第35話『リスタートエクストラⅠ ラズベリー探偵事務所初仕事のこと』
◇ディティック・ベル
──事務所のインターホンが鳴る。ダンボールだらけの室内で、ソファに寝転がり新聞を読んでいたディティック・ベルは慌てて起き上がった。否、起き上がろうとして、ソファから転げ落ちた。尻を擦りながら目を開けると、目の前に手を伸ばしてくれる少女がいる。
「ほら、お客さんっすよ。ベルっち……いや! 先生!」
「は、恥ずかしいからベルっちでいいって」
ラピス・ラズリーヌが伸ばした手を取り、助け起こされて、玄関へと急ぐ。扉を開くと、見知らぬ魔法少女が2名立っており、どうやら荷物の配送ではないらしい。ここで客人の可能性が一気に高まり、ディティック・ベルは咳払いをした。
「こちら、ラズベリー探偵事務所です。如何なさいましたか?」
「おー! 本当に魔法少女で探偵! 白黒してるね! あぁいやなに、自分はお仕事の仲介役でさ。依頼主は自分とはちょっと違うわけ」
白黒ツートンの長い前髪で目元を隠した魔法少女は、手をひらひらと振ってみせる。今、依頼主……と言った。まさか本当に、一年越しになんとか開業したこのラズベリー探偵事務所に初仕事が舞い込んで来たのか。内心ではテンションが上がりっぱなしである。
「どうぞ、お話は中で……ラズリーヌ、お茶を頼む」
「はいっす!」
ディティック・ベルはラズリーヌが部屋の中へと駆けていったのを見送り、客人2名を招き入れる。
白黒の魔法少女はパーカーのフードを被ったコスチュームで、黒地に白丸が目のように2つついたデザインをしている。どこかで見たことがあるような、ないような。
もう1人のアラビアンな踊り子風の魔法少女には覚えがない。無表情で、ふわふわ浮遊している。
「まずは身元を明かそう。自分は、まあ、驚かないでほしいんだけど、実はキューティーオルカでね。ちょいと広報部門背負ってきたわけ」
「広報部門……!?」
広報部門といえば、魔法少女のアニメ化による宣伝などを統括する、魔法の国の魔法少女部門の1つである。そんなに大きな所から、うちに話が来るとは。益々手汗が増える。
「……自分に対しての反応は?」
「えっ? あっ、えーと……キューティーオルカ、さん……?」
記憶を辿る。広報部門、そしてキューティーとついているからには、かの有名なキューティーヒーラーシリーズか。その中でオルカといえば……そうだ、思い出した。
「もしやキューティーヒーラーストライプの……」
「そう! そう! その! 本人!!!」
実際のシャチが獲物に飛びつくみたいに、キューティーオルカはこれまでで1番大きな声を出した。ディティック・ベルが硬直していると、キューティーオルカは咳払いをした。
「失敬、取り乱しちゃったね。いやいや、ストライプは自分の誇りすぎて」
「キューティーヒーラー、ってことは……同志デイジーと同じアニメになった魔法少女ってことっすか? すごい! 本物っすか!」
少し遅れて今度はラズリーヌが目を輝かせ始めた。キューティーオルカはまんざらでもなさそうだが、ラズリーヌの言葉に引っかかったのか、前髪の奥の眼を光らせる。
「同志デイジー? デイジーの奴とお知り合い?」
「肩を並べた仲で、命の恩人っすよ」
「んなるほど……デイジー……なかなか良い白黒っぷり、惜しい人材だった……お別れの会はさすがのストライプも総出で泣いたよ。いずれクロスオーバーしたかった……」
アニメ化魔法少女仲間ゆえか、マジカルデイジーのことから別の話が始まってしまった。故人のことに積もる話もあるだろうが……あまり長くやられても困るわけで。キューティーオルカの隣で、踊り子の魔法少女が虚空を見つめ続けているし。とにかくタイミングを見計らい、話題を戻す。
「そ、そのキューティーオルカさんご本人が……この開業したばかりの魔法少女探偵にどんなご依頼で?」
「そうだった。この子のことなんだけど」
キューティーオルカが隣にちょこんと座る踊り子の魔法少女を指した。
「名前はテプセケメイ。こちらで保護した未登録魔法少女。で、ちょいと事情があってね。人事部門にこの子の身柄を預けてきて欲しいんだよね」
「人事部門に……?」
「あるでしょ? コネクションが。指名手配中の妖精を追う段階で何悶着かあってね。広報部門の連中は顔が売れてるし、表立って動けない。そこで貴方たちなわけ」
人事部門へのコネクション……?
思い当たる節はディティック・ベルには無い。ラズリーヌの方だろうか。ちょうどお茶を淹れて戻ってきた彼女に訊ねると、即答の「友達がいるっす」だった。妙なところに顔が広くて助かった。
「ってなわけで、魔法少女護送のご依頼。はいこれ、なんかよくわかんない書類とか。あとよろしく〜」
キューティーオルカはラズリーヌの持ってきたお茶を、熱がる素振りも見せずに一気飲みしてしまうと、書類とテプセケメイを置いて行ってしまった。残されたものを前に、ディティック・ベルは我に返る。もしかして、とんてないものを請け負ったのか。
「タンテイ?」
「こ、こほん。いかにも、私が探偵だよ」
「お前は」
「あたしはベルっちの助手の、ラピス・ラズリーヌっす。あ、口上もあるっすよ! せーの……」
「ラズリーヌ、やらなくていいから」
「ラズリーヌ」
テプセケメイと呼ばれていた魔法少女は短い言葉で復唱する。何を考えているのかわからない無表情だが、元々こういう人間なのだろう。探偵として、必要な真実と余計な詮索の区別はしなければ。テプセケメイの身元に関する深堀よりも、やるべきことは依頼の遂行だ。
「ラズリーヌ、その人事部門への連絡は」
目を向けると、彼女はサムズアップをして、魔法の端末を操作し始める。通話の呼び出しをかけ、数秒で繋がっていた。
「……あーもしもし? ななっち? あたしっす。今日お仕事っすか? あ、じゃあこれから行くっす! はい! また後で! ……よし! ベルっち! アポはとったっすよ!」
今ので取れているのだろうか。不安は残るが……まあ仕方ない。信用しよう。
記念すべき初仕事に、ディティック・ベルはコート掛けに置いてあったケープと帽子を取り、瑠璃の髪飾りの位置をきゅっと直し、支度をする。
「えっと……テプセケメイ、さん?」
「メイはメイ。自分は自分」
「えーっと……」
「メイちゃん! ベルっちとあたしからはぐれたらダメっすよ!」
「ベルっちは誰?」
「この人っす!」
「なんで?」
「危ないからっすよ」
「なぜ危ない?」
ラズリーヌとテプセケメイはこの調子でしばらく喋り続ける。聞いていると頭痛がしそうだ。ラズリーヌは律儀に答え続け、次第に会話の内容が哲学的になり、ラズリーヌが「わかんねっす」、テプセケメイが「なぜ?」を繰り返すようになり、あまりにもきりがなくディティック・ベルは慌てて止めた。
「あ、あのさ、人待たせてるんだし、ほら」
「ラズリーヌは難しい」
「そうっすかね?」
とにかく不安まみれで出発する。彼女らのおかげと言っていいのか、初仕事への緊張は、早く終わらないかなという気持ちにすり替わっていた。