じていたのか、どこまで苦しんでいたのか、チーノには想像もできない。NPCにできることは、頼まれたことを完遂することくらいだ。

 

「っ……そんなの、許しませんわっ……クランテイルさんもっ、那子のこともっ! 勝手に、殺しておいてっ……!!!」

 

 力を込めようとした手を止めた。ペチカはそれに気がついて、ふっと息を吸い込んだ。喉が動くのがわかる。

 

「……リオネッタさんに、お願いです」

 

 人形たちが止まっている。他の魔法少女たちが駆け寄ってきている。気がついたのはチーノだけだ。ペチカの言葉が続く。

 

「ずっと、私を許さないでください」

 

 そんな、呪いのような言葉の後、リオネッタが返事をする前に──ペチカがチーノを見た。微笑んだ。それが合図だ。チーノは歯を食いしばり、最悪の気分のまま、手に力を込めた。

 

 ペチカの言葉を、己の中で反芻する。

 

『ごめんね、チーノ』

 

 いいよ、ペチカ。リオネッタがあんたを許さず背負い続けるのなら、あたしは許したげる。全部受け止めて、終わりにしてあげるから。

 

 ──そうして、ゲームは終わりを告げた。

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