第37話『とっととリミテッド』
◇トーチカ
軍服をモチーフにしたコスチュームに、白いコックの帽子。ブロンドの髪の先には焦げ茶のアクセント。透き通る水色の瞳。端正で可愛らしい顔立ち。小学生とはかけ離れた、女性的なボディライン。鶏のような尾羽。
──魔法少女『トーチカ』は、数ヶ月前に魔法少女となったばかりの見習い魔法少女である。初めての頃は本当にこれが自分だとは信じられなかった。鏡の前で何度も自分の頬を触ったりもした。自分の体を触る……のはさすがにまずいと思ってやめた。今でも慣れないし、現実感はない。
だが、確かにトーチカはトーチカだ。それだけは間違いない。今日も、親に隠れて、いつもの待ち合わせの場所に急ぐ。魔法少女の高い身体能力なら、街の端から端まででも大したことのない距離だ。屋根から屋根に飛び移り、軽快に進んでいく。
待ち合わせ場所には、もう友人が待っていた。そこにいるのは2人。ハムスターの着ぐるみを着たふわふわの少女と、パンクロックなファッションで固めたトゲトゲな少女である。トーチカはすぐ近くに着地し、何やら話していた彼女らから笑顔で迎えられる。
「……お待たせしました」
「やっほー、トーチカちゃん! お時間通りなのね」
「2人は何を?」
「チェルナーはトットと美味しいもの探してたんだよ」
「そう! 食べ歩きをしてきたのね!」
ふわふわの方はチェルナー・マウス。トゲトゲの方はトットポップ。トーチカが魔法少女になる切っ掛けの2人である。チェルナーと知り合い、チェルナーと一緒にいる時にトットポップと初遭遇、トットポップ経由で『魔法の国』のスカウト担当と知り合い……といったような経緯だ。その節はお世話になったというか、魔法少女として間違いなく先輩なのだが、彼女らが先に到着していた状況はやや不安である。
この2人だと無邪気の塊というか、一切のブレーキがない。
「この間もらったあの紙? 渡したら、キラキラをもらったんだよ。キラキラは美味しいものと交換してもらえるってトットが」
「それでなくなるまでうろちょろして、残金スッカラカンどころか、トットも自腹切っちゃったのね」
「ねえ! あのキラキラはどこで取れるの?」
お金という概念を理解していないらしいチェルナーが暴走しないようにと、トーチカが捻出して渡したチェルナーお小遣いだが、会う度にゼロに戻っている。トットポップが同行してもそうなる。頭を抱えるが、彼女らはそういうものだと思うしかない。
「そうそう、いっこだけトーチカに残しておいたのね。はい、これ」
「! ありがとうございます」
トットポップから手渡されたのは、馴染みのある近所の精肉店のコロッケだった。素直に嬉しい。これ、美味しいんだよな。まだ意外と温かいそれを受け取って、軽くいただきますと手を合わせてかぶりついた。サクッ、といい音がする。お肉の香りが口の中に広がる。
そういえば、魔法少女になってから食べるのは初めてかもしれない。もしかしたら、このコロッケ、何か特別なものが入っていたり、特別なことをしているのかなと思った。そして、思い立ったらすぐ自分の魔法を使ってみる。
トーチカは目を見開き、魔法に呼応してほんのりと瞳が光る。たぶん光っている。そして、頭の中に情報が流れ込んでくる。
じゃがいも。玉ねぎ。お肉。油、小麦粉、卵──。
「……なんもないのか」
これがトーチカの魔法だ。見ただけでレシピがわかる、という魔法である。自炊もなにもしないためおまけ程度の魔法でしかないが、料理以外にも通用し、例えば鉛筆の作り方が見るだけでなんとなくわかったりもする。するんだが、それだけなのだ。
面白いは面白い。しかしやはり地味だ。トーチカ自身としては、こんな地味な魔法よりもっと派手なものが欲しかったと思う。派手なのが無理なら、もう少し役に立つ魔法が欲しかった。
結局、精肉店のコロッケは純粋に揚げたてとお肉の美味しさでこんなに美味しいらしい。
「それで……今回はどんなご用事で」
「そう! それ! 実は、トットのお友達にトーチカちゃんのことを話したのね」
「はい」
「そしたらそのお友達がすっごくトーチカちゃんに会ってみたいっていってて」
「は、はぁ」
「お友達に会ってほしいのね」
トットポップはやたらと顔が広い。そしてアクティブだ。スカウト担当の時もそうだった。いきなり話がきて、いきなり魔法少女になった。そのノリでこの姿にされるんだから、驚くし慣れない。今回だって何が起きてもおかしくないのだ。多少心構えをしようと、トーチカは自分のコック帽や、十字型の髪飾りの位置をいじった。
「せっかくだからチェルナーにも紹介するのね!」
「その子たちって、トットのファミリー?」
「そんな感じ!」
トットポップを先頭に、チェルナーが続き、トーチカは慌ててついていく。パンクファッション、着ぐるみ、軍服と明らかに目を引く美少女の行軍が堂々と道をゆく。魔法少女はその正体を知られてはならないとされているが、人通りの少ない方で助かった、のだろうか。周囲をしきりに見回しながら、どんどん見知った街から離れていく。道中、チェルナーが何度も脱線しかけて、トットポップが一切止めずにむしろ乗り始めるのでやたら寄り道させられ、集合がお昼からなのに空が赤くなり始めていた。
やっと着いたのは、S市郊外。トットポップが立ち止まったのはボロアパートの前で、ここなのね、と指された。想像していたよりずっと、なんと言うべきか、言ってしまえば、しょぼい。
「こっちこっち!」
トットポップがアルミの階段を駆け上がっていく。彼女のコスチュームのスパンコールが手すりに当たってカチカチリズミカルな音を立てている。後を追って、一室の前で止まった。表札はない。誰が住んでいるのだろう。インターホンが押されると、すぐに反応がある。
『どちらさんや?』
「トットが帰ってきたのね〜! 開けて!」
『……合言葉は?』
「レジスタンス万歳!」
すると少しの間があって、がちゃりと扉が開かれる。こちらを出迎えたのも魔法少女らしかったが、その顔はガスマスクで隠されている。
「その子が?」
「そう、連れてきたのね」
「そっちのモフモフは?」
「お友達!」
ガスマスク魔法少女は頷き、奥に通してくれた。いや、ガスマスクは彼女だけかと思いきや、部屋の中にまだいたらしい。全部で4人の魔法少女が、同じくマスクで顔を隠している。彼女らが集まって並び、本当に最低限な小さい机を囲み、散らかった畳の上に正座する。チェルナーは正座できないらしく、座りにくそうに体育座りしていた。
「紹介するのね。こっちがチェルナー。トットのお友達。こっちがトーチカちゃん。トットのお友達ね」
紹介の内容がまったく変わっていない。連れてくる予定だった例の魔法少女というのがトーチカであることも説明されていない。トットポップからの話を受け、ガスマスク4人組の中から、画家っぽいのがすっと手を挙げ、立ち上がった。
「トーチカ。君がトットポップの言っていた『レシピのわかる』魔法少女か」
「あっ、はい」
「我々は『レジスタンス』」
「レジスタンス……?」
「そうだ。腐りきった魔法の国の体制を破壊するべく活動している」
「……あの。そんなこと言われても、見習いで魔法の国のこととか知らないんですが」
控えめに、申し訳ないながら言っておく。響きは格好良いが、そんな反体制されるような状態なのか。会ったことある魔法少女がそもそもここにいるので全員だというのにそう言われても、となる。
「ならば教えてしんぜよう。この所魔法の国には不祥事が耐えない。『クラムベリー事件』に付随する『魔法少女狩り』関係、それにこの間の『集団心臓麻痺事件』も──」
「……心臓麻痺」
気がつくと、挙げられた事件の名の一部をぽつりと復唱していた。トーチカは呆然と考える。目の前では、新人ちゃんが困ってるでしょと画家の魔法少女が窘められている。心臓麻痺事件……まさか。
「それって、いつの話ですか」
「集団心臓麻痺事件か? 確か、1年と少し前だ」
「……っ」
トーチカには、引っかかる心当たりがあった。それで食いついて、机に乗り出した。
「その詳細。何があったか、誰が起こしたのか。ついていけば、わかりますか」
その様子を見たガスマスク魔法少女たちは互いの顔を見合わせ、中でも画家の魔法少女が頷く。
「そうだ。レジスタンスなら真実を暴くことができる」
「行かせてください」
「いえーい! じゃあ決まりね!」
トットポップが言い出したのに釣られ、ガスマスク魔法少女は喜び出す。置いてけぼりに戸惑うチェルナーの手を取り、トーチカは彼女に伝える。
「これ、危ないことだよ。行っちゃダメ。チェルナーは間違えないんだ」
「チェルナーさんはこれまで通りでいいですよ。僕に知りたいことがあるだけですから」
「トモキ……?」
ぽつりと呼ばれた名前。魔法少女になっても、チェルナーはトーチカを、智樹を名前で呼んでくる。そうだ。1年前のあの時なにがあったのか、智樹は知りたい。あの──姉が死んだ、あの日。
「これからはファミリーとしてもよろしくなのね、トーチカ」
トットポップから差し伸べられた手に気づき、振り向いたトーチカは、チェルナーの柔らかな掌を離す。そして、一瞬の迷いもなくトットポップの手をとった。