◇建原智樹
あの日、姉の智香が亡くなってから、もう1年が過ぎていた。
死因は突然の心臓麻痺だ。持病など欠片もない健康な女子中学生であるところの智香が、まさかいなくなるだなんて、智樹は想像だにしていなかった。
自室で倒れていた彼女を見つけたのは智樹だった。慌てて体を揺さぶり、救急車を呼び、しかし彼女は帰らぬ人となった。家族はみんな泣いていて、葬式では知らない姉の友人たちも泣いていた。智樹は……葬式の時はまだ、受け止められずに呆然としているだけだった。最後に、綺麗な顔で、静かに眠る姉の姿を見送って──その夜から2週間は、毎晩のように泣いていたと思う。
そして1年が経っても、立ち直れていなかったのを、一周忌で実感した。自分でも驚きだ。姉と特別仲が良かったわけではない。それなのに、その死は受け止められない。……受け入れたくない。
智香が、何かをしたのだろうか。どうして彼女が死ななければならなかったのか。嘆いても答えが返ってくることはなく、これで整理がつくと思っていたのにこのざまだ。写真の中で笑う姉の前に線香の煙が燻っていた光景だけが、頭の中に残っている。
「なんで姉ちゃんだったんだよ……」
墓前でひとり呟き、また泣いた。こんな姿、知り合いには見られたくないなとふと思い、そろそろ戻ろうと踵を返す。木陰に隠れ、魔法少女の姿に変身する。
智樹は魔法少女『トーチカ』になった。一周忌の前後にチェルナーと再会してから、知らない世界へとどんどん引きずり込まれていった。それがどうなるのかこれまではわからなかった、が、今はある。あのガスマスク魔法少女が言っていた『集団心臓麻痺事件』を辿れば、どうして姉が死ななければならなかったのか、わかるはずだ。
トーチカは智香の眠る墓地を後にする。向かうはS市郊外のボロアパート。レジスタンスのところだ。先日は暗くなるからということで解散し、本格的な参加はこれからになる。頭の中にある案内された道のりを、前回寄り道させられところを補正しながら辿り、部屋の前へ。呼び鈴を押し、反応を待つ。
『どちらさまですか?』
「……トーチカです」
『合言葉は?』
「レジスタンス万歳」
トットポップがやっていたのを見様見真似で再現して扉を開けてもらう。相変わらずガスマスクをつけた皆が部屋の中で待っていた。前回もそうだったが、この部屋そんなに臭かったりもしないのに、なぜガスマスクなんてしているんだろう。聞こうにも聞けない。とにかく、案内されるまま、あの小さなテーブルを囲む。
「トットポップはまだ来ないようだ。先に自己紹介でも済ませておこう」
どうやや4人の中では画家風の少女がリーダー格らしく、誰も異論はない。ついでに、ガスマスクを外す気配もない。このままだと顔を隠しながらになるのでは。危惧したトーチカは、慌てて口を挟む。
「あ、あの、素顔は見せてはいけなかったりするんですか?」
「ん? あっ……ガスマスクのままだと確かに自己紹介はよくないな。みんな、マスクオフだ」
特に掟でとかそういう話でもなかったらしく、号令で一斉にマスクを取った。魔法少女だけあり、可愛らしい少女の顔が出てくる。
「ふぅ」
そしてそれぞれに出てくるため息。もしかして普通に息苦しいのか。声がこもって聴こえにくいし。ますますなんでガスマスクなんてしていたんだろう。
「んっ、んんっ!」
画家の魔法少女がすっと立ち上がり、何かと思ったら咳払いをしたようだ。声がか細いせいでわからなかったが、彼女なりに張り上げてくる。
「私は『カラフルいんく』! このレジスタンス魔法少女部隊のリーダーだ」
「元リーダーやないか」
「自分からトットちゃんのことリーダーにするって言い出したくせに」
「そこ! うるさい!」
画家の魔法少女、いんくは胸を張ったがメンバーに茶化された。4人で最も小柄なこともあり、難しい顔をしても微笑ましさが勝つ。確かにリーダーっぽくはないというか。かといってトットポップでいいかと言われると違う気もするが。
「手の内も明かした方がいいんじゃない?」
「そうだな。私の魔法は『塗り絵』だ。色を塗ることでものの性質を少しだけ変えられる」
「例えば?」
「甘いお菓子を真っ赤に塗ると辛くなるぞ」
それは、そもそも魔法の絵の具を塗ったものを食べて大丈夫なのか。
「はーい、じゃあ次あたしね」
2番手に来たのは露出度の高い小悪魔コスチュームの魔法少女だ。『大人の下着』にしか見えない格好で、目のやり場がない。彼女はそんな様子には一切気づくことなく、くるんと回ってポーズを決める。背中の小さな羽と一緒に胸が揺れた。
「
ウインクした目の傍に横向きのピースが決まり、それからしばらく彼女は静止したままだった。やや遅れて、義務感に駆られて「おぉ〜……」と歓声と拍手を出してみたが、サッキュー・ラッキューは何事もなかったかのように座った。
「次イロハちゃんね」
「ツッコミなくていいの!?」
「私はやるべきことをしただけだからね」
サッキューはなぜか誇らしげだ。彼女が胸を張ると、いんくとは違って胸元がまずいほど強調される。揺れ……いや、駄目だ駄目だ。トーチカはサッキューを視界から外した。
「あ、あの、サッキューちゃん、魔法」
「あーそうだそうそう、ナイスエンプリちゃん。あたしの魔法はこのストローだよ。誰かの元気を吸い取ったり、分けてあげたりできるんだ」
胸の谷間から何かを取り出し始めたサッキュー。取り出されたのは、途中でくるんとハート型に曲がっているストローだ。彼女はそれにキスをしてみせ、またドキッとさせられる。顔が赤いのはバレていないだろうか。
「お、自分、ええか?」
前回出迎えてくれた関西弁の魔法少女に番が渡り、彼女は「よっこいしょ」と言いながら立ち上がると、これまた決めポーズをする。
「遥か彼方、貼るか体! ピタッとあなたの温もりに、『
遠くを指さしたかと思えば両手をぱんと叩いて音を立て、続いて髪をふわっとかき上げ、最後に人差し指を口元に持ってくる……という一連の流れを終えると、彼女は余韻を残さず、普段の調子で笑いかけてくる。
「よ、よろしくお願いします」
「まあそう気張らんでええよ。レジスタンスやる時は本気やけど、うちらそれっぽくやっとるだけやし。楽しくやろや」
肩をぽんぽんと叩かれた。距離の近さはトットポップといい勝負だ。暖色系で暖かそうな見た目だけあって、体温が高いのだろうか、触れられたところが熱い……と思って肩を見ると、そこに何かが張り付いている。熱の正体がその物体だと気がついた途端、トーチカは慌てて剥がした。
「!? イロハさん!? こっ、これ」
「あっははは! うちの魔法で貼るカイロや。あったかいやろ?」
曰く、イロハの魔法は触ったところにカイロを貼るというものらしい。だんだん寒くなってきた時期だから、丁度いいかもしれない。やや肌寒いし、手に持っておくことにする。
「最後、エンプリやな」
「う、うんっ……」
イロハに背中を叩かれ最後の一人が立ち上がる。コスチュームのところどころについた鍵や錠前からして鍵関係の魔法少女なのだろう。彼女はちらりとトーチカを見て、またすぐ下を向く。
「その……『エンタープリーズ』……です」
そうとだけ言うと、エンタープリーズは座ってしまった。いんくがあれ?という顔で見て、イロハがちょいちょいと背中を叩き、最後にサッキューがエンプリちゃん?と呼びかけて、ようやく思い出したらしく、急いで立ち上がっていた。
「そ、そのっ! 魔法は、『どんな扉でも開けられる』……魔法です。その、金庫破りとか不法侵入に向いてます……はい」
見た目と態度に似合わず、かなりの盗賊魔法少女だった。
「なー、前に銀行襲撃した時はすごかったもんなぁ」
「エンプリちゃんが銀行の中片っ端から開けて、もううちら大金持ちだったもんねー」
「え、えへへ……」
「ふふん、私の部下だからな」
「いんくがようわからんことに使って大半ないがな」
「なっ! うるさい! 経費だぞ!」
和気あいあいとして、レジスタンスもイロハの言う通りゆるくやっているのというのも本当なんだろう。その思い出話の内容が銀行強盗でなければ、素直に笑っていられたんだけどな。
なんてトーチカが気を遣った苦笑いを浮かべている中、ピンポンの音が響く。イロハが素早く応対し、あのレジスタンスだとバレバレになるだけの合言葉で確認すると、遅れたトットポップが、案の定悪びれる様子は一切なく、むしろにこにこしながら入ってくる。
「トットポップ! 遅刻だぞ」
「いやいや、ごめんなのね。ちょっとお仕事の連絡がね」
お仕事、という響きに、いんくが目を剥く。
「まさか、上層部から!?」
「え、次の銀行の情報とかが来たのかな」
「ついに魔法の国と決戦だったりして」
「それはさすがにないやろ。まあええとこ要人の拉致とか」
ざわめくレジスタンス魔法少女たちと呆気にとられるトーチカに向かって、トットポップは無邪気ににっと笑みを浮かべ、机にばんと手をついた。
「次の目標は……監獄。魔法少女刑務所にカチコミなのね」